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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
風都決戦篇
176/193

『三章』55 もう一つの冠


「ーー陽動なのはいいけど、市民の避難は間に合ってんのか⁉︎」


 王城・薫風ヴァンシュタイン

 その大きな城門前で、激しい戦闘が繰り広げられていた。

 奇襲攻撃。

 散々不意を突かれてきたのだ、最後の最後はこちらから攻めさせてもらおう。そう意気込んで、まず最初に動いたのはセイラ達陽動班だ。

 その開戦の合図として、初っ端にセイラが神々しく輝く弓矢で門を破壊、その激音につられて騎士たちが駆けつけてきた。


 その後、脅威度は低いにしろ数という強力な武器で陽動班を食い止めている騎士達。

 騒ぎは首都である「アネモイ」に伝播して、石畳や建物の隅々まで揺らしている。


 ここから先、戦いはさらに苛烈さを増すだろう。だからこそ、一般市民の避難は第一優先だ。


「事前打ち合わせで、ノーマンとナナシが避難誘導に移っている! その後索敵班の要であるユウマとナギと合流する手筈だ!」


 向かってくる騎士の剣閃を半身になって躱しながら、その剣を奪い取って柄の先端で首後ろをノックする感覚で打ち、意識を奪ったセイラがシュンの懸念に答える。

 次から次へと騎士が出てきて、文字通りキリがない。

 

「ならいいけど、こっちも長くはもたねーぞ!」


 そもそもシュンはどちらかといえば「アイオリア王国」側の人間だ。倒している騎士の中にも顔馴染みがいたかもしれない。彼のに気持ちを考慮するのなら、あまりこの陽動も効果的ではない。

 だが、索敵班や本丸班がこの作戦のメインである以上、陽動班が気を抜くわけにもいかない。


「分かっている! だが私たちの仕事はまだ始まったばかりだ! ここから二手に分かれるぞ!」


「分散だな! 了解!」


 シュンはセイラの命令に了承しながら、騎士剣を絡め取って鎧騎士を撃破する。ガシャン、と頽れる音と、剣と剣が火花を散らして斬り合う音が二重奏して激戦を表している。


 一方で、ギンは人間大まで巨大化して騎士達を翻弄し、金髪美女で勝気な罪人のルイナは殺さないように配慮しながら魔法を行使する。


「半殺しにも出来ないんじゃ、こっちもストレスが溜まるぞ! クロカミたちはどうなってる!」


「アカネたちならそろそろ城内に侵入すると思うけど!」


 城門前に集まってきている騎士たちが全員とは思わないが、かなりの数を引きつけているはずだ。この隙に乗じて侵入できなければ期待外れだし、こちらの努力を水の泡にしてほしくはない。

 と、そんな微かな懸念を抱いた直後、騎士たちとは違う異様な殺気に全員が気づいた。

 

 後ろ。

 次から次へと溢れ出てくる騎士たちの背後から、目に見えて分かりやすい赤黒い殺気を放つ何者かが現れた。

 その姿を見て、騎士たちの士気が上がる。


「おお! ドロフォノス様方がきてくれたぞ!」


「よし! ここから反撃だ!」


 ドロフォノス。

 その名前にセイラたちの空気がピリついた。なるほど確かにこの殺気は、そこらの人間には出せない。

 道を開けるように、騎士たちが左右にズレた。

 そして開かれた歩道を優雅に進んでくるのは、二人の男女。

 

「まさか正面から来るとは。余程死にたいらしい」


「ここがどこか承知の上でやってるんだとしたら相当のバカね」


 強い。

 その一言に尽きた。

 

(……A級。いや、S級よりの魔力の質だな)


 初見の目でセイラが相手の実力を測る。ドロフォノスという罪人一家はただでさえ厄介だ。しかも『廃家』を除けば『本家』のドロフォノスは全員がA級以上。

 薫風ヴァンシュタインにいるということは、つまりはそういうことなのだ。

 

