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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー独姫愁讐篇ー
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『一章』⑤ 花見のような 

 ーー異世界召喚って本当にあるんだなぁ……と。紅褐色の冷えた茶が淹れられたティーカップを渡されたアカネは結構軽い感じで、自分に起きたトンデモ展開を受け止めていた。


 というか、それしか理論上ありえない。


 非現実的現象を基に理論値を出すなどお笑い草ではあるが、あの絶死を否定するのなら『異世界』レベルの突拍子もない考えを前提に話を進めなくてはならない。


 喋る犬にカラフルな髪色。

 奇抜な衣装に人外めいた美貌。

 あと男2人。

 

 とにかく異世界ちっくな特徴が溢れる光景を前にしてまだ異議を唱えるなら、そいつにはもう異世界召喚者のセンスがないので箒に乗って元の世界に帰った方がいい。


「……高熱を出して、倒れてた?」


セイラからの話しに、アカネは首を傾げた。


 電車との衝突からセイラたちとの出会いに、アカネの記憶は直結し繋がっている。


 だから高熱を出して倒れた記憶なんて無く、だからこうしてベットに寝かされていたのかと腑に落ちた。

 

 ベット横の椅子にセイラ、ハル、ユウマ、の順で座り、ギンはハルの頭の上だ。

 

 高熱は異世界召喚の副作用か何かなのか。

 路地裏で倒れていたところを三人が見つけて看病をしてくれていたという。


「三日は熱が引かずに寝込んでいたんだが、こうして無事に起きてくれて安心したよ」


 柔らかく笑んだセイラは本心からそう思っている声色だ。


 いいや、セイラだけでなく、他の二人とギンも同意とばかりに激しく首を縦に振っている。

 

 異世界召喚初日に体調を崩すとかアカネも十分センスがないかもしれない。


 下手な海外より危険な未知の世界で気を失っていたとか今更だけど落ち着いて考えたら超怖い。

 

 たまたま人が良さげなセイラたちに保護されたからよかったものの、運が悪かったら想像以上の「なにか」に遭っていた可能性だってあっただろう。

 

 改めて。

 いや益々、彼らに感謝の念が絶えない。

 アカネは頭を下げて、それからようやく口にした。

 随分久しぶりの、当たり前を。


「ありがとうございます。助けてくれて」


「礼は不要だ。人として当然のことをしたまでだからな」


「そうそう。気にすんなよ! アカネが無事で何よりだ。にっしししし!」


「右に同じ」


「おれも」


 心温かい三人とギンの反応にまた感謝して、アカネは顔をあげる。


 体調を崩したことは不運だったのかも知れないが、異世界で一番最初に会えたのがセイラたちなのは、幸運と呼べるかもしれない。


 それからふと、アカネは窓の外に広がるオーシャンビューに目を向けて訊いた。

 

 意識して見ればどこか違う、淀みない純清な紺碧の空に白く眩しい陽光と、果ての見えない碧瑠璃の水平線。 

 

 日本にはない絶美の景色は海の壁を超えた地点に雄然と麗しく在る星の煌めきで、藍碧の水面には天の輝きを模す燦光の綺羅星が散っている。


「ここは、どこなの……?」


 純粋な疑問。

 異世界の、どこなのか。


「ここは夏島の「ハイロ」。『サフィアナ王国』の中でも人気のリゾート地だ」


 応じたのはセイラだ。

 しかしアカネの頭の中ではハテナがブレイクダンスをしてやがる。訊いといてアレだが見事に分からない。

 とにかくさふぃあな?とかいう国の島が今いる"はいろ"?なのか。沖縄的なアレなのか?と勝手に解釈する。

 ……みたいな色が顔に出ていたのだろう、眉根を寄せていたアカネに、ハルが笑って言う。


「ま、美味いメシがいっぱいあるあちぃ島ってことだよ」


「それはそれで「ハイロ」に悪い気がする。つーかそんなざっくりした説明で分かるわけーー」


「なるほど」


「わかったんかい」


 虚空を軽く叩いてツッこんだユウマには悪いがつまり本当に元の世界の沖縄とかハワイなのか。

 と、いうことは。


「セイラさんたちも、観光してたんだよね?……ごめんなさい。あたしのせいで……」


 正確に言えば今日を含めると三日になる。

 対して、セイラたちは気にしてる風もなく笑った。


「それも気にすんな。「ハイロ」に来た元々の理由は仕事だし、観光なんてまた来ればいいだけだ。さっきも言ったろ。アカネが無事で何よりだ」


「ハルの言う通りだ。アカネは何も悪くない」


「そうそう。健康が一番ってこった」

 

