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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー独姫愁讐篇ー
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『一章』⑦ 方舟


「ーーとりあえず宿はここで問題はないな」


 アパホテルのような、けれど壁紙には桜が散る小綺麗な部屋にアカネが荷物を置くと、赤髪の美女セイラは換気のために窓を開けて薔薇色の、もしくは炎の色の髪を靡かせながら言った。

 

 六月の風に乗ってアカネの鼻に届くのは凛々しい花の香り。

 香水だろうか。大人びた色気のある匂いに少しドキリとなる。


「必要最低限の物は揃えたからとりあえず困ることはないだろうが、そういえば服を買い忘れてしまったな」

 

「……えっ?」


「? どうかしたのか」


「いえっ、何でもありません」


「?」


 うっとりしていたら急にセイラが振り返るモノだから上擦った声が出てしまい、慌ててアカネは首を横に振った。


 同性でも魅せられてしまうこの美しさと格好良さは反則だと思う。

 

「まぁ、服は私のを着れば大丈夫か」


「残念ながらサイズが合いませんっ」


 特に胸。


「微々たるモノじゃないか?」


「大きいよ! 高尾山と富士山くらい違う! だってセイラさん、スリーサイズいくつ⁉︎」


 少し考えてから富士山は言った。

 高尾山はソレを聞くと土砂崩れを起こして女としての圧倒的な差に恐れ慄いた。

 霊峰、恐るべし。


「これが異世界……。漫画のキャラが現実になった世界……」


「……何を言ってるんだアカネ」


 御来光が眩しくて直視できないアカネではあるが、こいつもこいつで浮世離れした美少女だということを忘れてはならない。


 確かに標高は惨敗だが顔面レベルはいい勝負なのだ。


 ただ向こうは大人の色気と呼ばれるレベルアップボーナスがあるだけで、こっちの期間限定ボーナスの若さと乙女感が遅れを取っているワケでは決してない。

 

 そしてさっきからこいつ何言ってんだと思ってる人はそれが正常だから安心して。


 などと霊峰に圧倒されてる場合じゃねぇ。


「というか……何から何まですみません」


 気まずそうにアカネは今さっき置いた荷物に目をやった。


 元々持っていた役立たず(スクールバック)とは別に、紙袋が一つ。

 中身は女の子に必要ような生活必需品。

 

 具体的に滞在期間は決まっていないが、セイラが気を遣ってくれて宿探しと並行して買ってくれたのだ。

 セイラは首を横に振る。


「気にしなくていい。……あと「さん」はいらないと言ったろう?敬語もな」


「あ、は……うん。ありがとう」


「ん。さ、そろそろ下へ降りよう」


「……うん」


 どうして彼女は、彼女たちは。何故ここまで親身になってくれるのだろう。


 〈ノア〉に仮加入、宿、備品、全てにおいて彼女たちはアカネに好意的な態度を示してくれる。

 

 異世界に召喚されてまだそこまで時間は経っていなくて、たまたま倒れているところを保護と看病してくれて、お互いのことなんて名前くらいしか知らなくて。手帳のプロフィールは空白だらけなのに。


 それとも、単純に職業病なのか。はたまた異世界の人間は皆、誰も彼も優しいのか。

 

 アカネには、分からない世界だ。


 誰かに優しくすることも。

 誰かを助けようとすることも。


「どうしたアカネ。何か足りないモノでもあるのか?」


「あ、ううん。大丈夫」


 紅鈴の声にハッとなったアカネは自分が不自然に沈黙していたことにようやく気づいた。


 首を傾げているセイラはもう部屋を出ようとしていて、アカネはその後ろに続く。


 扉の開閉音が、自分の心音に似ているような気がして、アカネは早足気味にホテルを出た。



「すごい……」


 ホテルがあった宿場区域を出てからアカネたちが足を運んだのは「アリア」に来たら一度は訪れるべき神聖な場所だ。

 

