『一章』㊽ 春桜
ーー桜が降る街だと、そう言われている。
「ーーでね。この前の仕事でハルがたくさん物を壊しちゃったから報酬が半分になっちゃって大変だったんだよ。ーーセイラをなだめるのに」
七月五日。
すっかり夏の気配が色濃い、入道雲が城のように浮かぶ青空と、向日葵色の桜が舞う街の一角で、その少女は友人に会いにきていた。
肩まで伸ばした銀髪に、青い瞳、夏仕様の制服を着た美少女。
サクラ・アカネ。
「あれから一ヶ月が経ったよ。魔法ってすごいね。壊れた街は今じゃもうすっかり元通りで、みんなもいつも通りの生活に戻ってる」
霊園区域。
その丘の上。
草花が風に揺れる、西洋風の墓石の前に、アカネは立っている。
エマ・ブルーウィンド。
彼女が眠る、その前に。
「結局、追悼祭は延期になって、明日やることになってるんだ。初めてのことらしいよ?これも全部エマちゃんのせいだよまったく」
冗談っぽく言っても、返ってくるのは風の音。けれどその音が彼女の声に聞こえるから、寂しくはない。
「エマちゃんの願いを叶えるために、あたしは今正しい道を歩めてるのかな。そうだといいけど、まだ自信はない」
あれから〈ノア〉に正式に入り、数々の依頼をこなしてるけど、世界が正しくなっていっているのかはわからない。
けれどひとりの小さな世界を救えてるとは思う。
「だから、ちゃんと見ててね。あたしが悲劇の神様を斬るところを。絶対、エマちゃんの前で頭を下げさせてやるんだから」
強い意志を宿した瞳と頼もしい顔つきに、もう一ヶ月前の彼女の弱さは感じられなかった。
それは、赤いリボンで髪を後ろで束ねているからか。
風に揺れる、銀の髪と赤いリボン。
想いを託された証拠の、大切な宝物。
同じリボンが、もう一つ、墓石の上で揺れる。
「じゃあ、そろそろいくね。これから仕事なんだ。まぁ、また探し物だけど。またね」
笑ってエマに背を向ける。
その時だ。
ーーがんばれ。
「ーーーー!」
バッと振り返り、けれどそこには風に揺れる赤いリボンと花しかない。
でも不思議と、幻聴じゃない気がした。
近くにいてくれてるんだね。
ありがとう。
「いってきます!」
その笑顔は、どこまでも鮮やかだった。
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「おいユウマ。俺たち何回落とし物探せばいいんだ?最早おれたち何でも屋っていうか、探し物探し屋じゃない?」
「諦めろハル。実際そうなんだよ」
「そーいえば〈煙盗〉が収容所から脱獄したらしいぞ」
「「おいセイラ。それ絶対今回出てくるやーつだぞ」」
「あ、アカネ来たよ!」
未だにまだ信じられない。
わーわー楽しそうに言い合うみんなの姿をみて、アカネはそう思う。
あれだけ悲劇の海にいたのに、あれだけ大変な目に遭ったのに、こうして何事もなかったかのように笑い合えるんだから。
悲しいことはあった。
失ったものは確かに大きい。
でも。
だけど。
このひだまりみたいな、温かい場所に連れてきてくれたのは、みんなで。
それには、本当に感謝をしてるから。
「ごめん、お待たせ!さ、行こうか!」
ーーこの世界は、悲劇に溢れてる。
「おう!」
ーー誰も彼もが幸せなわけじゃない。一人が幸せなら、一人が泣いている。
ーー救いなんてないと思うかもしれない。
ーー誰も助けてくれないと思うかもしれない。
ーーだけどそんな時は、どうかこの名を呼んで。
ーーその人はきっと。ううん。あたしたちはきっと、あなたの涙を止めに行くから。
どこにいようとも、世界の果てにだって、必ず駆けつけて助けてあげるから。
ーー助けて、〈ノア〉。
そうすればもう大丈夫。
あなたの英雄が、きっと助けに来てくれる。
「ねぇ、ハル」
「ん?どうした?」
「あたしを助けてくれて、ありがとう」
桜が舞う街で。
アカネは笑って。
そう言ったのだった。
ーー『ひめ』はむかしからだれよりもつよくて、たよられて、だからたすけてくれるヒト、たすけられるヒトはだれひとりいなくてーー。
だけどひとりだけ、『ひめ』をたすけてくれたヒトがいました。
そのヒトはいつもわらってて、ふだんはふざけてばかりだけど、いざとなったらそのせでまもってくれる、たすけてくれるヒーローでした。
『ひめ』はうれしくて、なきたくなって、こいをして、すくわれましたとさ。
ーーおしまい。
お、終わりました。
めちゃくちゃ長い話になってしまいました。
駄作なのに、無題からここまで読んでくださった方々がいるのなら、お礼を申し上げます。
ありがとうございます。
次から第二部?第二章?第二話?
に、入りますので、宜しかったらお付き合いくださいませ。




