『二章』⑭ 乱痴気騒ぎ
ーードロフォノス。
その一族の名を聞いて、裏の人間で知らない者はいない。
ドロフォノスは殺しの名家で、優秀な罪人を数多く輩出してきた狂気の血筋だ。罪人を優秀と例えるのはおかしな話だが、ドロフォノスの実力はまさに優秀と表現せざるを得ない。
家族構成も何もかもが一切不明、全てが謎に包まれている殺人一家。
ドロフォノスは自ら罪人としての仕事を探すのではなく、「依頼」を受けることで初めて動く。
その繰り返しの果てに、ドロフォノスは罪人としての格を上げ、同じ罪人からも恐れられるようになる。
その理由の一つがーー残忍性。
一言で言ってしまえば、ドロフォノスは「人を殺すことを楽しんでいる」のである。
人を殺すことはたとえアレス騎士団だろうとも刹那の躊躇いを覚える。
ドロフォノスじゃなくても罪人なら全員他者を殺すことに躊躇いを覚えたりしないが、ドロフォノスはその域を超えている。
躊躇わないと。
楽しむは違う。
そこには絶対的な境界線が引かれている。
人間として在る最後の境界と言ってもいい。
ドロフォノスはそれを「超えている」。
愉快に、楽しげに、恍惚と、ドロフォノスは人間という同胞を殺すのだ。
時には頭を潰して脳みそで文字を描き、手足をもげばあった位置を交換して、眼球を抉れば宝石を嵌め込み愛玩とし、全身の血液を抜けば観賞用として家の壁に飾り、腹部に穴を開ければ頭部を代わりに嵌めて大笑いをする。
狂った怪物共が一つに集まる、しかし統率力が極めて高い異質な「家族」。
ドロフォノス。
罪人の中の罪人が。
人間を辞めた怪物が、急襲を仕掛けてきた。
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ーーだからどうしたと、彼女は抑えようともしない怒りを露わにしながら傲岸に立っていた。
「か、かはっ!ぐ……っ。な、なんだこの、イカれたツヨサハ………!」
海の中だった。
海藻が揺れ、魚群が泳ぐ青海の中で赤髪の美女は生意気こいた『五男』とかいう漁師をものの一〇秒でボコボコにして、うつ伏せに倒れたヤツの頭を踏んづけていた。
魔法を使わないでこれである。
流石に圧倒的すぎて、ギンはともかくアルストは心底驚いているようだった。
「つ、強すぎじゃないか?姉さん」
ギンはドヤ顔で、
「当たり前だよ。だってセイラだもん」
「……怒らせないようにしよう」
自分に言い聞かせるようにアルストは呟いて、漁師を圧倒したセイラに目を戻す。
そのセイラは、漁師。ーードロフォノスと名乗った男の頭を足で踏みながら口を開く。
「さて。尋問に入ろうか。貴様にはいくつか訊きたいことがある。素直に答えてくれるならこれ以上は何もしない。しかしそうでない場合は……わかっているな?」
海より冷たい声にシエ・ドロフォノスは血がついた口を出来る限り性格悪く歪めて笑い答える。
「お、オレは「ドロフォノス」だぞ。おまえなんかに教えることなどなにもーー」
ズン!!!!と。
シエの頭が海の土の中にめり込んだ。海中が不可視の衝撃波に揺れ、魚たちが逃げていき、海土面は円形に広がってひしゃげ、愚かな男が白目を剥いて海の藻屑になりかける。
「おっとすまない。つい足に力が入ってしまった。大丈夫か?」
「か、か、は………っ」
「よしよし大丈夫そうだな。じゃあ最初の質問だ。貴様はドロフォノス家の一員らしいな?罪人の名家が、私たちに何の用だ?」
「お、おしえ、るか……」
「悲しいよ」
二度目の刑執行。尋問というよりは拷問と化してるセイラのやり方に後ろで控えるギンとアルストはビクビクしていた。
海の土に沈んだシエ・ドロフォノスが血を吐き、青に赤が混ざる。溶ける。
「質問を変えよう。何故私たちの居場所がわかった?あの船は追跡されないよう術式を組み込まれていたはずだ。そもそも、貴様はアレス騎士団が乗っていたことを知っていたのか?」
「………っあ」
「おはよう」
頭が潰れてもおかしくはなかった。
三度目の圧迫に、シエの頭蓋骨が悲鳴を上げた。
「目的はなんだ。誰の差し金だ。仲間は何人いる」
ーードロフォノスは罪人の名家である。
その残忍性によって多くの人間を殺し、そして恐れられる最凶最悪の一族。
ドロフォノスの名を聞けば誰もが心臓を掴まれた感覚に襲われゾッとする、悪魔の文字列。
しかし。
「四度目といこうか」
「………ま、待ってくれ!はなす、はなすからこれ以上はかんべんシテクレエエエエエ!!」
セイラ・ハートリクス。
真に強い人間の前ではドロフォノスの名は一切通用しなかった。
恐怖を与えることはできず、家族以外からの「死」の圧を生まれて初めて感じた『五男』だった。
「有意義な時間を過ごせることを祈るよ」
「「こっえー……」」
セイラの暗い笑顔に、見学組のギンとアルストが声を揃えてそう言っていた。
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「きも!」
「キモ!」
