表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー独姫愁讐篇ー
40/193

『一章』㊱ 孤独の終わりは雷鳴と共に 

 

 「ーーはぁ、はぁ、はぁ。……まったく。面倒をかけさせるんじゃないわよ、ゴミが」


 破壊にまみれた浮遊城の中庭の中心で、エマ・ブルーウィンドは『黒』ーー否。アカネの首を持って吊し上げていた。


 「時間切れってことかしらね」


 「か、あ、、かはっ」


 五本の巨大杭の雨の後、『黒』は砂煙が晴れると同時にアカネに姿を戻していた。

 どす黒いプレッシャーは霧散して、全てが元に戻っている。


 ーーそのことすら、今のアカネは知らない。

 

 どうしてこんなところにいて、どうしてこうなっているのかも、アカネは知らない。

 昔の夢を、見ていたような気がした。

 夢、というより過去の再生。


 「さて。やり返しはさせてもらうわよ」


 「…………?」


 言葉を発する前に、だ。

 ボグッ!と、お腹に思い切り拳がめり込んだ。


 「ご、がらばぁ!?」


 「あ、はは☆それだよそれ!その顔だよ!」


 暴力の荒波。

 力の本懐。

 理不尽の解放。


 とにかく殴られ、蹴られ、アカネの身体が壊されて、泣いて、絶叫して、軋んで、裂けて、断たれて、砕けて、潰されて。


 声にならない声が浮遊城に響き、そしてアカネは弱々しく、電池が切れた人形みたいに地面を転がった。


 「あはははははははは!さっきの強さが嘘みたいだねレイシア!いや、ローラって呼んだ方がいいのかな!?クスクス、とにかくすぐに壊れちゃつまらないからさぁ!もうちょっとだけアタシを楽しませてよ悲劇のヒロイン!」


 心底おかしかったのだろう。

 エマは愉快げに笑っていた。


 それが、怖かった。

 よく覚えていないけど、とにかく怖かった。痛くて痛くて、這いつくばって、アカネは中庭から逃げようと、エマから逃げようとする。


 「いた、いよ。……いたいよ、お父さんッ。…痛いよ………っ」


 こんな痛み知らない。

 異世界が怖い。

 全部が怖い。

 

 「どーこいくのかなーん?れぇぇいしあああ」


 「ひっ」


 追いかけてくる。

 追いかけてくる。

 追いかけてくる。


 痛いが追いかけてくる。

 怖いが近づいてくる。


 アカネは立ち上がれず、けれど地面を這って必死に進む。逃げる。


 「あた、し。何もしてない……っ。悪いことなんて、何もしてないのッッ。異世界にきて、一人で、頼れる人も信じられる人もいないの。それなのに、どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないのッッ」


 その震える声を誰も聞いていない。

 その頬を伝う涙を誰もみていない。


 「この世界のことなんて、知らないよ……っ。あたし、何もしてないよ……っ。ただ、普通に生きたかっただけなのに。友達と遊んで、オシャレして、寄り道して、甘いのとか食べて、休日には映画とか観て、普通に恋なんかして………。そんな、普通の日々を送るだけで、よかったのに………っ」


 何も叶わない。

 誰も叶えてくれない。


 「……あいたい。会いたいよ、お父さん。また、手を握ってほしいよ。そばにいるって、約束したのに……っ。やだよ、やだよお父さん。一人はやだよ、痛いよ。寂しいよ。なんで、なんであたしを一人にしたの………。誰も、誰も助けてくれないよっ」


 一人だから。

 味方はいないから。


「助けて、お父さん。たすけて……っ。正義のヒーローなんて、いない。やっぱり、ヒーローはお父さんだけだった。お父さんだけが、あたしのヒーローだったんだ………ッッッ」


 だから。

 きっと。


 「ヒーローは、いないんだッ」


 這って。

 惨めに這いつくばって、しかし中庭すら出ることが出来ずに、アカネは、城の壁に背を預けて座り込み、己の死の未来を目撃する。


 正面、その空中に。

 岩を削って作り上げたような巨大な剣が、アカネの命を狙っていた。


 その下で、エマが冷酷な目をしていた。


 「最期に言い残すことはある?」


 「………」


 そう言われると、なんだろう。

 ーーあぁ、うん。

 言いたいのは、これだけかな。


 「……の、に」


 「?」


 哀しく、微笑んだ。


 「正義のヒーローに、会いたかった、かな」


 「あっそ」


 エマが手を振り下ろした。

 長剣が、喝采をあげた。



 ーーああ。やっと会えるね、お父さん。


 目を瞑り。

 死を歓迎する。


 ーー直後。

 ドッッッッッッッガァァァァ!!と。

 轟音が炸裂した。


 長剣がアカネを串刺しにした音、ではない。

 その長剣が、破壊された音だった。


 「な」


 微かにエマが驚く気配がして、アカネはゆっくり目を開けていく。

 そして、その空色の瞳を、見開いた。


  


 ーー正義のヒーローになってくれるかどうかだと思うな。


 ずっと、ずっと探して、待っていた。


 辛い思いをする度に、悲しい思いをする度に、寂しい思いをする度に、痛い思いをする度に、一人で涙を流す度に、少女はいつも誰にも聞こえない声でこう呟いていた。

 

 ーー助けて、ヒーロー。

 

 だけどその切ない声は誰にも聞こえないから、だからこそヒーローには聴こえるはずの、その泣きたくなる声は届いていないから、哀しい色をした心の叫びは頬を伝い、地面へ落ちて。

 

 拭ってくれる人なんて、いないから。


 ーーヒーロー?


 ーーうん。あか音が困っている時、泣いてる時、辛い時、悲しい時、もう立ち上がれいくらいにボロボロになった時、がむしゃらに駆けつけて守ってくれる人。


 

 現実は決して甘くはない。


 特に、少女には厳しい顔をする。


 だからなのか、何の脈絡も事件までのヒントもなく、ただ性質上そういう場面に出くわして、問答無用に手を差し伸べてくれる、味方になってくれる、ご都合主義の、採算度外視の、主人公のような人間になんて出会うことはなかった。

 

 チャンスすらなかったのだ。

 ヒーローには彼女を助けるチャンスはいくらでもあったはずなのに。


 ーーそんな人、お父さん以外にいるの?


 何度、夢を見たか。

 何度、焦がれたか。

 何度、暗闇の道を振り返ったことか。


 虐められたとき。悪意を受けたとき。トイレで水をかけられたとき。家の中で風景になっていたとき。透が死んだときも。何度ヒーローが来てくれることを願ったことか。


 真っ暗な道で、自分の血しか黒以外の色がなくて、指針も指標もなにもなくて。足が痛くなって座り込んだとき、何度もヒーローが助けに来てくれないか振り返った。

  

 けど。

 どこにもいなかった。いなかったのだ。


 ーー今日この日までは。


 「ーー間に合わなかったかもしれない」


 ーーキミが泣いているとき。


 「ーー手遅れなのかもしれない」


 ーー助けて欲しいと叫んだとき。


 「ーーだけど取り戻すぞ。ここから」


 その背中は、傷がないところを探す方が苦労するくらいに、ボロボロだった。押せば倒れてしまいそうで、だけど力強くて、頼もしくて。


 「ここから先は絶対に、何があっても!こいつは俺が守る!!!!」


 ーーボロボロになってでもその背中で守ってくれると思うかい?


 「…………………ハルッッッ」


  ーー本物のヒーローが目の前に立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