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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー泥犁暗殺篇ー
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『二章』② 遠征、そして始動


 

 ーー魔法が微笑む都と、人は言う。


 「サフィアナ王国」はその都、王都・クオーツは王城・月花アクロポリスを優雅にして荘厳に聳え立たせて歴史ある、精緻で華麗な魔法都市で、そして城郭都市の顔も併せ持つ。

 

 石造りの外装が基本設計の、精密な都市計画の下に作られた街並みは統一感に溢れて、華やかながらも落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 

 夜には真珠のように美しく輝きを放つ街で、一目でここが王都だと分かる。


 そして王都の造りだけでも圧巻なのに、それを後押しする様にここでは魔法が微笑んでいる。

 

 空を見上げれば東西南北それぞれの中空に長方形の大きな石板ーー映像石が滞空し、特殊魔力波を送受信することで離れたところから映像を映し出す。

  

 今は画面の向こうで金髪のキャスターが何やら真剣な顔で『罪人選別』について話している。


 ーーその映像から目を離し、灰色髪に長身の青年は都市の中を歩き始める。

 

 城壁、教会、市場、広場。とにかく広く大きなクオーツは移動するだけでも大変だ。


 そしてそれら全ての場所で皆が当たり前のように魔法を使い生活している姿が微笑ましく、青年は頬を自然と緩めた。

 ーー平和な街並みだなと、そう思う。


 こんなに日常生活で魔法を使っているのはクオーツだけだろう。ここには術式魔法を教える学校があるから、生活助力程度の魔法なら誰でも扱える。


 物が浮き、料理が舞い、水が空を泳ぎ、噴水は花を咲かせ、妖精を描き、恋人達は虚空にハートの絵を描いて。


 様々な魔法が微笑み乱舞する、鮮やかな光景。



 そうしていつも通りの街並みを横目に見ながら歩いていると、目的の場所に青年はようやく辿り着く。


 十一門あるその一つの門の前、月のような尖塔に花が開いたように荘厳で冴えた、剣のように冷えた美麗がその風格を際立たせる王城アクロポリスだ。


 門の前に立っていた警備隊員に敬礼されたので手を挙げて軽く挨拶し、青年は門をくぐっていく。


 無駄に広大な庭、その中央に剣を天に掲げて立つ初代国王、ローラ・アルテミスの銅像の横を通り抜け、青年は城内に続く扉の前に立った。


 「…………、」


 立った。

 立ったのだが。


 「ーー随分とゆっくりしたものね。貴方はいつから私を待たせるほど偉くなったの、『アレス』?」


 静かに怒りを露わにしている濡羽色の髪の毛を短く伸ばしたスタイル抜群の美女が細い腰に手を当てて門番の如く立っていたのだ。


 アレスと呼ばれた灰色髪の青年はフッ、と余裕めいたように唇を緩めた後にぐっと拳を握って、


 「初登場シーンだからちょっと気合入れてクールキャラを演じるために敢えて遅刻をしたんだよ!オレの気持ちわかるでしょソフィアちゃん!」


 「貴方がバカだということ以外何もわからないわよこの世界は」


 「それは大変だな。大丈夫?」


 「さようなら」


 「あー待って待ってソフィアちゃんオレが悪かったからぁぁあああああ!」


 ゴミを見るような目で見てきたソフィアはアレスをゴミと認識したのでゴミを城内に入れるわけにもいかず扉の向こうに消えると鍵を掛けてその場を去って行った。

 

 アレスは扉の前で膝を抱えて泣くしかなかった。

 遅刻って、罪が重いんだね。 

 

