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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー独姫愁讐篇ー
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『一章』㊺ 幻想の夢


 ーー「……これが、動力源?」


 浮遊城中心部は、まるで廃町そのものを取り込んだようで、そして人の手の骨の形をした枠に包まれている不気味とした空間だった。

 

 その、一つの家の中。

 おそらくリビングだったであろうそこに、力士ほどある大きさの巨大な水晶球が、フワリと浮かんでいた。

 

 紫色に淡く光っている。


 ギンの背中から降りて、アカネはそれに触れる。


 「……これ、すごく硬そうだけど。アタシたちだけで壊せるかな?」


 「大丈夫任せてよ。おれが壊してあげる」


 「ほんとに?」


 「うん!みてて!」


 期待半分に首を傾げたアカネの隣でギンが自信ありげにそう言って、そして助走を取ると一気に動力源の水晶に突進。

 

 とりあえず説明不要だと思うが念のため。

 普通に無理だった。

 犬のくせに頭を押さえてゴロゴロ床を転がりやがった。


 アカネはこくりと頷いて、


 「はい、わかってた。わかってましたよ」


 「それはそれでひどくない?少しは期待して?」


 半分はしたよ、とは一応言わないでおこうと思いお口をチャックして、再度アカネは動力源と向き合う。

 

 「でもこれ、本当にマズくない?アタシたちだけじゃどうにもならないよ……」


 魔法が使えたら、とつくづく思う。

 

 だけどないものはないからねだっても仕方ない。今ある手札でこの問題をクリアしなければならないのだ。


 ーーそうしないと、この城を止められないし、王都が大変なことになる。ハルを助けられない。

 

 それは、それだけはいやだ。だめだ。

 

 彼のために、役に立ちたい。

 彼のためなら、なんだってする。


 ーーあぁ。ハルを想うと、力が溢れてくる。

 胸が満たされて、不安とか戸惑いとか全部消えて、温かくなって、安心する。ぽかぽかする。

 

 「ハルが戦ってる。だからあたしも諦めない!」


 ドンっ!と。肩をぶつけた。何度も、繰り返す。


 「助けられるだけの女で終わりたくない。泣き虫の女で異世界物語を始めたくない!」


 「……アカネ」


 「力なんてなくても。魔法が使えなくても!レイシアでもアカネでもない。「あたし」っていう人間を見てくれていた、こんなあたしを仲間だって言ってくれたハルのために!ギンのために!セイラとユウマのために!ここで今、この動力源を壊すことがあたしの役目なんだ!〈ノア〉を守るための役目なんだ!」


 彼らに恥じない自分であるために。

 もう、悲劇に浸かるのは終わりにしたから。

 

 「悲劇のヒロインなんかでーー終わりたくない!」


 そう言った直後。

 ドクン!!!と。


 「ーーーっあ」


 胸の奥で、『魂』の奥で、何かが鳴動した。

 

 そして、動きを止めたアカネの脳内に、フラッシュバックするように、夢の逆再生のように。

 

 この異世界で起きた全ての出来事が頭の中で巻き戻り、その時間の逆行は初めて目覚めた"ハイロ"のベットを飛び越えてーー、


 

 【ーー『やぁ。久しぶりだね』。ハル】


 黒い髪をしたアカネが、"ハイロ"の街中でハルに斬りかかっている一場面が再生され、少女の中で本当の意味でーー異世界物語の始まりが顔を見せた。



::::::::



 ーーそれは、まるで夢を俯瞰して見ているような、テレビや映画を見ているような気分だった。


 【あは☆ナーイスキャーッチはるぅ!】


 「いや。誰お前!?」


 真剣白刃取りをアカネは初めて見た。

 いや、その前に、だ。

 ーーあれは、あたしなのか?


 髪は黒いし、平気な顔して日本刀をハルに振るったし、そもそも路地裏で倒れてなかったし。


 多分このことを、自分がハルたちを襲ったことを知ったら自責の念を与えると思ってみんなは隠したいのだろうと今なら思える。


 だから、今気になってるのはそんなことじゃなくて。

 ーーあれは、誰だ?