「ここは罪人の王、ロキシニア様の私有地だ。大人しく尻尾を巻いて逃げることをオススメする」


「それが出来ないと言うのなら、相応の痛みを与えることになるわよ、侵入者」


 血に飢えた獣のように唇を裂いて笑う二人のドロフォノス。セイラもシュンも臨戦態勢に入り、そんな二人の後ろからこんな言葉が追い風と共にやってきた。


「雑魚がイキがって強い言葉を吐くなよ。ドロフォノスの質が落ちちまうぞ」


 ルイナ・サントリー。

 金髪美女のS級罪人が、格の違いを見せつけてやると言わんばかりに前に出たのだ。

 彼女の存在を認知した二人のドロフォノスが、興味深そうに目を細めた。


「……へぇ。本当に『英雄』側についたのね、気分屋アロ・奔放者アダイ


「S級罪人が聞いて呆れるな。『罪人』にとって『英雄』は天敵だというのに」


「ほざけ。誰がコイツらの仲間になったって言ったんだよ。私は利害の一致でコイツらと共闘してるだけだ。要件が済んだら全員血祭り予定だ馬鹿野郎」


 八重歯を見せながら笑うルイナは冗談を言っているようには見えなくて、セイラとシュンは苦笑した。この一件が終わったらルイナと戦うことを考えると鬱で仕方ない。


「まぁなんでもいいわ。現状、そっち側にいる時点でアナタは私たちドロフォノスの敵。S級でも容赦しないわよ」


「それに前々からお前のことは気に入らなくてな。九泉牢獄パノプティコンに収容された如きの罪人が、未だに罪人界隈でチヤホヤされてるのが癪でたまらん」


 ルイナは罪人の中ではかなり有名な方だとセイラも知っている。気分屋な奔放者という罪人名通り、彼女は自分が戦いと思える敵じゃないと殺し合わない気分屋で、自由気ままで奔放な戦闘をして相手を嬲り殺す。

 透刃魔法を使う彼女は、まさにS級の名に相応しいと言える。


「そんなに私に憧れるのは嬉しいけどさ、ここで悲報だ」


 ルイナの言葉に二人のドロフォノスが訝しむ。


「お前らの相手は私じゃないし、お前らが気の毒で仕方がないよ」


「「あ?」」


 ルイナが笑い、罪人の二人が苛立ちを露わに眉を寄せた直後だった。

 目にも止まらぬ速さで何かがセイラとシュン、それからルイナの真横を左右に駆け抜けた。


 瞬間、衝撃波が辺り一面に広がった。

 なんの?

 男のドロフォノスが一直線に吹き荒れた竜巻の餌食に、女のドロフォノスが十字架を描くように奔った剣閃の餌食になった衝撃波だ。


「「あぐぁ⁉︎」」


 何が起こったのか分からないとばかりに白目を剥いて城門前に倒れた二人のドロフォノス。

 周囲にいた騎士たちはそんな二人の有様に言葉を失う。

 対して、ルイナは当然としてセイラもシュンも、走り回って敵を引きつけていたギンでさえも、誰がやったのかすぐに分かった。


 ドロフォノスを仕留めた『二人』はもういない。もう既に城内に入り込んだのだ。

 だから自分を倒した相手の姿も名前も分からないまま気を失いかけている二人は『屈辱』という二文字に支配される。

 血を吐き、傷を押さえて呻く。


「く、そ……ッ。なにが、起きてーー」


「こんな、こんなことが……!」


「いいかよく聞け。お前らはもう負け確なんだよ。こっちには『英雄』の中でも特段異質な奴らが三人もいるんだからな」


 三本の指を立てながらルイナは悪そうに笑う。


「なんてったって、雷と風の真六属性アラ・セスタに、剣の姫だ。負けルートを知りたいくらいだよ」



♢♦︎♢♦︎♢



 ーー背中しか見えなかった。

 銀髪に赤いリボン。

 一目でサクラ・アカネだとセイラは分かった。

 どうやら正面玄関を打ち抜いて侵入するという力技をしたようだ。

 アカネらしいと言えばアカネらしい。

 でも今は、そんなことよりも、だ。

 

「……」


 セイラは嬉しかった。

 驚きよりも、嬉しかったのだ。


 『向こうの世界』で虐められていたアカネを知っている。悲劇に塗れていたアカネを知っている。

 とても弱々しくて、自分も他者も信用していない女の子だった。

 それでも乗り越えて、強く在ろうと努力してきた彼女も見ている。


 泥犁島ないりとうで沢山の闇を目撃し、敗北も勝利も知って、自分の存在意義にも疑問を持って、それでも間違っていないと言い聞かせながら必死に生き抜こうとしていた君を。


「アカネ……」


 ドロフォノスという、この世界においては諸悪の権化に等しい闇の一族と戦うことになったり、友を失い、自分の『正体』も知って。控えめに言っても常人なら絶対に耐えられない試練を乗り越えてきたのだ。


