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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー独姫愁讐篇ー
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『一章』⑮ 星空の開戦

 異世界で過ごす初めての夜は満天の星空で美しく、けれどやはり馴染みはなくて、だからまだ少しだけ現実感から離れている絵本の中にいるようだと

、宿の部屋の窓から星の景色を眺めるアカネは思う。

 

 街灯の水晶は白雪に淡く光って夜の闇を優しく拭い、通りは人通りが少なく静かだ。

 

 部屋の明かりは点けず、自身の髪色と同じ銀の月光が柔らかく少女を照らしていた。


 「…………。」


 一日があっという間だと感じるのはいつ振りだろうか。もう、思い返せない程に遠いのか、それとも考えたくない脳が逃避しているのか、記憶のページに足跡はない。


 己の在り方を考えさせられる一日だった。

 

 現実はいつも突然で、こちらの事情なんて気にしない。


 全ての出来事は自分の選択の連続の結果であるのだと。その大抵はマイナスに働き、本人にプラスとして還ってくることはない。

 

 それは、サクラ・アカネの一六年の人生で立証済みだ。


 だから、おそらくは轢死寸前に異世界へ飛ばされたあの瞬間から、アカネの現実はマイナスからプラスに変わりつつあるのだろう。

 

 あの世界から抜け出せて、垢が取れたみたいにいい人達と出会って、自分の中の大前提である『人は信用不可能』の絶対的な壁に罅を入れられて。


 歪んでいることに気づかせてくれた。


 だから、戸惑ってしまう。

 

 信じられるように努力しようと本気で思えた人たちなのに、信じられなかったらどうしよう、と。

 全部が嘘だったらどうしよう、と不安になってしまうのだ。

  

 だってもう、傷つきたくない。だから「死」に感謝した。もう傷つくことがなくなるから。

 心も。

 体も。


 「……… っ」


 無意識に浅く唇を噛む。完全に消去したい忌み嫌う過去の記憶を思い出しそうになって止めた自己防衛かもしれない。

 

 もう、関係のないことだ。

 次のステージは上がり、自分を変えたいのなら気にすることじゃない。


 そっと息を吐いた。今日は実質的に異世界初日で動き回り、心身共に大きな変動があった。


 あれから仕事にも戻り捜索したが結局ネックレスは見つからず、明日の朝から続きの予定になっている。


 見つけたいと思えた以上、寝不足が原因で足を引っ張るわけにもいかない。

 窓を閉め、ベットへ行こうとした時だ。


 「おーい、アカネ〜」


 「??」


 外から呼ばれ、窓を再度開ければハルが一階、宿前の道から手を振っていた。


 「ハル?」


 「よかった起きたたんだな」


 寝ようとしてたけど。


 「どうしたの?なにかあった?」


 ハルはにっと笑って、


 「寝る前に甘いのはいかが?」


 「………………はい?」




 ーー本音を言えば羨ましいと思ったことはある。


 青春というアオの日常から程遠い場所に立っていたアカネは友人と楽しく放課後を過ごす世間一般的な学生の当たり前を享受していなかったから。


 駅前の人気カフェやスイーツ店のショーウィンドウ越しから見える、楽しげな室内の、学生の様子に羨望の眼差しを送らなかったと言えば嘘になってしまう。

 

 だからいつも一人で店に行って、一人で食べて、一人で帰る。

 食べ終えた感想も言い合うこともないし、撮った写真を誰かに見せることもない。


 だからひたすらに空虚なだけの、誰とも共有出来ないメモリが溜まっていくだけでーー。


 「え、ちょ。ほんとに?ホントに行くの?」


 「じゃあいつ行くんだよ」


 「今でしょ。じゃなくて。まだ心のじゅ」


 「うし。いくぞ!」


 「んびがああああああああああああ!?」


 人生初のお姫様抱っこ状態でハルに掴まったアカネの悲鳴が夜の"アリア"に響く。

 

