『二章』㉑ 爆撃の花火
ーー雷撃が森の中を奔る。
「クハハハ!こンなもンかよ、雷の英雄サマの実力ってのはよォ!!クハハハハハハハ!!」
「ーーっ!」
雷漸を握り潰すように否定して、レイスが好戦的に笑う。
結構真面目に放った一撃ではあったが、あのS級罪人からしてみれば静電気程度の攻撃だったらしい。
微かに驚いたハルはすぐに切り替えて舌を打ち、間髪入れずに続けて雷撃を放った。
「雷漸・二双!!」
一つがダメなら二つ出すまでだ。
単純計算を頭の中で終えて、ハルは疾走するその両手に雷撃の槍を作り出し、足を止めることなく解き放った。
空気が悲鳴を上げるように麻痺をして、青白い雷撃が迸る。
対して、レイスは鼻で笑うとその場で両手をパン!と合わせた。
「爆幕」
「なっ」
赤白い連続的な発光と爆発が煌めき、薄い壁が完成する。
その薄壁が雷漸・二双を簡単に受け止め、そして爆散した。
花火のように散り、宝石みたいにキラキラと森を彩った。
何の魔法……と考えそうになって内心で笑う。
考えるまでもない。
コイツの魔法は……。
「爆発魔法、か」
目を細めて確信めいた風に言うハルに、レイスは面白そうに歯を剥いた。
「ハッ!流石に分かっちまうか。まァ隠してるつもりもねェしいいけどよォ。で、絶望はしたか?」
「なんだと?」
自分が上だと疑っていない表情と声に、ハルは明確に苛立ち眉を寄せた。
レイスは構わず唇を動かす。
「テメェの雷じゃァオレの爆発には勝てねェ。威力も、圧力も、質度も、密度も、練度も。圧倒的にオレの方が上だ。テメェはオレには勝てねェ」
「笑わせんじゃねぇよオレンジ頭」
即答だった。
これに関しては、即答以外に選択肢はなかった。まだ数合しか拳を交えていないのに、このハル・ジークヴルムという男を推し量るなど片腹痛い。
そもそも彼は負けず嫌いと負けず嫌いと負けず嫌いが融合した結果超負けず嫌いになった少年なのだ。
シリアス展開を続けても良かったが、ナメられたままじゃ終われない。それがハル・ジークヴルムである。
つまり彼は子供の喧嘩みたいに叫んだ。
「誰がお前より弱いだとこの野郎!俺はまだ全然本気出してねぇし!まだ三割くらいしか出してねぇし!」
「三割?ならやっぱりテメェはオレに勝てねェなァ。オレは二割だ」
ハルの額に浮かんだ青筋が増えた。話にならなかった。どうやら相手も相手で相当な負けず嫌いらしい。
もとより言葉だけで強さの優劣が決まるとは思っていない。だから最初から、どちらが強いかハッキリさせるための手段は一つしかなかった。
バリバリバリ!と、雷が猛る。
ボボボボボム!と、爆発が怒る。
青白い光。
赤白い光。
二つの力が、二人の存在を激しく包み込んだ。
小休憩は終わりだ。
話しをする時間は終わりだ。
そろそろ本番といこうではないか。
戦いも、血も、魔法も,魂も、強者同士の力のぶつかり合いを望んでいる。
「いくぞ、レイス」
「こいよ、真六属性」
好戦的な視線が、交差する。
フッ、と。彼らが消えた。微かな砂煙だけがその場に残る。風に流れる。
ーー音が、消えた。
ドッパァァァァァァン!と。
直後に激音。それはハルとレイス、二人の拳が重なったことで発生した轟音で、不可視の衝撃波が全周囲に拡散、森を激しく揺らした。
「オォア!」
重なってすぐ、ハルは雷を纏った状態で回し蹴りを攻撃の手段として選択。
遠心力が加わり、さらに魔力による身体強化と雷神の恩恵が桁外れの膂力をその蹴撃に与えた。
当たればかなりのダメージ。骨は確実に折れる。ハル・ジークヴルムの中で直撃すると思考が連結する。
疑いようのない結果が微笑みかけてくる。
ーーその微笑みが、途端に歪んだ。
これは、流石はS級罪人と呼ぶべきか。
レイスはハルの蹴撃をのけ反って躱し、その状態のまま右手をそっと出した。
その右の掌が、チカチカッ!と連続的に発光し、熱が収束された。
「球爆撃破」
爆発が凝縮、収束,球体に形成。人の頭分の大きさになり、ハルの腹部まで届いた。
直後にカッ!!と高熱の威力が発散、ハルの体がいくつもの木々を倒しながら吹っ飛んでいく。
だが、彼もやられっぱなしではない。
「あァ?」
眉を顰めたレイスが、自分でも気づかない内に地面に叩きつけられていた。
