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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
風都決戦篇
172/192

『三章』51 吐露


「――やっぱりきたか、兄さん」


 栗色の髪に金の瞳、端正な顔立ち。人が良さそうを絵に描いたような雰囲気と立ち姿。白と金の小綺麗な衣装で身を包み、まるで夜空を瞬く星々を連想させる。

 見るものが見れば、『誰かに似ている』と感想を抱くかもしれない。

 

 第S級指定罪人。

 月詠命ツクヨミ

 ひずみ・ゆうと。

 

 ユウマ・ルークの実の双子の弟である。


「アイオリアは「ドロフォノス」の本拠地だからね。ここで待っていれば必ずまた会えると思っていたよ」


 「アイオリア王国」、その首都である「アネモイ」のどこかで、ぼそりとゆうとは呟く。

 泥犁島での一戦は、騎士団の女が邪魔をしてきて結局有耶無耶になってしまった。

 その続きを行うなら、ここだろう。

 舞台も整えられたこの地なら、兄との決着を着けるのに申し分ない。


「まぁ。兄さんが〈死乱〉たちに殺されなければの話だけどね」


 どこか嘲弄気味にそう言うゆうま。しかし、彼の言う通り目下ユウトたちの脅威は〈死乱〉だ。奴らは同じS級の中でも頭ひとつ抜けている。

 月詠命と呼ばれるゆうまにすらそう思わせるほどの実力の持ち主たちだ。……だからと言って、全員ゆうまより強いとは限らないし、強いとも思っていないが。

 

 だからこそ。

 〈死乱〉に躓いているようじゃ、ユウトはゆうまには絶対に勝てない。

 

 アスナ・ルークという『最強の師』がありながら、〈死乱〉にも勝てないとなるといよいよ興味はない。

 たとえ兄弟であってもだ。


「さて。暇だし兄さんたちの健闘でも観戦しに行こうかな」


 余暇を持て余すゆうまは、両腕を伸ばしてリラックスするように息を吐くと、現在地からは見えない場所を見据えるようにそちらに目を向けた。

 薫風城。

 全ての因縁が詰まっているとされる闇の城。


「奇跡は起きるのかな」


 それは誰にもわからない。



△▼△▼ △▼△▼



「――ノーザンさんはハルと一緒だから大丈夫だと思うけど。初っ端から〈死乱〉と戦うとは思わなかった」


 本丸班。

 薫風城にいる最凶の敵であるロキシニア・ドロフォノスを直接狙い叩き倒す一組。

 アカネとカイが、「アネモイ」の街を走りながら話していた。本来ならここにノーザンがいるはずだが、彼女はハルと〈死乱〉の女を追いかけて行った。


「逆に言えば、向こうも初手から〈死乱〉を出さざるを得ないほど焦っているのかもしれない」


 アカネに並走しながら冷静に分析をするのはカイだ。桜髪の少年は、平和ボケしている街の人たちの視線を気分悪く感じながら、


「そしてさらに言えば。今薫風城にいる〈死乱〉は五人になっていることになる。これは好気と言ってもいい」


「……されど五人、って感じだと思うけどね」


「それでも五人だ」


 カイの強気な心持ちにアカネは頼もしさを覚える。

 目下一番の脅威は〈死乱〉だが、その全員を薫風城で敵にするとなるとこちら側の負担が大きいと思っていたところ。

 上位三席の内、第三席がいなくなり、現状城内にいるのは一席、二席、四席、五席、六席となる。

 中でも五席だけは情報不足で力量は知れないが、徒党を組まれることを可能性として考慮するなら、三席不在というカードが存在するだけでもこちらの手札は有利に切れる。


「どこから侵入するの?」


 「アネモイ」を行き交う人々を避け東西南北に立つ風車塔を視界に収めながら、アカネはカイに問う。

 陽動班メンバーが場を掻き乱す間に正面から乗り込む予定ではあるが、薫風城の内部に詳しいカイならば、他にも侵入ルートを思い浮かべられることが可能かも知れない。


「正面だ」


 と、アカネの期待とは裏腹に、カイは堂々とそう言った。

 アカネは多少驚きながら、


「いいの? 陽動があるとはいえ、敵地のど真ん中を突っ切ることになるんだよ?」


「むしろそれでいい。陽動班が騒ぎを起こせば、城の警備はそちらに向かう。……が、当然他の侵入口の警備を怠ることはないだろう。だが、そこで向こうはこう思うはずだ。……正面玄関が陽動だと」


