『一章』⑲ 不気味
ーーさて。
そもそも何故仮面の女が自由になっているのか。
少し前の話しだ。
ユウマと鬼人が激突している場所から少し離れた位置で、ハルは仮面の女の剣を半身になって躱していた。
「お前、なんか変だな」
「ーーーー」
続けて繰り出された横一閃を後ろへ飛んで回避し、すぐに前へ踏み込んで一瞬で彼我の距離をゼロにしたハルは雷を纏った右拳を顔面目掛けて振り抜いた。
その一撃を、仮面の女は剣の側面で受け止めた。衝突した瞬間大気が揺れて鋼が軋む。折れることも罅が入ることもなかった長剣はなかなかのもの。
剣と剣ではない。
剣と拳の鍔迫り合いが始まって、ハルは言う。
「あっちの鬼野郎より、俺はお前の方が不気味だよ」
「ーーーー」
「殺す気なのに殺気も敵意もねぇなんてどう考えてもおかしいしな」
「ーーーー」
「お前ーーヒトか?」
鬼人とは意味合いが異なる疑念であった。
言うまでもなく、戦いとは互いを傷つけ合うマイナスだ。戦闘なんて起こらないことに越したことはないが、拳を握るのを避けられない場合はマイナスに身を投じるしかない。
そして殺意でも敵意でも、相手に危害を加えようとすればいくら訓練を積んだ戦士でもはみ出るモノだ。それはハルも例外ではなく、敵意は相手に伝わっているだろう。
殺気も敵意も消すことは可能だが、それは非戦闘時だけだ。
だが仮面の女は違う。
女からは、害意を感じない。
故に、何も感じない。
「どうしてアカネを狙う!」
競り合う右拳に更に力を篭めて剣を押し返した。そのまま殴ろうとしたが女が剣を手放し真上へ跳躍。
空を殴った雷拳を引き戻し、上を見れば仮面の女が懐から短剣を取り出しハルの頭を貫こうと切先を真下へ向けていた。
回避は、刹那間に合わない。
ならば。
「雷網!」
頭上へ向けてハルが両手を広げた。直後、網目状の細かな電気が虚空に面で広がり、仮面の女が為す術なく重力に従って雷網に絡め取られた。
細い身体に電流が走り、不自然に揺れて短剣を落とす。無防備になった異質な女。
隙だらけの顔面に、今度こそ拳を叩き込む!
「おォアッ!」
ゴッ!!。初のクリーンヒット。
仮面が硬質だったがために手応えはあまりないが確実にダメージは与えられただろう。
ボールのように芝の地面を転がる女を、ハルは瞬時に追い駆けた。
一刻も早くケリをつけてアカネの許へ。ユウマは放っておいてすぐにでも。
ーー追いつくまでの時間が惜しい。
「雷漸!!」
疾走しながら、ハルは右手に稲妻を荒々しく凝縮したような乱雑な槍を生成し、躊躇いなく女目掛けて投擲した。
空気が痺れる激音が響き、高電圧の一槍が横に奔る落雷となって唸る。
が。
仮面の女は雷槍の直撃の寸前、体勢を無理矢理整えて間一髪躱し、吹っ飛んだ衝撃と速度を殺すように地面を滑る。
回避されたことに微かに驚いたハルはしかし切り替えて疾走中の両足の裏に雷を凝縮、一気に爆発させて加速した。
砲弾じみた直線的な突撃はほぼ一瞬で女の懐へ。
「雷掌・貫!!」
ドン!と。
青白い雷を帯電させた五指を揃えた右の掌が女の華奢な腹部のど真ん中を捉えた。
鈍い音と共に女の身体がくの字に折れ、威力と衝撃が雷の形を伴って女の背中を貫きーー突き抜けた。
まさに落雷に打たれたに等しい一撃を喰らい、仮面の女が膝を着く。それを見下ろす少年は、まさに雷の申し子。
実力差は圧倒的だった。
これが雷の真六属性。
〈光是の六柱〉《こうぜのろくちゅう》の力を継いだと言われる生きる伝説、英雄。
たかだか罪人如きにどうにか出来るレベルを超えている。
勝負はついたとみていいだろう。
真雷魔法の特性でもある麻痺、純粋な物理的ダメージから考えてももう碌に動けないはずだ。