 だからセイラは嬉しい。

 A級、いやS級に近い罪人を「一撃」で倒せるほど強くなったアカネを見られて。


 背中しか見えなかった。

 でもその背中はどこまでも頼もしくて。


「強くなったな」


 アカネをそう讃えるセイラの顔は、本当に嬉しそうだった。



♢♦︎♢♦︎♢



「お前たちは何も分かっちゃいない……」


 ほぼ全ての騎士たちを撃破し、ほんのひとときの静寂が城門前に落ちた時だった。

 気を失っていたはずの女のドロフォノスが息も絶え絶えになりながらそう呟いた。

 

「何も分かっちゃいないんだ。「お父様」がいる限り、私たちの敗北はありえない」


 ベルクと似たようなことを言っているなとセイラは呆れる。ドロフォノス一族は、例がなく「お父様」の強さを信じている。それは最早、神を崇める宗教に等しい。

 盲信か、はたまた狂信か。


「この国はすでに私たち「ドロフォノス」によって支配されている。私を倒したくらいでいい気になっていると、足元を掬われることになるぞ」


「お前らが信仰する「お父様」は神か何かなのか?」


 頭をガシガシかきながらルイナは呆れた様子で女のドロフォノスに問うた。

 対して、女は笑う。


「神、か。言い得て妙だな。だが「お父様」をただの神だと思うなよ。我ら「ドロフォノス」を治めるあのお方こそ、次代の『魔神』に相応しい。真六属性アラ・セスタや剣の姫を連れてきたところで、結果は変わらない」


「……」


英雄殲滅エレフセリアは遂行される! そして「ドロフォノス」はこの世界の頂点に君臨し、何者にも恐れない力を手に入れるのだ‼︎ ーー始まるぞ、始まるぞ! 『第二次・薨魔の祭礼』が!」


「もう飽いたよ。お前たちのその言い分」


 ザシュ! と。

 アカネには決して見せられない罪人の顔をして、ルイナは女にトドメを刺した。また五月蝿い口を開くことがないように、きちんと首を切り落としたのだ。

 グロテスクな光景が赤色を伴って広がっていく中、セイラがそっと息を吐いた。


「英雄殲滅に『薨魔の祭礼』。随分なワードセンスをぶっ込んでくるな、ドロフォノスの連中は。そこまでして戦争をしたいのか、世界と」


「どうだろうな。アイツらは実力だけなら本物だ。しかもそこに信仰心が合わさってんだからタチが悪い」


「世界と戦争をしたいんじゃなくて。多分アイツらは……」


 そこで言葉を区切ると、ルイナはこれから崩れ去ることになるだろう王城を見上げながら言った。


「自由になりたいんだろうな」


 罪人と呼ばれ続け。

 人を殺し続け。

 日陰の中を、闇の中を生きてきた「ドロフォノス」。

 それは確かに力を思う存分行使できる世界だろう。だが、自由とは呼べない。「アレス騎士団」や『英雄』たちにビクビクしながら送る生活、人を殺し続けて得る冨や名声。

 そんな苦し紛れの生き方は、真の自由とは呼べない。

 それは、同じ罪人であるルイナが一番分かっているのだろう。


「……『英雄』を殺し尽くしても、自由にはなれないってのに。私はお前が哀れで仕方がないよ、ロキシニア」


 

♢♦︎♢♦︎♢



「なんか勢いで斬っちゃったけど、わざわざ攻撃する必要あったのかな⁉︎」


「そんなことを今更私に言うのかサクラ⁉︎ 」


 門をぶち抜いて城内に侵入したアカネとカイ。足を止めた開口一発目にアカネが驚きを隠さない顔でそう言うもんだから、ついカイも釣られて愕然としてしまう。

 城内はひどく静かで、アカネとカイの声がよく響く。

 赤い絨毯に高級感溢れる内装と装飾。階段の手摺りなんか金色だ。まるでファンタジーゲームに出てくる王様の城そのものだとアカネは驚嘆する。


 異世界回帰して、なんだかんだでこの世界の王城というモノに来たのは初めてかもしれない。異世界物だと結構序盤で王様の所に行くのがセオリーだとアカネは思っているから。

 ……いや、よく考えたら早い方なのか? まだ一ヶ月しか経っていないのだし。

 

