『二章』⑤ 一瞬の平穏
「ーーアレスはどうしたの」
王都・クオーツの、アレス騎士団専用の入り口門前。隻眼の副団長、ソフィア・コーロスは腕を組みながら心底機嫌悪くしていた。
真歴一六〇〇年、七月ニ〇日。
午前一〇時。
強制的に任務を受けさせられてから一週間、泥犁島出発日の集合時間に肝心の隊長が遅刻中で、ソフィアの隠そうともしない怒りをシャルロットたちはいつも通りビリビリと浴びていた。
「あのぉ、副団長?そろそろ行かないと船の時間に間に合わないんですがぁ」
ソフィアは腕時計を見て、
「それくらいわかってるわよ。ったくあの子は。まさかとは思うけどこのまま来ないわけじゃないわよね……」
「それは流石にないと思い……ますとは言えないのがウチの隊長ですねぇ」
シャルロットがそう言うとアルストにナギがコクコクと頷いて、ソフィアは頭を押さえてため息を吐いて、
「正直に答えて。あの子今、何してると思う?」
三人は顔を見合わせて、
「「「ご飯食べてると思います」」」
「誰が島なんかに行くかってんだあの短髪美人副団長!オレたちに頼むくらいならテメェでいけよな!」
王都にしては少し古臭い飲食店のカウンター席で肉を頬張りながら灰色髪の第参部隊隊長、アレス・バーミリオンは上司の愚痴を吐いていた。
聞いているのは屈強なヒゲジジィだ。
アレスがよく通う馴染みの店のマスターである。
「別に俺は売り上げが出るからいいけどよ、お前は一応国直属の人間なんだから流石に仕事バックれるのはマズイんじゃねーか?」
「はっ!なーにが国の人間だ。そのお国のためになんでオレが罪人を処刑しに行かなきゃならねーんだよ。なぁ、お前もそう思うだろオッサン」
少し離れた位置に座るハゲオッサンにそう言ったアレス。そのオッサンは飲んでいた酒を口から離して、
「え、まぁ、そーなんじゃない」
「知ったような口聞いて言ってんじゃねーよハゲ頭!残り少ない全身の毛もむしったろか!」
「なんなのお前!俺はただ質問に答えただけなのに………うぅぅ!」
理不尽にも程があった。
両手で顔を覆って泣くハゲオッサンはもう無視して肉にかぶりつき、そしてその時にマスターがアレスの背後を見ながらコップを拭いていることに気づいた。
「?どしたマスター。背後霊でもみえた?」
「背後霊っていうか、背後鬼神だな」
「は?」
「金はちゃんと置いて逝けよ」
いけよ、の雰囲気が「行けよ」じゃなかった。それで全てを察して、そしてどうして今まで気づかなかったのだろうかと自分を殴りたくなる。
サァアアアアと、血の気が失せる感覚が全身を駆け巡った。顔を青くして、アレスは振り向く。
隻眼美人が怒りながら笑ってた。
「………あ。副団長、お疲れ様です」
「………おつかれさまアレス♡」
「え、何その優しい声。まさか、これはもしかしてお咎めなしの展開にーー」
「しーね♡」
ボコボコにされた。