 【誰って寂しいこと言うなぁ。あたしのこと忘れたとは言わせないよハル。あたしの名前はサクラ・アカネ。もしくはレイシア・エル・アルテミスだよ!ほら、思い出してくれた?】


 「わりぃけどぜんっぜん知らん!」


 【拗ねちゃいそう】


 頬を子供みたいに膨らませて、『黒のアカネ』は回転しながら日本刀を振るう。


 ハルは掴んでた手を離して後退、入れ替わるようにセイラが翡翠と金に輝く宝剣を手にして前に出た。


 刀と剣が火花を散らして衝突した。


 【わお。やるねセイラ。流石は英霊魔法】


 「?誰だ貴様は。なぜ私の魔法を知っている?それにレイシアだと?一六年前に失踪した第二王女だと?笑わせるな。王族は、アルテミスは神の加護を受けているはずだ。髪色は銀で統一されている」


 【んー、そう言われても困るなぁ。好きで黒色になったわけじゃないしぃ。でもわかった!そんなに銀色に戻してほしいならそうするよ!】


 まるでテストで間違えた問題を直すみたいに軽く明るくそう言うと、途端に『黒のアカネ』の髪が変化を始める。サァアアアアと、水が流れるみたいに黒が銀に変わる。


 「ーーな」


 【これで信じてくれた?あたしが第二王女だってさ。ま、他にも証拠はあるんだけどね】


 「なんだと?」


 【たとえば、「コレ」とかさ】


 鍔迫り合いの中不敵に笑い、『黒のアカネ』の髪色が黒に戻る。そしてそれに合わせるように、彼女の蒼い瞳が淡く発光した。

 まるで陽の光を浴びた空の色。 

 セイラが目を見開く。


 「……その目は……!」

 

 【〈空の瞳〉。セイラなら知ってるよね?】


 当然ながら今この瞬間の場面を俯瞰して見ているアカネは知らない。


 ーー〈空の瞳〉?自分の瞳の色が他の人と違うのは異世界の住人だからだと知ったばっかなのに、さらに秘密があったのか?


 『黒のアカネ』の瞳が淡く発光すると、セイラが握っていた金の宝剣が溶けるように消失、『黒のアカネ』の身体の中に流れ込んでいった。


 「チッ!」


 【うん。インストールは完璧じゃないみたいだ】


 言うと、『黒のアカネ』は目を細めて青い空を見上げる。

 太陽を背にする、逆光で姿が影と光に包まれる少年が一人。

 ユウマだ。


 【ユウマも久しいね。相変わらずイケメンでなによりだ。まぁあたしはハル一途だけどね!世界で一番愛してるし!】


 (いや何言ってるのあたし!?)


 とんでもないことを言いやがりやがった。顔を真っ赤にして戸惑うアカネはしかし、その瞬間に自分がこの世界では喋れないことに気づいた。


 「よくわかんねーけどハルの元カノか!?」


 【あながち間違ってはいないね】


 「いやちげーよ!?……おいこっちみんな!」


 白い光を纏った拳を受け止められて下がったユウマと弓を構えるセイラ、それからギンがジト目でハルを見て、ハルが戸惑いを見せた。


 ーー本当に、これはなんだ?

 アカネが目覚める前の出来事なのは見ればわかるが、この光景になんの意味がある?何故アカネは覚えていない?


 「ったく。同窓会には呼べねぇタイプだな!」


 青白い雷を帯電させた拳を『黒のアカネ』目掛けて振るい、その一撃を日本刀の側面を使って防御、余波で周囲の建物がビリビリと揺れ、通行人などが悲鳴を上げて逃げていく。

 

