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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー泥犁暗殺篇ー
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『二章』⑪ 海の洗礼


 ーー夜が明けた次の日。



 アカネが作った朝食が並べられたテーブルを皆で囲む朝の爽やかな時間。



 朝は流石に喧嘩をする気も起きないのか、ハルとアレスは眠そうにしながらサンドイッチを食べている。

 アカネはエプロンを外しながらハルの隣に座り、それからシャルに訊いた。


 「"メランポタモス"にはいつ頃着く予定なの?」


 シャルは美味しそうにモグモグしていたサンドイッチを飲み込んで、


 「昼前には着くと思いますよぉ。波も穏やかですし、ここの海域は海獣もいないですからねぇ」


 「……そーいえば、昨日訊こうと思って忘れてたけど海獣って何?魔獣とは違うの?」


 そう訊いておきながらアカネはそもそも魔獣を見たことがないけれど。魔獣みたいなヒトなら見たことはあるが。

 だから昨日のあの魚緒イクテュオが異世界で初めて見た化物だった。あの衝撃は死ぬまで忘れないだろう。


 そしてアカネはハルたちに慣れすぎていた。



 アカネが異世界出身者で、回帰者であることを知っているハルたち。だからこそ何を訊いても特に問題はなかったのだ。

 


 だがアレスたちはアカネが異世界から来たなんてことは知らない。


 だからこの世界にとって常識的なことを訊いたであろうアカネに、彼らは食事の手を止めてポカンとしていた。


 やっちまった……と思ってももう遅い。

 シャルが眠そうな目を微かに見開きながら、


 「………知らないんですか?魔獣と海獣がどう違うのか………?」


 アカネは慌てて失態を取り戻そうとして、


 「あ、いや。ちがう、ちがうよ?もちろん知ってるけど今のはその……!」


 ダメだ何を言っても助からない。涙目になりながら頼れる仲間たちを見てみれば、ハルとユウマはアカネとは目を合わせようとせず、ギンはアカネの膝の上で丸まって寝たフリだ。


 (裏切り者!)


 (((悪りぃアカネ。俺たちじゃ無理だ)))


 「アカネは最近重度の記憶障害を負ってな。ここ最近の、六月以前の記憶が曖昧なんだよ」


 と、救いの手を差し伸べてくれたセイラにアカネは心から感謝した。


 首が捩じ切れる勢いで彼女をみて、泣きながらその思いを伝える。

 謎の精神会話で。


 (セイラさあああん!ありがとうございます!)


 「そーだったんですねぇ。……大丈夫なんですかぁ?記憶がないって、曖昧って、結構怖いものだと思いますけどぉ」


 言われてみれば、確かにそれは恐ろしいことだ。



 実際に失ったわけではないが、もう向き合えてはいるが、ハルたちと出会う前は過去の記憶を意識的に除外していた。

 


 それはアカネ自身が望んだことで起こしたことだが、ではそれが無意識的に、それも嫌な記憶じゃなかった場合、人はどうなるだろう。

 ーー怖いの一言に尽きるかもしれない。

 何故なら自分という「個」の証明がないのだから。


 しかしアカネは首を横に振り、小さく笑う。


 「ううん。もう大丈夫。それは最初はすごく怖くて、向き合えなくて、何度も逃げ出しそうになった。……でも、それは一人だったから。一人でうずくまって、暗闇の中にいたから。今は違う。今はみんながいてくれる。みんなを感じるの。だからもう怖くないよ。怖くなんてないんだ」


 「………強いんですねぇ、アカネさんは」


 「そー、かな。そーだといいな」


 「いいや。お嬢さんは強い。自信を持っていい」


 そう言ったのはアレスだ。

 彼はサンドイッチを掴むと、食べながら言う。


 「強いってのは喧嘩の話じゃねぇ。「心」の在り方だ。お嬢さん、あんたは昨日あの親子を助けたな。それは何故だ?」


 「……それは、あの男の人たちが間違ってると思ったからで……」


 「そう。あれは間違ってる。これでも一応オレはアレス騎士団隊長だ。そのオレが出る前に、あんたはあの親子を助けた。あの場で、あの瞬間、あんたは誰よりも強く、正義を実行した。自分が殴られそうになっても、避ける目をしていなかった。覚悟をしていた目だ。理不尽から逃げない目だった。あれを強いと呼ばすしてなんて呼ぶ?オレはあの時、一瞬だがお嬢さん、あんたがローラ・アルテミスに見えたよ」



