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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー泥犁暗殺篇ー
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『二章』㉘ 舞い踊る月姫


 「……さて。終わったな」


 泥犁島ないりとうの森林部。



 九泉牢獄パノプティコンからおよそ数百メートル離れた位置で、第S級指定罪人であるルイナは魔法を解くと一息吐くようにそう言った。

 蜂蜜色髪の彼女の瞳に映るのは、罪人を閉じ込める地獄の地面に倒れる一人の少女だ。

 片腕を無くし、背中には裂傷を刻み、大量出血の下動くことなくうつ伏せで倒れている。


 「いい相手だったよ。シャバに出て一番最初に殺した相手がお前でよかった」


 墓前に添える花のようにその言葉を残し、ルイナは倒れるクロカミの少女に背を向ける。

 そこでふと、そーいえば名前を聞いていなかったなとルイナは少し後悔した。

 覚えていても損はない相手だったから。 

 とはいえもう終わったことだ。


 死人に口なし。名を知ることもない。


 あるいは少女の仲間たちに訊けばいいのかもしれないが、奴らも今頃他の罪人に殺されているかもしれない。


 「行こう、ガジェット。礼をしなくちゃいけない相手はこの島の「外」だ。さっさと殺して十年ぶりの自由を謳歌しようじゃないか」


 「はい、ルイナ様」


 少女との殺し合いを見物していたガジェットと合流し、ルイナはこの場から去ろうと歩み出す。


 牢獄に向かった他の連中を追いかけてもいいが、そこまでドロフォノスに義理立てする理由もない。


 その時だ。


 【ーーあれ?もう行っちゃうの?】


 「ーーーー!?」


 と。

 ありえない音があった。

 


 いいやそれよりも、恐ろしく底冷えする肌が粟立つ声だった。最早反射的に、振り返るのと同時に動いていた。

 ガジェットの魔法は「敵意を切る魔法」。故に敵対心を抱いていた少女の攻撃、その刀の刀身を斬ることが出来ていた。

 そしてそれを応用すれば「敵意を感知」することも可能にする。彼が感じた「敵意」は、即殺に値するものだった。


 体に刻まれた傷なんて気にせずに、痛みすら忘れて、ガジェットは一気に「敵意」へと突進した。

 懐から取り出した短剣で、その「敵意」を容赦なく殺害しにかかる。


 「おォア!!」


 【うん。確かこうだったかな?】


 ゆらりと立ち上がったその「敵意」が不敵に笑う。



 刹那、ガジェットの短剣が「敵意」の喉元に達しようとして、しかし望みは叶わず刀身が「バラバラ」に切断された。

 目を剥くガジェットの視界に、細かくなった銀の刃の煌めきと「敵意」が共演して映った。


 「なっ」


 【そんなに驚くことじゃない。誰でも出来る】


 プライドを傷つけ、魔法を否定するような嘲笑う声に怒りを爆発させようとした直後、感情に体の動きがついてこれずにガジェットの腹部に「敵意」の蹴りがめり込んだ。


 メキメキメキメキメキ……ッッ!!と、肋骨が確実に折れた音が体内を巡ってガジェットの耳に届き、そして外出して響き渡った。


 「ご、が……!?」


 【ふっとべ】


 「敵意」が呟く。

  宣言する。

 そしてその通りになった。


 「敵意」の絶大な蹴りを喰らったガジェットは砲弾のように来た道を戻り、いくつもの大木を薙ぎ倒しながら轟音を響かせて消えていった。


  ーーそれを目で追いかける暇も、心配する余裕もない。

 入れ替わりであった。

 

 ガジェットが吹っ飛んだのとルイナが飛び出したのはほぼ同時。

 いきなりの全開。『匡制』の発動。不可視の斬撃を「血色」に染めて、ルイナが右手にその刃を纏う。


 「死・血刃走!!」


 刃透魔法は空気に鋭さを与える魔法。

 ルイナは基本的に己の身体に刃化した空気を纏うことで戦っているが、実際のところ効果範囲はもっと広い。

 

 半径五メートル。

 その範囲内においての空気になら、ルイナは刃を与えることが出来る。

 