「……そうか」


 何かを察したようにアカネはハッとなる。

 カイは頷いた。


「ああ。騒動に乗じて正面から乗り込む。それが本来の陽動班、並びに本丸班の役目だ。違うか?」


「……そうだね。そうだった。裏口なんて探してたら弱腰だもんね」


「その意気だ」


 互いに胸を刺激する熱を感じながら、薫風城を目指して走る。

 ここから先、弱腰になった者から淘汰される戦場だ。

 この国の真実、「ドロフォノス」の闇を知らずに偽りの笑顔で生活している国民を横目で見ながら、アカネは再度覚悟を決める。


 これが最後の戦いだ。

 この戦いに勝てば、みんなで「アリア」に帰れる。


「急ごう。まずはレヴィちゃんの奪還を」


「勿論だ」



△▼△▼ △▼△▼



 ――頭の痛みが消えた。


「ハ……ッ!」


 背中を押されたみたいにベットの上で起き上がって目覚めたのは翡翠色の綺麗な髪を伸ばすレヴィだった。

 知らない天井と、知らない部屋の風景……ではない。気を失う前にもいた部屋だし、ゲイルが言うには元はレヴィの部屋だったという。

 そのゲイルは現在、ここにいはないが。


「……なにが」


 頭の中が混濁していて、気を失う前の記憶が少し曖昧だ。

 ゲイルと話していたことは覚えているのだが、その内容が思い出せない。

 記憶。

 思い出せない。

 記憶。

 思い出せない。

 記憶、が――……。


「――そうだ。私……」


 記憶を自ら手放した。

 そして、幸せと不幸の記憶の濁流。

 それが信じられなくて。

 それを信じたくなくて。

 その後に激痛が頭に走って――。


「本当に、この国の王女なの……」


 未だに信じられない。

 自分の立場と、過去の映像。それらを見聞きした上でも、やはり信用性はない。

 にも拘らず、なんだこの焦燥感は。

 なにか、やらなくちゃいけないことがあった気がする。

 自分の立場と、過去の映像。

 記憶をなくしたからには絶対に理由があるはずだ。そうしなくてはいけなかった何かが、必ず。


 そういえば、と。

 レヴィはとある会話を思い出す。


 カイが言っていた。

 記憶を無くしたのは想定外だったと。

 それはカイが、まさかレヴィがそこまですると思っていなかったと存外に告げていることに他ならない。

 が、ゲイルが言うにはレヴィ自ら記憶を無くしたと。

 そこら辺の噛み合わせが必要な気がした。

 

 記憶を無くしてまで達成したい何かがレヴィにはあって、その行動がカイにとってもゲイルにとっても良いことだったのか悪いことだったのか。

 

「行かなくちゃ」


 具体的にどこへ行けばいいのかわからない。

 とにかくまずはこの部屋を出て、自分のことをよく知る人物に会いに行く。

 カイか、もしくはロキシニアか。


「あのクソジジィには正直今は会いたくない」


 また何かされるかもしれない懸念がある。

 ならばやはりカイか。

 いいや、彼は彼でゲイルの味方だった。信用できない。

 じゃあ他に誰がいる?

 

「……あ」


 と、レヴィはハッとなった。

 いるではないか。

 カイとゲイルに匹敵するくらいレヴィのことを知っている人間が、一人だけ。


「シェイナ・ペルセポネ。私の姉」


 彼女なら、知っているかもしれない。

 レヴィの真実を。


「また城内探索ね」


 次は捕まらない。

 何があっても目的を達成してみせる。


「……そういえば」


 ハルとレイスはどこに行ったんだろう?