「にしし。すげーだろ。ーーこれが『桜王』だ」


 自慢げに笑ったハルに頷いて、アカネは再度桜の王を見上げた。

 

 日本のスカイツリーよりはるかに高い、樹齢が地球の年と比例していそうな壮観な巨大樹は、一面芝生の広場の中央に毅然と屹立している。

 

 特に制限もされておらず、大勢の人々が『桜王』の周りに集まっていた。


 まるで世界の御神木である。


 日陰が多く木漏れ日も幻想的に薄いのは傘のように咲き誇る向日葵色の夏桜が日光浴を楽しんでいるからだろう。 


 青空どころか頂なんて見えるはずもなく、だから一番上には神様がいて、地上に暮らす人々を見守ってくれているという。


「奇跡みたいにキレイ……」


 初夏の風に揺れて葉擦れの音を鳴らし、仄かに陽光を嗜みながら舞い散る夏色の桜の花弁の情景は彼岸じみた美しさで、柄にもなくついと詩的な呟きをアカネは零した。

 

 その横顔に、ハルが笑う。


「だろ。「アリア」自慢の魔法樹だ。俺もよく知らねーけど、神様がまだいた時代からあるらしいぞ」


「神様……」


 元の世界とは意味合いも価値もまるで違う言葉の真価は流石異世界だ。魔法筆頭にあらゆる超常が存在する異世界なら、神様なんていう規格外がいても不思議ではない。

 アカネは『桜王』からハルに視線を戻して、


「ハルは神様を見たことがあるの?」


 ハルは首を傾げた。


「何でだ?」


「深い理由はないけど。今のハルの言葉、まるで神様に会ったことがあるような空気だったから」


 その時代にはいないけど。

 神様自体は信じているというか。見たことがあるような。だから疑うこともなく自然と「不思議ではない」と思えて。


「あるぞ」


「え?」


 嘘なんかついていない純粋な目だった。騙すつもりも陥れるつもりもない真っ直ぐな回答。その表情。

 無条件で信じてしまいそうになる、白い笑み。


「つーか、俺は神様に育ててもらったから」

 

「……そ、そーなの?」


「おう。って言ってもよく覚えてねーけどな」


「……そーなんだ」


 呆然と呟いて近くにいるセイラとユウマ、ギンを見ればハルの証言を肯定するように肩を竦めていた。


 事実確認が一瞬で終了してしまい、少女は笑い飛ばす気もなくなる。

 

 もちろん初めからそんなつもりはなかったが、こうも自分だけ無知で周回遅れの立場になると反論しようと『ありえない』を前提に考えてしまう。


 元の世界での常識も要因の一つになっているのだろう。

 神様が本当にいる世界と。

 神様を信じない世界。


「言っておくが、私たちも神を見たことはないぞ」


 補足するように言ったのはセイラだ。

 彼女はハルの頬を親しげにつねって、


「というより、この世界に住む殆どの人間がそうだ。神は遥か昔に滅んでいる。だからこの馬鹿の言うことを信じる必要はまだないぞ」


「そうなの?」


 てっきり本当に天界やら高天原やらがあって、そこに神様が住んでいると思っていたのだが。

 

 だから『桜王』の頂の話しがあり、異世界の住人は全員神を目にしたことがあるのかと。

 そもそも、神は滅びるのか?