 「………….、」


 それはまぁ一応子孫ですから、とは当然言えるわけがないから言葉にはしないが、しかしアレスだとしても誰かからそう言われるとアカネは少し照れくさかった。

 


 そっか。

 

 仲間たちだけじゃなくて。

 それ以外の人からも、あれは間違っていなかったと思える行動だったのか。



 ーー時に正義の行動というのは人の思いを、感情を動かすトリガーとなる。


 故に、アレスはアカネたちを『好き』だと言ったのかもしれなかった。


 そして。


 「おいアレス。アカネを褒めてくれんのは嬉しいけどよ、そもそもアカネが強いことは最初から知ってるし、それを一番知ってるのは俺たち〈ノア〉だ。自分が一番知ってますぅ、みたいな雰囲気出してくんじゃねぇよ」


 「褒めたんだから別にいいじゃねぇかよ!つーかそんな顔してねーよ!」


 「じゃあ雰囲気は出してたんだな?それでいいんだな?」


 「それは……!………どうなんだ?」


 「「知るかぁ!!」」


 と、どこかで見たことある光景が朝の食卓で再現されて、笑い声が響く穏やかな時だった。

 それはきた。



 ーーズンッッッッッ!!!!と。


 船が大きく、それこそ引っくり返ってもおかしくないくらいに盛大に揺れた。

 テーブルに置かれた朝食は床に全て落ち、固定されていなかったほぼ全ての家具やらが船室を暴れ回る。


 「な、なに!?」


 「あー!俺の肉がぁぁあん!」


 「「「今それいいだろ!!」」」


 呑気に床に落ちた料理を気にしたハルに見事に全員が怒りを飛ばす。「すんません」と素直に謝ったハルをとりあえず皆は無視して、崩れた体勢を直しながら、


 「あー!俺のサンドイッチがぁああん!」


 「「「オメーもかよ!!」」」


 もう例のバカ二人は放っておいた方がよさそうだった。とにかくハルとアレスは置いてアカネたちは甲板へと急いで出る。



 燦々と輝く朝の陽に目を細めながら飛び出して、そうして皆の視界に映ったのは青空の下、船の側面に頭から激突している巨大な『サメ』だった。


 「………デカ!アメリカサイズ!」


 「なんそれ!……これは骸鮫ガレオスだ!」


 思わずアメリカの人気映画に出てくる例のサメ様を思い出して、アカネは引っくり返るくらいに驚愕し、ユウマが怪物の正体を口にした。


 全長ニ〇メートルは軽く超える、骨と筋肉がツギハギで繋がる巨大な胴体と、眼窩に眼球が嵌っていないグロテスクな、けれど人間なんて、船なんて簡単に串刺しにしそうな鋭い牙が並ぶ凶悪な口を持つ頭部。

 海獣ーー骸鮫ガレオス


 「……何で骸鮫ガレオスが、こんな低層の海域にいるんですかぁ………?」


 凝然と目を見開いて、船の側面に激突した頭を離して距離を取り、もう一度突進を仕掛けてくる雰囲気をビリビリ感じるバケモノ鮫を見ながらシャルが呟く。


 彼女の反応からして、このサメは本来この海にはいないらしい。それにシャルは言っていた。ここの海域で海獣は出てないと。


 だが今は、そんなことを悠長に考えている暇はない。


 「ねぇ、まずいんじゃないのこれ!次もう一回タックルされたら、船が壊れちゃう……!」


 そして壊れたら大海原に投げ出されるだけじゃなく、海の支配者たる大鮫の餌食になる確率がほぼ一〇〇%まで上昇し、生き残る術が圧倒的な理不尽、自然界の掟によって喰い千切られる。


 「ーーだったらその前にアイツを海の藻屑にしてあげましょうか」


 「ーー!」


 凛とした声が海の世界にどこまでも響いた。

 アカネが顔を向けた先、甲板の手すりに危なげなく立つ勇ましい女性の姿。

 

 ナギ・クラリスだ。

 彼女は助走を完了させたバケ鮫をそのキレ長の、綺麗な黒曜の双眸で睨む。

 

 「クラリス!?」


 「ナギって呼んでと、そう言ったでしょ。ダーリン?」


 こんな状況で軽口を叩けるほどの余裕。

 ウインクをつけるほどの余裕!

 余所見をするほどの余裕!!