 まぁ、濃密な一カ月だったから、もう一年くらい経っている感覚だった。


 城の中に敵の気配はなく、セイラたちのおかげで大半の騎士たちが討たれている。陽動作戦としてはこれ以上ない成功だと言えるだろう。

 おそらくあと少ししたらセイラたちも城内に入ってくるはずだ。


 アカネたちの役目は本丸を狙うこと。ロキシニアとゲイル・ペルセポネを見つけ出し、全ての因縁に決着をつけなくてはならない。


「どっちに行く?」


 左右前方を交互に見ながらアカネがカイに訊く。


「玉座を目指すなら階段を登るが、果たしてそこにいるのかどうか判断がつかない。こればっかしは索敵班からの情報を待ちつつ、城内を直接探した方がいいだろうな」


 カイの判断にアカネは首肯した。土地勘がないアカネにとって、カイはコンパスや地図に等しい。無策に探してコケるよりも、確実な情報を得られるまで深追いせずに行動した方が得策だ。


「目下、一番の脅威は〈死乱〉だ」


「ロキシニアじゃなくて?」


「私は何度か奴に会っているが、奴は自分の興味心が湧かない限り動くことはない。……が、〈死乱〉はロキシニアの命令一つでどうとでも動く。だから、城内や城の敷地内を警備している可能性が高い」


「確かに……」


 言われてみれば、だ。

 アカネは泥犁島でロキシニア本人ではないが、彼に乗っ取られたノーザンと会敵したことがある。その際、あの短時間の殺伐とした交流でもロキシニアが基本的に興味のない他者に気を移すことがないと分かった。

 だからアカネに対して冷酷だったのだ。


「〈死乱〉か。正直私はクロヴィス・ボタンフルールにしか会ってないから、他の〈死乱〉の威圧感みたいなのを知らないんだけど」


「それがどうかしたのか?」


「第一席を先に見ちゃうと、他の〈死乱〉はそこまで脅威じゃないのかなって思えちゃう」


「……」


 強がり、とはカイは思えなかった。

 クロヴィス・ボタンフルールと会敵したことは既に聞いている。奇襲を仕掛けられて『七つの大戦』と呼ばれる『英雄』ーーメイレス・セブンウォーを封印されたと。その結果、アカネたちが「アネモイ」に到着したことも。


 そして冗談抜きに、クロヴィスは規格外だ。直に会っているカイだからこそ、アカネの発言の信憑性が高く深いのを理解できる。もちろん他の〈死乱〉も脅威度は極めて高いが、クロヴィスと比べると質は落ちると言っていいだろう。


「否定はしないが、油断は禁物だ。クロヴィスは例外として、他の〈死乱〉も十分危険な存在だ。正直、一対一で戦って勝てるかどうかギリギリのラインだと思っている」


「カイでも?」


「あぁ。……さっきから気になっていたんだが、サクラ。お前、ヤケに自信に満ちてないか? ここは王城とはいえ「ドロフォノス」の懐の中だ。しかもロキシニアも〈死乱〉もいる。その余裕はなんだ?」


 カイが怪訝気味に言ってきて、アカネは細い腕を組んだ。

 何て言えばいいのだろう。

 どう表現すればいいのだろう。

 

「なんていうか、その。これは別に強がってる訳でも、自惚れてる訳でも、自信過剰な訳でもないんだけど……」


 一拍空けて、アカネは現状の緊張を全てぶち壊す勢いの笑顔でこう言ったのだ。


「なんか今、誰にも負けない気がするんだよね。あはは!」


「えー! 何その楽観的な態度!」

 

 目ん玉が飛び出すんじゃないかとばかりに驚くカイ。なんだったら声も大きくて城内に響き渡った。

 まぁ、カイの反応も無理はない。アカネ自身、何故自分の中でこうも『自信』が芽生えているのか不明だが、〈空の瞳〉の覚醒が関係しているんじゃないかと思っている。

 あの力はまだ制御出来ないが、『時間認識の拡張』と『魔法の吸収』は切り札になり得る。


 刀剣魔法に〈空の瞳〉。

 