 それは『桜王』前だった。


 正確には空高く広がる太い枝を目指してハルが跳躍し、文字通り人間離れした動きにアカネがメチャクチャビビったのである。


 経験はないがまさにバンジージャンプの逆バージョン。真上から押されるような風圧に耐えるために目を閉じて、落ちないようにハルにしがみつく。

 

 そしてわずか数秒の急上昇後、胃がひっくり返るような感覚が消えたと同時にハルが言った。


 「ほらアカネ。いつまで目ぇ瞑ってんだよ。もう大丈夫だぞ」


 「は、本当に?」


 「ほんとに」

 

 落ちることは無さそうだとハルの声色で判断し

、アカネは恐る恐る両目を開ける。

 

 次の瞬間。


  蒼眼に飛び込んできたの絶景にアカネは目を奪われて、高所にいることすら忘れて、……わぁ、と感嘆を漏らした。

 

 星辰の光に淡く照らされる向日葵色の桜花が儚げに宵闇を舞う、"アリア"の夜景が一望できた。


 昼間とはまた違う、印象がガラッと変わる、妖精たちが微笑んでいるような美しさにアカネは酔いしれる。

 一〇〇万ドルの夜景が霞む光景だった。

 ハルの腕から降りて、人間よりも一回り大きくて太い枝の上に立ち、アカネはじっとその夜景を眺める。

 

 「きれい……」


 アカネの横顔を見てハルがホッとしたように笑う。



 「だろ」


 何となくデジャヴ感がある。昼と夜。"アリア"の二つの顔をハルと見るとは思わなかった。そしてこの夜に灯籠の淡い火色が重なれば美しさが増すのだろうなと思う。


 「でも、どうしてここに?甘いものってこれのことなの?」

 

 「?ちげーぞ。景色なんて食っても美味くねーだろ」


 「何か今言うセリフじゃない……」


 せっかくの景色が台無しである。しかしハルに悪気は無さそうなのでアカネは怒らずに肩を落とし、その隣で少年が太枝に座った。


 「セイラが女の部屋に入らないのは男のマナーだ、とか言うからアカネの部屋じゃ無理でよ。まぁ今のこれ、セイラとかには教えねーで来たからバレた時がこぇーけどな」


 言いながら、ハルはずっと手に持っていた白い小箱を開ける。

 彼の隣に座ったアカネがそれに目を向ければ、中に入っていたのは一人分のケーキだった。

 

 「ケーキ?」


 「お祝い。ようこそ〈ノア〉へって言ったろ」


 にっと笑うハルはアカネにケーキを渡す。

 しかしアカネは気まずそうにハルをみて、


 「正式に入ったワケじゃないし、あたしはまだ……」


 みんなのことを。

 信じようと努力出来るようになっただけで。祝ってもらう資格なんて、ない。


 「でも入った。だからお祝いするべきだ。少なくとも、俺はアカネを歓迎するぜ」


 裏なく笑うハルにアカネはキョトン、となり、それから照れるように俯いて、


 「……ありがとう」


 「それは俺のセリフな気がするけど、まぁいいか」


 ハルが大歓迎なのは朝から知っていたが、二人きりの状況でこうも真正面から言われると嬉し恥ずかしいモノがある。


 それに、アカネ自身他者からの好意に慣れてるワケじゃないからやっぱりハルの善意は眩しかった。


 「人を助けるのは理屈じゃない。自分がそうしたいから」


 「うん?」


 「ハルは、どうしてそんなに無条件で人を信用できるの?どうして……そんなに誰かのために動けるの?」


 昼間にハルが言っていたことを小説の一文を読み上げるように呟いて、アカネは再度同質の問いを投げかけた。


 誰かのためになにかをする。これ自体を笑う気は今のアカネにはない。少なくともハルたちとエマのためならアカネは動ける。


 一方で、〈ノア〉は依頼者のためなら、いいやきっと世界中の困っている人たちのためなら平然と荒波に揉まれることを許容するだろう。

 

 それは言い換えれば、他者が困っていると信じることが大前提。困っているフリをしているだけだ、騙そうとしていると、心のどこかで考えないのか。

 

