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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー泥犁暗殺篇ー
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『二章』⑮ 成果


 ーーこんな形で力を使いたいたくはなかったとアカネは思った。

 


 正方形に切り取られた海の上、空の下でサクラ・アカネはその右手に日本刀を握る。

 

 アレスとノーザン・ドロフォノス。二人が興味深そうに目を細めた、その瞳には映らない、銀が黒に変わるーー魔法仕様の証明の変化。

 

 一度助けた人間と戦うために剣を握るなんて。

 全部が演技だった、か。

 

 まるでエマの時と同じだなとアカネは気分を落とす。唯一あの時と違うとすれば、今のアカネには戦う力があるということだ。

 

 そして戦う力があるということは、止めることができることでもある。


 剣を握る前、アレスが言っていた。

 ドロフォノス。

 それは罪人の名家のファミリーネームらしい。


 特殊な環境なのだろう。エマとは違い、生まれながらにして罪人の家に生まれた、まさに悲劇に等しい物語の中の人物。


 「アレスさん。ここはあたしに任せてもらってもいいですか」


 一歩前に出て、アカネは言った。

 アレスは一瞬眉を上げるとすぐに唇を緩めて、


 「分かった。ただし油断はするなよ。相手はあのドロフォノスだ。オレなら一瞬で終わるが、お嬢さんはまだ剣を握って時間は浅い。気をつけろ」


 「ご忠告どうも」


 余計なお世話だ、とか思いつつやはりアレスは只者ではないのだと内心で理解する。


 アカネはまだ戦ってもいないのに、魔法を使って剣を握っただけなのにそれだけで看破した。アカネがまだ素人に毛が生えた程度の実力であることを。


 そうと分かっていて、なのにアカネを止めなかったのは何故だろう。ピンチになっても自分ならすぐに助けられると思っているのか。


 「ノーザンさんは、どうしてこんなことを?」


 会話を。

 対話を始める。

 意思疎通を交わし、互いを知り、理解して、近づくために。

 今度は、自分から。


 ノーザンは杖を構えたまま笑んだ。


 「教えない。知る必要はない。知る前に死ぬのだから教えることに意味はない」


 アカネも刀を構えた。


 「あの子もドロフォノスなんですか?」

 

 「それは答えてもいいかしらね。ええ。大切な私の『子供』よ」


 「辛いって、やめたいって思ったことは?」


 「ない。ただの一度たりともね。私は私の血を。誇り高きドロフォノスの血を愛し、そして美しいものだと思っている。ーー人を殺すことを辛いと思ったことはない」


 「そうですか………。わかりました」


 どこか悲しそうに目を伏せてから、その念をリセットするみたいにアカネは閉じた瞼を開き、その蒼い瞳がノーザンを映した。


 殺人一家だと聞いた時、悲劇の物語だと思ったと同時に必ずしも皆が皆家業を望んでいるわけじゃないかもしれないと思った。

 


 大抵そういうのはセオリーがあって、一人か二人はいるものだからだ。


 助けたから。

 


 一度言葉を交わし、演技だったとしてもあの時助けて良かったと思えた人たちだから。 


 微かに願いを篭めて訊いたけれど。

 そんな気配は、弱い力はノーザンの目からは感じられなかった。

 

 ーー戦闘は避けられない。

 

 そしてそれが壁として立ち塞がるなら、アカネは斬らなければならない。

 エマとの約束を守るためには、ドロフォノスは善の歯車を揺るがす脅威になるかもしれないから。


 「いきます」


 「どうぞ」

 

 「ーーフッ」


 その時。

 アレスとノーザンは微かに驚いた。

 アカネの構えにはまだ隙がある。不完全な、よちよち歩きの剣士の雰囲気。



 故にノーザンは「どうぞ」と特に警戒することなく言ってのけたが、彼女は一秒後にそれを後悔する。

 サクラ・アカネ。

 彼女は一歩目の踏み込みでトップスピードに到達し、ノーザンの懐深くに侵入を果たしていた。


 「な」


 「峰打ちです」


 ノーザン・ドロフォノスの誤算は、アカネに剣の扱い方、戦い方を教えたのが誰か知らなかったことだ。


 セイラ・ハートリクスの教えに、何一つ狂いも無駄もない。落ち度はない。

 

 『ーーいいかアカネ。初見の相手は自分の方が強いと思っていればいるだけ油断をする。そこを狙うんだ。ーー足元に魔力を溜めて、一気に爆発させろ。そうすれば一回限りだけ、直線的なトップスピードは見切られることなく相手の懐に入り込める』


 ーー初見殺し。


 『入ったら、あとは全力で刀を振え』


 セイラの言葉が脳裏に蘇る。魔力の喝采が全身を巡り、刀をどう振れば相手に届くのか、主観的な時間が遅くなる世界で白い線が教えてくれる。

 

 これが魔法戦闘。

 これがハルたちが見ていた世界。

 万能感があった。

 そして、躊躇いが生まれる。

 ーー勝ってしまう。

 ーー殺してしまう。


 刹那。


 「ーーっ!」


 その心の隙間を殺しのプロたるドロフォノスが見逃すはずもなかった。


 右斜め下から振り上げた一閃が、紙一重で躱された。

 スパン!と、数本の髪が宙を舞い、空気が両断される。

 

