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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー独姫愁讐篇ー
18/192

『一章』⑯ 襲来する罪

 ーー同刻。

 

 セイラたちの前に奇襲者が現れた同じタイミングで、ハルとアカネは白い仮面をつけて素顔を隠す謎の黒マント女と会敵していた。


 殺気も何も感じなかった襲撃を躱せたのは最早奇跡、いいや経験値が為せた技か。風に乗るような突撃から振われた剣の一斬を、ハルはアカネを抱き寄せて回避したのだ。


 「誰だ、お前ーー!」


 「ーーーー」


 状況についていけず驚くことすら忘れたアカネを抱いたまま睨むハルの問い掛けに、仮面の女は答えない。

 

 素顔を隠し、長い黒髪を靡かせる黒マントを羽織った軽装の、華奢な女。長剣を握って構え、やはり殺気どころか敵意もなくハルたちとの交戦を望んでいる。


 実にチグハグだらけの仮面の女を怪訝に思いながら、ハルはアカネを話して背中で守るように立つ。


 「アカネ。危ねぇから下がってろ」


 「な、なに。何なのあの人。何でいきなり襲ってきたの……?」


 ようやく事態の急変に追いついたアカネが明確な恐怖を蒼眼に宿して言った。


 無理もない。


 ハルがいなかったら確実に死んだいたし、そもそも戦場経験なんてないのだから。

 先刻の穏やかな時間が嘘みたいに消えた。


 「それは俺もわからん。とにかく今はここから逃げて〈ノア〉に行ってくれ。あそこなら安全だ」

 

 「ハルは、どうするの?あの人、剣持ってるよ、危ないよ……」


 「俺は大丈夫。あいつは俺に任せてーー」


 言葉途中、であった。


 こちらの事情なんて当然考慮しない仮面の女が直線的に、尚且つ大気に穴を開けるように速く突撃してきて、ハル咄嗟にアカネを押し倒し自らもうつ伏せで倒れる。


 同時に刺突が繰り出され、背後に立つ『桜王』の巨太な幹に鋭く穴が形成された。

 

 貫通はしていないが、余波でこの威力。現実離れした光景を目撃したアカネは自分に覆い被さるように倒れたハルに、焦って警告を飛ばす。

 

 目を剥いたアカネの視界に、ハルを斬ろうとする仮面の女が悪魔のように映り込んだのだ。


 「ーー!ハル、後ろ!」


 「分かってる!」


 長剣が振られる寸前、ハルが腕の力だけで体を持ち上げ、両脚を槍のように突き出し仮面の女の顎下に蹴撃を叩きこんだ。

 

 鈍い音が炸裂し、仮面の女の顔が大きくのけ反った様はアッパーをくらったボクシング選手のようだ。

 

 その隙を、ハルを見逃さなかった。一気に勝負を決めようと拳を握って畳み掛けようとした直後。


 「ーーうぉおおおあああああああああああああああああどけどけどけハルぅうううー!」


 「はぁああああ!?」

 

 ゴォォォン!と、砲弾のように吹っ飛んできたユウマがハルと盛大にぶつかり、そのまま二人は背後の


 『桜王』に激突した。

 予想外の展開に呆然とするアカネの前で、少年二人が頭を押さえながら唾を飛ばし合う。


 「いってぇなユウマてめぇ!いきなり何すんだ状況考えろ!砲弾ごっこしてる場合じゃねーんだよ!」


 「誰がするか!変な二足歩行魔獣に投げ飛ばされたんだよ!」


 「なんそれ!」


 「アレのこと!」


 ビシッ!とユウマが指で差した方を見れば、『桜王』広場に踏み入ってくる二メートル越えの赤黒い怪物が重厚な足音を響かせていた。

 

 その威圧的な姿に、アカネは息を呑む。

 

