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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー泥犁暗殺篇ー
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『二章』③ 束の間の平穏


 ーー真暦一六〇〇年、七月ニ〇日。

 午前五時三〇分。

 〈ノア〉の二階、その一室で目覚まし時計が鳴り響き、朝日が眩しい一日の始まりを告げていた。


 「ん、んん……」


 ベットの上。

 自分で設定したアラームに反応して時計に手を伸ばして音を止め、サクラ・アカネは睡魔を背中に貼り付けたながら上体を起こした。


 「ふぁ〜……」


 欠伸をする寝ぼけ眼の少女は銀の髪の寝グセがひどく、寝巻きは片方の肩がはみ出していて防御力で言ったらゼロに近い装備である。

 一言で言ったら寝起きの女の子マジヤバい、なのだが当然本人にそんな自覚はない。


 「……起きよ」


 異世界生活が始まって一ヶ月。

 アカネの朝は早い。

 寝グセを手櫛で直しつつベットから出、寝巻きを脱ぐと下着姿に大変身、壁にかけている制服に着替えて部屋を出る。

 

 二階は各々の部屋があり、アカネの部屋は元々物置部屋になっていた場所。十分広い。

 

 朝も早いからみんなを起こさないようにゆっくり歩いて階段へ向かう。


 「ユウマお前今俺のメシ食ったろ!!」


 「食うわけねぇだろ食欲魔神!食の星に帰れ!」


 「やかましいぞ貴様ら!」


 「………本当に寝言なの?だとしたら神秘だわ」


 毎度のことながら驚かされる異世界マジック。

 一階に降りて洗面所で朝支度を済まし、赤いリボンで髪を結んで外へ出る。


 青空が綺麗な、黄色の桜が舞う美しい朝。


 「よし」


 息を吐き、準備完了。

 ここからアカネの日課が始まる。

 

 「一連」


 静かに呟いた。


 瞬間、体の中が熱くなる。血の一滴一滴が沸騰する感覚が走る。ーー魔力の熱さだ。

 

 体の内側に眠る魔力を叩き起こし、イメージして集中する。

 

 そうして長く感じられた一瞬に、銀色の光と共にアカネの右手に日本刀が握られ、髪の毛が一房だけ黒く染まった。


 「ーーフッ」


 短く、鋭く呼気を吐き、刀を振るった。

 縦、横、斜め、と。連続して繰り返し、初夏の空気を切り裂いていく。

 

 この一ヶ月、アカネは自分の魔法と向き合っていた。

 

 

 いわく、刀剣魔法と呼ぶらしく、さらに驚くべきことにご先祖様と同じ魔法。何の因果か目の色?も同じらしく、とことんキャラが被っている。


 

 だがそんなことはもう気にしない。アカネにはアカネを、アカネという人間を見てくれる大切な仲間がいるから。

 


 だからそんな仲間たちの足を引っ張るわけにはいかないから、アカネは毎朝稽古に励んでいる。剣の扱い方はセイラに習い、素人感も最初よりは消えている。


 「もっと強くならなくちゃ」


 友とーーエマと約束したから。

 その約束を果たすためにも、その彼方に行くためにも、もっと魔法を使いこなし、強くならなくては。


 「ーー負けてられない」


 思い出すのは意味深な言葉を残した黒い自分。

 刀を握ってわかる。一ヶ月だけだけど分かる。あの時の『黒のアカネ』の実力は、今のアカネじゃ遠く及ばない。

 


 けれど、それでも。

 負けるわけにはいかないのだ。

 ハルへの想いも。

 剣でも。


 「負けてられない」


 もう一度強く呟いて、アカネは再び初夏の空気を切り裂き、踊るように刀を振り始めた。



::::::::



 「フッ。イジめられてていつも一人だったからね。料理だけは出来るのよ、あたし」

 

 とか言いながら朝食の準備をするのもアカネの日課だ。

 


