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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー独姫愁讐篇ー
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『一章』⑱ 異世界からのご挨拶

 鬼人の一撃が轟音と共に大地を抉る。まるで隕石が衝突したかのような破壊の奔流が円形に広がり、不可視の衝撃波が撒き散れて向日葵色の夏桜が舞う。


 「はっ!何だ何だぁ?避けてばかりでつまんねぇなぁおい!!」


 闘争本能そのままに歯を剥いて鬼人が嗤う。


 人外の強拳が魅せた大破壊、地面の死骸が虚空を重く跳ね飛ぶ絵図の中、ハルとユウマは焦りの一つも見せずに飛んで躱し、そしてそんな二人に迫る黒い影が一つ。


 仮面の女。

 殺気も敵意もやはりない、違和感の塊が長剣を鈍く光らせ、地の感覚を失った瓦礫を足場にしながら向かってきたのだ。


 「やかま、しいわ!」


 仮面の女の鋭い袈裟斬り、折り返し、刺突の三連撃を素早く躱し、ハルは虚空中の瓦礫を両足で踏んで膝を畳み、脚力のバネを利用して一気に鬼人へ飛んだ。

 

 それを阻止しようと追撃してきた仮面の女をユウマが横から割り込みをかけて黙らせる。



 「雷拳!」


 ハルの闘志に呼応して、青白い電気が産声を上げる。


 猛々しい音と共に少年の右拳が雷を纏った。


 常人は無論、そんじょそこらの魔獣も罪人も問答無用で黙らせ戦闘不能にする一撃が、容赦なく鬼人の顔面を狙う!


 「ーー異動・鉄牛」


 「ッ!?」


 ゴン!と。雷撃が鬼人の額に直撃した瞬間、ハルの拳に返ってきた衝撃は人体のソレではなかった。


 鋼鉄。


 分厚い鉄板を殴った後のような痺れる感覚と骨が軋む痛みが発生し、思わずハルは「いってぇ!?」と苦叫して後退する。

 

 赤く腫れた拳に息を吹きかけながら鬼人を見てみれば、ヤツの頭部だけが黒光する牛に変貌していた。


 仮面の女が鬼人の隣に戻り、ユウマがハルの隣に立つ。


 「あいつ、ほんとにヒトか?頭が牛になったぞ」


 ユウマは首を鳴らして、


 「そういう魔法なんだろ。鬼に牛……魔獣の姿っつーか能力を再現してんのかもな」


 「正解だぜ和服のガキ。俺の獣化魔法は魔獣を喰らうことでその能力を得る」


 ユウマの推測を肯定した鬼人は頭部を元に戻しながら嗤う。

 ガキと呼ばれピリッとしたユウマが隣で笑うハルの頭を引っ叩く。


 鬼と牛。

 その二つのキーワードから連想される魔獣は確かに存在する。


 例えば鬼なら酒呑童子と呼ばれていて極東の島国、「倭国」に棲息し、牛なら「サフィリア王国」南部クレタ平原に棲息している。

 そしてどちらの魔獣も気性が荒くて有名だ。


 そして魔獣には罪人同様、等級が存在する。


 〈極〉、〈破〉、〈荊〉、〈戒〉、〈畏〉。


 魔獣社会において、酒呑童子と鉄牛は〈荊〉に分類されるが、侮ってはならない。中位魔獣だとしても人的被害は絶大だ。


 その二体を喰らった男。


 「ーーだから何だって話だよ」


 「同感」


 魔獣の力量など関係ないとばかりに少年二人が地を蹴った。酒呑童子も鉄牛も、彼らの戦意を折るには至らない。

 

 譬え一体で一国を滅ぼす〈四災魔獣〉であったとしても止まることはないだろう。

 

 たかたが罪人の一人や二人を相手にして弱気になるような人生なんぞ歩んでいない。

  

 とはいえ二人で鬼人を相手にするのも馬鹿馬鹿しい。

 なので。


 「ジャンケンーー」


 「ポン!!」


 疾走中、二人はジャンケンで自分の相手を決めた。全くもって緊張感がねぇ光景である。

 

 そして勝者はユウマ、敗者はハルだ。

 ――やっぱパーは弱ぇ……。


 「げっ!」


 「よしオレが鬼野郎!お前はそっちの仮面の女とデートしてろ!」


 「クッソそっちが良かった!……じゃあこーなったらどっちが先にぶっ飛ばすかーー」


 対戦カードが決まり、それぞれが臨戦態勢に入る。鬼人は嗤い、仮面の女は無言で剣を構えーーようとしたのだろう。


 しかし全てがもう遅い。圧倒的に遅すぎる。

 それじゃあどうぞ殴ってくださいと言っているようなものだった。

 

 既に、彼らは眼前にいる。

 

 雷と星。

 二つの熱さを纏った拳。


 「ーー勝負と行こうぜ!!」


 同時に放たれた一撃の轟音が、第二ラウンドの合図となった。




 遠くで大きな音がした。

 

