『二章』⑩ 暴戒、そして海戦
ーー正直非常に困っていると、茶髪に和服の少年、ユーマ・ルークはそう思う。
運がいいのか悪いのか。
とにかくアレス騎士団の船に乗せてもらえることになったユウマたち は、"メランポタモス"へと無事に向かっている最中で、到着するのは明日の朝一らしいのだが。
「ぶ、ぶふぅ……。も、もう勘弁してくれ……もうこれ以上、ケーキは、生クリームはぁぁぁ……」
「何を言っているのルーク!ほらみて!まだこんなにあるのよ!あなたのためにこの私が一から作ったんだから全部食べて!」
「んなアホな……」
ユウマ・ルーク、一六才。
二つ年上の女の子に一目惚れされました。
その女の子、というか女性と表現した方がいい大人びた一八才の名前はナギ・クラリス。
濃淡の紺色、毛先は夕暮れに染まる長い髪の毛、スタイル抜群で美人と呼んでも差し支えない二つ上女子に、ユウマは半ば強制的に糖分の過剰摂取をさせられていた。
今日が紛れもなく初対面で、しかも喋った記憶は自己紹介したくらいだったのに、泳ぎ勝負から帰ってきた瞬間に上目遣いと甘えるような声、少し火照った顔で「ケーキ、食べる?」とか言われたら男はもうどうすることも出来ない。したくても出来ない。
そしてそこで「ええ、もちろん」とキメ顔でカッコつけたのがユウマの運の尽き。
一個だけだと思ったら次々と運ばれてくるし、船に乗ってからもそれは変わらずにいて。
「ちょ、ほんとたんま。まじ勘弁してくださいクラリスさん……うっぷ」
「クラリスなんてそんな他人行儀な。ナギかなっちゃんって呼んでもいいのよ?ユーくん?」
「ねぇさっきからコイツほんとになんなの!?おい、ハル!お願い助けて!」
と、悲鳴のようなユウマの助けを求めてる声を、ご飯を食べすぎてお腹が苦しいハルはアカネの膝枕で横になりながら、
「頑張れ」
「お前絶対ゆるさーーわぁぁぁぁぁぁ!?」
生クリーム地獄に再突入した憐れなユウマを、アカネはハルの頭を撫でながら苦笑して見守るしかなかった。
広い船室。
コの字に置かれた高そうなソファの上である。
ハルはアレスとの大食い勝負が終わり、またしても勝敗がつかず、向こうは向こうでシャルに顔面を踏まれている。
シャルはユウマとナギのカオスを見ながら、
「ナギさんは美人で凛としてるのにすごく惚れやすい人なんですぅ。さらに言うなら男運はなくて、ダメ男ばっかりとお付き合いするんですよぉ。最近振られたばかりだったんですが、切り替えが早いですねぇ」
「あはは。そうなんだ。でも、じゃあ今回は平気だから安心だね」
「うん?どういう意味ですかぁ?」
首を傾げたシャルに、アカネは自慢げに笑って、
「ふふん。だってユウマだもん。あたしの友達だもん。ダメ男じゃないもん。ちょっと激辛と女の人が大好きなイケメンだもん。ふふん」
「なんでアカネさんが自分のことのように得意げに話すんですかぁ?……まぁでも、確かに彼なら心配する必要はなさそうですねぇ。……まぁ」
そこで言葉を切ると、シャルは憐れな目をユウマに向けた。
「心配なのはユウマさんの方ですけどぉ」
「あはは。……言えてる」
否定ができないくらいにユウマの生クリーム地獄責めは恐ろしい。甘いものが大好きなアカネでも気絶する。というか逃げ出す。
ともあれ、だ。
「でも本当にありがとうシャルちゃん。おかげでみんなと温泉にいけるよ」
「いえいえぇ。困った時はお互い様ですからぁ」
そう優しく言ったシャルの足に踏まれているアレスがハルを上から目線で見下しながら、
「感謝しろよ青髪。仕方なく、オレの船に乗せてやったんだからな」
ハルはアカネの膝枕の上からアレスを睨み返し、
「感謝しろよ火山灰。仕方なく、お前らの船に乗ってやったんだからな」
「あぁん!?だったら今すぐ海に叩き落として海獣のエサにしてやるよ!母なる海の糧にしてやるよ!」
「上等だ!やれるもんならやってみろ!」
「疲れないのあなたたち……」
呆れるしかなかった。何かと勝負事に持ち込むハルとアレスは船室から外に飛び出して行った。
二人の背中を見送ってから、アカネはテーブルに置かれたアイスティーを一口飲んで、
