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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー泥犁暗殺篇ー
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『二章』㉖ 嗤う奔放者


 蜂蜜の色をした長い髪が風に靡く。

 ボロボロの囚人服が妖艶な四肢を艶かしく晒し、自信に満ちた笑みが似合う綺麗な顔立ちの女性が、八重歯を光らせていた。

 

 「…………、」


 言い知れない沈黙が二人の罪人とサクラ・アカネの間に流れていた。

 これを人は緊張と呼ぶのかもしれない。

 ただし一方的な緊張で、それを発しているのはアカネであった。

 


 状況が、一変した。先刻まで戦っていたガジェットは肩を止血すると、まるで気分屋アロ奔放者アダイに舞台を譲るように下がり、蜂蜜色髪の女性が表舞台に躍り出たのだ。

 第一印象が全て激変した彼女は、隠そうともしない戦意、殺意を露わにしてアカネを見ている。

 とはいえ、選手が交代しただけで、表舞台に立つ人物が代わっただけで、実際のところ戦っていた「本人」は代わっていないかもしれない。

 

 よくあるパターンではあるのだ。

 直接戦っている相手はただの偽物で、実際のところ攻撃をしているのは別の誰か、というのは。

 


 だとしたら合点がいくのだ。予備動作もなく斬撃魔法を繰り出せたことが。


 「最初から、あなたが戦ってたのね……」


 アカネの確信じみた声に、ルイナと呼ばれた女は八重歯を見せて笑う。


 「そーゆーことだ。アタシは骨があるヤツ以外とは戦わない主義でな。だからガジェットと適当にヤらせつつ後ろで魔法を使って品定めをし、アタシの相手に見合うと思った時にだけアタシは前に出るんだ。喜べ、クロカミ。お前は条件を満たしたぞ」


 「あはは。嬉しくないよ」


 「そうか?アタシに殺されるなんて名誉あることだと思うけどな。なぁ、ガジェット?」


 コテ、と首を傾げたルイナが緑髪の少年たるガジェットを見る。彼は王に仕える従僕のように跪いて、


 「当然です。私に代わって頂きたいほどです」


 ルイナはガジェットを指さして、


 「ほらな?」


 「いや全然わからないから。ほらな?の意味を理解できないから。てゆーかその人口調も態度も変わりすぎじゃない?」


 一人称は「俺」だったし。

 もっと荒い感じの性格だったのに。

 何でそんないきなりかしこまった人間になってるの?

 アカネの疑問の視線に気づいて、ガジェットはフッと笑った。

 

 「私はルイナ様のために仮初の自分を演じてたまでだ。さきのような性格の男の方が相手はこちらの誘いに乗ってくるからな」


 「………品定めのため、か」


 「そうゆうことだ」


 でも最初から自分で戦った方が早いんじゃないかと思わなくもない。そもそも斬撃魔法がルイナのモノなら、何もガジェットに戦わせる意味なんてないと思うのだが。


 「バーカ。そんなことしたら相手はビビって逃げちまうだろうが」


 と、アカネの思考を読んだかのようにルイナはそう言った。


 「自分で言うのもアレだが、アタシはS級の中でもそこそこ強いからな。最初からアタシが出れば、大抵のやつは小便ちびって裸足で逃げ出して、結局アタシは誰とも戦えない。ーー誰も殺せない」


 「……だから代わりに戦わせてたの?自分が戦いたいから?」

 

 「そうだけど?……強くなるってのも考えものだぜ?自分と戦える相手が少なくなるってことだからな。だから選ばなきゃならなかったのさ。不可視の斬撃にどれだけ対応出来て、そしてガジェットに傷を与え、アタシを目の前にしても失禁しない人間を」


 それは強者の傲慢で、罪人の欲で、不遜な考えで、高みの見物をする傲岸者の戯れだ。

 


 己の目的を果たすためだけに周りにある全てのものを利用するのは明らかに「悪」だ。

 


