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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー泥犁暗殺篇ー
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『二章』㉕ サクラ・アカネ


 ーー頬スレスレを掠るように手刀を避けて、アカネは裂嗤魔ジャックから離れるために後ろへ飛んだ。

 頬を伝う血を拭い、日本刀を構える。


 「へぇ。よく避けたな剣女。褒めてやるよ」


 「それはどうも。嬉しくないけど」


 緑髪の罪人が感心するようにそう言って、しかしアカネはソレを受け入れることなく軽く受け流す。

 不可視の斬撃を囮にして踏み込んでくるのは驚いた。視認できない斬撃という最大のアドバンテージに酔ってそういう小賢しいことはしないモノだと思っていたのだが。

 これは、想像以上に厳しい戦いになりそうだとアカネは思う。

 そもそも不可視の斬撃なんてチートすぎる。腕の振りを見て今は斬撃に対処したが、仮にそーいった予備動作、体の動きも無しに斬撃を放てるとしたら非常に厄介、勝ち目はない。

 戦闘経験が浅いアカネにとってS級罪人は強敵中の強敵だ。勝てれば上々、楽に死ねたら御の字ってところだろうが……問題なのはそのS級罪人が二人もいるということである。

 

 不可視の斬撃魔法を使う男。

 未だに何もしてこない黄色髪の少女。


 もし仮に黄色髪の無口の少女の魔法が彼と同等かそれ以上のモノだったとしたら勝機はさらに薄くなってしまう。

 そうなると、少女が参戦してくる前に裂嗤魔ジャックを倒す必要があるわけではあるのだが。


 (それが簡単なら苦労はしないんだけどね)


 そーゆー話になってくる。

 刀を構え、攻めるための隙を探るアカネの表情に余裕はない。

 相手の立ち姿に隙がないのは当然として、下手に動けば不可視の斬撃が飛んでくると考えたら迂闊に攻撃を仕掛けることができない。

 ソード・バレットを叩き込むことは可能だが、先刻に刃を五枚におろされた例がある。投げやりに撃って当たるとは思えない。


 だが。


 「でも攻めないと勝てない!」


 意を決して、アカネは緑髪の罪人、ガジェットに斬りかかった。罪人の反撃に恐れて身を竦ませていては勝機を探るもクソもないのだ。恐怖を押し殺し、勝利のために進むしか道はない。

 

 「はァァァァ!」


 ソード・バレットを囮として五本解放し、先に刀剣の攻撃でガジェットを狙う。予想通り、彼はその場から動くことなく唇を歪めるように嗤うだけでソード・バレットを否定した。

 だがそちらに意識を割いたわずかなラグが、頭上から刀を振り下ろすアカネの狙い。

 ーー斬れる!


 「いいや無理だ」


 「なっ!」


 ガギン!!!と、鉄と鉄が衝突する乱暴な音が響いた。火花が散り咲き、アカネは目を見開く。

 先の考えが肯定されたような気分だった。

 不可視の斬撃で防がれたのは言われなくてもわかる。

 だがそのために必要な動きを、彼はしていなかった。

 

 「次は俺の番だな」


 「………っ!」


 「避けろよ」


 まるで空気を弾くように、だ。彼は目の前の虚空をデコピンで弾いて、直後に不可視の斬撃が生まれたとアカネの危機感知能力が悟る。

 一瞬でも遅れたら首が飛ぶ。五感ではなく六感、直感に頼って身動きが取れない僅かな空中滞在時間に、その足下に即席の足場としてサイズを大きくした剣を作り出して宙返りを実行。

 ザン!!と、背後で木々が切断される断裂音が響き渡った。

 地面に着地し、額を伝った冷や汗を拭って刀を構え直した。


 「……厄介な魔法ね」


 「自覚はしてるぜ。視えないってのは、苦労するもんだ」


 キキン!と、空気が鳴くのをアカネは感じた。肌が粟立つ感覚に素直に従い、咄嗟に体裁を気にせず真横に飛んだ。

 瞬間、地面が裂けた。まるで巨獣の爪に裂かれみたいに、三本の爪痕が、裂傷が深々と刻まれた。

 その光景に、アカネは息を呑む。


 (少しでも避けるのが遅れてたら、死んでた……)