 赤黒い怪物は、まるで日本に出てくる、いいや様々な創作物に登場するメジャー且つ伝説的な異形、鬼のようであった。


 額には二本の角を生やし、黄色の双眸は鋭く光り、血色肌が覆うのは暴力を具現化した鋼の筋肉ーー鎧の肉体だ。


 元の世界では当然見たことない異形の姿にアカネの本能が悲鳴をあげる。

 一方で、少年二人は山で熊に遭遇した程度の驚きしか見せていない。


 「なんじゃあいつは……。どう日焼けしたらあんな赤くなるんだ。赤いよ、めちゃくちゃ赤いよ大丈夫なのアレ」


 「つーか魔獣なの、ヒトなの、どっちなんだ?」


 「人間だ」


 「「ヒトかよ!」」


 低く太い声を鬼が発して少年二人がツッコミを入れる。


 魔獣?だと思っていた分衝撃が強いのかもしれないが、アカネの現代人視点から言わせてもらえばどちらも驚愕度に差はなく同率だ。

 

 鬼人を見て、改めて自分が異世界に来たことを思い知らされた。

 

 その鬼人が仮面の女の隣に立つと、アカネを一瞥した。それだけで身竦み、心臓をわし掴みにされた気分になり背筋がゾッとする。


 「……へぇ。実際に目にすると想像と少し違うな。なんつーか、こっち側の「目」ェしてんだな。ーー二番目」


 「?」


 興味深そうに、けれど聞き慣れない呼ばれ方を鬼人にされてアカネは眉を寄せた。

 直後、アカネは唖然となる。


 「な」


 「貰うぜ、オマエのクビ」


 瞬きを終えた一瞬の間に鬼人が牙を剥いて嗤い、赤子の頭部ほどある規格外の拳を振るってアカネの目と鼻の先にいたのだ。


 直撃すれば確実にアカネの体など爆散する脅威の一撃だ。


 死の恐怖が魔手となって全身に絡みつき、回避も逃避も少女には許さない。

 

 絶望する暇さえ与えられずに、拳に姿を変えた「死」が眼前で唸る。


 刹那。


 「誰が誰の首を貰うってぇ!?」


 力強い勇声がアカネから「死」を遠去げた。


 いいや、正確には声と同時に目の前を横切った高電圧の雷撃が鬼人の攻撃を中断させたのだ。

 

 結果、鬼人は舌を打って大きく後退し、アカネから「死」の魔手が離れていく。

 

 ハルとユウマ。

 

 頼りないと思っていた二人が前に立ってくれただけで、死への恐怖が霧散した。


 ーー俺がお前を助けないなんてことは絶対にねぇよ。


 ーー世界で一番安全なところだぜ、ここはよ」


 「ハル、ユウマ……」


 「ーーギン!」


 小さく呟いたアカネの声がハルの声に負けて空気に溶ける。伸ばしかけた手が不意に柔らかい感触を捉え、その正体は馬サイズに変化している白銀犬だった。

 

 驚く間もなく、ギン自らに背に乗せられて、戸惑いながらアカネはハルたちを見た。


 「ハル、ユウマ……」


 ハルは振り返るとアカネを安心させるように笑い、少女の頭にぽんっと手を置いた。


 「大丈夫。すぐにあいつをぶっ飛ばして合流するから。アカネはギンと先に家に帰ってろ」


 「お茶でも飲んでゆっくりしてればいいさ」


 「……でも、でも……」


 気軽にいう二人にアカネの困惑は増すばかりで、彼女の蒼眼は不安げに揺れている。

 

 一緒に戦う、なんて大それたことは言えない。

 もうここまでくれば嫌でも理解したが、アカネには何の力もない。


 異世界系定番のチート魔法を授かっていないのだ。

 

 どこまでいってもただの女子高生でしかないアカネにハルたちと共闘出来る程の桁外れの力はないから、今この場においての最善が避難することくらい馬鹿でもわかる。


 でも。

 それでも。


 置いて逃げるなんて。


 「信じてくれ」


 ふと、ハルが言った。


 「俺たちなら大丈夫だって、信じてくれ」


 「ーーーーっ」


 ずるいよ、と口の中でアカネは呟いた。

 

 その言葉は、笑顔は本当にずるい。彼らを信用しようと歩み寄りかけている少女に対して、「信じてくれ」は反則だ。


 ここで首を横に振って駄々をこねたら自ら足を止めることになるし、何よりハルたちを傷つけてしまう。


 アカネに残された選択肢は、自然と一つに絞られた。俯いて唇を噛み、返事をしないアカネが避難することを決めたと判断したハルはギンに目配せして合図する。

 

