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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
風都決戦篇
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『間話』 復讐心が後悔にならない限り、きっと人はいつまでも悪のまま


「――ハルなら大丈夫」


 様々な懸念が想起される中、一人真っ直ぐな目で不安を感じさせない声でそう言ったのは銀髪ショートヘアに、赤いリボンで軽く後ろ髪を束ねている少女、サクラ・アカネだった。

 場所は広々とした居酒屋。

 カウンターにいた店主は事態の急変を察知してすぐに避難してこの場にはいない。残っているのは「ドロフォノス」との戦いに覚悟を決めた者たちだけだ。

 

「相手が誰だろうと、絶対になんとかしてくれるから」


 確信めいた言い方に、カイ以外の〈鴉〉のメンバーが訝しむ。が、それ以外の者たちがアカネの言葉を疑っていないところを察して、それが本当のことなんだろうと認めた雰囲気だ。


「宣戦布告をされた。もう迷ってる暇はないよ」


 ハルを拉致され、主戦力を削られた。これは確実に相手がこちらを攻め落とそうとしている証拠でもある。

 後手に回るのは不利ではあるが、ここまできたら逆にやりやすい。躊躇うことなく、正面玄関を叩いて本拠地に乗り込める。わざわざ裏口の戸をノックせずに済んだのだ。


「班を分けて行動するぞ」


 と、リーダーシップを発揮して作戦のくち火を切ったのはセイラだった。

 セイラは赤く綺麗な長い髪の毛をポニーテールに束ねながら、


「流石にこの人数が固まって動くのは目立ちすぎる。私たちの目的は「お父様」の撃破だ。それまでは倒れるわけにはいかない。まずは少しでも戦力を分散させて敵に狙いをつけさせないようにするんだ」


「しかもこっちが分かれりゃ向こうもバラバラになるからな」


「では、どう分ける? あまり話し合って決める時間もないぞ」


 セイラ、ユウマ、カイの三人の会話に、ルイナが入ってきた。


「陽動と索敵、本丸で分けた方がいいな」


 それから、彼女は細い指を一本ずつ立てていきながら説明する。

 まずは人差し指。


「まず陽動班。これは薫風ヴァンシュタインに直接乗り込んで「ドロフォノス」側の注意を向かせる役目だ。コイツらがいれば、本丸と索敵班が感知され辛いからな」


 次に立てたのは中指だ。


「次に索敵班。コイツらは陽動班が敵の注意を引き付けている間に第二王女の所在と現国王の位置を調べつつ、ロキシニアが腰掛けている椅子の座標を探るんだ。なるべく陽動班の効果がある内にな」


 最後に立てたのは薬指だった。


「そして三班目。本丸班。コイツらは全作戦の要と言ってもいい。陽動班が動き、索敵班が位置を探り、それら全ての情報を得た状態でロキシニア・ドロフォノスにカチコミを入れる」


