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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー独姫愁讐篇ー
44/193

『一章』㊴ 約束の彼方 

 

 「ーーふぅん。生きてたんだ、ハルくん」


 意外とは思っているけど冷酷な、氷点下の声と眼差しがボロボロのハルを捉えて逃がさない。

 

 「おいおい、まるで俺があの程度で死んだと思ってたような言い方じゃあねぇか。え、なに。あれくらいじゃ俺死なないんだけど」


 「すごい血まみれだけど」


 「これは血じゃねぇ!オムライスについてたトマトケチャップだ!なぁアカネお前からもエマのやつに言ってやってくれよ!これは全部トマトケチャップで、俺は全然ピンチになってないってさ!」


 バッと振り返ると、アカネはすごくすご〜く残念そうというか呆れたというか、とにかく好きな人の馬鹿な瞬間をみた女の子のようにため息を吐いて、


 「なに、何なの。ハルはいちいち小ボケを挟まないとダメな人間なの?トマトケチャップとか意味不明なことを言わなきゃ気が済まない病気なの?」


 「いいや重要なことだぞ!だってこれ全部血だったらまるで俺がピンチみたいじゃん!負けてるみたいじゃん!」


 「実際一回は負けてるんでしょ?」


 「負けてない!あれは負けじゃない!あれはちょっとマッサージに良さそうだったから喰らっただけ!決して負けではない!」


 アカネは人差し指でこめかみをぐりぐりして、


 「負けず嫌い」


 「いいや違うね!勝つことしか知らないこの世で一番強い男だね!負けず嫌いとかじゃないし!」


 「うん。わかってる。それがハルだもんね」


 頷くと、アカネは立ち上がって、自然とハルを抱きしめていた。

 

 血で汚れることなんて気にしない。

 あなたの血は、あたしにとって汚れなんかじゃない。あたしの心を救ってくれた、大切なカケラ。

 驚くハルはアカネより背が高くて、男の子だ。


 「生きてくれていて、ありがとうッ。」


 ハルは傷だらけなんて感じさせない太陽みたいな笑顔で、


 「お前を置いて、俺は死なねぇぜ」


 「………っ」


 その言葉は。

 怖いけど嬉しかった。

 アカネを置いて、死なない。


 「ホントに?」


 ハルを抱きしめながら、涙声で、少し、甘えるように、好きな人にそうするように、アカネは訊く。


 「ホントに、あたしを一人にしない?」


 「しない。どこにいても、必ず駆けつける。お前のそばには、俺たちがいる。だから「大丈夫」だ。」


 「………うんっ。うんっ」


 ーー大丈夫。

 その言葉だけ、父の声と重なった。

 アカネはハルの胸から顔を上げて、彼の顔を近くで見つめる。

 

 無邪気そうで、活発で、人が良さそうで、勝ち気で、だけどあたしにとってはカッコいい顔。


 ーーお父さん。

 ヒーローが、駆けつけてくれたよ。


 「ーーで。今更何しに来たのかな」


 ギュア!!と。一本の鋭い岩槍がハルとアカネの二人を貫こうと奔ってきて、けれど少年は有言実行を果たすように少女を抱いたまま横にズレて回避を成功させる。

 

 ドゴァ!と、石壁を岩槍が抉った。


 ハルはアカネを背にして振り返り、敵を睨む。


 「お寒いメルヘンドラマをありがとう。まるで本当に『薨魔の祭礼』を見ているようだったよ。でも、アタシは言ったはずだよ、ハル・ジークヴルム。これは『薨魔の祭礼』じゃない。新時代の幕開けだって」


 「だからアカネは助けちゃいけないって?それはお前の勝手な都合だろ。『薨魔の祭礼』も新時代にも興味なんてない。俺はただ、仲間を守れるならそれでいい。それにお前、まだ分かってねぇのか?」


 微かに、怒っている声色だった。

 