 ギンは頷き、アカネが自分に捕まったことを確認すると『桜王』から離れるために走り出した。


 その瞬間を。


 「行かすかよ!」


 鬼人と仮面の女が止めようと常人離れした速度でギンとアカネに迫り。


 「行かすかよ」


 「!?!?」


 そっくりそのまま言葉を借りてハルが雷撃を放った姿を最後に、アカネはギンの背中に乗って『桜王』を後にした。



 そうして舞台は整い、四者が火花を散らす。

 目的は不明。

 だが一つだけ言えることはアカネが狙われていること。


 理由としては十分だ。

 赤鬼人に仮面の女。

 謎の襲撃者へ向けて、彼らは言う。

 堂々と。

 昼間の雰囲気を微塵も感じさせないで。


 「「喧嘩を売る相手は選びやがれ」」




 ーー三羽の白い鳥が獲物を狙う速度で夜の帳を飛翔し切り裂く。


 「ーー逃げてばかりいないで少しは反撃してほしいわね」

 

 退屈そうな美声が風に乗り、三羽の猛追を躱すセイラの耳に届いた。


 夜とはいえ桜通りを行き交う人々の流れは少なくない。通行人たちが驚いて自ら避けてくれる分こちらとしては走り易いが状況は不利である。

 

 薄水色のウェーブがかった長い髪に肌の露出が過度な黒衣を纏う妖艶な美女。


 彼女は逃げるセイラを建造物の屋根を次々と足場にして追走し、三羽の白い鳥を嗾けてくる。


 脇腹を狙う一羽目の突撃を躱し、真上からの垂直降下をしてきた二羽目を横っ飛びで回避し、続けて三羽目の正面突進をズバ抜けた動体視力でもってわし掴み、握り潰した。

 

 派手な出血はなく、生物の死にしてはどこか無機物じみた終わりにセイラは眉を寄せた。


 「…………紙?」


 「正解。それが私の魔法よ。……それにしても今のを魔法無しで防ぐなんて流石ね」


 屋根の上からこちらを見下ろす美女の両方に紙鳥が停まる。艶然と唇を緩める美女をセイラは睨み、口を開いた。


 「いきなり襲ってくるとは随分と行儀が悪いな。余程痛い目に遭いたいとみえる」


 「痛い目に遭うのは好きよ。ゾクゾクする。でも私だけだとフェアじゃないでしょ?」


 「生憎と今重要なのはフェア性じゃない。重要なのは貴様の処遇だ」


 セイラは吐き捨て、それからハルたちのことを考えた。


 ユウマは鬼人を相手にしているし、ハルとアカネも別の襲撃者を相手に奮闘しているかもしれない。

 一刻も早くそちらに合流したいのだが……。


 「なら思考も私だけにしてほしいわね」


 「ーー!?」

 

 嘲弄する艶声と共に、握り潰したはずの紙鳥が不死鳥の如く復活しセイラの白い頬を傷つけて、美女が優雅に伸ばした腕に停まった。

 女は笑う。


 「何を考えてるかバレバレよ。二番目の乙女の許へ行かせると思う?少しは私に付き合ってちょうだい」


 「………なるほど」


 女のその発言にセイラは目を細めて、頬の血を拭った。

 一体どういう経緯でその情報を手に入れたのか。


 こいつらはアカネの正体に気づいている。


 余計なトラブルを避けるために色素変化の欺瞞効果のある魔石を密かにアカネの服につけていたはずだが。


 セイラたちとは別ルートでアカネの存在を知った罪人が徒党を組んだということか。

 ならば、予定は変更だ。


 「貴様には色々話しを訊く必要がありそうだ」


 「答えると思ってーー!?」


 ドドドスッ!と。女が化粧っけのある顔で笑みを作り紙鳥を飛ばそうとした刹那、全ての鳥共が空の自由を得る前に青金矢に貫かれて四散、夜の虚空へと流れていく。


 女の頬を血が伝うのを見ながら、弓を構えるセイラ・ハートリクスは断言する。


 「答えるさ。嫌でもな」


 女は血を舐めて、


 「それは楽しみね。ーー薔薇の女帝」

 

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