 と、そんな感じで調子に乗って上司に怒られてしょげている青年の姿が途端にーー消失した。



 そうして次の瞬間場所が変わり、そこはローテーブルがある、会議室のような部屋で、アレスは赤い絨毯が敷かれた床に膝を抱えたまま転がった。


 「……女の人って、男をあんな目で見ることが出来るんだな。怖い、怖いよ女の子」


 「ーー隊長おっそーい。わたし待ちくたびれちゃいましたよぉ」


 どこかゆったりとした口調が特徴的な声で惨めなアレスを呼んだのは『シャルロット・ガーデン』。

ウェーブがかった金髪をポニーテールで束ねた桃色の瞳をした少女。白い肌の顔立ちは整っているが半眼で常に眠そう。

 青と白を基調とした騎士服は『団』の制服で、スカートととか色々短いのは自分でアレンジしたからだ。


 「ーーよし完成だ。名前はスマイルくんにしよう」


 そんな二人から少し離れた位置に座るところで、裁縫道具一式を広げている大柄な男が一人。

 『アルスト・ウォーカー』。

 一五センチくらいの犬のぬいぐるみを持って完成度を確認しつつ達成感に酔いしれる黒髪短髪の、鋭い目つきに紺瞳には己の筋が一本通っている。

 シャルロットと同様に騎士服を改造し、上着の裾は短くズボンはワタリが広く裾が短い。鍛え抜かれた筋肉が隠れていると分かる。


 「ん〜!あっまーい!ほっぺた落ちちゃいそう!」


 溶けるような声で自分の頬を押さえたのはアルストの近くに座る明るい紺色の、毛先が夕焼け色に染まる長い髪をサラリと伸ばした『ナギ・クラリス』。

 シャルロットと違い成熟した美しさの美女は涙ボクロがチャームポイントで、甘い物が大好きなのにスタイル抜群の女性。騎士服を正しく着ているがそれがかえってなんかエロい。


 「……はぁ。貴方たち、ここ一応会議室なんだけど、少しは自分を抑えることをしないわけ?」


 頭痛のタネとでも言わんばかりに額を押さえてため息を吐いたのは濡羽色の髪の毛を短く伸ばし、額から頬にかけて縦に一本の傷が刻まれ片目を塞がれている美女『ソフィア・コーロス』。皆と同じ騎士服ではあるが左腕には『副団長』を示す腕章がある。


 「……なんか、誰もオレのこと気にしないのな」


 「私が代表して触れたじゃないですかぁ」


 「それだとまるで他の二人は嫌だったって言ってるようなもんだからシャル」


 とか言いながらシャルロットの近くに座ったのは灰色髪に白い瞳の青年『アレス・バーミリオン』。

整った顔立ちは世の女性を虜にする完成度とだがそれは『団』以外の、という意味で、神の寵愛を、世界からの祝福をほしいままにする第一級特異点。


 アレス、シャルロット、アルスト、ナギ。


 総じて四人をーー『アレス騎士団』という。


 全七部隊に分かれ、それぞれの隊に隊長と副隊長が一人ずつ、一個大隊構成はおよそニ〇〇人。


 アレス騎士団総団長『マルス・バーミリオン』を筆頭に国を守る月と炎の剣。


 アレスは第参部隊隊長で、シャルロットが副隊長、アルストとナギは小隊長としてここにいる。

 そして彼らを呼び出したのは、呼び出せる権限を持つのは総団長と副団長。

 つまりソフィア・コーロス副団長である。


 「貴方たちの仲がいいのは分かったから、さっさと始めるわよ」


 疲れたように長座に座るソフィアがそう言うと、アレスは会議室を見回して、


 「あれ、他の奴らはソフィアちゃん」


 「副団長でしょクソガキ。他の隊は別任務中。暇してるのは貴方たちだけなのよ、ニート部隊。たまには仕事して」


 辛辣なソフィアの言葉にしかしアレスたちは気にした様子はない。その態度にさらにソフィアは頭が痛くなる。

 

 隊には管轄区域が割り振られているが、第参部隊の地区は見事なまでに問題が起きない。

 

 それは別に優秀だからというわけではなく、何か問題が発生する度に『力技』で全てを解決するからいつしか誰も近づかなくなったのだ。

 

 仕事が来なくなったのだ。良いことに。

 

 だから第参部隊はアレス騎士団の中でも特に浮いた存在。

 

 「はいはーい、副団長ぉ。そんな私たちニート部隊に何をしろって言うんですかぁ?お前らは何もするなって言ったのは上ですよぉ?」


 手を挙げたシャルロットにソフィアは応える。


 「今回はどこをどう壊しても大丈夫な任務なのよシャル。これなら安心でしょ?」


 「それ、全然喜べないですよぉ?」


 まるで子供扱いされているような気がするのはきっとマボロシじゃない。

 ソフィアは指を鳴らす。

 すると四人のテーブルの前に数枚の紙が現れた。


 「知ってると思うけど。二週間後に『罪人選別』があるわ。場所は泥犁ないりとうにある罪人収容施設ーー九泉牢獄パノプティコン


 「「「「へー、そうなんだ」」」」


 「ええ。ええ。分かってましたとも。貴方たちがアホだってわかってましたとも」


 最早それを受け入れたソフィアは息を吐くだけにしてストレスを吐き出し、一枚目の紙を見ろと促す。


 「『罪人選別』とはその名の通り、九泉牢獄パノプティコンに収容されている罪人を選別する。何の選別なのかは説明‥‥した方が良さそうね。これは『刑執行』、つまり『極刑』対象者を選ぶということよ」