 前例はある。

 ガジェットと少女の一戦。

 その時に見せた両側から迫る刃。

 あれは斬撃を飛ばしたんじゃない。近くにあった空気を刃化しただけだ。

 それを、更に強化した。

 赤く染まったその三日月状の斬撃は、地面を裂きながら「ソイツ」へと迫る。


 【まぁ。悪くはないかな】


 常人なら震え上がるその血刃の疾走を、しかし「ソイツ」は軽く評価すると正面から堂々と迎え撃った。

 『右腕』で、日本刀を握って。

 ザシュ!!と、いとも簡単に薙ぎ払われて、ルイナは驚愕する。


 「なん、だと……!?」


 【空気に頼らなくても、斬撃は飛ばせる】


 言いながら、「ソイツ」は有言実行を果たした。

 『右腕』で握った日本刀を軽く振り下した瞬間、ルイナの血刃とは比べ物にもならない規模、密度、練度、速度、圧力の黒い刃が迸った。



 視界が、黒色の「死」で埋まった。

 斬撃を飛ばす。

 言葉で言うことは簡単だが、いざやるとなると難易度は極めて高い。

 斬撃を飛ばすためには空気の振動を利用して魔力を付与する必要がある。


 一見、刃透魔法に似ていると思うかもしれないが、ルイナの魔法はどこまでいっても「空気に鋭さを与える」ことしかできない。


 斬撃を飛ばすために己で振るった剣で作り出した空気の振動に魔力を乗せるなんていう芸当は、誰にでも出来るわけじゃないし、そもそも最初からできていればわざわざ『匡制』で不可視の刃に「色」なんて与えていない。

 

 いわば、ルイナの血刃は飛ぶ斬撃の偽物。

 コピーだ。

 彼女には、到達できなかった世界。

 実現し得なかった、未知の領域。


 だが、違う。

 そうじゃないとルイナは気付く。

 今、「ヤツ」は言っていなかったか?


 ーー空気に頼らなくても、と。


 つまり、「コイツ」は。


 「斬撃に直接魔力を付与したのか……!」


 【魔力の形状変化。簡単だよ】


 キン!!と。

 黒い刃が回避行動に刹那遅れたルイナの右腕を切断、意趣返しとばかりに吹き飛ばした。

 くるくると血の弧を描きながら宙を舞い、ルイナの右腕がドチャッと地面に落ちた。

 みっともなく叫ぶことはしない。激痛が右腕を中心に全身を暴れ回るが今は無視だ。

 表情一つ変えずにボロ服を破って応急的に止血をする。


 「……色々言いたいことはあるが、まるで別人だな」


 【そんなことはないよ。私は「あたし」だ】


 「ほざけ、怪物が」


 明確な殺意を宿してルイナは「ソイツ」を睨む。

 真っ黒な黒髪に、黒い靄のような羽衣を纏う少女。

 切断したはずの『右腕』が何故か再生しているが、全ての傷が治癒しているわけじゃない。

 見たところ明から様な治癒感があるのは右腕だけで、それ以外の外傷は健在のようだ。

 

 どんなカラクリなのかは知らないが、どうやらルイナはあの少女を殺し損ね、そして起こしてはいけない『ナニか』を起こしてしまったらしい。

 警戒するルイナの前で、黒髪の少女は体の調子を確かめるみたいに身を捻ったり五指を開閉させたりしている。


 【んー。前回より魔力の巡りは良くなってるけど、筋力とかがまだまだか。こっちに帰ってきて一ヶ月、「この子」なりに努力はしてるみたいだけど……】


 区切るように言うと少女はルイナを見て、


 【この程度の相手に負けるようじゃあまだまだ甘いわね】


 「あ?」


 完全に格下だと疑わない少女の発言にルイナが苛立って眉を寄せた。先刻とは雰囲気も性格もまるで違うが、逆にそれがルイナの闘争心に火を点ける。

 ルイナは右手に血刃を纏って、


 「お前は「誰」だ。さっきまでのクロカミじゃないな?」


 【私はアカネ。サクラ・アカネだよ。よろしくね、罪人さん?】



 「ハッ。その名前、お前の口から聞きたくはなかったな!」


 【それは残念】


 おちょくるみたいに肩を下げた少女に苛立って、地面を抉るほど踏み込んで疾走を開始していたルイナは更に加速した。

 風を貫く勢いだった。

 赤色の直線が虚空を描き、真っ先に少女の命を狩り取るべく奔る。


 「刎ねてやるよ!」


 【できるのかにゃん?】


 「ーー!死ね!!」


 どこまでも余裕の態度を崩さない黒髪の少女は眼前まで迫ったルイナに対抗しなければ殺されるだけなのにまだ動かない。

 それがどこまでもルイナの神経を逆撫でし、殺意を高める。

 両手の血の刃が、黒髪の少女の頸を刎ねるために叫んだ。

 

 【刀乱ーー序型・花】


 「なん………っ!?」


 黒髪の少女が唇を緩めた直後、銀色の光が眩く場を席巻し、ルイナの視界を奪い、そして血刃が弾かれると彼女は後ろに下がった。

 地面を滑るように着地して、顔を上げ、目を見開く。 

 ルイナの視界に映ったのは、刀剣の花だ。

 少女の背後、まるで神の光輪のように種々様々な刀剣が円を描くように浮いていた。


 【さぁ。始めようか】


 「……お前は、一体……」


 【S級罪人如きが、調子に乗るなよ】


 妖しく、恐ろしく、赤く、黒く、暗く。

 唇を緩めた少女がーー刀剣の神に見えた。

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