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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー独姫愁讐篇ー
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『一章』⑥ 茜色

「あれ? そーいえば部屋って余ってたっけか?」


「確か一部屋あったよな?」


「今は物置部屋だ。片付けるまでは私と同じ部屋でいいだろう。……覗くなよ」


「「そのセリフは風呂入る時だろ」」


「同じことだ」


「「同じことなのか……?」」


「え、ちょ、あ、あの!」


「「「???」」」


 どんどん話しが進んでいく様子にアカネは慌ててストップをかける。

 対してハルたちは呑気に首を傾げているだけだからもうお腹痛い。

 アカネは当然のことを口にする。


「え、何であたしハルたちの家に泊まることになってるの?そんな話聞いてないんだけど……」


「言ってなかったっけ?」


「知らないよ」


 ハルの何の気なしの返答にアカネは素早く頷いた。

 

 そんな遊ぶ約束してないけど問題ないよね?みたいなノリでインターホン押すような顔をされても困る。

 

 何の準備もしてない寝グセだらけのパジャマ姿で玄関を開けたくらいの衝撃がこっちにはあるのに。

 


 ハルはセイラたちと顔を見合わせた後不思議そうに首を傾げた。


「え。だってアカネ、〈ノア〉に入るだろ?」


「初耳なんだけど!」


「えーーーーーーー⁉︎」


 逆に初耳みたいに仰天したハルは心底困惑気味にセイラたちに向き直って、


「どどどどどどど、どういうことだよセイラ。アカネが〈ノア〉に入らないってこれなんかのドッキリか⁉︎ だったら大成功してるからもうネタバレして!」


「おおおおおお、落ち着けよハル。アカネはあれだ、冗談言ってるだけなんだよ。ジョーダンと仲がいいんだけなんだよ。な、セイラ!」


「……まさかギンが原因、か? 確かに喋る犬なんてホラー以外の何物でもないからな……」


「「よしなら今夜のメシは犬鍋じゃああああああああああああああああああ‼︎」」


「ぎゃああああ! 助けてアカネええええ!」


 狩人の如く目を光らせて飛びかかってきたハルとユウマからギンは紙一重でアカネの胸に緊急退避し、銀髪ショートヘアの少女はその軽く柔らかい来訪を両腕に抱いて受け止める。

 

 半泣き状態のギンを子を守るように抱きながら、アカネは言う。


「ギンは関係ないよ。……ただ、ちょっと驚いただけ」


 出会って間もない人たちが当然のように輪の中にアカネを入れようとしているから。

 

 正直な話しをするなら無一文のアカネにとってハルたちの心遣いは有り難い。


 今日の夕食どころか明日の寝床すらない状況で、目の前に置かれたのは甘くて旨過ぎる話なのだから。


 でもだからと言って、簡単に食いつくワケにもいかない。


 寝泊まりは、帰路についていくとはまた違う。毛色が異なる。


 ハルたちは確かに良い人たちなのだろうが、信用度はもちろん低い。国外に行って一日足らずで言葉を交わした相手の家に無警戒で泊まる人が果たしているだろうか。

 

 少なくとも、アカネはしない側の人間だ。


「ならどうする?他に行くあてはあるのか?」


 アカネの心情を察してセイラが問うてきた。


「それは……」


 言葉に詰まるアカネを見て、セイラは苦笑する。


「すまない。今のは少し意地が悪かったな。まぁでも、アカネの考えは分かるし正しいよ。誰でも初対面の人間には警戒心を抱く。いきなり相手の腕の中で寝ろと言われても無理な話しだ」


「……、」


「でも私たちとしても病み上がりのアカネを一人にさせるのは不安なんだ。……だから、そうだな。ギンをつけるから近くの宿に泊まるのはどうだ?もちろん宿代はこちらが負担しよう」

 

「え?」


 思わぬ流れに目を丸くするアカネに、セイラは小さく笑う。


「追悼祭、までじゃなくてもいい。アカネの気持ちに整理がつくまで好きなだけこの街にいるといいさ。そしてその間の時間で、どうか私たちが信頼出来ると思えるようになってほしい。……私たちを、見定めてはくれないか?」


 少し寂しげな、懇願する言い方にアカネは返す言葉を忘れた。

 

 おそらく一般的に考えてもアカネの判断は、迷いは正しいはずだ。


 事実、セイラも理解を示してくれている。

 

 それなのに、信頼してほしいとセイラに願わせてしまったことに、何故かひどく胸が苦しかった。


  その胸の苦味を吐き出すように、アカネは息を吐く。


「見定めるとか、そんな上からのようなことはしないよ。ハルたちには感謝してるから。……でも、だからっていきなり信じられるわけじゃない。それは、ごめんなさい。正直、行くあてもお金もないから今の話しはすごく助かるよ。だから甘えることにはなると思う」


「そっか」


「だから。これはあたしからのお願いです」


「「「???」」」


 抱いていたギンを地面へ降ろし、姿勢を正した後まっすぐハルたちを見て、それから頭を下げた。


「あたしを。期限付きで〈ノア〉で雇ってください」


 微かに驚く気配が空気に乗って伝わってくる。石畳の上に立つ自分の足から目を離せない。


 都合のいい話しだとは分かっている。どの口が言っているのかと。信用出来ないとか言っておいて働かせてくださいと頼むなんて浅ましいだろう。


 でも、ハルたちの願いを無視せず努力するなら彼らに近づいた方がいい。

 それに、譬え結果が悪い方向に転がったとしてもこの世界の通過は必要だ。


 しばしの沈黙があった。

 そして。


「にしし! 歓迎するぜ!」


「ーー!」


 そう言って、ハルは笑った。

 

 そしてアカネの視線の先、ハルとユウマは肩を組んで軽快なステップを踏み、セイラはギンを頭の上に乗せたまま嬉しそうに涙ぐんでいる。


「四人目だー!」


「ウチもようやく華やかさが増すな……」


「よかったねセイラ」


 予想以上の大歓迎にアカネは若干引き気味に呆然となった。ここまで喜ばれると一周回って不思議である。


 どうしてここまで、ハルたちはアカネに拘るのか。

 

 訊こうとして、しかし叶わない。

 と、言うより。

 吹っ飛んでしまった。

 

 ハルが眩しいくらいの笑顔で手を差し伸べてきたから。


「ようこそ〈ノア〉へ。さぁ、冒険の始まりだ!」


「ーーーー」


 一際強い風が吹いて、向日葵色の夏桜が舞い踊り、繻子の銀髪が花弁と綺麗に共演する。

 

 まだ、この世界のこともハルたちのことも何も分からないのに、未来に待つまだ見ぬ数々の冒険の予感と香りを運んできてくれたように思えた。


 誰かを信じることは難しい。

 でもこの「手」を握ってみるのも悪くない。


「ーーうん!」


 ーー掴んだ手は、どこまでも頼もしかった。

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