 ロキシニアやクロヴィスにはまだ劣るにしろ、もし全ての力を完璧に使いこなせるようになれば……。


「とにかく! 今はなんとなく大丈夫な気がするの! さ、行こうカイ。まずは誰から探す?」


 話を戻すように手を叩いたアカネ。カイはハッとなって、


「そ、そうだな。とりあえずシェイナ様を探す必要があるな。そして安全な場所で保護をする。その後、国王とロキシニアを探し出して討つ」


「シェイナ様、か。レヴィちゃんのお姉さんだよね、確か。居場所に心当たりはあるの?」


「普段あの人は自室にいることが多い。それから専属メイドのミモザという少女がいるんだが、彼女を見つけることが出来たら仮にシェイナ様を探し出せなくても会うことが出来る」


「ミモザさんとシェイナ様、ね。分かった。二手に分かれる? 部屋を虱潰しに探していくとかだったら土地勘がなくてもあたしは一人で大丈夫だけど?」


「……いや、二手に分かれて〈死乱〉と会敵した場合リスクが大きい。勝てるかどうかの話ではなく、単純に死の確率が上がるんだ。先を急いで地雷を踏んだら元も子もないだろう。ひとまず二人で行動し、シェイナ様とミモザを探そう」


「……分かった」


 焦燥感に刈られていることを隠そうと努力するが、それでも漏れ出る逸る気持ちにアカネは静かに拳を握る。

 欲を言えば、アカネは早くロキシニアを倒したい。国王に何があったのか問いただしたい。

 何故、「アイオリア王国」を狙ったのか。

 何故、「アイオリア国民」を裏切ったのか。


 ここに至るまでの過程で、もう随分と苦い思いをしてきた。だからこそ、その苦味を糧にして元凶を討ちたいのだ。


 ……しかし、そうは言っても結局は自己肯定感を高めるだけの我欲でしかない。独りよがりの願望を優先して先に進めば痛い目に遭うのは必然だろう。


 だから、カイの提案を受け入れるしかなくて、だからカイに「どうするのか」を訊いたのだ。


「早く終わらせよう。こんな戦い」


「……そうだな」


 長引けば長引くほど、待っているのは地獄と悲劇だ。そんな未来に光なんてない。

 二人は止めていた足を動かして、一階を探索することを無言で決定させる。


 ーーその、次の瞬間だった。


「ーーやれやれ。ハズレクジを引いたのは俺だったか」


「「ーー!」」


 唐突に。

 忽然と。

 束の間もなく。

 アカネとカイの間合いに無防備に出現した『相手』。

 アイコンタクトも合図もなかった。

 二人は無意識の内に呼吸を合わせていた。本能が一瞬で自らの「死」を予知したからだ。


 アカネは日本刀を握って上段斬りを。

 カイは風の剣を創り上げて下段斬りを。

 斜めに奔る十字を虚空に描く。


「おいおい。挨拶もなしにそれはないだろう」


「「あごぁ⁉︎」」


 首をコキリと鳴らしながら、とんでもなく軽い所作で『敵』はアカネとカイの斬撃を弾き返した。

 右手を横に払う。

 たったそれだけで二人の攻撃を薙ぎ払い、更には吹き飛ばすオマケまでつけてきた。


 まるで至近距離で台風以上の突風を喰らったかのような衝撃に耐えられず、アカネは城内入口の前まで、カイは左側通路の真ん中まで吹っ飛んだ。


「まったく。最近の若い奴らは大人を敬う気持ちが足りない。それじゃあこの先苦労するぜ?」


「……お前、は。なん、で。ここにいる……ッ」


 うつ伏せに倒れるカイが苦悶しながら顔を上げ、『敵』の正体を確認すると予想外とばかりに目を見開く。

 アカネはのろりと起き上がり、右手に持っていた日本刀が折れた為虚空に消してまた新しい刀剣を生成した。


「アナタは、誰なの……ッ」


「二人で同時に話しかけてくるなよ。どっちに先に反応すればいいのか困るだろ。ーーまぁどっちでもいいんだけどよ」


 面倒臭そうに頭をかきながら受け応えする『敵』は軽く息を吐くと、カイの方ではなくアカネを見ながら名を口にした。

 どうやら二人は面識があるようだった。


 無精髭が生えた顔。

 雑に伸ばした長い髪をかきあげて、死んだ魚のような目を見せつける。やる気がなさそうな態度が顔にも出ているが、服装は小綺麗な灰色のスーツに青色のネクタイで色を引き締めている。

 まるで何かのヤクザ映画に出てきそうだなと感想を抱くアカネだが、そっちの方がまだマシだったかもしれない。


 何故なら、ここは異世界の中でも特に異端。

 『罪人』と呼ばれる狂人たちのトップに君臨する一族の腹の中で攻撃をしてきた相手なのだから。


「〈死乱〉・第二席。バルドル・ゲッケイジュだ。宜しくな、剣のお姫様」


「第、二席……」


「ーー! 避けろサクラ!」


「え?」


 カイの焦った声にアカネはきょとんとした。

 それがダメだった。

 いいやその前に、だ。

 

 ーーどうしてバルドル・ゲッケイジュはいつの間に、アカネの眼前にいるのだ?