 ハルたちに任せていたら絶望的なハイカロリーと死を早める謎のダークマターが出てくるのでアカネしか作れる人がいないのである。


 朝練後にシャワーを浴び、キッチンに立って朝食を作り、テーブルに並べるといつもみんな起きてくる。


 「おはよう、アカネ。いつもすまないな」


 メガネをかけた赤髪美人、キャミソールにホットパンツの超絶美女、みんなのお姉さんセイラ様が一番最初に起きてくる。


 「おはようセイラ。新聞置いてあるよ」


 「あぁ、ありがとう」


 「コーヒー淹れるね」


 「ありがとう」


 アカネに礼を言ってセイラは席に座り、トーストを一口齧る。そしてアカネが淹れてくれたコーヒーを飲むと、ユウマとギンが起きてきた。


 「あいっかわらず早いなアカネは。ふぁ〜」


 「おはようユウマ。ご飯の前に先顔洗ってきちゃって。その間に辛ソース用意しとくから」


 「んー」


 ギンがアカネの足に擦り寄ってきた。


 「おはようアカネ。おれお腹空いた」


 アカネはギンの頭を撫でて、


 「おはようギン。ちゃんと用意してあるよ。塩分控えめの特製朝ごはん」


 「やったありがとう!アカネのご飯美味しいからねぇ。おれ好きなんだ」


 尻尾を振りながら可愛らしくギンは朝食を食べないく。

 そうしてここまではいつも通りで、だから何も変わることがないということだから、自然とアカネの意識は二階でまだ寝てる爆睡中の少年に向いた。


 「あたし、ハル起こしてくるね」


 「あぁ。たのむ」


 コーヒーを飲みながら新聞を読んでいたセイラにそう言って、アカネは二階へ向かっていった。

 その姿を見た洗面所から帰ってきたユウマが、


 「……なぁおい」


 「分かってる」


 「今更だよ」


 どうやら全員同じ思いらしい。

 この一ヶ月、アカネと暮らしてみて思ったのだが。

 

 「「「母親か」」」




 ーー母親認定されたことなんて知らないアカネはそっと扉を開けてハルの部屋に入った。


 「……お邪魔します」


 起こしに来たのに起こさないように小さく声を出す矛盾少女は、同年代の男の子の部屋にまだ慣れていないのである。一つ屋根の下というビックイベント発生中なのに。



 静かに歩いて、ハルが眠るベットへ。散らかった部屋は男の子っぽくて、ハルの匂いがして、ドキドキする。


 「ハル、起きて」

 

 「んーー、流石に魔獣は食えねぇよ」


 「…………どーゆー状況?」


 小さく呼びかけるが当然起きる気配はなく、返ってくるのは奇想天外の寝言だけ。



 いつもならここで二度三度呼びかけたりするのだが……今日はなんだが、もう少し寝顔を見ていたかった。

 ベットの横に座り、まるで宝物を愛おしく見るように目を細めて、ハルの寝顔を見る。


 

 ーーいいからさっさと俺を!俺たちを信じやがれぇえええええええええええ!



 あの、言葉に。

 あの、背中に。

 間違いなくアカネは救われて、そして恋をした。

 

 あの時、彼がいてくれなかったら今頃アカネは多分死んでいて、こうしてハルの寝顔を見ることも、みんなに料理を振る舞うこともなかった。



 そう、感傷的になると彼の寝顔から目が離せなくなるのは当たり前なように思えてしまって。



 寝ていたら、いつも通りにしていたら、どこにでもいる同い年の少年だけれど。



 一度何かを守ると決めたハルの姿は本当に格好良くて、頼もしくて、強くて。

 真六属性アラ・セスタ

 雷の神の、その力を宿す英雄。


 「ありがとう、ハル」


 何度言っても足りない。言い足りない。

 あなたにあたしは救われたから。この想いを表しきれる時間と言葉は、ずっとずっと足りない。


 と、そんな風に恋に恋するを地で貫く恋する乙女だったがまさかの展開に言葉を忘れた。

 

 起こすのは後でいいかと思い立とうとした瞬間、寝相が悪いハルに抱き締められたのだ。

 


 もう心も体もビックバンを起こしてアカネの顔は耳まで真っ赤になり「あ、あわわ、ああう」とテンプレな反応を見せて。


 「あう、はる、あの、ハルってば……」


 好きな人に不意に抱き締められるというラッキーハプニングの中アカネは彼を起こそうとするが反応はない。むしろそれが原因で余計に強く抱き締められて、胸に顔を埋める最高状態に到達。


「………………………………………………………………………ハルだぁ」


 さてこの少女は自分が今幸せそうに唇を緩めていることに気づいているのか。

 いい体つきしてる、腕の血管いい、胸板あつ、顔ちかい、安心するしなんか幸せ、悪くないかも…。


 などと当初の目的を宇宙の果てに投げ捨てた恋に盲目女の子はそこでハッとなった。


 部屋の扉の外。

 その隙間から、セイラとユウマ、ギンがこっそり覗いてやがった。


 「恋するお母さんか」


 「恋しちゃダメだろ、お母さんが」


 「禁断の恋だね、お母さん」


 アカネは顔を真っ赤にしながら必死にこの場を乗り切れる魔法の言葉を探して、


 「あ、いや、あの、これは……」


 だが結局そんなマジックワードが見つかるはずもなく。


 「んぁ?何だ、何でみんな俺の部屋に……」


 「ーー!おやすみ!!」


 「おはよう!?」


 羞恥心がメーターを振り切り、アカネの照れ隠しの一撃がタイミングよく起きたハルに二度寝の衝撃を喰らわせた。


 一ヶ月の修行の成果は伊達じゃない。

 ーー恋心って、難しい。

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