「「キモー!!」」
骸鮫の腹の中をユウマとナギは全身に生理的嫌悪を存分に感じながら全速力で走っていた。
ぬめぬめ、ぶよぶよした足場の悪い肉の床なんて気にしてる暇はなかった。
背後から、とんでもないのが追いかけてくる。
「どうして逃げるんですかー?遊びましょうよー」
マヌケそうに聞こえるその声に二人は反応して走りながら後ろを見る。
ーーとんでもないの。それは体正面にデカデカと人間の口を縦に生み出し、口内から長い舌とドロドロした唾液を垂らす船乗りの男である。
真顔で追いかけてくるその不気味且つ気持ち悪すぎる姿に、ユウマもナギも普通にビビったのだ。
「痛くはしませんよー?」
「「そーゆーことじゃなーい!」」
戦う気が失せるくらいにとにかくキモかった。
攻撃を仕掛けた瞬間、技の全てがあの「大口」に食われて逃げることにしたのである。
「なぁおい!なんだあいつ!なんだあの体!魔法?魔法なのアレ!?あれあれれあれが!?」
「魔法以外ありえないわよユーくん!それにあの「大口」男、ドロフォノスって名乗ってたわ!罪人の名家!殺しの達人!」
「そーいやそーだったな!なに、ドロフォノスってみんなそーなの?みんなあんな感じでいただきますして人殺すの!?」
「そんなわけないでしょ!何人かと戦ったことあるけど、その時のドロフォノスは普通の魔法を使ってた!だからあのキモいのはあいつだけよ!」
「とんでもねぇ相手を引いちまった!」
「全くね!」
とにかく魔法が全て食われるなら逃げるしかない。物理攻撃を試してみてもいいのだが、あの「大口」によるカウンターが怖い。最悪食べられたりしたらアウトだ。
とはいえ逃げてばかりなのは癪でもある。
魔法で牽制しつつ距離を離し、ダメージを与える方法を模索する。
ユウマの攻撃を食らってゲップを吐いた「大口」にムカつきながら、しかし彼はとある面白いことを思いついた。
ユウマは悪戯を思いついた子供のように笑う。
「おいナギ。オレおもろいこと考えた」
ナギはユウマに呼ばれると目をキラキラさせて、
「ナギって!ナギって!ユーくんもう一回ナギって呼んで!」
「あ、そういう感じならあなたが囮になってもらってもよろしいですか?消化されるといいですね」
「ユーくん冷たい!ごめんなさいユーくん!」
泣きついてきたナギを引き剥がして、ユウマは走りながら前方を顎で指した。
「わかってくれる?」
「もちろんだよユーくん!」
「はいはい。抱きついてくるのはよして」
とりあえず馬鹿じゃなくて良かったと思いながら、意図を汲んでくれたナギに視線だけで合図を飛ばす。
彼女は頷くと走っていた足を止めて振り返り、「大口」のドロフォノスに向き直った。
両の掌を向ける。
「連結匣」
キンキンキンキンキンキンキンキンキン!!と。
前回とは違う、白く仄かに光る、可視の一辺一七〇センチの正方形の箱が縦一列に何重にも顕現、ドロフォノスの進行方向を塞いだ。
しかし、そちらは当然とばかり気にせず歩みを止めず、まるで食欲のままに疾走してナギの箱を喰らい尽くしながら進んでくる。
だが、ナギは笑っていた。
「それ。ブーストしてるの」
「?」
「あたし。付与術師でもあるのよ」
不敵にそう言うと、箱を喰らい尽くしながら進んでいた『四男』が怪訝に首を傾げた。
ナギの言っている意味が分からなかったわけではないだろう。
自分の体が、さっきよりも速く走っている。
いや、走れている。
「連結匣に、「速度上昇」を付与したわ。付与条件は破壊することよ」
付与術師。
それは固有魔法ではなく、術式魔法の一種。身体能力強化系の術式魔法で、他者にその恩恵を与えることが出来る魔法のことだ。
ユウマもそれは初耳だったので少し驚いている。
彼が彼女に伝えたのは、あの男を魔法で加速させろ、だった。
原理は不明だが、箱を生み出す?ような魔法だったらその形状を変化させることで対象を後ろから押し出し強制的に加速させることが出来るかもしれないと思ったからだ。
それよりも全然楽な方法があったらしい。
ヤツの特徴を活かす方法で、だ。
そうして最後の匣が喰われ、「大口」の男の加速が限界を超えた。
まるで砲弾だった。
見た目に似合わず、高速の世界に男は歓迎された。
「ーーーーな、ななん……!」
グンっっ!!!と。
太った男の脂肪が風に揺れ、そのままユウマとナギの横を通り過ぎていく。
二人は意地悪そうに手を振りながら笑い、そしてユウマは告げた。
「ーー消化されるといいですね」
「ーーーー!」
その声が聞こえたのか。マルロイ・ドロフォノスは焦るように顔を歪めると抵抗を始めようとして、しかし刹那遅い。
ここは海獣の腹の中。つまり胃がある。胃があるということは体内に入れた栄養素を溶かす胃酸がある。そして海獣の胃酸は人間の比ではないくらいに強力だろう。
ひと一人分の質量など、きっと骨も残らない。
「「ごちそうさまでした」」
胃に落ちた瞬間、それがマルロイが人生で最後に聞いた声だった。
別れの、声だった。




