『三章』66 奔放な女の末路ー③
楽しんでくれたら幸いです。
罪人夫婦はそこまで有名なS級ではない。
神魔や他の〈无魔六天〉、そして罪人一家で有名な「ドロフォノス」に比べると名前負けしてしまう程度の、悪名が低い罪人。
ただ、罪人夫婦に遭遇する場合、注意事項が一つあるという。
それは、「男女で一緒にいないこと」である。
罪人夫婦が狙うのは、恋人や夫婦。
自分たちが最高位の幸せを手に入れたい存在だと疑わない彼らは、自分たちよりも「幸せそうな」他のカップルを見ると嫉妬をして殺しにくる。
そこで不思議なのが、決まって罪人夫婦は「自分たちより劣っているから殺すんだ」と嘯くという。
それは嫉妬の見え隠し。
そういうことで劣等感を殺し、自分たちの方が「幸せ」だと思い込む自分たちなりの欺瞞。
ショウとシャトレーも、きっと一緒にいなければ殺されることはなかった。
ショウがルイナから離れ、一人で旅をして、魔法を鍛えながら罪人を殺して回ってた時に、シャトレーに出会った。
シャトレーは「サフィアナ王国」の首都のカフェで働いていた女の子。何の気になしに寄ったそこで、ショウが温かい飲み物を注文したら、何と頭から熱いレモンジュースをかけられたのだ。
もちろんわざとではなく。
躓いて。
「ごめんなさい! 大丈夫ですか⁉︎」
大丈夫ではない。
だってめちゃくちゃ熱いから。
けれど、そんな必死に謝ってくる彼女を見て、ショウは久しぶりに笑ったのだ。
まるで、自分の中の冷たい氷を溶かしてくれたみたいに。
でも嫌じゃなかった。
そして、ショウはそこからシャトレーと一緒にいることが増えていった。
約1年、毎日一緒にいた。
彼女に告白した時の緊張は今でも覚えてる。
「これから。末長くよろしくお願いします」
「よ、よろしく……!」
嬉しかった。
これからずっと一緒にいられるって思ったら。
ルイナに、姉に紹介したいと。
仲直りしよう。
全部僕が悪かったんだから。
強くなった気でいて、傲慢になって偉そうで、ルイナを、町のみんなを傷つけたから。
怒られるだろうな。
殴られるだろうな。
それでもいい。
シャトレーをルイナに、みんなに紹介して。
そしていつか、あの町で二人と。
だから、仲直りの印を買いに行こうと提案して、首都から離れた街まで行った。
「私ね。ショウくんとお姉さんと沢山話したいことがあるの。ショウくんが甘えん坊なこととか、強いフリしてるけど、実はとっても寂しがり屋さんなこととか」
「しゃ、シャトレー。勘弁してよ……。姉さんは本当に怖いんだ。そんなこと言ったら僕、どうなるか分からないよ……」
「ふふっ。でもね。私は今、とっても幸せですってちゃんと言うの。それでね、いつか、子供も……、なんて」
「シャトレー! 絶対僕が守るからね! 子供ができたら、二人共!」
「ふふ。頼りにしてるよ、お父さん?」
ーー約束したのに。
世界っていうのは、どこまでいっても邪悪だった。
なにもしていない。
ただ普通に買い物をしていただけ。
それなのに、二人の罪人が後をつけてきて、路地裏まで走ったら話しかけられて、応戦しながら逃げて、けれど腕を抉られて、その攻撃がそのままシャトレーに直撃して。
「シャトレー!⁉︎」
「にげ、て……。ショウ、くん!」
「クソォオオオオオオオオオオオオオオオ!」
背負って逃げた。
追いつかれた。
……そこからの記憶は、曖昧だ。
ルイナと、あともう一人。知らない人がいることだけ。
戦っている。
苦戦しているんだ。
仇を取らないと。
シャトレーを殺したアイツらを、塵芥にしてやらないと気が済まない。
でも。
おかしいんだ、シャトレー。
ーーキミの笑顔を思い出すだけで、力が上手く入らなくて、目が熱いんだよ。
「シャトレー……ッ」