 アカネはきっと、まだ考えてしまう。

 銀髪の少女の素朴な疑問に、ハルは"アリア"の夜景を見ながら答えた。


 「疑うのって、疲れねーか?」


 「疲れる?」

 

 「誰かと接する度にいちいち疑って裏を探ろうとするってさ、どっちも良い気しねぇだろ。つーか、俺は別に騙されても気にしねぇ。だって、そいつにも何か騙さなくちゃいけない理由があったってことだろ。怒るかもしれないけど、納得できないかもしれないけど、俺はそいつを嫌ったりしない。むしろ、騙された分近づいて、信じてやる。助けてやる。……誰かを疑う暇があるなら、俺は誰かを信じていたいよ。膝を抱えて泣いてる奴がいたら、俺はもうそれだけで拳を握れるんだ」


 その迷いなく言い切ったハルの言葉たちは、どんな偉人の言葉よりも胸を衝いて、アカネの硬質な心を柔らかくした。


 疲れる。

 そう、疲れるのだ。人を疑い信用しないことは。

 

 人の心は、「疑」ではなく「信」が根本にある。本来の性質は己の心を誰かに寄り添わせることだ。


 それを強制的に捻じ曲げて歪ませて作りを変えたら、それは疲れて、心の在り方は「疑」に定着するだろう。変貌するだろう。


 それがアカネで、ハルは違った。

 多分、それだけなのだ。


 「……じゃあ。あたしが困ってたら、ハルは助けてくれるの?」


 儚くてどこか寂しげな呟きがついた零れて、アカネはハッとなり口を噤んだ。急にこんな重たいことを言ったら流石にハルも引いてしまう。


 不安げにチラリと見れば、少年は周り瞬かせてキョトンとしている。


 「何言ったんだアカネ」

 

 ほらやっぱり。


 「そんなもん当たり前だろ。言うまでもねぇよ。助けるに決まってんじゃねぇか。俺がお前を助けないなんてことは、絶対ねぇよ」


 「…………、」


 「変なやつだなぁアカネは。腹でも減ってんのか?……ってあ!やべ、フォーク忘れた!」


 そんな平然と当たり前のように歯の浮くようなことを言われたら、ハルの顔を見ながら固まるしかなかった。


 ーーいつか。きっと出会えるよ。


 辛くなるから鎖で縛って閉じていたはずの宝箱から大切な声が漏れた。

 

 もうずっと、長い間思い出すことをしなかった唯一の、幸せだった日々の名残り。


 まだ他者を信用して出来た時、胸の奥にしまっていた希望にしていた言葉だ。

 

 結局はアカネの期待には応えてくれなくて、心の瓦解の始まりに加担した夢言だったけれど。


 今になって未練がましく思い出したのはきっと。


 目の前の少年が堂々と「守る」なんて言ったからだ。


 「……ケーキ、食べていい?」


 ハルは笑って頷いた。


 「おう。フォークねぇけど」

 

 「ハルの分は?」


 「俺はこれ」

 

 ケーキが入ってた小箱からハルは自分用の漫画肉を取り出した。


 「どんな構造だ」


 肉と小箱のサイズがまるであってない。


 異世界マジックに眉を寄せたアカネの横で、ハルが美味しそうに肉を食べ始めるから少女は呆れて息を吐く。


 そういえば、誰かとこうして何かを食べるのは随分久しぶりだった。


 自然と、元の世界の癖で持ち出したスマホを取り出し、カメラでハルの横顔を写真に収めた。


 簡素で寂しいメモリに、初めて色が着いた瞬間で。

 今日の夜に食べたケーキが、人生の中で一番美味しかったことは、言うまでもない。


***********************


 ーーそこはどこかの廃村だった。


 世界から忘れられて久しい、寒々とした荒廃的な村は完全に魂を抜かれて機能を停止している。家々は崩れて埃っぽく、古びたモノを漁る小動物たちの目が怪しく光り、亡霊の嘆きに聞こえる夜風が虚しく吹いた。


 薄雲に隠れた月は、光を落とさない。


 「ーーで。本当にいたのかよ」

 

