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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー独姫愁讐篇ー
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『一章』㉝ 黒の覚醒 

  


 「あーあ。これはもう使い物にならないな」

 

 抜け殻のように倒れるアカネの頭を軽く踏んで、第S級指定罪人の殺戮ティー復讐者シポネは少し残念そうに呟いた。


 「もう少し虐めたかったんだけど、ちょっと最初から飛ばし過ぎたかな?」


 第二王女、レイシア・エル・アルテミス。

 彼女の首を王家のカス共の目の前で刎ねることが目下の目標ではあるから今この場で殺すことはしない。

 

 だからこそそれまでにストレスを解消し、溜まりに溜まった鬱憤を晴らし、玩具のように弄ぶ予定だったのだが。

 セーブをしたつもりが、案外早く終わってしまった。


 「はぁ、つまんな。これならまだハルくんのことは黙っておくべきだったかな」


 息を吐き、エマはアカネを放って外へ出ようとする。


 拘束を解いたのは、逃げる背中を痛ぶろうと考えてしたのだが、向こうのメンタルが弱過ぎてどうも上手く事が運ばない。

 

 このまま王都について殺したとしても、納得のいく復讐が遂げられるかどうかは怪しい。


 「あーもう。つまんないなぁ」


 まるで拗ねた子供のように背中の後ろで手を組んで歩き、外へ足が出るーーその前だ。


 ゴッア!!!!!!!!!!!!!!!、と。


 全身の肌が粟立ち、血液が逆流し、背中から無数の『剣』で貫かれる、妙にリアルな殺気ーー自分の「死」の未来を垣間見て、エマは目を見開き慌てて後ろを振り返った。


 「な、なにがーー」


 そして目を大きく見開いたまま固まることになる。

 黒。

 黒。

 黒の嵐。


 仄かに紫色を帯びた漆黒のオーラの渦が、さっきまで倒れていたはずのーー今はゆらりと立つ第二王女を覆って囲い、暴風が吹き荒れてエマの髪やら服を激しく靡かせる。

 

 エマはS級罪人だ。

 罪人の中ではトップランカーで、尚且つ世界の悪というものをとことん知っている。

 

 そんな彼女でも、この殺気には恐怖を抱かずにはいられなかった。

 思わず自害してしまった方が楽なんじゃないかと考えてしまうくらいに、コレはおかしかった。


 身が凍るとか、震えるとか、そうじゃない。

 真の恐怖の前では、感覚も感情も等しくゼロ。

 ただ、ただただ。

 圧倒される。


 「………あなたは、だれ」


 「ーーーー」



 誰、と。

 自分で口にしといて意味がわからない。

 目の前にいるのは第二王女だ。あの悲劇に浸かってるヒロインだ。ムカつく女のはずだ。


 なのに、誰、と。そう思ってしまうほどの変化。

 黒の渦が、時間が止まったみたいにピタリと静止する。警戒するエマの前で、黒渦がトグロを巻いてアカネの中に収まりーー変化が終わる。



 銀の髪は真っ黒に染まり、宵闇の羽衣を纏い、憎悪の紫色の瞳で冷やりとエマを見据え、手には影のような揺らめく剣を握るーーサクラ・アカネ。


 「ーーっ。あなたは……」


 違う何か。

 そう思い、そして思い出す。

 確か、昨日もアレに似た変化がアカネに起こっていたことを。


 今更遅かった。


 「ーー殺す」


 「な」


 瞬きを終えた未来の果てに、その眼前に、黒色のアカネが既に迫っていた。

 

 数分前とは明らかに違うーー別人格、というよりヒトととしての『魂』、あるいはヒトそのものが変わったかのような変貌にエマの判断が刹那遅れた。

 

 影の剣が死を執行するーー前に、刹那と刹那の間に床を全力全開で踏み締めて躊躇うことなく破壊した。

 

 直後に轟音が炸裂し、広間の床全てに蜘蛛の巣のような亀裂が走り、そしてブロック状に大破した。

 

 陥没。

 

 少女二人を巻き込んで城の一角が持ち主の手によって破壊された。

 

 そして床が大破した事で目測が逸れて影の剣はエマの頬横を掠め、髪と血が舞い上がる中S級の罪人は拳を握って落下を開始するアカネに叩き込む。


 「死ね!!!!」


 今ここで殺さないと、こちらがヤられると本能が叫んだ結果である。

 今のこいつは第二王女でもサクラ・アカネでもない。もっと別のナニかだと判断した。


 魔力による身体強化。

 浮遊魔法の応用で周囲の空気の密度を上げて拳に纏わせて威力を底上げした一撃が、容赦なく『黒』へと迫る。


 「ーーーー」


 だが。


 「な、ん……!」


 『黒』は何もしていない。何もしていないのだ。

ただヤツは落下中にエマの拳をジッと見ていただけ。喰らうことを望んでいるのかどうかも分からない無感情な瞳で自分の「死」を眺めていただけ。

 

 なのに、ヤツは死んでいない。

 黒の羽衣が、突如として形を変え、まるで人の手のような翼を形成し盾として、エマの拳を軽々と受け止めたのだ。

 

 「ーー殺す」


 「!それはこっちのセリフだくそ女!」


 刹那の驚愕を憤怒と殺意で置き去りにし、エマは吠える。


 広間の下は舞踏場になっており、無機物で作られた人形たちが今にもワルツを踏み始めそうに立っている。

 その数、実に一〇〇〇以上。

 その全てを。


 「游界のゆうかいのみぞれ!!」


 浮遊魔法が掌握する。

 

 かつて床だった瓦礫と共に落下する二人の少女。


 その一人が両手を合わせて前に突き出せば眼下にある全ての人形たちが動き出し、まるで見えない糸に引っ張られるかのように、重力を忘れた不届き者のように一斉に『黒』へと殺到した。


 人形の嵐。

 人の形と無機物が混ざった異物が空を踊りながら豪快に唸る。


 だかしかし。

 どこまでも彼女は驚かせてくれる。


 もう一人の少女である『黒』は、下から降る霙を冷静に見据えて、それから一度だけ拳を握って開いた。

 その瞬間、空を踊っていた一〇〇〇の人形全てがキン!!と、等しく見事にバラバラに切断されて役目を終えた。


 「な」


 桁違い。

 理解不能の、その力。

 

 「ーー殺す」


 「ーーーー!」


 殺意を剥き出しにする一言にゾッとなり、舞踏場の床に足をつけた瞬間エマはこの場に漂う全ての瓦礫ーーそれこそまさに無数の残骸を掌握、押し潰すというよりは埋めるイメージで『黒』を殺害しにかかった。


 「嘉麻空かまくら!!』


 「ーーーー」


 爆音と豪雨、それから落雷を詰め合わせたような破壊的な音が舞踏場に響き渡る。

 

 文字通り四方八方からの攻撃に『黒』は呑まれ、そして瓦礫の全てで構築されたドームに閉じ込められた。

 

 圧死。

 窒息死。

 撲死。


 とにかく死因はなんでもいい。

 謎の斬撃?でも斬れない質量と厚さで封じ込めてしまえば、あとは流作業で殺すだーーー、



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーキン。



 最早当然とばかりに、であった。

 

 雷神アーサソールに喰らわせた以上の大質量の奔流が、たった一回の甲高い音によって掌サイズに斬り絶たれ、瓦礫の雨の中『黒』は影の剣を携えて静かに恐ろしく、そしてどこまでも冷たく立っていた。


 健在。

 傷一つない。


 「…………化物が………っ」


 「ーー殺す」


 計画が。

 破綻し始めた。

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