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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー独姫愁讐篇ー
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『一章』㉖ 歪む翡翠は悪の色

 ーーさて。


 当然と言えば当然の話になるのだが、B級以下罪人がどれだけ集まろうとハルたちに敵うはずはない。


 これは小さな虫が獅子に挑むようなモノでハナから同じ土俵には立っておらず、勝ち目なんて塵屑ほどもありはしない。


 だから言ってしまえば、無駄な犠牲。

 いてもいなくても変わらない有象無象の一人に過ぎなくてーー正直、いやハッキリ言おう。


 ーー意味がない。


 傷一つ付けることはおろか、体力も魔力も削ることが出来ていない以上、数よりも質で勝負をした方がいいのは火を見るよりも明らかだ。

 

 一度目の襲撃時同様、A級罪人の個人戦力による奇襲の方がハルたちにとってはよっぽど面倒だ。


 おそらく、そんなことは敵の方も十分理解しているはずだ。


 B級以下罪人如きに過度な期待なんて寄せていないはず。


 ヤツらはA級罪人。


 一度自分が殺すと決めた相手をみすみす他人に譲るほど利巧な頭を持ち合わせてはいない。


 だから。

 セイラもユウマも、ハルでさえも。

 ーー何かあると警戒した。


 例えばの話し、だ。


 もし、もし仮に。烏合共は倒される事が前提で送られてきた捨て札だったとしたら、〈ノア〉は見事にヤツらの掌の上で踊らされていたとは言えないか?



 「ーー今更気づいても、もう遅ェんだってヨオ」



 その、キイキイと鳴くような耳障りな声が"アリア"の中心で響く。

 

 細身で顔色が悪い、けれど自己的な悦と殺意に満ちた男ーーグイル・シコラエ、第A級指定罪人はこの世の全てを「呪い」殺すかのように愉快げに嗤う。

 全ては、彼の思惑通りであった。


 「さァ。ショータイムだってヨォ」


 嗤って、

 嗤って、

 嗤って。


 グイル・シコラエは己の心臓を刃で抉った。


 盛大に吐血し、ビチャビチャとグロテスクな音が響き、赤色が花開き、文字通り命が終わる凄絶な激痛が彼を蹂躙して、穿った胸の傷口から赤々とした鮮血がとめどなく溢れて流れ、無機質な石畳を有機過ぎる人間の灯がボタボタ汚す。


 それがタイミングであった。


 「ゴフっ、ごろボェ!ガハ!……け、ヒヒ。これで……い、いんだろ?」


 嗤う。


 「殺戮の復讐者ティーシポネ


 タイミング、だったのだ。


 「せいぜい苦しめ。方舟共……!ケヒヒヒヒ!」


 どこまでも満足そうに嗤い、不気味な言葉を残してグイル・シコラエは糸が切れた人形のように倒れ、血の海に沈んだきり動かなくなった。


 直後。

 「アリア」全域に、赤黒く発光する歪で醜悪な魔法陣が展開された。



***********************



 そうして明確極まる異変に、〈ノア〉の面々は眉を寄せて。


 「なんだ?」


 「あ?」


 「これ、は………」


 異変に気づくのが圧倒的に遅かった。

 

 ハルとユウマはともかく、倒した罪人がどろりと溶け始めた瞬間にセイラは目を見開き先刻の思考を肯定する。

 

 倒される事が前提。

 何が起こるかわからない悪寒が、絶対に良くない事が起こると本能が叫び、咄嗟に離れようとーー、


 


 「ーー十分だよシコラエ。よくやった」

 ラプンツェルがどこかでそう言った直後、ドロドロに溶けた罪人共が〈ノア〉の三人を絡めとり、


 「「「な」」」


 赤黒い液体は浸透していくように三人の内側へ入り込み、同時に心臓を抉られたような激痛が。


 「「「あぐぁ!?」」」


 ーー三人を襲った。


 

***********************



 そして三人が胸を押さえて膝をついた時、避難途中だったアカネは後ろで小さく何事かを呟いたエマを見ようと首だけを動かし「エマちゃん、何か言った?」トスっ、という軽い衝撃に「え?」頭が疑問に支配されて「………ち?」衝撃の元に目をやれば、短剣が鋭く右肩を貫いていて、赤い液体が制服を、ギンの白銀の毛並みを真紅に染め上げていた。


 転瞬。

 疑問が消化されて理解が追いつき、頭がスパークするような激痛がアカネを襲った。


 「あ、ああ。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」


 「あ、アカネ!?」


 突然の絶叫、唐突な血臭にギンがすぐさま反応するが、背中から落ちる少女を止められなかった。


 何度か地面をバウンドして転落し、右肩以外にも生傷を作ったアカネは激痛に呻きながらボヤける視界にその人を捉える。


 アカネに近づこうとしたギンを虫でも払うかのように何かをして石壁まで吹き飛ばし、その人は二つ結びにしていた金の髪を解きながら近づいてくる。


 「あーキッツイ。ツインテールって、頭痛くなるからイヤなんだよね、あたし。服も動きにくいから大変だったよ」


 平然と、まるで何事もなかったかのように、その人は歩み寄ってきて、倒れているアカネの目の前に立った。


 激痛で霞んでいた視界が徐々に明確さを、輪郭を取り戻し、ようやくハッキリと像を結んで形を映し出す。


 いいや。


 取り戻すまでもなく、目の前にいる人物が誰なのか嫌でも分かってしまう。


 ズキズキと痛む右肩を押さえながらゆっくりと身を起こし、そして現実の凶悪性を思い知る。


 なんで、どうして。

 

 理解ができない。意味がわからない。脈絡も伏線もない。血の匂いが、温かさが、痛みが、容赦なくアカネの心を喰い千切る。


 長い金の前髪をかき上げて、後ろ髪は背中にサラリと流し、肌の露出が少なかった服を嫌うように袖部分や太腿部分の布を破って捨て、白く細い腕や脚が外気に触れる。


 赤いリボンを手首に巻き、その手にはアカネの血で濡れる短剣が握られている。


 「…………なんでッ」


 声が震えた。

 くしゃりと、顔が歪んだのが分かった。


 なんで。


 それは彼女に対してか。

 それともこの世界に対してか。


 やっと心を許せるかもしれないって思えたのに。

 助けてくれて、嬉しかったのに。

  

 結局はこうなるのか。

 「呪」われていると、つくづく思った。

 世界に。


 「愛」されていると、つくづく思った。

 悲劇に。


 手を差し伸べてはくれなかった。

 ただ、彼女は何も変わらぬ笑顔で、だけどどこか悍ましく、友好的に、言った。


 「第S級指定罪人。識別名・殺戮ティー復讐者シポネ。エマ・ブルーウィンドです。よろしくね、アカネちゃん♡」

 

 

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