 強者の思惑で、弱者の声を押し潰す。大きな力があれば、それに劣る全てを自由にしていいと考える理不尽。


 「……あたしは、あたしたちは。あなた以外の人間は、あなたを楽しませるための道具じゃない。そんな身勝手な理不尽に弄ばれるほど、あたしたちは弱くないわよ」


 誰もが必死に生きている。


 それは罪人であっても変わらないけれど、誰かに品定めをされる人生なんてあんまりだ。


 その品定めに合格しようが落ちようが、ルイナの興味を惹くか惹かないかの基準によって殺される。

 

 究極の理不尽ではないか。


 「綺麗ごとならあとでたっぷり聞いてやる。だけどな、正しいことを言って、正しいことを実践するには相応の力がいるんだ。身の丈に合わない言動は身を滅ぼすぞ、クロカミ。お前の口から出たソレは、お前の力に見合った言葉かよ?」


 「見合う見合わないであたしは言葉を選んでるんじゃない」


 即答だった。

 一拍も置かないアカネの返答にルイナは微かに眉を寄せた。


 アカネは血が垂れる脇腹から手を離し、日本刀を握り直す。

 戦闘続行の、その証明。


 「あたしは思ったことを口にしてるだけよ。先のことも難しいことも考えちゃいないわ。ただ、あたしが、あたし自身が。あなたが間違ってると思ったから言っただけ。たとえそれが身の丈に合わない綺麗ごとだとしても、言ったことに後悔はしてない。……それに」


 チャキ、と。日本刀の切先をルイナに向けた。その時のアカネの脳裏には、一ヶ月前のハルの背中が映っていた。


 打算も計算もなく、ボロボロの姿になってまで駆けつけてくれたヒーロー。


 彼があの時アカネにかけてくれた言葉の数々は決して綺麗と呼べるものではなかったかもしれない。



 ともすれば乱暴だと言われるかもしれない。

 

 だけどあの時、あの瞬間。

 彼はきっとあの場で言うべきことを言っただけだった。



 あの瞬間でしかアカネに伝えられない、言わなきゃいけない言葉をぶつけてくれただけだった。


 身の丈に合う合わないじゃない。

 自分が正しいと思ったことを言って実践する。ただそれだけを思って彼はあの場に立っていた。

 あの背中が、そう語っていた。

 

 そんな彼が素敵だと思ったんだ。

 そんな彼だから心がときめいたんだ。

 そんな彼だから恋をしたんだ。


 ーー少しでも近くにいたい。

 ーー少しでもそばにいたい。

 ーー少しでも早く追いつきたい。


 彼の隣に自信を持って立てる女になりたい。

 だから、アカネも自分が正しいと思ったことを言うし、行動する。

 

 身の丈に合わない?

 綺麗ごと?

 そんなのはクソ食らえだ。 

 だがもし仮にそんな小さいことに拘っているというのなら、だ。


 アカネは刀を構えて、堂々とこう言った。


 「ーーあなたを倒せば、あたしの全てが肯定される。あたしの勝利が、あなたの考えを完膚なきまでに否定するわよ」


 これは宣戦布告だ。

 サクラ・アカネという一人の少女から、罪人に対しての挑戦状。

 敵として認められたのなら、受け取らないとは言わせない。

 そしてルイナは唇を歪めた。

 狂気的に、愉快気に。


 「……面白い。ならアタシの勝利でもって、お前の正しさを否定しよう。アタシを肯定し、お前を完膚なきまでに潰してやる」


 「やれるものなら」


 「煽るなよ。楽しくいこうぜ」


 「負けないわよ」


 「いい目標だ。崩れないように抱え込んでおくんだな!」


 直後。

 剣姫と刃姫が激突した。



:::::::::::



 日本刀の閃きが、不可視の刃と火花を散らす。


 「ァァァァ!」


 「ハハ!ガジェットも言ってたが、「目」がいいな!よくここまで対応できる!」


 縦横無尽に振り乱れるアカネの剣捌きに、五指を揃えた手の周りに不可視の刃を纏うことで視えざる手刀を具現化したルイナが対抗している。



 必死な表情で剣を振るうアカネとは違い、ルイナ心底楽しそうに高笑いしていた。

 

