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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー独姫愁讐篇ー
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『一章』間話 ガラスの靴がない灰かぶりー弍ー


 ーー両親のことはよく覚えていない。

 

 物心がついた時にはもう少女は一人だった。

 あまり深くは訊いていないけれど、施設の前に捨てられていたという。

 

 少女が育ったのは身寄りがない、特別な事情があって家に帰れない子供達が住まう児童養護施設だった。

 

 その中でも少女のように施設前に捨てられるケースは極めて稀らしく、人道に反する行いから当時の施設員は相当驚き困惑したという話だ。


 生後間もない赤子を引き取って育てるにせよ、警察に事件性の有無を調べてもらう必要がある。


 しかし送られてきた調査結果は予想に反して事件性はなしーーというより、防犯カメラの映像には何も映っておらず、直近一、二ヶ月以内の出生記録を調べても、外国人かハーフの新生児が生まれたという情報は得られなかったらしい。


 そして少女には「あか音」という名前が与えられ、両親の顔を一度も見たことがない、子供にとっては悲劇に等しい境遇の下、その人生を歩むことになった。


 少女の歩み出したばかりの人生は思いの外順調だった。


 施設員や他の子供達は優しくて、毎日が楽しい。笑うことに疲れるくらい楽しくて、何一つ不満なんてなかった。


 そして少女は小学生になり、施設の子供たち以外の同級生を初めて見て気づく。

 

 みんな、髪も瞳の色も黒い。中には薄茶もいたけれど、銀の髪に青い瞳は少女だけだった。


 違和感がないと言えば嘘になるし、気にしなかったと言えばこれもやはり嘘になるだろう。

 七歳にしてーー好奇の目を知った。


 しかし少女に害があることは何もなく、むしろその逆で人気者だった。


 髪の色や瞳の色だけでなく、どうやら少女は顔立ちも日本人離れ、常軌を逸した美しさだったらしい。

 

 自分は他の人とは違う。

 悪い意味、ではなく、良い意味で。

 

 少女はそれが嬉しかった。容姿端麗、成績優秀。まさに学校一の有名人。何より、最も少女を人気者に押し上げた理由は天狗にならないその人間性。


 どこまでも謙虚で、清廉で、思いやりがあって、他者のために自分を犠牲に出来る善性の「心」が、少女に箔をつけた。

 

 皆が欲しくても手に入れられないモノを、少女は持っていたのだ。

 一方で、少女にも一つだけないモノがあった。


 それに気づいたのは、いや、改めて思い知り、普通じゃないと気づいたのは授業参観の日だ。友人たちは教室の後ろを見たりして笑顔になり、手を振っているけれど。

 

 少女には、笑顔を見せて手を振る相手なんてどこにもいなかった。

 父も母も。

 親と呼べる人なんて、少女にはいなくて。

  

 多分、この日。

 少女は生まれて初めて誰かを羨み、そして胸の苦しさーー寂しいという感情を知った。



 親がいないことは普通じゃないと気づいても世界は平等に回る。


 それは当然少女の周りも同じで、少女の気持ちや感情なんて二の次にして現実は冷酷に時間を未来へ進める。

 

 おそらく、これは突然でも偶然でもなく、必然だった。寂しさをひた隠し、人気者の看板をぶら下げて学校生活を送ること四年目。


 平和な学校生活が唐突に崩壊を始める。

 

 小学四年生という学年は、初等教育を受けて中間地点を越え、ある程度の知識や善悪を学び理解して吸収し、それらを自ら発信することを覚え始める。

 

 つまり己の正しさや力を証明したいと思う一種の大人への成長期間。


 その子に悪気があったかどうかは問題ではない。

 

 問題なのは、どれだけ頭ひとつ分抜けている少女だったとしても、まだ一〇才の女の子で、心も体も未熟だった事実を忘れてはならないということだ。

 

 それは、爆弾のスイッチを押すようなモノだった。 


 ーーお前みたいに親とかいないやつって天涯孤独っていうんだろ!


 爆発するには十分だった。

 

 少女は自分の心を無造作に傷つけた同級生を、先生に止められるまで痛めつけて、全治一ヶ月の重傷を負わせた。

 

 また、距離を置かれるようになるのに時間はそうかからなかった。

 

 人気者の看板は錆びて劣化し、ボロボロと崩れていった。それだけならまだしも、小学生の幼い悪意はどこまでも鋭い。


 今まで散々チヤホヤして持て囃したくせに、一度のミスでこれ見よがしに咎め、少女を迫害した。

 

 周囲の流れに乗るように、心の内を爆発させるように。嫉妬と羨望を混ぜたカオスをぶつけて。


 ーー何が悪かったんだろう。

 ーー何がみんなと違うんだろう。


 少女はただ、バカにしてきた子が許せなくて、みんなのように心の内を爆発させただけなのに。どうして自分だけ、学校でも帰り道でも一人なの。


 ーーどうして、こうなったんだろう。


 こういう時。

 

 頼りになるのは友達だったり親だったりするのだろうが、生憎と少女の側には誰もいないから、一人で抱え込むしかない。


 やがて学校には行かなくなるのは不思議な話じゃない。外に出なくなるのもまた然り。


 両親に会いたくてあいたくて、たまらなかった。

 甘えたくて、頭を撫でて欲しくて、大丈夫だよって優しく抱き締めてもらいたくて。

 

 捨てたことを怒ったりしないから、ちゃんと言うことを聞くから迎えにきて欲しかった。


 一ニ月。


 雪がしんしんと降る、灰色の雲が広がる寒い日に、少女は施設を飛び出して、ないモノねだりをするみたいに、夢の中を走るみたいに両親を探しに行った。


 一〇才の女の子が親の愛と温もりに飢え、「心」が限界になるのも無理はない。

 

 白い息を吐いて、雪に滑って転んで、怪我をして、それでもきっとどこかに、この先にパパとママがいるんだと淡い期待と儚い希望を抱いて走って。


 ーーーー。

 

 ーーそして全てが白魔に喰われて途方に暮れ、転んで、立つことなんて出来るわけもなく、雪の上に座ったまま顔も名前もわからない、いるかどうかもわからない怪しい両親を、わんわん泣きながら呼び続けた。


 「ーー大丈夫かい。小さなお姫様。ガラスの靴をお探しですか?」


 そう。

 雪の降る、寒い日だった。


 「王子の命によりお迎えに参りました。泣き虫なお嬢さん?」


 警察官の制服を着た、傘を差してくれている優面の男。


 『紗空』の名をくれた、少女にとってのヒーロー。


 ーー紗空透に会ったのは。

 

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