「まぁ、神の有無やこの世界については後々知っていけばいいさ」


 まぁ、その通りではあるのだろう。二日や三日くらいで何もかも知れたら苦労はしない。


 物事には順序というものがある。

 で、あれば。

 世界の歴史、最奥たる情報はハルたちを知ってからだろう。

 と、そこでアカネは気づいた。

 何か場の流れで"アリア"を案内されているが。


「そういえば。事務所?的なところに戻らなくていいの?依頼、来るかもしれないよ?」


 アカネの素朴な心配に〈ノア〉の奴らがもれなく全員ドキリとなり目を逸らした。

 

 まるで都合の悪いことから逃げる子供のような仕草だ。

 アカネは当然怪訝になる。少女としては真っ当な考えだと思ったのだが。


 対して、ハルたち何かを誤魔化すような大根役者の芝居で、


「つーかアレだよな。忘れてたけどこの前家ぶっ壊れたからないよな」


「それでよくあたしを泊めようとしたね」


「今ちょっと火事中なんだよ」


「どういう状況なのよ」


「お腹壊してるからキツイと言ってたな」


「ヒトか」


「三回回ったら吐いたらしいよ」


「犬か」


 デタラメにも程があった。

 これは、明らかになにか隠してる。

 アカネは目を細めて、


「……何を隠してるの」


 声にはさりげなく教えてくれなきゃ「信じない」空気を孕ませた。すると予想通り三人とギンはぐぬぬ……!と顔を顰めて葛藤していた。

 あと一押し。

 

「……〈ノア〉、やっぱりやめようかな」


「ち、違うんだアカネ!実は……!」


「ーーおう〈ノア〉じゃねーか! 何だ今日も依頼がなくて暇してんのかー? ガハハハ!」


 何か昭和の時代の八百屋の店主みたいなオッサンが快活にそう言って現れるとハルたちの時間が止まっていた。全員ねじりタオルを頭に巻いたオッサンを視殺するくらいの勢いで睨んでやがる。


 ……なるほど。そーゆーことね。


「あれ? 何、なんか俺、余計なこと言った?」


「前から言おうと思ってたけどダセェんだよそのねじりタオル。野菜天国に送ってやろうかクソジジィ」

 

「あと1週間前から鼻毛がおはようしてんだよ不眠不休でヒラヒラしてんだよ。野菜どころじゃねーんだよクソジジィ」


「寝起きの口臭が最近キツイと奥さんが言ってたぞクサジジィ」


「だから娘さんに洗濯物一緒にしないでって言われるんだよクソジジィ」


「立ち直れねーよ! 俺が一体何をしたって言うんだあああああああああああああああ!」


 多分魔王も一撃で粉砕する言葉の乱射に打ちのめされたオッサンが泣き叫びながら走り去っていく。


 まぁ、つまり。


「……………いつも暇なんだね」



「「「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい」



 

 そうして〈ノア〉の事実を知ったアカネは呆れ混じりにハルたちについていく。


 暇=依頼者がいない=困っている人がいなくて平和という良い現実に気づいていないらしい。

 

 アカネには失望されまいと隠していたのだろうが、いずれにせよバレていただろうに。


 だから呆れた。

 アカネは息を吐いて、


「元気出してよみんな。あたし、気にしてないよ」


「「「その優しさが今は辛い……」」」


 テンションの急降下具合がエグい。どんよりした空気を吸うと風邪引きそうだ。


 再度息を吐くアカネはそこである影に気づいた。


 何故か読めるこの世界の、英語に似た文字が〈ノア〉を指す看板を構える小洒落た一軒屋が見えて、あそこが拠点かと思ったらウロウロしている人がいたのだ。

 雰囲気的には訪れた先が留守で困惑しているよう。


「あれぇ? 確かここが何でも屋さんって教えてもらったのにぃ……」


 ハルたちもその影ーー金髪の少女に気づいたらしい。全員がピタリと足を止め、少女を見る。


「うぅ……どうしよう。ここで待ってればいいのかなぁ……きゃ!」


「「「……………… 、」」」


 〈ノア〉前を行ったり来たりしていた金髪少女が躓くものが何もないただの石畳の上で転んだ。


「いたた……。もう、何でアタシはいつもいつも………わ!」


「「「……………… 、」」」


 ボゾボソ言いながら立った少女の金の頭の上に鳥のフンが見事に落ちた。

 もう見てられなかった。

 言わずにはいられなかった。


「「「何でそーなるの」」」

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