「ねぇシャルちゃん。訊いてもいい?」
シャルは眠そうな目をしたまま微笑んで、
「いいですよぉ。答えられる範囲でなら何でも答えますぅ」
「シャルちゃんはいつから騎士団団員なの?」
「…………、」
アカネの素朴な質問に、シャルは黙る。
その反応が、アカネには不思議でしかなかったが。いつから働いているの?くらいの気軽さで訊いたつもりだったから。
けれど一方で、どうして騎士団に入っているのかも気になっていた。
見たところ、シャルの年齢はアカネと大して差はない。
エマのように未来の時を対価に年齢を若くしている、という特殊な事情がなければシャルはアカネと同年代だ。
そしてアレス騎士団とは、元の世界でいうところの警察か自衛隊のような国直属の組織だとアカネは認識している。
この世界の法律は詳しくないが、つまり一六才、高校生相当の年齢の女の子が入団出来る、またはしてもいいのだろうかと、疑問に思うのは当然のことだ。
シャルは二秒にも満たない沈黙の先、細い顎にこれまた細く白い指を当てて言った。
「んー、そーですねぇ。今が一六才ですからぁ、確か一四才の頃、二年前ですかねぇ」
アカネの想像をさらに超える答えだった。
一四才。
中学生だ。
そんな年から、国のために?
確か、「サフィアナ王国」の成人年齢は一八才だ。アカネは日本の法律に従って一応ニ〇才まで飲酒などはしないつもりではあるが、そういう話ではなく。
一四才で国直属組織に入団、しかもその組織はおそらく一番危険な職業で、罪人と戦うことが多い環境でもあるはずだ。
そんなところに、一四才から。
「志願したんですぅ」
「え?」
アカネの余計なお世話に等しい心配や疑問、疑念を看破したのだろう、シャルはウェーブがかった金髪ポニーテールの尻尾を揺らしながら、柔らかく言った。
「私は、私が自ら決めてアレス騎士団に入団することを決めましたぁ。別に国のために何かをしたいとか、そーゆーご立派な理由なんかじゃないですけどねぇ。ただ、そう。「アレス」騎士団に入りたかったんですよぉ」
その、妙に言葉の色や雰囲気が違うアレス騎士団の言い方にアカネは首を傾げた。
「アレス騎士団は、そんなにいいところ?」
「アカネさんは、アレス騎士団がお嫌いですかぁ?」
「…………、」
今度は逆に問われて、アカネは返答を詰まらせた。嫌い、というよりも、許せない、と言った方が適当だろう。
前にも言ったが、シャルたちは悪い人間じゃない。彼女たちはアレス騎士団という名の正義の下に動いているだけだ。
そこに自分の感情や思いなど挟めないとしても、シャルたちはそれが正義だと信じて剣を振るっているに違いない。
では嫌いと問われて、アカネはどう答えればいいのだろうか。
許せない、とただ一言言えばそれで済む話なのかもしれないが、それは答えにはなっていない。
そもそもここまで良くしてくれているシャルに「許せない」も「嫌い」も言えない。
それはあまりに無礼だ。失礼だ。恥知らずだ。
「アレス騎士団を憎む人はたくさんいますぅ」
焦れたのか、それとも察したのか。
シャルは不意にそう、口を開いた。
どこか、記憶を思い起こすような声色と表情。
桃の瞳の、その翳り。
「それは都内都外に拘らず、必ずいますぅ。理由は様々ですが、やはり多くは大切な人を失った人が、私たちアレス騎士団のせいだと呪い、憎悪しているケースが多いですねぇ」
「………」
ーーエマのことだと、アカネは沈鬱に思う。
「そしてそれを否定する気は、少なくとも私にはありませぇん。被害者たちがそう言うなら、きっとそうなんでしょう。アレス騎士団は、皆を守っているようでその実、守ってはいないんですぅ。……いいえ。守れていないんですねぇ」
「…………、」
ーーすまない。守れなくて。
あの時のアレスの言葉。
そしてハルが言っていた。分からないなりに理解して、謝った。
こうしてシャルたちと知り合うまで、アカネの中でアレス騎士団とは善より悪に近い、善悪が混ざったカオスだった。
だから、守れなかった人たちを覚えていない冷徹で冷酷な、善の執行者という無情な人間だと。
ーーそうじゃなかった。