 


△▼△▼ △▼△▼

 


「……テメェ。オレをコキ使おうッて魂胆が見え見えなンだよ」


「あらいいじゃない別に。ネザーコロシアムでハルに負けたアンタを保護したのはこの私なんだから。感謝して利用されなさい」


「オレぁ負けてねェぞ! ありゃオレであってオレじゃねェ!」


 「アイオリア王国」の中心に聳え立つ、薫風城の中で、仲の悪そうな声が響き渡る。

 赤い絨毯が敷かれた長い廊下で、黄色がかった緑の髪を長く伸ばし、絵本に出てきそうなドレスを着ている美女と、これまた騎士ではなく傭兵と表現した方が適切な、オレンジ色のツンツン頭に目つきの悪い男が歩いていた。


「うるさいわねぇ。こんな場所で怒鳴るんじゃないわよ。誰かにバレたらどうすんのよ」


「そン時はぶっ殺せば済む話だろォが」


「……はぁ。これだから罪人は」


 呆れ果てたため息をシェイナはそっと吐く。

 レイスはそんな彼女を見て苛立ち気に舌を打つだけだ。こんな仲の悪いやり取りを重ねながらも、二人が目指す場所は同じだ。

 シェイナはハルと解散後、ハルに連れて行ってもらえなかったレイスと二人で国王であるゲイルの元へと向かっているのだ。


 シェイナは知らない。

 レヴィが何故記憶を失い、「アイオリア」からいなくなったのか。妹は何を一人で背負って飛び出して、利用されて、辛い思いをしているのか。

 姉なのに、妹のことを何も知らない。

 だから聞かなくてはいけなかった。

 父に。

 レヴィに一体、何をさせようとしているのか。


「ッたく。なンでオレがわざわざ護衛に着いて行かなきゃなンねェンだよ」


 不満が募るばかりのレイスだが、彼は彼で確かにシェイナに恩を返す必要があると自覚している。地下牢獄から脱獄し、ゲイル・ペルセポネと〈死乱〉二席、それから風の真六属性の男に確保され、その後にネザーコロシアムで利用された彼を保護してくれたのは間違いなくシェイナ・ペルセポネだ。


「嫌々言いながらもしっかり着いてきてくれるじゃない」


 意地悪な笑みを浮かべるシェイナに、レイスは舌を打って、


「ちっ。オレはテメェを守るためじゃねェ、テメェが今から会う相手に用があンだよ」


「ふーん。アンタ、意外と可愛いやつね。気に入ったわ」


「可愛いくねェ!」


 とか言いながらもしっかり並行して歩くあたり、やっぱり少しは恩を感じているのかもしれないと、唇を緩めるシェイナは思う。

 互いに利用し合う。まさに利害の一致ほど都合の良い関係はないだろう。

 と、そんなこんなで長い廊下の終わり、下りと登りの階段の踊り場に到着したシェイナが突然足を止めた。


「……なにかしら」


「あン? なにがだよ」


 シェイナは上下の階段を順に見て、


「いえね。いくら私の命令で見回りの人間を別の場所に移動させたとはいえ、こうもいないとかえって不気味だと思って」


「……まァ、仮にも王女だしな」


 シェイナの疑念にレイスは確かにと納得する。レイスを連れて歩いている以上、誰かに見られる事態は避けるべきだし、この状況は二人にとって好都合なのは間違いないのだが、それにしてもここまで都合が良いと悪意さえ感じてしまう。

 まるでわざと見回りの人間を出させていないような。

 もしくは、見回りなんてしている暇がない程の事態が発生しているか。


 と、その時だ。

 ドン‼︎‼︎ という、とてつもなく大きい地響きが巻き起こったのは。

 シェイナとレイスだけでなく、薫風城全体が揺れるほどの大揺れ。


「なに⁉︎」


「中……いや、これは外からの圧力だぞクソ王女」


 レイスにクソ王女と呼ばれて咬みつこうとしたシェイナだが、寸前のところで止まった。

 階段の踊り場の壁に備え付けられている窓。その向こう側の景色が目に映って息を呑んだのだ。

 黒煙。

 それから騒動。


 シェイナの瞳の向こう、映っているのは王国の騎士たちが何者かと乱戦している様子だった。


「敵襲? まさか、こんな時に……⁉︎」


「へェ。随分と楽しそうなことやってンじゃねェか」


 異なる反応をみせる二人。意気揚々と発言したレイスにシェイナはジト目を送る。

 しかしそんなの気にせずに受け流すレイスは、窓の外の騒動に注視しながら、


「にしても。まさかこの城に攻め込ンでくる奴がいるとはなァ。一応、腐っても国の城だぞ。どこの馬鹿だ?」


「……」


 レイスの言う通り、ここは「アイオリア王国」の中心にして王族貴族がいる薫風城。恨みを買うことはあれど、その恨みを直接ぶつけてくるなど正気の沙汰ではない。

 