ぼろぼろ。
ぼろぼろ、と。
ショウは涙を流し続ける。
「声が聴きたい、笑ってくれよ、シャトレーッ」
起きることはない。
だってもう、シャトレーは。
♢♦︎♢♦︎
「私の弟と彼女に手を出したんだ。タダで済むと思っちゃいないだろうなァ!」
真髄が破られてもルイナの勢いは止まらない。
いきなりの血刃。
腕に纏わせて罪人夫婦の男の方を狙う。
逆に。
エマは浮遊魔法で自身の体を浮かせて、宙を突進しながら女の方へ。
対して。
罪人夫婦は二人して笑う。
「どうやら僕たちの愛を知りたいようだぞ、スイ」
「そうみたいね、シン。教えてあげましょう。真実の愛を」
淑やかに嘯くスイとシンにイラつきながら、ルイナとエマは猛威を振るった。
「お前たちだけは私が……!」
「血の刃。怖いね」
ザン! と、ルイナの血刃がシンの首を刎ねようと振るう。その血刃をシンは口角を上げながら半身になって躱し、拳を握るとルイナの華奢な腹部に叩き込んだ。
「ぉご⁉︎」
鳩尾に命中し、呼吸が詰まる。膝を着きそうになるが、なんとか踏ん張って歯を食いしばり、吠えながらルイナはシンの顎を突き刺すように細く鋭い血刃を五指に纏わせて振り上げた。
「見事。だけど物騒だ」
「この刃でお前の首を取る!」
「期待だね」
嘲笑うように、シンはルイナの血刃を素手で弾き返した。
瞠目し、驚愕する。
「驚くことじゃない。意図も容易いさ」
「この……!」
容易いという発言がどこまでもルイナの琴線に触れる。
一方で、エマはスイに苦戦を強いられていた。
浮遊魔法は他者の浮遊は無効だが、それ以外の無機物は『浮かす』ことが出来る。
それは地面を抉って『地面』を浮かすことも。
質量を軽くしているのではない。
地面そのものを浮遊させているのだ。
エマは槍状の岩石を形成し、スイの顔面に風穴を開けるために放つ。
ギュアッ! と、空を貫く槍の岩石が唸る。
しかし、その槍を横に飛んで躱しながら掴み、威力に負けてかなりの後方まで押されるが、それでも足裏で地面を抉りながら踏み留まり、にやりとスイは笑った。
「すごい威力ね。手が火傷しちゃうわ」
「火傷くらいで済まないはずなんだけど。傷つくわ」
「あら。誇っていいのよ。殺戮の復讐者」
「……知ってたのね」
「有名よ、貴女。罪人殺しの罪人で」
「それはどうも」
嬉しくも何ともない褒められ方にエマは土の剣を精製しながらスイを睨む。
そんなエマを見て、スイは嘆息した。
「貴女は別に私たちの対象じゃないんだけれど。美しくないわ。独り身なんて」
「意外と悪くないわよ。彼氏とか旦那になんて興味ないしね」
「寂しい人。なら私が教えてあげるわ。パートナーがいるだけで、どれだけ美しいのかを」
瞬間。
スイがエマに向かって投げキッスをした。
ーーシンが現れた。
「「は?」」
ルイナの眼前からシンが消える。
エマの眼前にシンが現れる。
「二人魔法。投接吻」
「二人魔法。束縛手」
眼前に現れたシンに肩を触れられた。
ビタっと、エマの動きが鈍くなる。
違う。
止まった。
指一本動かせない。
「な、ん……っ」
「束縛は互いの尊厳を奪う。だから真の愛には必要のないことなんだよ、復讐者」
ズドドドドド! と。
身動きが取れないエマの全身に、シンの拳の連打が叩き込まれた。
白目を剥き、血を吐いて、膝から崩れ落ちるエマを見て、ルイナが発狂。
シュンとシャトレーだけでなく、エマまで目の前でやられてルイナの精神は壊れかけた。
「あぁああああああ! クソカップルがァ!」
「「二人魔法。位置情報」」
キン! と。
獣のように吠えたルイナの立ち位置が、元の場所に戻った。
ルイナは呆然となる。
自分の位置を確認する。
元に戻っている。
カップルを見る。
奴らは動いていない。
何をされたんだ?