 後ろから見る彼の顔に、その表情に、静かな怒りがある。アカネがいるからか、爆発させるのを我慢しているよな、抑えたくない怒り。


 「俺の仲間を傷つけた時点で、お前の望みは叶わねぇ。俺を敵に回した時点で、お前の企みは全部破綻してるんだよ」


 「………ハル」


 仲間。

 そっか。

 今、ハルは。

 あたしのために怒ってくれているんだ。


 一方で、エマは鼻で笑った。


 「はっ。言葉だけは強いね。でもハルくんの方こそ分かってないんじゃない?キミ、まだ魔法を使えないでしょ。さっきのも、爆破石で破壊したに過ぎない。そんな状態で、アタシとどう戦う気?」


 「……魔法が、使えない?」


 驚愕の事実にアカネは呆然となった。


 魔法が使えない。それはおそらく何かしら原因があるのだろうとすぐに分かったが、その状態は果たして問題ないと言えるものなのか?

 

 魔道士から魔法を奪ったら、なにかしら体に異変が起こっていても不思議な話ではない。


 対して、ハルはエマに返答するのではなくもう一人の仲間を呼んだ。


 「ギン!」


 「あいよ!」


 こちらもこちらでボロボロだった。上から降りてきたギンの銀色の体は血で赤に染まっていて、あの時エマにやられた傷だと分かった。


 アカネはギンの大きな首に抱きついた。


 「ギン……。来てくれてありがとうっ。ごめん、ごめんね……っ」


 ギンは少し照れ臭そうに、


 「へへっ。いいんだよアカネ。おれたちは仲間なんだから。仲間が困ってたらた助けるのが普通だよ。だからいいんだよ。無事でよかった」


 「うん、うんッ。ありがとう、ギン……ッ」


 アカネの無事を喜ぶギンの姿に、少女は泣きそうになった。

 どうして、こんなにも自分のことを想ってくれているのに信じないなんて馬鹿なことをしたんだろう。

 ほんと、バカだあたし。


 「さ、早くここから離れよう。ハルの邪魔になっちゃう」


 言われ、しかし一瞬頷くことに躊躇して、アカネはエマとハルを交互に見る。


 どちらの強さも知っている。だからこそ、魔法が使えないらしいハルがエマに挑むのは自殺行為にしか思えない。

 だけど。


 「信じてる」


 「………、」


 「あたしは、あなたをずっと信じてる」


 それは覚悟の証明。

 隣を歩くための条件で、訂正することは死ぬまでないだろう。

 ハルは笑って頷き、そしてアカネはギンの背に乗って戦場から離脱していった。


***********************


 ーー言いたいことは言えたな、とハルは息を吐きつつそう思う。

 

 「どれだけ格好つけたって、魔法が使えない事実は変わらない。たとえ魔法が使えたとしても、その傷じゃあ長くは保たない。それは自分が一番分かっていることでしょう?」


 確定事項のように言ってのけるエマに、ハルは笑った。怪訝に眉を寄せた金髪の復讐者には悪いが、笑わずにはいられない。

 確かに「まだ」魔法は使えない。

 でもだからと言って。


 「それが、俺が戦いを諦める理由になるのか?」


 「普通はなると思うけど?」


 「ならないね」

 

 断言があった。

 そして拳を握り、正面から睨む。


 「俺が戦いを諦める時は死んだ時だけだ」


 「なら今ここで諦めなよ、英雄」


 ドガガガガガガ!!と、人間の腕ほどある岩の矢が何十本も降ってきて、ハルの周囲が粉塵に覆われた。

 傍目から見ても命は助からないと思ってしまう攻撃の嵐。魔法が使えたらともかく、今の彼に雷神の力を行使する権能はない。

 だから冷笑したエマの、内心、勝ちを、殺したことを疑わないことは当然であった。


 だが。


 「ーーアカネが、痛そうな顔をしてた」


 「なっ」


 揺れる。

 粉塵の中で、影が揺れる。

 

 「別に、わんわん泣いてこの世界に怒りをぶつけたって誰も文句は言わないのに、あいつは全部自分のせいだって勘違いしてボロボロになってた」


 粉塵が割れ始め、少年の姿が見え始める。

 

 ボロボロで、ボロボロで、血がついてない箇所なんてないくらいに、ボロボロな姿で。

 