そう判断し、ハルはギンとアカネが走り去った方を見た。
直後。
黒い影ーー仮面の女がそちらへ走り出し、ハルは虚をつかれて目を剥いた。
「な。おま、不死身かよ!?」
予想以上のタフさは驚愕に値する。勝負はついたと油断したハルの詰めの甘さが招いた結果。
最早異常なまでの執着ではあるが、ヤツらの狙いはアカネだ。
なら律儀にハルの相手をする必要はない。隙を見てアカネを追い駆けることが出来ればそれでいいわけだ。
「まんまと掌の上ってわけか……!」
しくじったとばかりに顔を歪めて、ハルは仮面の女の背中を追う。今から走れば十分間に合う距離だ。
だが。
「選手交代だアラ・セスタぁああアアアアア!」
「ーーっ!お前!」
抑えようともしていない荒々しい闘争心に振り向いた瞬間、赤い拳が飛んできてハルは両腕を使って受け止めた。
重い一撃に骨が軋むが問題はない。
問題があるとすれば、だ。
「ちゃんとこいつの相手しとけよ栗頭ァ!」
「お前だって逃してんじゃねぇか雷頭ぁ!」
頭上、鬼人に一撃を入れようと落ちてくるユウマにハルは唾を飛ばす。
仲がいいのか悪いのか、正直どちらも似たような流れになっているから怒り損だ。おそらくこうなるように仕向けたのだろう。
「小隕星・飛礫!」
カッ!と。複数の光がユウマの背後で瞬いた。茶髪に和服の少年が右手を鬼人へ向けた瞬間、瞬いた光が流星群となって大地を抉る。
ズドドドドドドドドドドドド……ッ!と、容赦のない星の激雨がハルすら巻き込んで鬼人を襲った。
濛々と粉塵が立ち込める地上、ユウマは鬼人の姿を探す。
ーー影が動き、砂煙が割れた。
「にわか雨だな。豪雨ですらねぇ!」
歯を剥いて荒く嗤う鬼人が粉塵を裂いて飛び出した。未だ空中にいるユウマを狙った跳躍だ。
しかし、少年に焦りはなく、ただ告げた。
「山の天気は変わりやすい。酒呑童子ならそれくらい知ってんだろ?」
「あ?」
「雨。時々、雷ってな」
ユウマが不敵に笑った次の瞬間、天からではなく地から青白い雷が落ちた。否、昇ったと表現するべきか。ズバヂィ……!!と、天に逆らう謀反者への制裁が直撃し、鬼人が空中で呻きよろめき、体勢を崩した。
「ーーっ!て、テメェ……!」
地上を睨んだ鬼人の黄色の双眸に鋭く映る少年ーーハル・ジークヴルムは気圧されることなく勝ち気に笑っていた。
「は!俺の雷は、神も痺れさせるぞ。山に引き籠る鬼だと役者不足なんじゃねぇか?」
「ーーっ!ぶっ殺す!」
「そうかよ。で、さっきからお前、どこ見てんだ?」
「ーー?」
ハルの嘲る言い方に沸騰した鬼人が真上からの声にハッとなり顔を上げた。
そう。
対戦カードは決めていたはずだ。
イレギュラーな展開にはなったがそもそも鬼人の相手はハルではない。
どれだけ喧嘩をしても無条件で背中を預けることが可能で、即興でも最高のコンビネーションを発揮し魅せることが出来るのが『仲間』という枠組みである。
だからこそ見誤ったのか。己の敵を。『仲間』と呼ばれる煌めく星を知らないから一時の感情に流されて最大の危機を見逃すことになる。
星天魔法。
ユウマ・ルークを侮ったのが鬼人の運の尽きだ。
「流星皇・獅子」
「しまーー」
黄金色の獅子が吠えた。
ユウマが振りかざした右手の前に魔法陣が描かれ、そこから獅子の星が流星となって空を駆けたのだ。大気が震えて獅子の大顎が獲物たる山の暴獣を喰らおうと唸りをあげる。
おそらく、回避行動に移ろうとしたのだろうが忘れてはならない。
ーー真雷魔法の特性は、さてなんだったか。
(ー!さっきの雷か……!)
鬼人の動きが、鈍る。
そして全ては刹那であった。
獅子の星の輝きが、有無を言わさず鬼人の全てを喰らい尽くした。