「でも。だから城内に騎士がいなかったのね。納得だわ。……誰だが知らないけど、これは私たちにとって好機よ」


 単純に、誰にもバレることなく真っ直ぐに国王の元へと行ける。流石に国王の側には直属の騎士がいるだろうが、そこはレイスに活躍してもらおう。

 シェイナは窓の景色から視線を中へと移して、


「先を急ぐわよ」


「いいのかよ? テメェの家にノックなしでいきなり侵入してくるような奴らを放っといて」


「いいのよ。第一、こんな騒動を収められないようじゃ騎士失格よ」


 確かにそれもそうだとレイスは思うが、合理的すぎて逆に情はないのか。まぁそれでも結局この城の行く末など彼にとってはさしたる問題でもなければ興味もないので、大人しくシェイナの言う通りに従った。


「にしても。テメェは自分の父親が「ドロフォノス」側なのをいつから知ってやがったンだ?」


 登り階段を踏み締めながら、レイスが前を歩くシェイナに問うた。

 黄色ががった緑の髪の美女は振り向かないで、


「レヴィが……私の妹がいなくなった時からよ」


「つーことは、最近か?」


「ええ。それまで私は、呑気に第一王女を名乗っていた馬鹿な女よ。レヴィの方が、よっぽど王女に相応しかったわ」


「テメェは妹がどうして記憶を無くしたのか、王族と「ドロフォノス」の中で何が起こったのか、その一部始終を知ってンのか?」


「……知ってるわ。というより、レヴィに教えてもらったの。でも私は、それを笑い飛ばして本気で耳を傾けてあげなかった。ほんと、馬鹿な姉よね」


 顔は見えない。

 だが声色だけでも後悔と寂寞が彼女の心を蝕んでいることが分かる。

 こと細かく「アイオリア王国」の現場を知るレイスではないが、ネザーコロシアムや王族が罪人一家と共に行動をしている時点で国としては終わっている。

 それに、「エウロス」の生命税や、「ドロフォノス」の当主を英雄視する国民の精神性。どれも歪で救いようがない。


「逆に。なンであの女はこの国の闇を知ったンだ。どうやって知った?」


 階段を登りながらシェイナは首を振った。


「分からない。ただ、あの時のレヴィは……」


 ――逃げようお姉ちゃん! ここにいたらダメだ! みんな殺されちゃう!


「……すごく必死で、この国の現状を説明しようとしてたから」


「はッ。じゃァテメェは第一王女のくせに妹に命を救われて、挙げ句の果てにはこの国の命運を委ねたってワケか。面白ェ話だ」


「なんですって?」


 シェイナが足を止めた。

 赤い絨毯が敷かれた高級感あふれる登り階段の六段目で。振り返る。さっきまでの親しみやすい空気感はなかった。

 射殺す。

 まさにそれが適切な目つきをしていた。


「もう一度言ってみなさい」


 レイスは鼻で笑って、


「妹に責任を押し付けて気が楽になったか? お姫様つったンだよ」


「生意気にもこの私に説教? レイス・フォーカス!」


 がっ! と。

 怒りのままにシェイナがレイスの胸ぐらを掴んだ。彼女の目には、明確な敵意が宿っている。

 対して、レイスは表情を変えない。

 それがより一層、シェイナの堪忍袋の尾に触れる。

 

「説教なンかするつもりねェよ。オレァただ、事実を言っただけだ。実際、テメェは妹の後に動いてる。その時点で半歩遅れて出発してンだよ。テメェがどれだけ御託を並べようとそれは覆られねェ」