「おれは少し気にしてほしい」


「「「空気読めよナゾ犬!」」」


 とか冗談を混ぜるのも彼らなりの気遣いなのだと漠然と分かる。

 

 本当に、人間性がいいのだろう。

 自分たちの時間を惜しむことなく誰かの為に使えるほどに。

 

 ならば、これ以上何かを言うのは無粋で彼らの親切心を無駄にする蛇足に過ぎないと見るべきか。

 素直に甘え、それから気になったことを訊いた。


「仕事って、ハルたちは何をしているの?」


 見たところ、セイラ以外の二人はアカネと同年代。

 

 この世界のことなんて『1+1=2』が分からないレベルに知らない。


  つまりこの世界にとって当たり前のことを、常識と呼ばれる情報をアカネは知らない。

 だから元の世界の基準で考えたら同年代の男の子の口から「仕事」って聞くとは違和感でしかなくて。


「あぁ。俺たちはーー」




 ーー四季折々《しきおりおり》の桜が美麗に散り舞う鮮やかな街だという。

 その、事前に説明された以上の儚くも美しい光景にアカネは完全に目を奪われて感嘆を漏らしていた。


 桜の街「アリア」は桜の枝葉を模した意匠の凝った華美な門の向こうに毅然きぜんと立っている。

 

 その「桜門」をくぐった先でアカネの空色の瞳に映るのは圧巻の美しさだ。


 向日葵色ひまわりいろの桜の花弁が躍るように舞う西洋風建築群。

 

 東京の圧迫感を感じさせる高層ビルのような無骨なシルエットは無く、建築者の美術的才能が魅せる石造りの街並みは瀟洒で美彩。

 

 「桜門」から「アリア」の最尾まで放射状にまっすぐメインストリートを通している。


 道々に等間隔で立つのは水晶に良く似た材質に光沢を放つ精緻な街灯で、桜の花が泳ぐ絵と重なれば幻想的だ。

 

 和気藹々《わきあいあい》とした街の雰囲気は好感が持て、まるで皆が家族のよう。


 黒いモノを一切感じない情景の中、やはり一番の主役はーー巨大な桜の木だ。


 四季によって色彩を変えるという満開の桜は夏色の向日葵の誇り、天を衝く巨大な幹が伸びて大空を支えるように広がる桜の花。


 「アリア」のどこにいても、いいや街の外からでも見える『桜王』は高さ四〇〇メートルは超えている威圧で街をーー世界を見守る神秘の木。

 

 きっと神様が植えた奇跡の一つで、間違いなくどんな神話にも出てこない唯一無二の輝きだ。


 魔法樹と、そう呼ばれているらしい。


「アカネ! 早く来いよ!」 


「あ、うん」


 「アリア」の美景を前に立ち尽くしていたアカネを先を歩いていたハルが振り返り呼ぶ。

 

 ハッとなってアカネはハルたちに走って追いつき、歩きながら街を見回した。


 種々様々な商店が軒を連ね、華やかなショーウィンドウが道の両脇に並び、当然だが見たことのない看板を構えるカフェや飲食店が活気立つ。

 

 まるで初めて来た遊園地にはしゃぐ子供のように目を輝かせてそぞろ歩くアカネの様子に、セイラがくすりと笑みを零した。


「どうやら気に入ってくれたみたいだな」


「うん。……素敵な街だね」

 