 【覚えていないから?】


 「それ以前の問題!いきなり出てきた女に彼女顔される男の気持ち考えて!そしてさっきから突き刺さるセイラの視線にも気づいて!」


 【あたしのこの、あなたにくびったけの視線にも気づいて。あたしはあなたが全てだから♡】


 「だからなんなのその謎の好意!」


 【……そう。本当に、やっぱり、まだ。ダメなんだね。そっか、そっか、そうなんだ】


 ズキリと、胸が痛んだ。

 よくわからないけど、『黒のアカネ』のひどく哀しそうな顔が、『魂』の悲鳴に思えた。それは本当に、大好きな人に忘れられた女の子のようで。


 その顔を、彼はやっぱり見逃さなくて。襲われたのに、何も知らないのに、怪訝に眉を寄せると拳を離して下がり、ハルは助けるみたいに手を伸ばそうとしてーー、


 「お前ーー」


 【……そろそろ時間だ】


 まるでその手を掴むのを我慢するように、自制するように、顔を寂しく歪ませると、『黒のアカネ』に異変が生じる。


 それは夜明けのように神秘的な、神聖な変化。髪が黒から銀色に変わり始め、日本刀が消失していく。

 

 怪訝になっているハルたちからふと目を離し、『黒のアカネ』は「アカネ」を見た。目があった。

 

 鏡を見ているのとはどこか違う、それこそ自分によく似た他人に見られている感覚。ドッペルゲンガーに出会ったような違和感。

 

 【ーー今はアンタに譲る。だけど忘れるな。一度でも『失敗』をしたら許さない。その時はあたしがこの世界をーーこの『ターン』をもらう】


 (どういう、意味……?)


 【その内わかる。だから『サレンダー』だけはしちゃいけないよ】


 意味深にそう言うと、『黒のアカネ』は再度ハルたちに向き直り、淡く微笑んだ。


 【ーー今から視せるのは本当のこと。全部が本当にあった出来事で、本当にある世界の話。あたしがこの世界に戻ってくる前のーー『異世界物語』】


 「?何言ってんだ?」


 【みんなが信じてくれることは分かってるけど、改めて言わせて。お願い、どうか。信じてほしい。あたしのことを、信じてほしい。それで、それでね………】


 そして。

 『あたし』は笑わずに。

 ただ、寂しそうに一筋の涙を流した。


 【あたしのことを、助けて】



 「……お前」


 ハルが歩み寄り、手を伸ばし、その涙を拭おうとする。アカネの頬にも同じ涙が流れていた。

 

 彼女の感情が、流れ込んでくる。

 

 ーー今はまだその手を取ることは出来ない。その資格はまだない。あなたに会えただけでも、あなたたちに会えただけでも嬉しかったから。

 

 だから、いつか必ず。


 そして、変化が終わる。

 黒が、銀に変わって。


 【またね、ハル】


 「ーー!アカネ……!」


 そう呼ばれて、『黒のアカネ』は少し驚いてから幸せそうに、好きな人に名前を呼ばれた女の子のように頬を緩ませた。

 

 ーー直後。

 世界が、破れる。時間が早送りされるみたいにギュア!と、切り替わる。


 ーーそうして、サクラ・アカネは異世界物語の始まり、その全てを知った。

 

 ーー何故、ハルたちは初めからアカネに優しかったのか。


 ーー何故、セイラはアカネを知っている、なんて言っていたのか。


 ーー何故、アカネの無知を怪訝に思わなかったのか。


 全ては、こういうことだった。

 

 『黒のアカネ』が彼らに視せたのは、過去の映像で、別の世界の光景で、アカネの人生の全てで、悲劇の総集編だった。


 その光景を。

 世界全体に映像が流れる不思議な空間で、アカネは静かに泣いた。


 


 嬉しかったんだ。

 最初は何が何だかわからない状況に戸惑っていたみんなが、次第に理解し始めるとあたしのために怒ってくれたり、泣いてくれたから。


 再生場所がランダムに選択され、その時間の世界に変わり、入る度にーー。


 ーーひとりでいる時はそばにいてくれた。

  

 ……ありがとう。


 ーー学校でいじめられている時、ハルが驚いて飛びかかって、あたしを守ろうとしてくれて、けれど現実じゃないからすり抜けて、それを何度も繰り返して、悔しそうに拳を握っていた。

 

