『一章』㉚ 敗北の味
ーーそして物語は原点に戻る。
「アリア」全域は魔獣の理不尽に呑まれ、阿鼻叫喚の地獄絵図が桜の街に描かれて血と涙が大地を潤している。
圧倒的な暴力の前に逃げることしか出来ず、自分の命を一番に考えることは生物にとってはごくごく普通で当然のことなのに、親とはぐれた、くまのぬいぐるみを小さな腕で抱く幼女の瞳には異様な光景として映っていた。
魔獣じゃない。
人間が恐怖のままに逃げ惑う世界が。
未熟な子供の感性でも、コレは異様なのだと思ってしまう。
どこを見ても破壊と人の波。悲鳴が音楽と化した間違いだらけの世界で、救いなんてどこにもなかった。
救済よりも「死」の方が近くに感じる闇がどこまでも広がっていた。
それこそ路傍に転がる石ころみたいに「死」があって、躓けば命はない。
どうすることも出来なかった。
ガクガク震えて「死」を待つしかなかった。
幼い少女は逃げ惑う人波の中、はぐれた母親と再会し、手を引かれて危険地帯を脱出する。
その時にくまのぬいぐるみを落として、拾うことができなくて。
置いていかれたぬいぐるみが踏み潰される光景に、優しさなんてどこにもなかった。
"アリア"に住む誰もが思った。
ーーハルたちは負けてしまったのか。
〈ノア〉がいるから大丈夫という大前提が崩れ去った今、人々の心に最大級の不安が生まれた。
ーー例えば、本通り。
「一方的すぎたかしらね。ゴミのように死になさい」
セイラ・ハートリクスは全身ズタボロで血の海に溺れていて。
ーー例えば、酒場区域。
「楽しめたぜ、星の王。無様なまま死んでいけ」
ーー例えば、霊園区域。
「ごめん、ハル……っ。おれ、アカネを、守れなかった……ッ。ごめんよ………ッッッ」
ギンは自慢の白銀の体毛をあちこち赤に染め、泣きながら瓦礫をどかして。
「ーーーー」
ハル・ジークヴルムは闇の中指一本も動かさず。
ーーそして全てを破壊しようとする復讐の女神は夜の風が強く吹く、天上に浮かぶ城の頂で、月の光に照らされながら不敵に笑い。
「始めよう。『英雄の逆襲』を」
サクラ・アカネは巨大な十字架に縛り付けられたまま起きることはなかった。
「ーーーー」
起きることは、なかった。
ーー選択をするということはとても難しい。
だからこそ間違うことがないように生きなけ
ればならないが、正しいかどうかは己が決め
ることである。
ー『人の歯車』より
エリファス・マーフィー
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