 「なかなかどうして」


 「ーーっ」


 「やるじゃない!」 

 

 アカネの剣を躱したノーザンが距離を取り、杖を構えてその先端が白く光る。



 直後にパパパオ!!と、虚空に線を描くように白い光がーー魔力弾が五発アカネに向かって解き放たれた。


 まるで五指のように迫る魔力弾を睨み、アカネは冷静に対処した。


 『複数同時攻撃で狙われた場合、最も重要なのは見極めだ。どの攻撃が一番に自分に当たるのか、またその軌道は。目を凝らし、微弱な魔力の流れを感じろ。一撃目を叩き落とせたらーー』


 キン!と。

 親指の位置から迫った白い魔力弾を真っ二つに叩き斬った。


 そこから順に残り四発の魔力弾を切断し、雪のように舞う魔力の残滓の中、アカネは日本刀を軽く振ってそれらを吹き上がらせた。


 『ーーあとは消化試合だ。全て落とせる』


 「ーーーな」


 「次、いきます」


 日本刀を両手で持って構え、攻守が交代する。初見殺しはもう使えない。


 けれど魔力による身体能力強化+足裏に魔力を凝縮して爆発させることで驚異的なスピードを獲得、相手を攪乱かくらんさせるつもりでジグザグに、不規則に動き回りながら近づいていく。


 「ちょこまかとーー!」


 「刀剣舞踊ーー弍式」


 アカネは剣の修行の際、自分だけの戦い方を模索した。戦い方、というより技だろうか。



 ハルたちにはあって自分だけないのもおかしいと考え、アカネは自分の魔法がどう使えば活きるかを研究した。

 


 ただ剣を振るうことは誰にでも出来る。だがそれだとオリジナリティはなく、「アカネの技法」とは呼べない。


 そこで辿り着いたのがーー踊ることだった。


 刀剣魔法。

 「真の使い方」なんて今のアカネには分からない。ローラ・アルテミスならもっと上手く使えたのだろうが、今はアカネの『番』なのだ。



 ならばアカネが思った通りに使えばいいし、アカネがそう言うならそれは全て答えとなる。


 サクラ・アカネは。

 刀剣と舞い踊る。


 「ーー桜鮮刺突おうせんしとつひらめき


 そのトップスピードに乗った状態での刺突は、秒速五センチメートルで舞う桜の花を正確無比に貫ける鮮やかな技。刀が閃き、刃が唸る。


 「ーーーー受け止めなさい。猿蛸フタポシィ


 戦況が、変わる。

 


 いや、相手がアカネを敵として認め、本当の戦いーー殺し合いが幕を開けた。

 


 桜鮮刺突おうせんしとつがノーザンの首を貫こうとした刹那、その間の虚空がギュルリと歪み、次の瞬間にはぶよんっ!と、不気味な猿の顔に蛸の胴体を有する謎の生物によって防がれた。



 正確には、蛸の胴体に、か。

 それだけなら、まだよかったろう。


 刺突が柔らかい感触を捉えた直後、吸盤がついた触手が刀を絡め取り、アカネすら巻き込もうと気持ち悪く唸る。


 「ーーーー!」


 「ふふふ。素材にしてあげる」


 舌舐めずりしたノーザンの妖しくも美しい顔が狂気に映える。


 計り知れない悪寒に従ってアカネは刀を離して後ろに飛び退く。

 

 腕を組んで見物していたアレスが汚物を見るように目を細めた。


 「………合成獣キメラか」


 「キメラ?」


 ノーザンからは目を離さずにアレスの言葉に意識を向ける。


 合成獣キメラ


 聞いたことはある。ゲームや漫画でお馴染みの、複数の魔物を、多種族間の細胞を組み合わせることで造られる化け物。

 


 そーいえば、よくよく考えたらさっきの大鮫はキメラの特徴とよく当てはまる。

 

 そして今目の前にいる猿蛸も。

 ノーザンは猿蛸を撫でながら答えた。


 「そんな邪険にしないでちょうだい。この子たちは私の大切な子供なんだから」


 「子供……。キメラを生成する魔法?」


 「産み出す魔法と言ってもらいたいものね」


 言って、猿蛸が動いた。猿の顔が狂気に支配されて喚き、蛸の脚がギュン!と伸びて八方からアカネを絡め取ろうとする。

 


 そうなれば最後、アカネは自分がどうなるのか想像が出来なかった。未来の死に嫌悪して少女は必死に回避を開始する。


 「ふふふ。いつまで避けられるかしらね」


 「ーーーーっ」


 「あなた一人じゃ、私には勝てない。ーーどう?少しは手伝ってあげたら?第一級特異点さん」


 愉快げにノーザンがそう言うと、アレスは肩を竦めるだけだった。


 「オレが手伝うまでもないな」


 ノーザンが不快に眉を寄せる。


 「なんですって?」


 「余所見してる暇、ねぇんじゃねえか?」


 「ーーーー!?」


 アレスの忠告に、ノーザンがようやく気付く。


 おそらく彼女はアカネの魔法の性質上接近戦がメインの戦闘方法で、射程内まで侵入しなければ脅威ではないと考えたのだろうが。

 