「なーー」


「よそ見とは随分余裕だな、剣の姫」


 鼻で笑うバルドルが、アカネの華奢な腹部に掌をそっと当てたその瞬間、体感的にはゆっくりと上体がくの字に曲がったことが分かった。

 しかしその出来事は一瞬過ぎて、脳の処理能力が追いつかなかったのだろう。


 衝撃。

 激痛。

 それから吐血、嘔吐。


「おろぁ⁉︎」


「汚ねぇな。女が吐瀉物と血を吐くもんじゃねぇぞ」


 吐きたくて吐く女がどこの世界にいるんだ。そう思っても喋ることが出来ないアカネは、その場に蹲って、お腹を両手で押さえた。

 痛い、痛い痛い。気持ち悪い。怖い。痛い。気持ち悪い。

 とにかく腹の奥から迫り上がってくる嘔気が止まらなくて、脂汗が湧き出てくる。


「人ん家にノックもなしに土足で入ってきたんだ。もちろん殺される覚悟はあったんだよな?」


 アカネを見下ろしながら暴力的なことを呟くバルドル。彼の理論なら、空き巣は空き巣を行った瞬間殺されても仕方がないと言っているようなものだ。


 一の悪いことをしたら、同等の裁きではなく百の裁きが返って来るという暴挙。


「……な、ら」


「あん?」


 掠れた声。途切れ途切れのアカネの言葉にバルドルは眉間に皺を寄せた。

 銀髪に赤いリボンがトレードマークの少女は、震える足を叱咤して立ち上がり、脂汗をかきながらも無理矢理笑顔を作って、


「それなら。アナタも私に負ける覚悟を持って、ここに来たんでしょうね?」


 ズドン! と。

 言葉と共にアカネが容赦なくバルドルの頭上に大剣を叩き落とした。普通の刀剣とは違う大質量の塊が鋭さを持って人に落ちたのだ。赤色の絨毯が敷かれていた床に突き刺さり、綺麗に切断されて、先端がめり込んだ。


「刀剣舞踊、参式。巨人ザ・鉄槌ソード!」


 ルイナ戦で初披露した大技の縮小版が、薫風ヴァンシュタインで爆発した。爆風が広がり、うつ伏せに倒れているカイの髪の毛を激しく揺らす。瀟洒な作り手摺や強化な作りの壁、星と風をモチーフに作られた光源、金色の装飾の枠で統一された窓。それらが揺れて、壊れて、激戦の体を様する。


 手応えはあった。

 アカネは引いていく痛みを感じながら立ち上がり、再度剣を握る。


「カイ! 立てる⁉︎」


 カイは両手を床に着いて立ち上がり、


「当たり前だ。……それより、バルドルはこの程度じゃ傷一つつかないぞ。油断するな」


「うん。第二席だもんね。あたしもこれくらいで倒せたとは思ってないよ。一旦距離を取ろう」


 言いながら、アカネは身体強化した脚力でカイの側に駆け寄った。

 初見殺し、というわけではないが、第二席と謳ったバルドルの攻撃を直で喰らった時は肝を冷やした。

 だが、それでも反撃をすることは出来た。


「ホント勘弁してくれよ。このスーツ、卸したてなんだぜ? どうも雷の坊主の仲間は暴力的だな。弁償とかちゃんと考えてるか?」


「雷の、坊主?」


 声と同時に粉塵がブワァ! と晴れて、更に彼の発言に眉を顰めたアカネ。聞き捨てならないことを耳にした気がする。

 巨人剣を喰らっても平気な顔をして、擦り傷一つすらなくて、スーツの汚れを気にするくらいの余裕を見せる奴に苛立ちを覚えながらも、だ。


 アカネは剣の鋒をバルドルに向けて、


「それって、ハルのこと? アナタ、ハルのこと知ってるの?」


「知ってるも何も、同じ牢屋にいた仲だぜ。お前さんの隣にいる奴と協力して雷の坊主を騙して、ネザーコロシアムで殺そうとしたんだよ。アイツは今後脅威になる可能性を秘めていたからな。ま、結局作戦は失敗したけどよ」