「ガッ!?」
吹っ飛ぶ直前、ハルはレイスと似たような攻撃を彼にぶつけたのだ。
一人は吹っ飛び。
一人は叩きつけられて。
互いに歯を見せて笑った。
「二割か。確かに大したことねえな!」
「ハッ!いちいち楽しませてくれンじゃねェか!」
ドン!と、レイスは足元を爆発させて自ら吹っ飛ばしたハルを追いかけた。
その姿を、ハルは吹っ飛びながらも視覚に捉え、威力を雷で殺して砲弾化を中断。
背中を打った大木は折れずに済んで、微かな痛みに顔を顰めながらも地面に着地。
そして同時にレイスが迫るのが見えた。
彼はこちらに飛んできながら片手を突き出し、その掌から爆発の破壊力を球体化した連弾を次々と解き放つ。
「爆連!」
「雷連!」
見様見真似。
しかし何でも試してみるものだった。
天の怒りたる雷が球体に形を変える。
ハルの声に呼応してそれらがレイスが撃ってきた爆連を全て相殺ーー撃ち落とした。
青と赤の光が融合し、刹那の世界に一際美しい花が咲いた。
爆炎、その余波。
粉塵を無視して両者がぶつかった。体術の応酬。もしこの場にアカネがいたらボクシングのラッシュを連想させると言っていたかもしれない。
ーー否。
魔法ありきで個々の実力を考えたら元の世界の人間など例えにするだけでもハルたちに無礼か。
殴る、蹴る、時には頭突きなど。
ありとあらゆる体術が花開く。
雷と爆発。拳に付与された追加膂力は絶大だ。
そして押しているのはハルだ。
だというのにハルの表情は晴れておらず、むしろ曇天のように曇っている。
無理もない。
悉く、だ。
ハルの攻撃が、全て爆発の薄い壁に遮られて一度もレイスに届いていないのだ。
「ーーチッ!邪魔くせぇ!」
「自動発動の爆壁だ。テメェ如きの力じゃこの絶対防御壁を破ることは出来ねェ。まァさっきは油断して喰らっちまったが、もうあンな奇跡は起きねェぞ。神に祈ってもな」
「なら余裕だな」
「あ?」
笑うハルに、レイスは眉を顰める。
「神は祈るもんじゃねぇ。信じるもんだ。それに、俺は神には祈らねぇ。真六属性だからな!!」
「なら神を呪いながら死ンでいけ、ゴミが」
殺気が、冷酷が、一段下がる。爆壁に苦戦していたハルに、その内側からレイスが特大の球爆撃破を叩き込んだ。
轟音。
爆炎。
爆熱波。
レイスが勝ちを確信して微かに笑う。
「ーー祈れ」
その確信を、「その」声がぶち壊す。
「ーーな」
目を見開き驚愕したレイスの目の前、爆炎が乱暴に割れた。
飛び出てくるように、であった。
火傷の跡や痣が痛々しい顔が、体が、確定していたはずの「死」から飛び出してくる。
バチバチバチ!!と。
赤と白の炎を。
青と白の雷が上回った。
雷の拳が、握られる。
「ーー死なねぇように!!」
バリン!!と、爆壁が砕け散り、硬く握りしめられた雷の拳の一撃が、S級罪人の顔面に今度の今度こそめり込んだ。
頬骨を砕く感触が、ハルの右手に返ってきた。
アレスが吹っ飛び、地面を転がる。それを見届けながら、ハルは荒れた息を整える。
「はぁ、はぁ、はぁ………っ」
強い。
間違いなくエマより強い。大口を叩くだけあって、実力は本物だ。
だが、勝てない相手ではない。S級らしいが、やはり誰もが『ジーナ』ほどじゃない。
「…………クク」
「?」
「クハハハハハハハハハハハハ!!」
大の字に倒れたまま、だ。レイスが空を見ながら笑った。それはもう楽しそうに。
怪訝になるハルの視線の先、レイスはゆっくり立ち上がると赤く腫れた頬に触れた。
「ククク。久々に顔面を殴られたなァ。いつ振りだァ?………クク、ククハハ。いい、いい、いいじゃねェかよ、オマエ」
「嬉しくねぇよ」
「クハハ!そりゃそうだ!……けどわりィな。完全にオレのスイッチが入っちまった」
昂っていた。
レイスの気配が、明らかに先刻とは変わり、昂っていた。戦士のような純粋な闘志の向上、質の変化ではない。罪人の穢れた殺意の向上、質の変化であった。
そして悟る。
ハルだけでない。
彼もまた、本気ではなかった。
「探り合いは十分だろ、互いになァ」
「そーだな」
コキ、と。
ハルは首を鳴らし、レイスの殺気に呼応する。
「「……….、」」
両者共々、空気が一変。
直後。
「「おォア!!」」
第二ラウンドのゴングが鳴った。