 強く。強く立っていた。


 「馬鹿じゃねぇか。そんなの、一人で抱え込まなくたっていいじゃねぇか。仲間が辛そうにしてたら手を差し伸べる、泣いてたら拭ってあげる、重い荷物を背負ってるなら一緒に背負う。それが仲間ってやつだろ。それが、友達ってことだろ」


 あんな、痛そうに泣いてる女の子を、ハルは一度も見たことがない。

 

 見たことがないし、見たくもなかった。それが仲間なら尚更だ。

 

 そして、戦う理由としては十分だ。


 「はっ!そんなのはまやかしだ!仲間も、友達も、平和も、愛に正義も!なにもかもが幻想に過ぎない!この世界にそんなものはありはしない!アンタがレイシアに向ける笑顔も、レイシアがアタシに向けた笑顔も!全部が全部このくだらない世界が見せるフィクションでしかない!!」


 「俺は!」


 間髪入れず、だ。

 

 一拍の空白すらなく張り上げるように声を出して、ハルはエマを睨んだ。


 アカネの前では見せられなかった、我慢した怒りの表情で。歯を噛み砕くくらいギリギリと噛んで。

  

 「あいつが笑った顔をまだ見たことねぇよ!!」


 痛い顔なんかじゃない。涙を流す悲しい顔なんかじゃない。

 

 誰にでもありふれた、そして誰にだって資格があるその権利を、笑うことを、アカネはハルたちの前では見せていなかった。


 一度も、ただの一度もだ。

 

 どれだけバカなことをやっても、どれだけ歩み寄ろうとしても、彼女のすっかり硬くなってしまった心はほぐれなくて、その心の弛緩がないから表情に出ることもなく、ずっと寂しそうな顔ばかり。


 笑い方を忘れているようだと思った。

 どう笑っていいのか、分からないのかと。

 どういう時に笑えばいいのか、分からないと。

 笑ってはいけないと、自分に言い聞かせるみたいで、見てるこっちが辛くて、イライラした。

   

 なんでアカネが笑っちゃいけない。

 なんでアカネばかりこんな目に遭わなきゃいけない。

 なんでアカネが泣かなきゃいけない。

  

 なんで、アカネの笑顔の価値を。

 その意味を。

 コイツは知らない。気づいていなんだ。


 そんなのは、許せなかった。

 だから。


 「あいつが笑うとこが見てぇから!あいつが何も考えることなく笑えるように!俺が戦うんだ!!」


 ゴッッッッッ!!!!と。

 まるでハルの闘志に、その覚悟に反応したように、夜の天から稲妻が落ちた。

 

 目を見開き驚愕するエマの前で、ありえないと笑い飛ばしたい現象が、起こる。


 「な、ん……だと……ッ」


 ーーそれは、小さな雷だった。

 粉塵が晴れた向こう側で、一人の少年の体を凝縮した静電気が、青白い雷が、覆う。走る。

 

 バチバチ、バチチッッ!と、震え上がらせる力の喝采が、少年を深く愛していた。

 つまり。

 だから。


 「なんで、魔法が使えるの、あなた!?」


:::::::::


 「ーーやれやれ。世話がかかるのぉ」


 そこは"アリア"の中心にして第A級指定罪人、グイル・シコラエの死体が血に沈む特異点だった。

 〈ノア〉の不調、魔獣の大行進の、その源。

 

 「まぁ、今回ばかりは子供ガキどもだけじゃどうにもなりそうにないからのぉ。イヤイヤではあるがワシも力を貸してやろうではないか」


 ーー白雪色の長い髪を風に揺らす八歳くらいの女の子がシコラエの死体に触れていた。

 

 成熟していない未熟な白い肌の、けれど雄厳と品格、魂の大きさを感じさせる整った顔立ちの幼女が、青のシーツをだけを雑に体に巻いた姿で夜の街に出て、あろうことか死体に指をつけている。


 「ふむ。呪怨魔法とは懐かしい。今代の呪怨魔法も、なかなかどうしてやるではないか」


 可憐でいたいけな、白い花のような幼女に六体の魔獣が暴走気味に襲いかかる。咆哮し、殺戮本能に従って、その牙と爪でもって人間を嬲り殺す性質が唸る。

 