「ーー! そんなことを……!」


「……すまない」


 とても人がやる所業じゃないとアカネは激昂する。カイの事情はわかっているから、カイ本人を責めるつもりはない。彼には彼なりの信念があって、この国を変えたいと、レヴィを守りたいと強く思っていたのだから。

 許される行為じゃないにしろ、カイを赦すことは出来る。

 ……だが、目の前にいる男は、まるでゲームクリアに失敗した感覚で喋っているから腹が立つ。


 ルイナとガジェットに、ハルが地下牢にいると教えられたあの日、既にハルはバルドルの手によって陥れられていたのだ。


「ハルを騙して、殺そうとして。そんな横暴が許されるわけない。……あぁ、そうか。でも失敗したってことは、アナタはハルに勝てなかったんだ」


「……なんだと?」


 鼻で笑いながら、だ。

 アカネは心底バルドルを挑発する勢いで、慣れない意地悪な人間性を演じる。

 本音半分、怒り半分。

 つまり嘘はない。

 バルドルはぴくりと眉を動かして、微かに苛立ちを見せた。


「だってそういうことでしょ? あたしはさっきまでハルと一緒にいて、カイもここにいる。ネザーコロシアムはハルに壊されたし。偉そうな態度を取って、黒幕っぽく演じてるけど、実際のところアナタはーードロフォノスはハルに勝てなかった。そりゃあ必死になるよね。笑える」


「おいおい。あんまり滅多のこと口にするもんじゃねぇぞ、剣の姫さんよ。俺はアイツをいつでも殺せた。あの程度のガキ、敵じゃねぇんだ。それでも殺さなかったのは、慈悲ってやつだ。分かるか?」


「……慈悲、慈悲ね。ほんと、笑えるわ。ドロフォノスってさ、ほら。ノーザンさんとテレサちゃん、それからノリアナさん以外基本的に『バカ』でしょ? だから苦し紛れの言い訳をしたい気持ちはわかるし、仕方ないなって思うんだけど。ーーねぇ、バルドル・ゲッケイジュ。アナタ、こんな言葉知ってる?」


 二人の苛立ちが、視線が、激しくぶつかり合っているのがよくわかる舌戦だった。アカネの隣では、カイが女の子の怖さにビクビクしている。

 

 そしてアカネは言った。

 おそらく、プライドが高い「ドロフォノス」にとって、精神的は大ダメージを与えられる魔法の言葉を。

 口を裂くように笑いながら。


「負け犬の遠吠え」


「ガキが。調子に乗るなよ」


「調子に乗らせる暇しか与えないくせに」


 バルドルを挑発することに成功したアカネが剣を床に突き刺して、両手をバッ! と前に出した。

 武器である剣を離す行為にバルドルも、カイでさえも疑問に襲われる。

 

「ーー神の涙・天啓。魔王の眼・叛逆」


「……な」


「ーー絶神の勾玉」


 超絶技が披露された。

 この場にユウマやナギ、ギン。それからハルとセイラがいたら驚いて言葉も出なかったただろう。

 第S級指定罪人、神魔エリス

 〈无魔六天〉の一人にして、『ジークヴルム』の性を持つ謎大き少女の絶技。


 ーーそのコピーである。


 右手の前には白い球体が。

 左手の前には黒い球体が。


 それぞれ人間大の高密度の魔力の塊が、空間を歪ませながら混ざり合い一つになり、紫色の暴力が完成する。

 

 そして、アカネの蒼穹色をした瞳が淡く発光し、力の片鱗を魅せた。


 〈空の瞳〉の異能。

 『魔法吸収』の応用、模倣である。


「……おいおい。なんだそりゃ」


「本物とは程遠いけど。アナタに傷を負わせるには丁度いい技よ」


 苦笑するバルドル。

 直後。


「彼方まで吹っ飛ばないことを祈ってるわ」


「ーーッ!」


 周囲に存在する全ての物を、空間を抉りながら絶神の勾玉が解き放たれて、バルドルに直撃した。



♢♦︎♢♦︎♢



 月桂樹の花言葉。

 「勝利」、「栄光」、「栄誉」。


 また、「私は死ぬまで変わりません」。

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