「常に位置の把握はしとく。常識よ」
刹那。
スイに顔面を殴られ、シンに腹部を蹴られて吹っ飛んだ。
そして入れ替わるように。
ルイナが吹っ飛ぶエマの真横を猛速度で通り過ぎて、罪人夫婦に飛びかかった。
「切断してやるよ! お前らの関係をォ!」
キン! と。
ルイナは不可視の斬撃を手を繋ぐ二人の間に放った。
直後、二人は手を離して見えざる斬撃を回避し、それからシンが前に出て銃のジェスチャーをルイナに向ける。
「恋射的」
パン! と、乾いた音と共にハート型の魔力の弾がルイナの肩を貫いた。
出血。
激痛。
視界の明滅。
「ーーッ! お前らのクソみたいな恋愛観を、他人に押し付けて殺人をしてんじゃねェぞォ!」
「なに⁉︎」
歯を食いしばって。
文字通り血を吐きながら歯を噛んで。
ダン! と、倒れそうになった体を一歩踏み込んで耐え抜いて、ルイナは血刃を纏った拳でシンの顔面を殴った。
驚くシンに直撃。
細かい刃が常に振動を繰り返して巡っている拳の一撃だ。
直撃すれば当たった箇所はズタズタに皮膚も筋肉も引き裂かれる。
派手に吹っ飛んだシンを心配して、スイが急いで駆け寄った。
「シン!」
シンは顔面を押さえながら立ち上がる。
激痛に苦悶している顔だ。
血まみれだ。
「僕らの愛がクソ以下と言うキミの意見の方がどうかしているぞ。僕たちには互いを思いやる心がある。情動がある。それを分け合うことが僕たちの為すべきことだ。だからそれが出来ていないカップルを殺しているだけだ。だからそれが僕たち以上に出来ているから殺しているだけだ。キミたちみたいに大切な人がいない独身には一生分からない価値観なんだよ。それなのに勝手にクソ呼ばわりしてくるなんて、よっぽどキミの方が酷い罪人だ。どうかしてるんじゃないのかキミ。頭おかしいんじゃないのかキミ。キミキミキミキミ。キミキミキミキミさぁ‼︎‼︎‼︎」
発狂。
もしくは狂乱。
直後。
スイの姿が空気に溶けるようにーー否。
水に落とした着色料のように空気に溶けた。
そして、発狂したシンの中へ入っていく。
ーー誕生したのは、金髪と黒髪の融合。赤と碧の双眸。顔つき、胸部は女だがそれ以外は全て男の肉体。
ドレスとスーツを組み合わせた奇妙な服装。
顔に傷はなく、全身が無傷。
「『久しぶりにブチ殺確定だぜ』」
「……それが正体か」
「『両性類。気の毒な体質だが、愛しい人と一つなんだから世界で一番幸せな人間よ』」
声が。
喋り方もそうだが、耳心地が気色悪い。高い声と低い声が重なっているような。人の喉からでは発せられない音域の声みたいな。
しかし確実に、罪人夫婦はさっきまでとは段違いに強くなっているのがわかる。
「気色悪いよ、お前たちは」
カップルは苛立ち気に眉を寄せた。
「『愛を知れよ』」
殺意に満ちた声がしたと同時に、カップルが強く地面を踏み締めて、一直線に向かってきた。
まるで力技のゴリ押しみたいな。
ルイナは体をのけ反りながら、カップルの拳を避けーー、
「『愛を知る者の拳は誰にも避けられないぜ』」
「な」
ギュイン! と。
何故か避けたはずのルイナが自らカップルの拳に当たりに行ったように引き寄せられた。
顔面に直撃。
自身に降りかかった謎の現象に理解する間もなくルイナの意識が一瞬飛ぶ。
「ーー……ッ! 真髄! 七天八血!」
「『婚姻道中』」
乱喰牙が萎れて枯れる。
どうやらあの技は、魔法を『枯れさせる』らしい。ならば大技ではない技を連発して倒すしかない。
「血刃走!」
「『緩い』」
バチン! と。
ルイナの血刃がたった片腕で軽く弾かれた。
もはや、もはや、だ。
どうすればコイツを倒せるんだ?