 雷鳴のような、隕石のような、空気を伝って肌をビリビリと刺す轟音。


 それは一瞬で、轟き終わると耳に戻ってくるのは風の音で、アカネはギンの背中にしがみつきながら後ろを振り返る。


 「ハル……ユウマ」


 その小さな声は風に攫われ当然彼らに届くことはない。


 先刻から名前を口にするだけで、特にアカネに何かが出来るわけじゃない。


 異世界戦闘はおろか殴り合いの喧嘩すらしたことがない女子高生にあんな化物の相手が務まるなんて、誰も思っちゃいない。


 ーーサクラ・アカネには何も出来ない。


 世界が変わっても、それは、それだけは変わらなかったらしい。

 

 言われるまでもなく、あの怪物たちが自分を狙っていたことには気づいている。狙われる心当たりなんて皆無だし、正直非常に迷惑ではある。

 

 でも、自分が原因で今の状況が完成したと言うのならそれは、否応なくアカネの責任のはずだ。

 

 にも拘らず、アカネのために戦ってくれている少年二人を置いて逃げるのは、果たしてアリなのだろうか。


 理屈はわかる。

 最適な判断なのも百も承知。

 でも。

 信用しようとしてる人が。

 信用した人が。


 もう、自分のせいで傷ついてほしくなくて。


 「ギンっ。お願い。ハルたちのところにーー」


 「ダメだ」


 「ーーっ」


 風の中で即答され、アカネは言葉を詰まらせる。ギンの声色は真剣そのもので、昼間の時とは大違いだ。


 先刻の轟音は街全体に届いていたのか、"アリア"の住民などの姿は一人もなく、屋内に避難しているのだろう。

 

 無人の、寂しくなるような静寂の街を白銀の犬が独走する。


 「アカネも見ただろ、あの敵の二人。あいつらは罪人。秩序や治安を乱して平気な顔して人を殺す奴らなんだ。おれやアカネじゃ歯が立たない。戻ってもハルたちの邪魔になるだけで、最悪殺される。それに狙われてるのはアカネだよ。だからダメだ」


 「……だったら、より一層戻ったほうがいいよ。そんなに危ない人たちならあたしが囮になった方が……そうだ、セイラにーー」


 「セイラも今戦闘中だよ。それに、大丈夫。ハルは雷の真六属性アラ・セスタで、ユウマはハルと同じくらい強くて、セイラはそんな二人より強いから。ハルにも信じてくれって言われたじゃないか」


 「……でも、でも。だけど……」


 「おれはハルを信じてる。だからハルに頼まれた以上、おれはアカネを安全な場所まで連れて行く。それが今のおれに出来ることなんだ。……今のアカネに出来ることはなんなのさ?」


 問うてくるギンに、しかしアカネは即答出来ずに唇を浅く噛む。

 

 出来ること、それは逃げることだ。


 戦いの邪魔にならないように、安全圏へ避難することだ。

 

 理解していて、けれど認めたくない。信じてくれと言われた。


 彼らの思いを無駄にするわけにはいかないから、やっぱりサクラ・アカネが逃げることが圧倒的に正しいのだろう。


 ギンの言い分は隙がないくらいに完璧で、魔法も使えないちっぽけで矮小な女子高生に悪を黙らせるご立派な力なんてない。


 つまり。

 何も言い返せないから即答が出来なかったのだ。


 「ーーえ!」

 

 「?」

 

 と、自分の無力に悔いていたら途端にギンが驚いたような声を出してアカネは前を見る。


 まるで道路を走行中に急に子供が飛び出してきて焦る車の運転手のような声色だ。

 そうして前方、アカネのあおの瞳に映ったのは見たことがある金の色彩。


 「エ」

 

 「マちゃん!?」


 「ぎ、アカネちゃん!」


 急ブレーキとはまさにこのこと。咄嗟に地面に爪を立てたギンの対応力に救われて人身事故を免れたアカネ。


 それでもギンの鼻先にエマの顔があるからギリギリである。

 衝突せずに済んだことに安堵の息を吐き、アカネはギンから降りた。


 「エマちゃん……こんなところでなにしてるの?」


 エマは夜の、人の気配がない周囲を見回して、


 「外でスゴイ音がして、宿で大騒ぎになってたから気になって出てきたんだけど……なにがあったの?」


 「何があったのって訊かれると困るんだけど、とにかく今大変なことになってるの。ハルたちと罪人もって人たちが戦ってて……」


 「力になれないから逃げてるのね」


 「状況把握早すぎ。世界記録かよ」


 オブラートに包まないエマの言い方にアカネは口を曲げた。事実その通りだし今さっきまでその事に悔いていたから反論なんて出来やしない。


 「それで?アカネちゃんとギンくんはどこに向かってるの?」 

 

 エマの問いにアカネはそういえば目的地を知らないなと思い至り、首を傾げてギンを見た。


 「どこに行こうとしてるの?」


 「街長マスターの家。あの罪人たちはおれたちをピンポイントで狙ってきた。ってことは多分だけどこっちの動きは見られてて、家とかの情報は割れてる。だから無関係且つ避難したら確実に安全な場所の、街長マスターの家に向かってるんだ」