 ……ありがとう。


 ーー公園でひとり、雪の中でわんわん泣いてる時、セイラはあたしを優しく抱きしめてくれて、ユウマとハルはギンを使ってあたしを笑わせようとしてくれて。


 ……ありがとう。



 ーーお父さんが死んで、お母さんに冷たくされて、部屋で泣いてる時、みんなが何度も、何度も励ましてくれた。大丈夫、俺たちがいるって。本当に何度も。


 ……ありがとう。


 ーートイレで水をかけられた時、ハルが庇おうとしてくれて、それをした女子生徒に怒りを飛ばしてくれた。


 ……ありがとう。


 ーー死ねって言われた時、セイラが「友に向ける言葉と態度なのか、それが!?」って怒ってくれて、その後にハルとユウマを「なぜ!?」殴っていたのはすこしおかしかった。


 ……ありがとう。


 ーーお母さんに制服姿を可愛いって言ってもらえなくて、部屋で泣いている時、みんなが「目が、目がああああ!」「どうしたハル!?」「アカネの服装が似合いすぎてて目が潰れちまう!」「そのリアクションはあってるのか?」って、いつもと同じように、変わらない元気の良さであたしを励まそうとしてくれた。


 ……ありがとう。



 ーーたくさんの「ありがとう」が胸の中から溢れて、止められなかった。ありえない、「もしも」の可能性すらない夢のような世界。


 何をどう選択しても、そもそも世界が違うから交差することはなかった、今だけの夢。


 それでも嬉しかった。

 ひとりじゃないんだって。あの時、みんながそばにいてくれたんだって。

 


 「……全部。全部、最初から。みんなはあたしを見ていてくれたんだ………っ」


 世界が、終わる。

 

 ガラスが砕ける音と共に、時間が元に戻ろうと進み、写真を破ったみたいに過去の映像が映る世界の破片が舞う、白い世界。

 

 そこに二人が、確かに向かい合っていた。

 ハルには、アカネの姿が見えていない。

 アカネには、ハルの姿が見えている。


 それでも甘く優しい白い世界で、ハルは確かにアカネをまっすぐ見ていた。


 「お前が誰だろうと関係ない」

 ーーここからは、これが終わればアカネが知る異世界物語に戻る。

 それは一瞬だったのかもしれない。


 「うんっ」

 それは幻だったのかもしれない。


 「向こうで会ったら、もう大丈夫だ」

 

 「うん……っ」

 それは夢だったのかもしれない。


 「俺たちがついてる。お前の味方だ」

 「……うんっ!」


 泣き笑い、頷いて。

 そうして、サクラ・アカネの『魂』はーー。


::::::::



 ーー涙を拭った。


 「え、アカネ……。髪が……」


 意識が現実に回帰すると、ギンの微かに驚いた声が耳を打った。

 

 「ギン」


 「なぁに?」


 「ありがとう。大好きだよ」


 親愛を送るようにアカネはギンを優しく抱き締めた。いきなりのことにギンは照れているが、アカネの温もりを受け入れる。


 そうしてギンから腕を離し、アカネは改めて動力源たる水晶球に向き直った。

 自分でも驚くくらい、頭は冴えていて、冷静で、それでいて心がどこまでも満たされていた。


 多分、あの夢のおかげ。

 あの『黒のアカネ』のおかげなんだろう。


 戦うと決めた。

 この世界で生きて、彼らと共に歩んでいくと決めた。ならば、これくらいのピンチで足を止めるわけにはいかない。

 ーー世界くらい、救えなくちゃいけない。


 だから。


 「悲劇の神様を。あたしが斬らなきゃいけない」



 ーーーーキン、と。

 銀色の光と共に、アカネの右手に美しい業物の日本刀が顕現し、それを握った。

 

 ーー刀剣魔法、だと。『魂』で理解した。


 アカネの魔法行使に驚くギンの前で、しかし少女は笑う。

 恋する乙女のように。

 戦いを覚悟する、魔道士のように。


 「これがあたしから悲劇の神様に向けてのーー反撃開始の狼煙だ!」


 もう、現実から逃げない。

 自分からーー悲劇から。


 その強い思いを胸に振るった剣閃が、紫色の悲劇を美しく一刀両断した。

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