『間話』 手
ーー〈死乱〉第四席の悪名は高い。
そもそも「ドロフォノス」というブランド名が絶大ではあるが、中でも〈死乱〉はやはり頭一つ抜き出て有名だ。
上位三席は言わずもがな、下位三席も、また負けず劣らずであった。
序列は純粋に強さの証明ではある。
一席のクロヴィス・ボタンフルール。
二席のバルドル・ゲッケイジュ。
三席のベロニカ・オックスフォードブルー。
この三人は特に、出会ったら最後明日を迎えることはできないと言われていた。
それほどまでの強者で、凶悪で、致死性が極めて高い罪人だった。
しかし、だ。
驚くことに、〈死乱〉の中で一番人間を殺しているのは上位三席ではないのだ。
第四席、セリ・トリカブト。
彼が上位三席を置いて誰よりも人を殺している。
しかも極悪で、陰湿で、性格悪く、人間を殺している。
男女、子供、老人。
性別も年齢も関係なく、ただ「殺したい」奴を殺して回った結果が、殺人数の頂点に踊り出ることになったのだ。
トリカブトは自分の魔法で人を殺すのが大好きだ。
例えば、カップルを殺す時。
男の方に『芹』を発動して女を憎い誰かに誤認させる。すると男は自分の彼女とも知らずに殺すのだ。
殺した後に『芹』を解き、男の絶望する顔を眺めて恍惚に酔いーー男は殺さない。彼女を手にかけたという絶望を死ぬまで味わい続けさせるのだ。
そうやって、トリカブトは『芹』で数多くの幸せをぶち殺した。
一方で、『鳥兜』の発動条件になった「鏃」を見つけるまで、『鳥兜』の致死性はあまり高くなかった。
『鳥兜』の効果は触れた対象に十分の執行猶予を与えて殺害する。
しかもこれは解除可能で、トリカブトを逆に殺せることができれば全て解決なのだ。
この条件を、トリカブト自身は扱いにくいと考えていた。
そもそも十分経過しないと殺すことができない時点で好きじゃない。
そしてなにより、トリカブト自身が相手に近づいて「触れないといけない」という必須条件が、彼を不快にさせた。
そんなある日。
トリカブトはとある『英雄』の存在を知った。
いわく、彼女は盲目の英雄だ。
いわく、彼女は五感を必要としない英雄だ。
いわく、彼女の弓矢は神を貫く。
いわく、掌の矢は災いを呼ぶ。
弓矢。
その攻撃手段にトリカブトは惚れた。
射程距離が伸び、攻撃手段が増える。
相手に近づかなくてよく、リスクも格段に減る。
実に魅力的だと思った。
だから、トリカブトは災いを呼ぶと言われている彼女の「矢」を探した。
案外、その「矢」は早く見つかった。
彼女を祀っている神殿の最奥に鎮座していたのだ。
トリカブトは「矢」を手に入れて、傍若無人、自由奔放、無我夢中に行動して殺戮の限りを尽くした。
だから、トリカブトはかの英雄に感謝している。
だって、彼女の人殺しの武器を使わせてもらって、彼女よりも巧く弓矢を使って殺人を実行しているのだから。
故に、トリカブトは知っている。
セイラ•ハートリクスが、現在自身に宿している英雄の正体を。
だから高揚する。
だから興奮する。
目の前に、ついぞ憧れたーー、
「ーー会いたかったよ! 殺人の肯定者!」
嬉々として笑う大罪人の、その陰湿な光を孕んだ瞳の向こうには、確かに一人の英雄が立っていた。