 「そのますたー?ってどんな人なの?」

 

 「年齢詐欺のおばあちゃん」


 「………大丈夫なの、それ」


 微妙な顔をしたアカネにエマも同意見とばかりに苦笑していた。

 安全圏=おばあちゃんの家という概念は残念ながらアカネにはない。

 

 ーーなんて言ってる余裕はなかった。


 ゾ……ッと。背筋が凍った。肌が粟立った。誰かの血液を頭の上から流されたようなどうしようもない悪寒がアカネの全身を、本能を、魂を嬲った。

 先刻の鬼人から感じた同質の圧力、その恐怖はアレ以上。


 (な、なに……!?)


 「ーーっ!アカネちゃん、避けて!」


 恐怖の正体。

 

 殺気を感じた方を見た瞬間、銀閃が夜の闇を奔り、エマの声が響き、同時に赤い色彩が宵を彩った。

 

 ドン、と軽い衝撃にアカネは尻もちをついて、石畳の上で目を見開き、全ての時間がゆっくりになる主観の中、彼女のあおいろの瞳にそれは映る。


 仮面の女の一閃から、身を挺してアカネを守ったエマの腕が、剣の理不尽の餌食になったその証拠、真っ赤な鮮血。


 「〜〜〜〜〜ッッッ。うぅ……!」


 「え、エマちゃん!?」


 斬られた腕を押さえて倒れ、苦鳴するエマにアカネは血相を変えて近寄った。


 鼻を刺激する生々しい鉄の匂いと思考が空白に埋まる鮮血の色。

 アカネは今にも泣き出しそうな顔をして、


 「あ、ああ。あ、エマちゃん。ち、血が。どうして、あたしを、一体、なにが……っ」


 「私、は。大丈夫だから。……っ。早く、逃げて……ッ!」


 痛みに顔を歪めるエマの声にアカネは反応が出来ない。


 視界には、ハルたちと戦っているはずの仮面の女がいる。

 

 分かっている。アカネを狙い、エマを斬った罪人。

 だけど体が動かない。エマから、エマから流れる命の証から、目が離せなかった。


 血。

 ち。

 チ。


 あかくていたくてかなしいいろの。うしなういろです。

 全部ぜんぶゼンブなくしてしまうひげきのいろです。


 「あ。あああああ」


 ーーあ■■は、■きな■とかいな■の■い?


 「あああああああああ。」


 ーー■はキミの■■だよ。


 「ああああああああああああああっ」


 耳を劈く、車のブレーキ音。


 ーーお父さん!!


 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 ゴァ………ッッッ!!!!と。突如として、頭を押さえて絶叫したアカネから、黒い奔流が吹き荒れた。

 

 それは、アカネを中心として発生した黒い渦。天を呑み込む如く伸びるその黒い暴渦は、本人が知る由もないがーー魔力の暴走。

 

 そして魔力とは、本人の心の在り方や『魂』の色によって黒化し、淀み、歪み、堕ちていく。

 

 その魔力の奔流は、世界を巻き込む程の憎悪で構成された黒く闇の深い力の嵐。

 

 驚愕するエマとギンの目の前で、明確な変化が生じる。黒の魔力がギュルリと、栓を抜いた排水溝のようにアカネの中へと戻り、少女の雰囲気が一変する。


 銀の髪の上から乱雑に上塗りしたように美しい髪色が黒色に侵食されつつ、空の色の瞳に光はなく、どこまでも無感情。纏う黒のオーラは神の羽衣のようで、禍々しくも神々しい。


 唇が。

 紡ぐ。

 黒を。


 「ーー殺す」

 

 平素の彼女だったら絶対言わない、考えられない真っ黒な言葉が外出する。


 「ーー殺してやる」


 彼女が虚空に手を伸ばす。

 途端、黒色の陽炎が揺めく。何かを形成しようと歪む。

 ………剣、だろうか。

 闇色の、不完全な剣を、彼女は掴もうとーー、


 「走って、アカネ!!」


 「ーー!」


 転瞬。

 

 ギンの声にアカネはハッとなって正気に戻った。

 フッと、歪んだ黒が消失し、見えない鍵でもかけたみたいに剣は虚空に溶けて、アカネの姿が元に戻る。

 

 ……今のは、一体なんだ?

 

 胸の奥から、いいや、もっと深い、『魂』の奥から溢れるどす黒い感情は。自分が自分じゃなくなる感覚。身を憎悪の炎に焼かれて支配される、虚無。


 急な脱力感に襲われて、アカネはその場に息を切らしてへたり込む。仮面の女に体当たりしたギンの声に従いたいが、足が動かない。


 だから。


 「落ちないでよ、二人とも!」

 

 わずかな隙を作ったギンの背中に少女たちは乗せられて、仮面の女との最悪の鬼ごっこが始まった。

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