 更に言うなら避けられるくらいまでセイラに鍛えられていなかったら死んでいた。一ヶ月前の彼女だったら為す術なく絶命していた。

 ガジェットが口笛を吹いて手を鳴らした。


 「やるなぁ剣女。今のを避けるとは思わなかった。お前、いい「目」してるわ。いやほんとに凄いよ」


 興味を買ったみたいだった。ここまで嬉しくない賞賛は初めてだが、S級罪人に興味を抱かれたということは敵として認められたことなのだろうか?実力があると思われたのだろうか?

 だとすれば、アカネの一ヶ月は無駄ではなく、S級罪人に届くかもしれないという裏付けになるのだが。


 「だが勘違いはするなよ。避けられるだけで、お前が強いわけじゃない。俺たちと対等にり合えるわけじゃない」


 「………….、」


 甘い考えが否定され、アカネは微かに悔しそうに唇を噛んだ。

 チート魔法を授かったわけじゃないから自力で地道に修行し強くなるしかない以上頑張ってきたつもりだが、やはり一ヶ月程度じゃ付け焼き刃か。

 場の状況からしてここにアカネが残ることは最善手だったが、最善手だからと言って必ずしも勝てるとは限らない、の代表例だった。

 でも、だ。

 それでも。


 「勝てる勝てないで、あたしはここに残ってあなたと戦ってるわけじゃない」


 「……へぇ。じゃあ何で残ったんだ?」


 「勝たなきゃいけないからここに残ったんだ。あの人たちが出る幕じゃないから、あたしがあなたの相手をしてるのよ、バカ」


 刀の切先を向け、自分にできる最大の嘲弄でもってアカネは笑った。彼女のソレに、ガジェットが微かに眉を寄せた。

 そうだ。 

 勝算も勝機も今はゼロでいい。自分が弱いことなんてアカネが一番よくわかっている。

 それを承知の上で彼女はここに立っている。

 勝利とは最初からあるわけじゃない。自ら掴むものだ。勝算は自ら導き出し、勝機は自ら手繰り寄せる。

 セイラたちがこの場を任せてくれた信頼に応えるために。〈ノア〉に恥じない自分であるために、アカネは勝ちを取りにいく。

 何があっても。

 絶対に。


 「視えない斬撃なんて怖くない。その悉くをあたしは否定して、あたしの視える剣であなたを倒すわ。姿を隠す刃の鋭さは脆いわよ。そんな刃に、あたしの魔法は負けない」


 アカネの宣戦布告に、ガジェットは口の端を歪めて応えた。


 「それならどっちの刃が鋭いか勝負といこうじゃねぇか。ーー死刃走!!」


 ガジェットが狂々に吠え、直後に空気が悲鳴を上げて切断されるのをアカネは感じた。刃の姿は見えない。けれど奴が罪人で、そして敵である以上不可視の斬撃は必ずアカネを殺すためにアカネに向かってくる。あとはどの方向から来るのかを見極めるだけの単純作業だ。

 

 (焦るな。慌てるな。恐れるな。死を怖がるな。視えないだけで、感じることは出来る。空気の振動、不自然な流れの変化を視るんだ)


 ーー左右両側が、不気味に揺れた。


 「ーー!こっち!」


 「ーー!」


 ソード・バレットを解放。右側から迫った凶刃は刀剣を飛ばして防ぎ、左側から押し寄せた不可視の斬撃はアカネ自身が日本刀を振るって叩き折った。

 不可視の刃が、不出来な剣が砕ける破砕音が響き、その欠片が花火のように散る幻想を垣間見る。

 

 「刀剣舞踊ーー弐式、桜鮮刺突おうせんしとつひらめき!」


 そして二つの凶刃を叩き折ってすぐにアカネはガジェットに斬りかかる。ここに至るまでの時間はおよそ五秒。瞬時に防から攻へと意識を切り替えたアカネの反撃に、ガジェットが下がろうとする。