 本心からの感想を伝えると、セイラが嬉しそうに笑みを深めた。


 招待して良かったと言いたげな様子。

 事実、本当に来て良かったと思う。

 異世界召喚後に行くあてなんてあるはずもないアカネを、ハルたちは「アリア」に呼んでくれたのだ。

 疑念も不信も抱かずに。


 それに、ハルたちがなにをしているのかは「アリア」に着いたら教えると言われたら、着いていくしかない。正直餌を垂らされた魚のような気分ではあるが、気になるのも本音である。


 そうして無事に「アリア」に着き、ハルたちを見て思ったことは、だ。


「……みんな、友達みたい」


 呟いたアカネの蒼眼に、様々な店の人と通り過ぎ様に笑って挨拶を交わすハルの姿が映る。


「よぉハル! 帰ったのか!新作メニュー出すから食いにこいよ! あとツケ払えよ」


「おー、今度行くなー! ツケは重いから家に置いてくわ!」


「お、ハルじゃねぇか! 相変わらず腹空かしてんのか?ほら、これ食って!」


「サンキュー!」


「あら、ハルくん。この前は指輪ありがとうねぇ」


「気にすんなよシロばぁちゃん。また何かあったらいつでも頼ってくれ!」


「あ! ハルのにいちゃんだぁ!」


「あーお前らぁ! ちゃんとメシ食ってるかコノヤロー!」


 次々と、だ。

 ハルだけではない。


 セイラにもユウマにも街の人が集まり、言葉を交わし、笑顔を共有し、友達のように、家族のように触れ合っている。


 現代日本で育ったアカネにはいささか信じられない光景だった。

 赤の他人と。

 同じ街に住んでいるだけのAくんやらBさんらと何の打算も思惑も疑心も裏もなく接するなんて。


 人望。

 信頼。


「どうしたアカネ? ボーッとして。腹でも減ったのか?ちなみに俺は減ってます」


「そうなんだ。いや、そうじゃなくて……」


 街の人たちと話していたハルがいつの間にか隣にいた。


 リンゴみたいな果実をシャクシャク食べているハルをチラッと見た後、アカネは未だ街の人たちと接しているセイラとユウマに視線を移す。


「仲、良いんだね。本当に」


「まぁそうだな。基本知らない奴いないんじゃねーか? 「アリア」の奴らは全員友達、家族みたいなもんだよ」


「全員って、すごいね……」


「そうかぁ?ま、仕事柄関わることが多いのはあるけどな」


「仕事柄?」


 小首を傾げたアカネの目を見返して、ハルは胸を張って笑う。


「俺たち、何でも屋なんだ。困っている人がいたら助ける仕事してる。「ハイロ」にもその為に行ったんだよ」


「何でも屋……」


 それが仕事。

 ハルたちの正体。

 

 でもなるほど、とアカネは納得する。


 だから街の人たちと関係性が深いのか。「アリア」に着いたら教えるというのも、実際にこの光景を見せた方が早いと思ったからか。


 不思議と、ぴったりだと思った。人当たりが良いハルたちには、それこそ天職であると。

 

 それとも何でも屋だから人当たりが優れているのか。どちらにせよ、彼らに相応しい仕事なのは言うまでもない。


「……大変?」


「うん?」


「人を助けるって、大変じゃない?」


 気になった。

 己の時間を他者のために消費し、奔走することは。


「んー、んなこと考えたことねぇけど……」


 眉を寄せて腕を組み、考え込むハルはやがて裏表のない朝日のような笑顔でこう言った。


「誰かを助けるのって、理屈じゃねぇんだ。ただ、俺が助けたいだけなんだ」


「……………、」


 本気の言葉だと、説明されるまでもなく分かった。だから自分の問い掛けが失言で、意味のない問答だったとすぐに気づけた。

 

 何も難しく考える必要はない。


 つまりハルたちはアカネは知らない類の、元の世界には決していない善良な心性の持ち主、そっち側の人間なのだろう。


 その証拠がら「アリア」のこの光景。


「おい二人共! こっちこっち!」

 