 「おすわり」


 軽い一言。

 

 鈴を鳴らす可憐な声。

 しかし現象は絶大の規格外。

 

 何をしたのかは不明。


 ただ、白い髪の幼女が指輪をした指を下に向けた瞬間に六体全ての魔獣が石畳のシミと化して世界に静寂が訪れたのである。


 「では。フィナーレといこう。これはワシからのプレゼントじゃ。全部救ってこいクソガキ共」


 原理は謎。

 なにもかもが不明。

 

 だが幼女が指を鳴らした瞬間、グイル・シコラエが発動した魔法陣とは異なる、どこまでも優しい聖なる白色の魔法陣が"アリア"に展開され、外壁が修復ーー魔獣除けの術式が強化されて再始動、街に蔓延る全魔獣が血煙となって消滅ーーありとあらゆる『負』が桜の街から一切合切塵となって消えた。


 ーーあら、ハルくん。この前は指輪ありがとうねぇ。


 ーー気にすんなよシロばぁちゃん!また何かあったらいつでも頼ってくれ!



 "アリア"の街長、メイレス・セブンウォー。


 「少し早い追悼祭と行こうではないか」


 不敵に笑った彼女の前では、何人たりとも悪さは出来ない。

 

 そして今この時この瞬間。

 メイレスが作り出した仮想の灯籠が火色に光り、桜の街が英霊を追悼する。

 それは、世界の終末のように、どこまでも美しかった。



::::::::



 「ありえない……。こんなことがあっていいはずがない、あってたまるか!!」


 先刻までの余裕が霧散して、エマの様子が焦りと驚愕に変わっていた。

 

 「なんで、どうして魔法が。欠乏症が治る!?呪怨魔法の「奥の手」を解呪出来る魔導士なんてあの街には……………」


 いない、と言いかけて思い出す。

 

 

 ーーひとつだけ忠告。あの街にいる白い髪をした年齢詐欺の子供には手を出さないように。間違っても戦おうだなんて思っちゃダメ。ーー死ぬわよ。



 『黒い女』がそう言っていた。その時はよく分からなかったが、つまりあの女は最初からこうなることがわかっていた、のか……?


 「一人じゃ何も成し得ない」


 「ーーっ」


 ビクッと、その声に肩を跳ねさせたエマは瞳を揺らしながらその少年をみる。

 雷を纏う、その男を。


 「お前だけじゃない。俺だってそうだ。だから仲間がいる。仲間の想いが俺の力に変わるんだ!」


 一歩、だ。

 確実に一歩下がったと認めて、考える。

 雷神が復活したということは、つまり。





 「ーーありがとうございます、メイさん」


 「……………な」


 赤色の魔力が、踊り狂っていた。

 赤髪の美女がゆらりと立ち上がり、シェルサリアが明確に恐れをなして後ずさる。


 「ーーさぁ」




 「ーーやっぱあの人はすげぇな」


 「…………は、はは。はははは!」


 黄色、あるいは黄金、もしくは星色の魔力が溢れて荒れ狂い、喝采し、茶髪の少年を包み込む。

 強風が発生し、強者に出くわした恐れを確かに感じながらも笑うザクスの頬に、一筋の裂傷が生まれる。


 「ーーさぁ」




 ヒーローは一人だけとは限らない。

 それもまた、この世界の真実だ。


 故に、正々堂々と、世界と神に、目の前の敵に対して宣戦布告があった。


 全員が傷だらけ。

 だがその魂と信念には傷一つありはしない。

 仲間を守るための戦いは、世界を相手にするということだ。

 世界と神を相手にするくらいでビビっていては、大切な仲間を守ることは出来ないのだから。


 サクラ・アカネの泣いた顔。

 サクラ・アカネの笑った、未来の顔を思い浮かべて。

  

 彼らは言った。


 「「「さぁ。反撃開始だ!」」」


 雷神アーサソール薔薇ローダンセ星王アストライオス


 三人の英雄が世界を救うために動き出した。


 ーーたった一人の少女の世界を、救うために。

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