 その概要が一枚目の紙に書かれている。アレスたちは緊張感なくそこに目を落とし、続けて二枚目をめくった。

 シャルロットが眠そうな目を細める。


 「これって……」


 ソフィアは頷く。


 「ええ、そう。今回の『罪人選別』には貴方たち第参部隊に行ってもらうわ」


 「でも、確か『罪人選別』って毎回同じ部隊が行ってましたよねぇ?えっと、どこでしたっけぇ?」


 「第陸部隊よ」


 「その第陸は今回どうしたんですかぁ?」


 ソフィアは肩を竦めて、


 「別任務中、そう言ったはずよ」


 「余計におかしいですねぇ」


 シャルロットは食い下がる。

 これでも一応副隊長。それも第参の副隊長だ。アレスが隣で紙ヒコーキを作っている。隊長がコレなんだ。めんどくさくても副隊長がしっかりやらざるを得ない。


 「今まで第陸が担当していたのにいきなり変更だなんておかしいですよぉ。『罪人選別』に行くということは、それは選別された罪人の刑を執行しに行くということですよねぇ?」


 選別は既に終わっているのが『罪人選別』の裏。


 実際は選別された罪人を騎士団団員が処刑しにいく極刑任務。

 

 それは三年に一度行われ、常に第陸が担っていた。

 それが今回、第参に変更。


 「人を殺すのは団員でも迷いが生じますぅ。まぁ、スイッチのオンオフは出来ますけどぉ、だからこそ一番倫理観や罪悪感が麻痺しやすい「正義の殺人」は、執行人を固定することで内圧を抑える必要があると決めたのは他でもない、団長自身のはずですよねぇ?わざわざ新規を用意する意味が見当たりませぇん。それこそ、どの隊よりも「情」を移しやすい私たちには不向きですよぉ」


 「だからこそ、と。団長は言っていたわ」


 ソフィアの微笑みにシャルロットはげんなりし、紙ヒコーキを完成させたアレスは薄く笑った。


 「なるほど。つまり団長殿クソジジィはオレたちの腑抜けた気合いを叩き直すために敢えてやらせると、そう言いたいんだな」


 「『そうなる理由』はわかっているでしょう?」


 「あれが間違いだったとは、今でも思ってはいないけどな」


 しん、と。アレスの声に会議室が沈黙する。

 しばらくして、ナギが口を開いた。


 「副団長、先月の"アリア"の件はどうするんですか?A級罪人三名に内一名の死体、それに上空を飛んでいた謎の『城』。それらの調査は私たちが担当していましたけど」


 「調査って言っても書面と睨めっこするだけの机仕事でしょ。他の隊員にやらせときなさい。貴方たち四人は『罪人選別』がメインよ」


 「……いいんですか?私はどうも、"アリア"の人たちは何か隠しているように思えるんですが」


 「隠してる?」


 「それが何かなのかは分かりませんが、所々調書に矛盾があって、それが気になるんです」


 「そう。それは確かに気になるわね。……ところで真面目な話をしながら貴方たちはどこに行こうとしてるのかしら?」


 ギクッッッ!!と、四人が会議室の扉の前で固まった。これはシャルロットが真面目な顔でいかにもって話をした時から動いていた結果である。

 

 アレスはスッと切り替えて、


 「ソフィアちゃん、聞いてくれ。オレたちはそんな任務受けたくない。だって倒すならともかく殺すってなると心が叫びたがってるんだってなるから!つまりクソジジィ死ね!!って感じなんだよ!」


 「だから?」

 

 温度がないソフィアの声にアレスはビビって、

 

 「そんな任務やるわけないじゃないですかぁ、ってシャルが言ってました」


 シャルロットの声真似をしたアレス。

 金髪半眼少女は隊長のまさかの裏切りにこれ以上ないくらいに目を見開いて殺す勢いで睨んだあと、


 「ソフィア副団長。そういえば私この前アレス隊長が任務サボって女性をナンパして遊びに行ってたところ見ました」

 

 「シャル!?」


 「しかも次の日なんかスッキリした顔で隊舎に来てました。気持ち悪かったです」


 「そんなことオレしてないよね!?」


 「しね」


 「これ以上ないくらいにいい発音!」


 その結果。

 ソフィア副団長様は鬼神を背後に召喚し、片目しかない瞳でアレスを射殺して。


 「任務。いってくれるわよね?」


 「え、あ、あの。ちょっとまーー」


 「選別!!!!」


 「行ってきます!?」


 と。

 突如としてその場に現れた大きな机の下敷きになったアレスであった。


 

 アレス騎士団第参部隊。

 任務:『罪人選別』。

 開始。

 

 

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