 そんなことはさせなかった。

 アカネの踏み込みは、突撃はすでにトップスピードに乗っている。日本刀の刺突はガジェットの喉元に届きかけていた。


 「甘いんじゃあねぇかぁ!」


 嗤う。

 罪人の余裕でもって彼が嗤う。

 刺突がまたしてもおろされる未来をアカネは幻視する。

 

 「ーーうん。だから考えたよ」


 「あ?」


 「どうすれば当たるのかを、ね」


 刺突がおろされ、けれどアカネが不敵に笑い、ガジェットが眉を寄せた、その瞬間。

 彼はハッとなって頭上を見る。その瞳に映ったのは切先を地面に向けて落ちてくる二本の刀剣だ。


 「ーーな」


 「あなたが教えてくれたんだよ。まぁ、逆だけどね」


 剣を囮にして己が攻める。

 己を囮にして剣が攻める。


 両側から迫った不可視の刃をソード・バレットで防いだ時、それとは別に刀剣を放っていたのだ。

 単体ではガジェットの不可視の壁は破れない。そう考えたアカネは二方向から攻撃することを手段として選択した。

 これもまた、彼が教えてくれたことである。

 そしてその攻撃は見事にガジェットに直撃した。二本の刀剣はガジェットの肩、足を深々と抉り、貫き、突き刺さって、苦鳴がして血潮が咲き誇る。


 「ぐぁ!?」


 「これで終わりよ!」


 キン!と、銀色の発光と共にアカネの右手に西洋の騎士剣が握られる。剣に貫かれた鋭い痛みにガジェットの反応が刹那遅れるのを明確に、そして確定事項のように感じる。

 殺しはしない。

 意識を落とすだけ。

 倒したらすぐに止血して次は黄色髪の少女の相手だ。

 

 「ーーどうやらここまでのようだな、ガジェット」


 「ーー!?」


 ガギン!!!と。

 確実に当たるはずだったアカネの剣閃が、鋭くも鈍い音と共に弾かれた。

 予想外の展開に目を見開くアカネの、剣を待った腕が大きくのけ反りーー隙が生まれる。自分でも分かるその隙を貫く斬撃が一つ。

 不可視の斬撃。

 胴体を切断されることはなかったが、脇腹を抉られた。


 「ぐっ………ッ!」


 痛烈な痛みに顔を顰め、アカネは数歩下がった。顔を上げ、目撃する。

 その、変化。

 血に濡れる肩を押さえて膝をつくガジェットの前に、一人の少女が立っていた。黄色髪の、無口で無表情の、あの少女だった。彼女は自分のボロボロの服の裾を破ると、ガジェットに投げ渡す。


 「これで止血をしろ。交代だ」


 ガジェットはボロ切れを掴んで、


 「申し訳、ありません。ルイナ様」


 「いい。どうやらあの小娘は一筋縄でいかないらしいからな。少し面倒だが、私がやろう」


 「………どう、いうこと」


 裂傷を刻まれた脇腹を押さえながらアカネは眉を顰めてボソリと呟く。

 無表情なのに変わりはないが、明らかに想像と違った。てっきり緑髪の罪人であるガジェットの方が立場が上だと、そして戦闘を担当する者だと思っていたがーー違うのか?

 今の二人のやりとり。

 ガジェットが少女に対する敬意の空気。

 そしてガジェットではなく、間違いなく不可視の斬撃があの黄色髪の少女から放たれた現実。

 つまり。


 「予備動作がなかったんじゃない。そもそも斬撃魔法を使っているのが、ガジェットじゃなかった……?」


 「さて。やることはやらないとな」


 アカネの予測を肯定したのか、肩を竦めると黄色髪の少女は一歩踏み出し、そして形を変えた。

 何の形か。

 体である。

 アカネとそう変わらない年齢の華奢な身体が、ゴキゴキゴキゴキゴキ!と不気味な骨の音と共に大人びた女性のそれに変化したのだ。

 妖艶な四肢、豊満な胸、最初の雰囲気や印象と激変した、八重歯が覗く好戦的な、どこか乱暴な笑い。


 「次はアタシと殺し合おうぜ?クロカミ」


 「……あなた、は」


 「第S級指定罪人、気分屋アロ奔放者アダイだ。どこにでもいる、ただの殺人鬼だよ」

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