「だからその遅れを取り戻すためにこうして……!」


「遅れを取り戻しても結局妹と同じ地点に立っただけで、停滞したまま事態は変化しねェ。それじゃ意味ねェだろォが」


 そこまで言うと、レイスはやり返すようにシェイナの胸ぐらを掴んで睨んだ。息がかかる距離まで顔を近づけて彼は言う。

 高価なドレスに皺がより、首元で光る宝石のネックレスが僅かに揺れた。


「弟や妹がいる奴が、そいつらの背中を追ってたらその時点で失敗してンだよ。言い訳を並べて自分の無自覚な罪を正当化してンじゃねェぞ」


「……っ」


 レイスの牙が剥き出しの言葉の羅列に、シェイナは唇を噛むだけで反論が出来ていなかった。

 弟や妹。

 つまり姉や兄ならば、下の面倒を見てその背中で語り、道を示さなくてはいけないと。

 レイスにも妹がいた。

 「罪人の家系」に生まれた女の子。

 名前はレイシャ。


 ――フルネームは、レイシャ・ドロフォノス。


 レイスが連れ出し、そして捕まって、目の前でロキシニア・ドロフォノスの手によって嬲られて殺された妹。

 血の繋がりなんてない。

 ただ、守りたいと思った大切な少女。


 S級になるまで、レイシャの名前も彼女の家系の正体も知らなかったけれど、特別な感情を抱かずにはいられなかった。

 恋人、とかの好きじゃない。

 家族としての好きが溢れていた。


 レイスはレイシャを守ってやれなかった。口だけ一丁前で、何も伴っていないただの半端者だった。

 だから、兄は絶対に妹をどんな悪意からも守ってやれる存在じゃないとダメだと悟ったのだ。

 だから強くなったし、天国の彼女に恥じない生き方をしてきたつもりだった。


 ……結局、その生き方は間違っていたのだと雷神に教えられたが。


 しかし。

 恥ずかしくない自分であるように、という思想が間違っているとは思わない。


 だから許せなかった。

 守るべき対象の背中を追いかけて、守れなかったことを後悔している……過去の自分によく似たシェイナ・ペルセポネが。


「テメェは第一王女の前に、アイツの姉貴だろォが」


「――」


 その一言は強烈だった。シェイナの力を弱らせ、彼女の後悔を根本的に揺るがす刃に等しかった。

 姉貴。

 それは妹がいる者にとって、重要な意味を持つ二文字だ。

 呼ばれ方はなんだっていい。

 おねーちゃんでも、お姉様でも、姉貴でも。

 とにかく自分のことを慕っていて、信用していて、愛してくれている下の妹や弟のことを考えろ。

 その子達が自分よりも傷ついている姿を想像しろ。

 

 それはとても残酷で、度し難い問題ではないのか?

 後悔している暇なんてなく、一刻も早く助けてあげなきゃいけないんじゃないのか?


「わかってるわよ、そんなこと言われなくたって。……遅いと分かってても、助けてあげたいのよ。なにもしてあげられなかった、あの子が抱える問題を理解してあげられなかった。……だから力になりたいの。あの子を助けたいの。この国の闇を暴いて、救いたいの。……私はレヴィの、お姉ちゃんだから」


「……はッ。最初からそう言ってりゃいいンだよ。偉そうに王女振って国を救うとかいうお題目を掲げてンじゃねェ」


「……アンタ、どうしてそこまで」


 胸ぐらから手を離したシェイナはレイスを見ながら疑問符を浮かべる。

 罪人が、なんならさっき会ったばかりの人間が、どうしてそこまでシェイナとレヴィの関係性を気にして、彼女の行動指針を正そうとしたのか。

 分からない。

 分からないが、今のレイスの表情が、どこか鏡で見たことのある顔をしていた。

 無力な自分に心底嫌気がさした、あの苦痛の。


「妹の為に何も出来ない無力さなら、誰よりも知ってるからだ」


「……アンタ」


「チッ。柄にもねェことした。おら、さっさと行くぞ」


「え、ええ……。そうね」


 頭をガシガシとかきながら、レイスはシェイナの前を歩く。そんな彼の背中を見て思った。

 レイス・フォーカス。

 彼のどこが、一体罪人だというのだろう。

 他者のために言葉を尽くし、道を正そうと動く。

 それではまるで――、


「罪人じゃなくて、ただの『英雄』じゃない」


「あン? なンか言ったか」


「ふふ。何も言ってないわよ」


 きっと彼は英雄なんて呼ばれたら怒るだろう。それでもそう感じざるを得なかったのは紛れもない事実だ。

 だから少しだけ、だ。

 ハルとは違う、どこか自分と似ている気がして心を許してしまいそうになる。

 だからなのか。

 シェイナはゲイルが坐す玉座に到着するまでの道すがら、話すことにした。

 

「レイス。聞いてほしい話があるの」


「……なンだよ」


 シェイナはゆっくりと息を吐き、足を止めて振り返ったレイスの顔を見ながら言った。


「レヴィがどうして記憶を失ったのか。どうしてゲイル・ペルセポネが、「ドロフォノス」側に着いてしまったのか」


 訥々と語られる、その物語――。

英雄とは?

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