わかっていたけど、そうじゃなかった。
アレスもシャルも、守れなかったら守れなかったなりに傷ついていて、責任を負っていて、そして苦しんでいたのかもしれない。
それなのに、あたしは何も知らないくせに。
エマちゃんを理由に、許せないとか、嫌いとか、負けたくないとか、苦手とか。
どの口がいう。
そんなことを言う資格なんて、ないのに。
「だから、入ったんですよぉ」
自然と俯いていた顔を上げると、エマは微笑んでいた。
優しい目だった。
「守れなかった。じゃ終わりたくなくて。憎まれる騎士団じゃなく、正義のヒーローって言われる騎士団にしたいから、私は入団を決めたんですぅ。だって、そっちの方がカッコいいと思いませんかぁ?」
ーー自分より他人を優先する。
善の麻酔で狂わせて、真に正しい道を見失わせる可能性を消さない、そのやり方。
『自分のためになることがわからなくなる』。
そうは言ったが、そうでもないらしい。
少なくともシャルは、正義のヒーローと呼ばれるような騎士団にしたいという、明確な自分の意思があった。
それが自分のためになると思えていた。
アカネは微笑み返していた。
「スゴイね、シャルちゃんは」
「それほどでも、あるかもしれないですねぇ」
冗談っぽくシャルが言って、二人は友達のように笑い合った。
ーーじゃあ、どうして一四才の時に『そう』思ったのか。
それを訊く勇気はなくて、まだそれを訊けるほど近くはないと感じる、そんな笑顔だった。
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青い空と蒼い海が太陽に輝く綺麗な風景を、一隻の船が静かに渡る。
その輝きを浴びるキレイなデッキでチェアに寝そべりながら優雅に日光浴をするサングラスを掛けた赤髪美人のセイラの近くで、ギンはアルストに相変わらずモフモフされていた。
「ギンスマくん〜!ギンスマくんはどうしてそんなに可愛いんだぁ〜!これはもはや罪だ、罪レベルの可愛さだぁ!」
「あーもう暑苦しいなぁ!助けてセイラぁ!」
と、やっとこさアルストのムキムキな両腕とイケメン顔から抜け出して、ギンはセイラの豊満な胸に飛び込んだ。
弾力に負けて少し浮いて、それからギンはセイラに抱きとめられる。
「どうしたギン。アルストは私たちを乗せてくれた側の、いわば恩人だ。失礼があったらいけないぞ」
「失礼されてる時はどうすればいいのさ!もうずっと顔面にすりすりさせられてたんぞおれ!男の顔面に!暑苦しいったらありゃしないよ!」
セイラは苦笑して、
「やれやれ。だからって私の胸に飛び込んでくるか?まぁ私は構わないがアルストは落ち込んでいるようだぞ」
「え?」
上体を起こしたセイラの腕の中、ギンが振り向けば確かに無駄にムキムキの、アカネがいた元の世界風で言えばショーワスタイルのヤンキー?のアルストが、あからさまにしょんぼりしていた。
ガタイに似合わず消沈中であった。
ギンは多少の罪悪感を抱いて、
「お、おいアルスト?大丈夫か?あ、いやおれは別にお前が嫌だとかそういうことを言ってるわけじゃなくてだな?ただすこーし疲れたというかなんというか……もしもーし。聞こえてますかー?」
無反応である。
まさかそんなに落ち込むとは思っていなかった。
シャルが言うにはアルストは裁縫が趣味らしく、よくぬいぐるみを自分で作っては名前をつけて部屋に飾り癒されていたという。
そして今回ここにくる前に作ったのがスマイルくんという犬のぬいぐるみで、それが大変ギンに似ているんだとか。
そんな大好きなぬいぐるみに……いや本物の犬だが。ともかく好きな犬から冷たくされたら誰だって落ち込むかもしれない。
まるで夢に泣いた子供のようだった。
ギンはセイラから降りてとことこアルストに近づき、セイラも気になってついてくる。
「……アルストくーん?」
膝を抱えて座るムキムキイケメンの顔を覗き込んだその時、奴の目がギラリと光って、ギンは身構えた。
またモフモフされる、と警戒したのだ。
しかし待っていたのはそうではなく。
「ーー姉さん!おれを弟子にしてくれ!」
とか暑苦しいことを言いながらセイラに土下座するアルストだった。