 野獣のような太い声が廃屋の一つから響く。隙間風が吹き込む、天井も壁も穴だらけ、まるで猛獣に荒らされたような惨状の小さな家に、巨躯が座っている。


 「ケヒヒッ。いちいち確認するようなことじゃねぇってヨォ、デカブツ」


 他者に耳障りだと感じさせるネズミのようなキリキリとした高い声が巨躯を嘲弄し、短気を絵に描いたような男が「ああ?」と苛立ちげに腰を浮かした。

 

 仲間意識なんて微塵もない両者にとって、今ここで殺し合っても何の問題もない。むしろ、目障りな野郎を殺せるのだから実にプラスだ。


 「はいはい。うるさいわよ単細胞共。殺し合いなら余所でやってちょーだい」


 一触即発の空気を美艶な声で断ち切ったのはボロボロの椅子に座る女だ。


 彼女としても男共が勝手に殺しあうのは構わないが、それは今回の仕事が終わってからだ。

 

 殺伐とした空気の中、男二人が殺気を収めて空気が弛緩する。その代償とばかりに、掌サイズのネズミが巨躯の足に潰された。

 ぶちゅ!と、短い生がおわる。


 「それで。予定通り進めていいのかしら?」


 三人の視線が部屋の奥に集まる。光が届かない闇の中、ソイツは無言で頷いた。

 

 それを見て、野獣の男が笑う。


 「ハッ!いいね、黒女の言うことは嘘じゃなかったってことか!」


 「ケヒヒッ。一体今までどこで何やってたんだってヨォ。嬲りたいねぇ」


 「何でもいいけれど。まずは品定めよ。邪魔者は排除しなくちゃ」


 悪意が、殺意が廃屋を満たす。


 自分以外の都合など知ったことではないと考える世界の悪玉が容赦なく全てを喰らい尽くす前兆が凶星のように光る。

 

 四人は利害の一致の上で一時的に徒党を組んだ淀みだ。世界の邪魔者でしかない四人が集った理由はただ一つ。


 失われた剣の抹殺。

 そして月の王と炎の騎士に拭えない絶望を。


 「ーー逆襲だ」


 罪人。

 世界の規則を蹂躙する極悪が、月の剣を喰らうのも近い。


***********************


 実はこっそりハルとアカネの様子を見守っていたセイラとユウマにギンは二人が『桜王』の下に降りてくるとバレないように近場から退散しようと動き始めていた。


 「いい雰囲気だな。よかったよかった。な、セイラ」


 和服を着こなすユウマに言われ、セイラは唇を緩めた。


 「ああ。順調かもしれないな」


 「アカネの心がか?」


 「時間はまだかかるかもしれないがな。ハルに任せてよかったよ」


 ユウマは遠く、『桜王』前にいるアカネを見て、


 「順調、ね。オレにはそうは見えねーけどな」


 「いい雰囲気だと言ってたのにか?」


 「二人の、な。……気づいてんだろ?」


 「……………あぁ」


 ユウマに言われるまでもなく、セイラもその異常には気づいてる。


 一日を通して予想より随分と近くを歩けるようにはなったけれど、あと一歩、どうしても越えられない断崖がある。

 

 ソレを一番多く見せるハルといれば自然とアカネも心を緩めて『ソレ』を見せてくれると思ったのだが。

 こちらの想像よりも溝はかなり深い。

 

 人間の特徴とも呼べるアレを、アカネはまだ一度も見せてはいない。一度もだ。『ソレ』を見て、見せてくれて、初めて信頼関係の両思いは成立するだろう。


 「道は険しい、ということか」


 セイラが息を吐き。


 「ま、気長にいこうぜ」


 ユウマが肩を竦め。


 「ーーーー、」


 人知れず、ピクンとギンが顔を上げた瞬間だ。


 「ーー何かくる!」


 ドンッッッ!!!!!!と。

 セイラたちの眼前に、頭上から、石畳を派手にめくれさせて、二足歩行の赤い怪物が猛々しく落ちてきた。

 

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