 確かにルイナの作戦は悪くない。実際にそのような作戦はアカネが育った『元の世界』の創作物においても鉄板だ。

 だが、それだと懸念点も多い。


「〈死乱アッカド〉は?」


 アカネの疑問にルイナが答える。


「各自撃破だ。それ以外はありえない。どうせ奴らを倒さない限り、「ドロフォノス」壊滅なんて夢のまた夢だからな」


 ルイナの正論に空気が張り詰める。

 「ドロフォノス」はロキシニアだけじゃない。〈死乱〉という最凶の切り札たちもいるのだ。

 しかし、元より避けては通れぬ道でもあったのだから、戦わずして勝利するなんていうご都合主義はこの場にいる誰もが想像していない。

 空気が張り詰めたのは、怯えたからではない。

 覚悟を改めたのだ。


「編成をするぞ」


 セイラが言った。


「陽動班は私とギン、シュンとルイナだ」


 セイラに指名された者たちが続々と頼もしい返事をする。


「任せて!」


「へいへい」


「ま。たまには囮も悪くない」


 ギンは尻尾を振って力強く、シュンは飄々とした雰囲気で、ルイナは久しぶりの大きな戦いを待ち望みするように。

 三人の反応を確認すると、続いてセイラは、


「次は索敵班。ユウマ、ナギ、ノーマン、ナナシだ」


「おう!」


「ユーくんと「アイオリア」デートね!」


「いいだろう」


「……」


 なんだか一人だけ頭の中がお花畑の子がいた気がするが、今触れないでおこう。

 と、ここまでそれぞれの班を指名されて、流石の人員配置だと驚嘆する。戦闘、地理、カバー力など、様々な要因を考慮した上での配置だ。

 陽動班はただ敵を引きつければいいというわけでもない。盤上を引っ掻き回すのもまた役目の一つだ。戦闘力に長けたセイラ、敵の感知、誘き寄せる役目のギン、土地勘のあるシュン、何も考えずに暴れられるルイナ。


 そして索敵班は常に周囲を気にしながらも戦闘になったら頼もしいユウマ、特殊な魔法に付与術師の性質を兼ね備えるナギ、地理と索敵を行える頭脳を持つノーマンと同じ〈鴉〉の一員であるナナシ。


 どの班も、戦闘や不測の事態に対処できるバランスの良いメンバーで構成されている。


「最後は本丸班。アカネ、カイ、ノーザンだ」


「うん!」


「ああ」


 そして最後に発表されたのはロキシニア・ドロフォノスに直接殴り込むメンバーだった。アカネもカイも頼もしさを覚える力強い返事でセイラの声に応える。

 もはやメインと言ってもいいこの班に必要とされているのは実力だ。セイラやユウマ、ルイナに劣るアカネが何故この班に選ばれたのかをよく考えろ。

 アカネにも、少なからずロキシニアとは因縁が出来たのだ。泥犁島での一戦や、ノーザンのこと。そしてこの世界に対しての悪行の数々。見逃すわけにはいかない。

 第二王女、レイシア・エル・アルテミスとしてじゃない。

 

 一人の魔導士として。

 エマ・ブルーウィンドという一人の友人との約束のためにも。


 一方で、カイにはおそらくアカネ以上の因縁が、憎悪があるはずだ。「アイオリア王国」で育ち、周囲の悲劇の元凶がロキシニア・ドロフォノスなのだ。口では語りきれないほどの憎しみと、悲しみと、怒りが湧いてきているに違いない。


 そして言うまでもなく、ノーザンはドロフォノスの血筋として生まれ、その家業によって人生を狂わされた。母を失い、娘を人質に取られ、自分は数々の拷問と恥辱に遭い、喪失感と絶望感に苛まれた。

 

 決着をつけるなら、この三人なのだとセイラは誰に言われなくても理解していた。


「ノーザンさん。一緒に決着をつけに行こう……って、あれ? ノーザンさん?」


 と、ノーザンに話しかけようとしてアカネは呆然とした。

 さっきまでいたはずのノーザンが、どこにもいないのだ。店全体を見渡して、名前を呼ぶが応答はない。セイラたちも確認するが、視認できず、魔力感知にも反応はない。

 アカネは胸にくるざわめきを確かに感じながら、静かに拳を握った。


「ノーザンさん、まさかアナタ……」



△▼△▼ △▼△▼



「――これは私の復讐よ」


 だから誰にも止める権利はない。


「ドロフォノスとしてじゃない」


 故に誰かに歪められる信念でもない。


「一人の「娘」として」


 何度も振り返って、後悔が後ろに落ちていないか確認した。

 微かに灯った淡い光の道の中、確かに後悔はどこにも落ちていなかった。転がっていたのは、ただただ明確な殺意と復讐心だけだった。

 優しさを知った。

 甘さを知った。

 まだこの世界にも救いはあるのだと気持ちが楽になった。


 いい人たちにも出会えた。

 もし、もしもっと早く出会っていれば、こんな選択はしなくて、もっと違う未来があったのかもしれない。


 でも。


「必ずこの手で殺す」

 

 母が殺されたあの日から、どんな道を辿っていようとも、今日を迎えていたことに変わりはない。

どうか救われることを祈りながら。

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