冷静になって考えてもみろ。
さっきからずっと休まず攻撃をしているのにどれもが否定されて刃が通ることはない。それどころか嘲笑ってさえいるじゃないか。
エマは倒れ、ショウはシャトレーの遺体を片腕で抱えて戦意は喪失している。
四方八方どん詰まり。
S級罪人とは。
ここまで強いのか。
A級であるエマも十分強かった。それは一年間旅を共にしてわかっている。
実際、エマは数多くの罪人を葬っていて、中には手強い敵もいたけれど。
A級とS級との差はそれほどないのだと、勘違いしていた。
何もかもが違う。
それこそ、天と地ほどの差が。
「くそ……っ」
折れた。
たたかう、いしが、おれ、た。
膝をついて、涙を流した。
枯れたと思っていた涙だ。
「なんで、こんなに、弱いんだ……っ」
強くなんてない。
何も変わっちゃいない。
弟も、友達も、弟の彼女も守れないなんて、そんな姉になんの価値があるというんだ。
悔しくて、悔しくて悔しくて。
「『絶望は愛を曇らせる。故に俺私は絶望しない』」
「……」
「『愛の下、命を枯らせ』」
「……愛なら知っている」
ぼそっと、ルイナは呟いた。
そうだ、そうだった。
愛なら知っているじゃないか。
立ち上がって、カップルを見た。
少なくとも、こんな面白おかしい奴よりも愛とは何なのか知っている。
愛とは、互いを尊重し合い、相手の領域に無造作に踏み入らずに優しくそっとノックをして、傷があれば拭ってあげ合うものだ。
そして愛とはいつだって、無償の幸せなんだ。
「私は弟を愛してる」
家族に捧げる愛が、恋人に捧げる愛に劣っているなんて誰が決めたんだ。
自信を持て。
心に火を灯せ。
愛という着火剤で炎を燃え上がらせろ。
「お前たちの理不尽が、愛を語るなんて! そんなのは世界中の愛に対しての冒涜なんだよ!」
「『愛は有償だ。価値のあるものだ』」
「価値は人それぞれだ。お前が決めることじゃない!」
「『五月蝿い』」
「それはお前だオカマ野郎がァ!」
直線的に吠えて。
真正面からカップルとルイナが激突した。
とにかくコイツの言い分と性根が気に食わなくて、ルイナは拳を叩き込んだ。
何故か?
クソ野郎が拳しか使わないからだ。
こんな奴に技なんて使わない。それはトドメだけだ。
大真面目に。
こんな奴はボゴボコにしたい。
「人は人を殺しちゃいけない! 殺していいのは悪意だけだ! お前には倫理観と道徳観もない!そんな奴が一丁前に愛を語るな! 人を語るな! 私の弟の幸せを無造作に奪い取るなぁ!」
「『私俺は選ばれたのよ! 世界から弾き出された愛の調停者! 愛故に犯し、殺し、奪い、蹂躙する! 人を殺す理由は他者多様! 偽善だけで巡るほどこの世界は上手く機能していないんだぜ! 奪う奪われるか、それだけだ! ならば! 俺私は常に弱肉強食の上に立ち、頂きから愛を投げ掛け愛を与え、愛の架け橋を掛けてより良い人間関係を作り、世界を構築する!」』
「お前の作る世界には! 優愛がない! 幻想の箱庭の中にあるのは、ただの嘘っぱちなんだよ! だから罪人なんだお前たちは!」
「『結構! しかし! それを貫く道理があり! そして力がある! だからいつでも僕私が正しいんだぜ、女ァアア!』」
暴論だった。
そして暴力の応酬だった。
互いに顔面は腫れ上がり、血を吐いて、内臓は潰れて骨は砕けている。
それでも倒れないのは、やはり譲れないものがあるからだろう。
だが。
ルイナの思想がカップルの暴挙に負けているとは思えない。
そこでふと、ルイナは思った。
ーーあぁ。だから人は人を殺すんだ。
自分の理想を理解してくれなくて、いつまで経っても自分の理念に共感してくれない。それが苛立ちに変わり、次第に殺意に変化して手を血で汚す。
その定義を善人に押し付けるのはおかしい。
絶対に間違っている。
けれど。
どうしようもなく救いようのないクズには漏れなく適応される素晴らしい『道徳観』だ。
だからだろうか。
ルイナはニヤリと。
それこそ。
血に濡れた罪人のように嗤っていた。
「ーーお前を殺して私は私の極論を肯定する」
「『ーーっ!』」
ルイナと殺意にゾッとした罪人夫婦の融合体が戦線離脱した。
罪人の本能が警鐘を鳴らしたのか。さっきまでの自信や強気な態度から一変、背中を見せて逃亡を始めたのだ。
(『なんだ今の殺意は! あれはまるでS級の……いや、ともすれば「ドロフォノス」のーー!』)
「逃がさ、ねぇわよ……!」
「『おまえ!』」
エマが意地悪そうに笑いながら手を伸ばし、地面を浮かして抉って作り上げた大きな人の手でカップルの体を握り掴み、逃走を止めた。