 「ーー匣墓はこはか


 パチン!と。

 ナギがその細い指で音を鳴らした。その瞬間、こちらに突進しようと動きかけた骸鮫ガレオスの動きが、ピタリと止まる。


 ーー否。

 そうじゃない。


 ヤツは確かに海を泳いだ。だが。まるで見えない壁に行く手を阻まれたかのようにその悪趣味な頭部をぶつけたのだ。

 ゴォォォン!と。

 太鼓を叩く音を何重にも重ねた轟音が響いた。


 「「すご!そして何故!」」


 アカネとユウマが声を揃えて驚く。もちろん言うまでもなく魔法の力なのだろうが、その全貌がまるで掴めない。ナニ魔法なのか、どーゆー技なのか。


 ナギ・クラリス。

 彼女もまた、紛うことなきアレス騎士団小隊長であった。


 「キモ鮫如きじゃ私の匣墓はこはかは壊せないわ。あとは長距離攻撃できる人に仕留めてもらえば終わりよ」


 「ならオレがーー」


 星天魔法。

 確かに強力且つ遠距離攻撃が可能なユウマの魔法なら仕留めることは容易い。

 しかしユウマが右手を構えた直後、匣墓はこはかに異変が生じる。


 ドン!ドン!ドン!ドン!と。自らに返ってくるダメージをいとわずに、巨大鮫が見えない壁に何度も何度も突進していたのだ。


 「ーーな」


 驚愕するナギ、術者の前でついに、壊れないという前提が崩れた。

 バリン!!と、乱暴に硝子を叩き割った音が響く。


 「ーー!アイツ、痛覚がないの!?頭部が抉れてるのにお構いなしじゃない!?」


 「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ!」


 超スピードで迫る大鮫に、ユウマが流星群を連想させる光の奔流を解き放つ。



 直撃、直撃、直撃、外れて海面を撃ち、直撃、水柱を生み、直撃、海面を撃ち、海面を撃ち、直撃、直撃、直撃してーー。


 尚も止まらない、止まることを知らない、海を自分の血の色に染色しながら迫る大鮫に、誰もが目を見開き覚悟した。

 これは、まずいと。


 「ーーマズイ?そんなものはおれの前にはない。あるのは純粋な勝利の道だけだ」


 勇ましい台詞が不安と緊張、それから死の覚悟を纏う空気をぶち壊す。



 アルスト・ウォーカー。

 昭和ヤンキースタイルの青年が、ただまっすぐと勢いよく、その場の空間を殴りつけるように固く握りしめられた正拳突きを解放した。


 「その道を、ただ歩けばいい」


 ドッパァァァァァァン!!!!と。

 大鮫の肉体にトンネルが開通した。正確には口から臀部にかけて、直線的に、巨大な穴が生成されたのである。



 あの恐ろしかった牙を有した大顎が、鋸の刃のようにギザギザした尾鰭が、一生使い物にならない形として役目を終える。



 そして、説明不要だと思うが海獣も自身の役目を終えて。

 あんぐりと口を開いたアカネとユウマが怪物の死体を見ながら、


 「「鬼か!!」」


 「いや、人間だが」


 そういうことじゃない、と叫ぶ気にもなれなかった。一体どんな魔法ならあんな規格外の攻撃を放てるというのか。

 ともあれ。


 「でも、何でこの船を狙って……」


 海獣という魔物はそういう性質なのか?縄張りを荒らされたと勘違いして攻撃してくる、いわば動物本能そのままのーー。



 その思考にストップがかかる。

 


 その論を通すなら、何故海獣がいない海域にあの鮫がいた?シャルたちの情報の精度の甘さ?なるほど理由としてはありえる。


 しかしこの世界の、しかもアレス騎士団の団員がそんなツメの甘いことを、精度の甘い情報を信じるだろうか。


 否、と言えるだろう。


 ーーそしてそれすらゆっくり考える暇はなかった。

 悉く、想定外が発生する。

 

 「ーーウソだろ」


 勝利の道が、歪む。

 いいや補正がかかる。修正がかかる。後出しジャンケンみたいな反則が発生する。


 骸鮫ガレオス



 その体にポッカリと空いた大穴から、五本の巨大な触手がーータコやイカに似た吸盤の付いた触手が飛び出し、その内の一本が真上から、船を押し潰すように振り下ろされて。


 「う、そ……」


 どうすることもできなかった。

 


 イレギュラーの連続の果てに、常道が完璧に崩れ去った。潰れ去った。



 後から考えたら無駄な抵抗だったと思える中、唯一その海獣を冷静に観察していたセイラが不穏な言葉を残しーー。


 「ーー合成獣?」


 直後。

 不測の事態が〈ノア〉とアレス騎士団のメンバーを嘲笑うかのように擦り潰した。


 ーーセイラの言葉は、波に流されていった。



 

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