 右脇腹に斬りかかるアカネの銀閃を、ルイナは下から手刀を振り上げるようにして防ぎ、続けて全方位から迫ったソード・バレットを尋常ならざる反射神経で全て撃ち落とす。

 


 そして目を見開くアカネの眼前に手刀が迫り、剣姫は咄嗟に日本刀の側面を前に出して凶刃から身を守る。


 衝突。


 甲高い音と共に日本刀が砕け、刃の煌きが森の中を、殺し合いの舞台を一瞬彩る。

 

 「もう終わりか?」


 「ま、だまだぁ!」


 余裕の笑み。


 勝利宣言じみた発言にアカネはムキになる。後先考えずに、残り魔力なんて気にせずに現段階では最大数の十二本の刀剣を一斉射出。


 弾丸ならぬ、弾刃が一直線に連続にルイナを狙った。


 「ハッ!数があればいいってもんでもないんだがなぁ!」


 笑いながら、そしてアカネの戦法を嘲笑うようにそう言って、ルイナは初弾を弾くと駆け出した。



 次々と迫る刀剣を走りながら回避し始めたのだ。時には弾き、相殺し、躱して。

 十二本目の刀剣を不可視の手刀で弾いたところで、ルイナは疾走そのままにアカネへと迫った。


 「十三本目はなさそうだな」


 「ーーーーっ!」


 「わかってるぜ?」


 ガッギン!!と。

 ルイナの袈裟斬りをアカネは瞬時に顕現させた剣を出して受け止めた。

 


 ルイナが十二本の刀剣を弾いて勝利を確信し、油断して近づいてきたところでカウンターを喰らわせるための剣が読まれいたことにアカネは驚愕する。

 

 「あの刀剣を射出する技。その時に精製できる刀剣の数は十二本が限界。それ以外ならいつでも好きなタイミングで刀剣を生み出せる。……カウンターを考慮するのは当然だな。まぁ、大技を囮にするのは悪くなかったぜ」


 「嬉しくないって……」


 鍔迫り合いを中断。アカネはルイナと距離を取ると右手を振り下ろした。


 「言ってるでしょうが!!」


 「………!?」


 ルイナが影に覆われた。


 ただでさえ天気が悪い灰色の空の下、ルイナは頭上を見上げる。微かに目を見開く。

 当然だ。


 アカネが精製した超巨大な剣の切先が、彼女目掛けて落ちてきていたのだから。


 「刀剣舞踊ーー参式、巨人の鉄槌ザ・ソード!!」


 「………やるな!」


 当たれば即死。

 串刺しどころか原型すらなく潰れるだろう刃の暴力に、しかしルイナは怯まない。


 彼女は八重歯を剥いて笑い、あろうことか巨大な剣に挑むように飛びかかったのだ。

 

 ルイナのまさかの行動にアカネは目を丸くして、そして目撃した。


 「オラァァァァアアアアアアアア!!」


 ギャリギャリギャリキキキキキン!!と。


 耳が千切れるような乱雑で甲高い音が響いたのは、ルイナが不可視の斬撃でアカネの巨大剣を縦に真っ二つにしたからであった。


 刃を刃で捩じ伏せる。

 鉄を鉄で竹割りした圧倒的理不尽。

 

 ズン!と、二つに断たれた特大刃が地に落ちて、その間に立つのはそれの実行者だ。

 

 青白い煙となって剣の残骸が消失し、ルイナが笑った。

 

 「裸足で逃げ出したくなったか?クロカミ」


 「………っ」


 強い。

 その一言に尽きる感想がアカネの頭を支配して、微かな怯えが体を走った。


 第S級指定罪人、気分屋アロ奔放者アダイ

 

 誰を相手にしているのかを改めて知り。

 一筋縄ではいかず、自分の正しさを証明するための障害としては大きすぎる壁だった。


 「注意しろよ。ここら辺には、アタシの刃が散らばってるから。裸足じゃ少し、心許ないかもしれない」


 「………アロ、アダイ」


 「勝負は始まったばかりだ。もっとアタシを楽しませてみろよ、クロカミ」

 

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