 どこまでも甘い。

 何度も言うが、一体誰がアカネに稽古をつけたと思っている。

 


 あのセイラに、薔薇ローダンセにぬかりがあるとでも思っているのか。だとしたら憐れ。見るに耐えない。

 


 それはセイラとの鍛錬中に発現した。


 『これは使えるな。正直驚いたよ。アカネの魔法なら近中遠、どの場面でも応用が効く。……これは私の想像だが、ローラ・アルテミスもこういう使い方をしていたのかもしれないな』



 「刀剣舞踊ーー肆式・魅惑の驟雨」


 キキキン!と。総数、一ニ本の刀剣が、中空からノーザンを穿とうと狙っていた。


 照準が完了し、ノーザンがアカネの刀剣から発せられる脅威のオーラに過剰反応して猿蛸を肥大化、自信を覆って守らせる傘のように造り直した。

 

 『刀剣を精製するにはイメージが必要だろう。元いた世界の刀剣でもなんでもいい。とにかくイメージするんだ。無数の剣を。美しい剣を。惹かれる剣を。とにかく剣に関わる全ての本は読め。そして吸収し、力にするんだ。刀剣魔法はーーそれでもっと強くなれる』


 刀剣図鑑を読んでいて良かったと本気で思う。

 


 今はまだ一ニ本が限界だが、イメージが薄かったらここまで出せなかったから。


 実際、最初なんて三本出せるかどうかだったのだし。


 日本刀を始めとし、様々な匠の刀剣が美しくも鮮やかに陽の光に照らされて、喝采する。


 そして。

 刀剣の雨が降った直後だ。


 ーーバリン!!!!と。

 空が大きく割れた。


 条件反射でアカネは空を見上げ、ノーザンから目を離してしまう。



 視線の先、空の裂け目から落ちてくるのは桃色髪の幼い少女だった。

 ーーノーザンと一緒にいた女の子だ。


 「ーーーーシル……『テレサ』ちゃん!」


 「………!!」


 グワァバ!!と、猿蛸の傘が更に広がり、アカネの刀剣を飲み込んだ。



 ーー直後、猿蛸が剣を生やす全く別の生物に変貌し、ウニのように刀剣を爆発させた。

 


 死が、見えーー、


 「おっと危ない」


 軽い一声だった。

 


 その瞬間、アカネを貫かとうとした複数の刀剣を、目の前にいつの間にか立っていたアレスが片手で根こそぎ打ち砕き、散らした。


 「大丈夫か、お嬢さん?」


 「……ありがとうございます」


 「なんでそんなに不満そうに言うの?」


 とりあえず助けてもらったことには少しだけ感謝しつつ、アカネはノーザンを見る。



 すると、彼女は蛇のような意味不明な生物を顕現させ、力なく落ちてくる『テレサ』?を海に落ちる前に絡め取って受け止める。

 


 ギュン!と引き寄せると幼女を抱いてアカネたちを鋭く睨んだ。


 その、怒りの目。

 子を傷つけられた、親のような。


 「この借りは必ず返すわ。そして覚悟しておきなさい。私たちの「序章」は終わった。次からは「本家」が動く。ーー牢獄は私たち『ドロフォノス』のモノよ」


 「?オマエ、何を言ってーー」


 「座標はもらったわ!!」


 「ーーーー!」


 ノーザンが高らかに嗤い、叫んで、海に飛び込んだ。



 海面に落ちる前に大鮫が口を開けて彼女らを回収し、海に潜っていく。

 


 そしてノーザンの言っている意味はアカネには分からなかったが、アレスは全てを理解したらしい。

 つまり。


 「あいつらの狙いは、泥犁島ないりとうか!」


 「え?」


 問いただす暇もなかった。

 空に開いた裂け目が、空気を吸い始めた。



 ーー違う。



 アカネたちを喰らうように、台風並みの風の圧力を感じる吸引力でもって。

 アカネは抵抗できなかった。

 

 「きゃあ!?」


 一方で、同じように裂け目に吸い込まれそうになっているアレスは真剣な表情で何かを考えていて。


 「そうか。追跡するためにあのエンジン。羅針石を奪うための襲撃か」


 「な、なに?なんなの!?」


 アレスはアカネに気づくと真剣な顔を崩して笑い、緊張感なく言う。というか「空を歩いて」近づいてくるとアカネの手を握った。


 「ちょ、なにをーー!」


 「一回戦はオレたちの負けみたいだ。だけど次はそうもいかないから。こうなったら付き合ってもらうぜ?オレたちの問題に」


 「え、なに、どーゆーこと!?」


 「一緒に悪い奴ぶっ倒そうぜ!」


 「いや、ほんとにどーゆーことなのぉおお!?」


 文句なんて言えなかった。言いたくても言えなかった。アカネとアレスは瞬く間に空の裂け目に吸い込まれ、暗闇の中に突入して。



 裂け目が閉じ、残っていたのは海に浮かぶ船の残骸だけだった。

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