セイラもギンも、心底ポカンとなる。
「……何を言っているんだお前は」
「ーー姉さん!おれを弟子にしてくれ!」
「二回も言わんでいい。繰り返せ、ということじゃない。何故いきなり私に弟子入りを志願する。意図が全く掴めていないぞ」
「おれにはわかる。姉さんが只者じゃないって!その顔にスタイル、髪の美しさ!どれをとっても姉さんは一級品だ!」
率直でまっすぐなアルストの言葉にセイラはまんざらでもない感じで頬を緩めて、
「ま、まぁ大したものじゃないさ。しかし、そこまで言うなら私も考えないわけには………」
「だから頼む!おれをギンスマくんに好かれるような男にしてくれ!!」
「……………は?」
そういうことだったの?みたいな感じで固まるギンとセイラ。
そしてアルストはガバ!と顔を上げるとセイラに思いっきり抱きついて。
「おれを男にしてくれ姉さぁぁぁぁん!!」
「ふざけるなぁあぁぁあああああ!!」
言い方がとんでもないことに気づけなかったアルストは、セイラにぶん殴られて海に落ちて行った。
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ーーそして夜。
初夏の暑さが引いた、少し冷える海の夜。
深淵の底に思える暗い海面が、風に揺られて怪しく波立つ。
アカネたちが眠った、その時間。
数ある船室の、その一つ。
「ーーで。航路はコレでいいのか」
アカネが作ってくれたトロピカルジュースを飲みながら、ソファに座るアレスは部下たちに問う。
その筆頭、副隊長のシャルロット・ガーデンは八角形の羅針石で光る、この船を示す光点を見ながら回答する。
「はい。問題ないですねぇ。一日一回ルートを変更する術式の構築に成功したのはいいですけど、そのルートを追える専用の羅針石がないと絶対に辿り着けないっていうのは面倒くさいですけどねぇ」
泥犁島は罪人が収容されている島である。
一般市民が近寄ることはまずないが、非収容者である罪人が仲間を助けるか、それ以外の目的で囚われた罪人を脱獄させるために侵入してくる可能性もないとは言えない。
内からも外からもそう簡単に干渉し、出入りが出来るような九泉牢獄ではないにしても、だ。
その懸念を加味し、『サフィアナ王国』の術式魔法開発局は特定の手順をなぞり、また定められたルートを通らないと絶対に辿り着けない術式を開発。
特定の手順とは本来一日で着く時間を三日に伸ばす。難しくしすぎない方が逆にいいらしい。
そして定められたルートは万単位で日々更新され、不可視の魔力波を羅針石が感知、それを辿ることで泥犁島に着けることになっている。
何せ第参部隊は今回が初めてなので所々問題はあるのかもしれないが順調と言っても差し支えないレベルで進めている。
船の欺瞞にも落ち度はなく追跡の気配もない。
唯一の想定外と言えばアカネたちを乗せたことだが、彼女たちは善人だ。悪い人たちじゃない。
問題はない。
ーー問題があるとすれば、だ。
「今回選別された罪人のリスト」
ケーキを食べ終えたナギが甘さを感じさせない口調と声色で言う。
キレ長の瞳に映すのは、ソフィアが渡してきた書類の一部。
極刑対象の、罪人のリスト。
「共喰。第S級指定罪人」
淡々と、告げていく。
書類に記載された無機質な、未来の死が確定している者たちの名を。
その、血の気配を纏う名前を。
「涙病。第S級指定罪人」
そしてこの任務の大きさを知る。
「夜怨。第S級指定罪人」
首の重さと。
罪の大きさと。
「累童。第S級指定罪人」
悪の悍ましさ。
それらを確かに胸に感じて。
最後に、その名を告げた。
おそらく、他のS級罪人はオマケで、処刑のメインはコイツなのだろうと、誰もが思う。
書類に記載された極刑対象の罪人。
名前と、顔写真つきの。
黒と白の長い髪の毛。
中性的な顔立ち。
赤色の瞳。
「神魔。第S級指定罪人」
ーーこれより始まるのは想定外の連続。
誰が死に、誰が生きるのか。
何を失い、何を得るのか。
地獄の大顎が開き始め、善も悪も喰らい尽くして最悪の決戦が疼き始める。
ーー泥犁暗殺篇。
始動。