 「「???」」


 ふと声が掛かり、二人して音源の方を向けばユウマとセイラが露天商の前でこちらに来いと手招きしている。


 何だ何だと行ってみれば、雑貨類が並ぶ小さな露天商。その棚に並ぶニ〇センチ程度の、竹のような木材で作られた灯火用具をセイラとユウマは持っている。

 

 灯籠だ。


「? 灯籠がどうかしたの?」


 ユウマは灯籠の一つをアカネに渡した。


「もうすぐ大きい行事があってな。その為に必要なんだよ」


「行事?」


 つまりどういうことなのかさっぱり分からないアカネは首を傾げてハテナの妖精を頭の上で踊らせる。


 おそらくこの世界の住人たちにとっては当たり前のことなのだろう。

 

 隣でアカネと同じように首を傾げて互いのハテナ妖精にランバダをさせているハルは例外として、何人かが灯籠を購入しては去っていく。


「六月六日」


「え?」


「二日後の六月六日は終戦日なんだ。その日は各国で追悼祭が行われて、それは「サフィアナ」も例外ではない。追悼の様式は国によって異なるが、「サフィアナ王国」は灯籠に念を込める。英霊たちを想い、感謝し、悼む為に」


 静謐な声色でセイラがユウマの説明に補足を入れた。


 理解したように頷いたハルを「お前は知っとけよ」とばかりにセイラが殴った画はとりあえず脇に置いておいて。


 ーーこの世界にも、戦争があった。


 化学万能と呼ばれて久しい元の世界で起きた阿鼻叫喚の戦争は授業で習っただけのアカネでも地獄絵図と想像ができる。


 殺意の雨が降り、悲劇が量産され、人が死ぬ匂いと涙が落ちる音が絶えない狂った炎の世界。


 元の世界でも、そうなのだ。

 まだ目にしてはいないが、おそらくあるであろう異世界ブランドの一つ、魔法が渦巻く世界の戦争なんて。

 

 きっと。

 どうしようもなく。

 凄惨。


「「アリア」では灯籠で『桜王』までの道のりを照らし、英霊たちを弔うことになっている。アカネの情も、灯籠に込めてはくれないか?」


「……うん。あたしで、よければ」



 竹筒の灯籠に目を落とし、アカネは頷いた。

 

 異世界に来た、事実初日の今日で予定なんかあるわけない身ではあるし、個人的にも参加したいと思った。

 

 異世界に来たからにはこの世界で生きていく上での知識がいる。

 常識もルールも。赤信号は渡りません、くらいのレベルまで全部だ。

 

 そしてこの追悼祭は、絶対に知っておいた方がいい。

 

 世界を挙げての追悼祭を行う程の戦争なんて、元の世界に例えるなら世界大戦レベル。


 どこでどう生きていくにせよ、小学生でも知っているような情報は全て頭に入れておくべきだ。


 現状、幸いにもハルたちが特に何も疑問に抱かずにアカネの無知を放って色々と説明してくれている

が、「アリア」を出たら分からない。


 で、あれば。

 残り二日の貴重な時間を使い異世界に少しでも順応しなければ。

 その締め括りが追悼祭。


 と、そこまで考えてアカネは重大なピンチにようやく気づいた。


「お金なんて、持ってないよ……」


 世界の終わりレベルで頭を抱えた。

 元の世界の荷物とか全部ゴミである。


「ご飯どころか、今日泊まるとこさえ……」


 異世界初日に野営はナンセンスだし超怖い。

 と、一人で沈んでいるアカネにこんな会話が届く。


「それより今日の夜メシどーする? アカネの歓迎パーティしたいから派手にいくか! 焼肉とか!」


「肉ばっかじゃねーか。今夜は激甘だろ!」


「お前たちが決めてどうするんだ。アカネ、今晩何が食べたい?」


「ちなみにおれはーー」


「「「テメェは骨でも食ってろ」」」

 

「ねぇなんか今日みんなおれに当たり強くない!?」


「え、え?」


 アカネの不安なんてバカバカしいと笑い飛ばすように、ハルたち中では当然の話しが銀髪の少女にとっては驚きでしかない予定が組まれていく。


 戸惑うアカネの前で、まるでお泊まり会を開くような会話が続く。

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