それに笑って感謝したルイナは、右手の五指を揃えて血の刃を纏わせた。
瞬間。
ショウを見る。
弟は、涙を流しながら、しかし鋭く、強く睨みながら、罪人夫婦に向かって質量魔法を発動していた。
エマの魔法で止めたカップルを、ショウの魔法で宙に浮かし、完全に動きを封殺する。
「『私僕俺の愛が! 貴様らみたいなーー!』」
「愛に心酔しすぎだ」
ザン! と。
ルイナの血刃が、罪人夫婦の首を刎ねた。
♢♦︎♢♦︎
「待って。まだこの子、息があるわ!」
そう言ったのはエマだった。
ショウは目を見開いて、シャトレーの胸に耳を当てた。
「……本当だ。まだ微かに心臓が動いてる!」
「治癒者を探す! まだ助かるわよこの子……絶対に死なせない!」
「シャトレー! シャトレー! しっかり!」
エマとショウがぐったりと倒れるシャトレーを存命させようと必死になる。
しかし時間がない。ヒーラーを探して傷を治すまでの時間制限はかなり短い。
エマが街まで探しに、シュンがシャトレーの手を握った時だった。
「私に、任せろ」
ルイナが言った。
彼女は罪人夫婦の死を確認した後こちらに戻ってきて、傷だらけで息も絶え絶えになりながら、シャトレーの胸に手を添えた。
「姉さん?」
「私の、匡制は……血を条件に、している。応用すれば、血液の流れと、補充が出来るはず、だ」
エマが眉を顰めた。
「匡制の流れを変えるってこと? でもそんなこと……」
「やるさ。だって、私は、この子たちのお姉ちゃんだから」
「姉さん……」
ルイナは笑った。
ショウの頭を撫でた。
優しく。
姉だから。
「幸せに生きろ。お姉ちゃんからは、それだけだよ、ショウ。……お前は私の、自慢の弟だ」
ショウは泣きながら、
「……お姉ちゃんッ。ごめ、ごめんなさい! 僕が、僕がぁ……ッ」
「世話のかかる弟だなぁ。泣くなよ。男だろ?」
「……ッ。うんっ」
「よし。シャトレーちゃんと、仲良くな」
そうして。
ルイナの匡制の応用が適応され、シャトレーは一命を取り留めた。
それからルイナとエマはショウとシャトレーと別れ、会うことはなかった。
一週間後。
ルイナは曇天の下の丘の上で、エマに告げた。
「私は罪人になる」
「……そう。やっぱり」
「人が人を殺していいわけじゃない。……間違ってたよ私が。そうじゃないんだ。人殺しの定義は違うんだ。……私は強い罪人だけを、悪の権化たる罪人だけを殺し尽くす。もう、ショウやシャトレーみたいな被害者を出さないためにも。私が人を殺し続ける」
「……理不尽な死を。ルイナが止めるの?」
「エマがやってきたことを私もやるだけだ。病気や事故で死ぬのは仕方ない。けど罪人に殺されるのは天災と同じだ。そんな理不尽は許さない。誰かの身勝手な都合で誰かの命が失われるなら。私は私の身を投じて理不尽を殺す。誰であろうと」
「……じゃあ。ルイナのことは誰が守るの?」
ルイナは笑った。
少しだけ、寂しそうに。
「私だよ」
エマは何も言わなかった。
ただ、憂いている目をしていたことだけ覚えている。
エマとはそれからしばらく一緒にいたが、すぐに別れた。
彼女には感謝している。罪人としての立ち振る舞い、要注意罪人、九泉牢獄、泥犁島、「ドロフォノス」に〈无魔六天〉など、色々なことを教えてくれたから。
ーー罪人になって後悔したことは一度もない。
人を殺していることに変わりはないけれど、それでも誰かのためになっているのなら、それはとても素晴らしいことだから。
ーー私の殺人は、世界を生かすために。
だから、
だから、
だから。
♢♦︎♢♦︎
「私は……まだ。負けるわけに、は……ッ」
「ミレス島」。
走馬灯を見た。
過去の記憶だった。
ルイナは立ち上がり、クロヴィスとロキシニアを探す。
ーーいない。
「……あぁ」
いない。
おそらく殺したと思ったんだ。
雑魚には用がないから、たとえ生きていたとしても何の脅威もならないと判断したんだ。
「あああああ」
アイツらは諸悪だ。
殺せる時に殺しとかないと、また誰かが殺されてしまうのに。
「あああああああああああああああああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎‼︎‼︎」
これほどまでの敗北感を味わったことはない。
ーー私は今まで、何のために人を殺してきたんだ。
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