『三章』42 開幕戦ー壱
――状況を整理しよう。
「ドロフォノス」という罪人一家が存在する。
その一族は人を殺すことを生業とし、悪の限りを尽くしていた。
〈ノア〉と呼ばれる組織が存在する。
その組織は「サフィアナ王国」の「アリア」という街で何でも屋を名乗っている。
ハル・ジークヴルム。
サクラ・アカネ。
セイラ・ハートリクス。
ユウマ・ルーク。
ギン。
彼らは日々、困っている人たちを助ける為に尽力している。
ある日、彼らは温泉街を無料で楽しめる券を手に入れた。皆がそれぞれの楽しみを胸に抱いて出発した。
しかし港町に着いたところで問題が発生したのだ。
どうやら〈ノア〉が乗るはずだった船が謎の故障に遭ってしまい、動かなくなってしまう。
途方に暮れていたところで何もすることはないので、〈ノア〉は食事を摂ることに。
そこで〈ノア〉の面々は二人の親子がガラの悪い男たちに絡まれているところに遭遇する。
黙って見ているわけもなく、アカネとハルが親子を助けてその場は丸く収まった。
そして、〈ノア〉は運のいいことに「アレス騎士団」の面々と意気投合して同じ船に乗せてもらった。
だが、航路の途中に問題が発生してしまう。
罪人一家の「ドロフォノス」に奇襲を掛けられたのだ。その中には、助けた親子の姿もあった。
全員が散り散りになり、海に落ちて流れ着いた先は罪人収容施設――九泉牢獄が建つ泥犁島。
そこでハルたち〈ノア〉と「アレス騎士団」は収容罪人と「ドロフォノス」と戦うことになり、様々な思惑が絡んだ死闘の末、泥犁島での物語は幕を閉じることになる。
しかし問題はそこでは終わらなかった。
「ドロフォノス家」当主の「お父様」の出現。
ノーザン・ドロフォノスとその娘の問題。
収容罪人の脱獄。
解決しなくてはいけない問題が山のように積まれていた。
全ての元凶は「ドロフォノス」にある。
だから〈ノア〉と「アレス騎士団」は「ドロフォノス」の本拠地である「アイオリア王国」に潜入して奴らを叩く作戦を企てた。
メイレスの友である宝石鳥で空路を進む一行は、ある少女に出会った。
名をレヴィ・ペルセポネ。
彼女は記憶を失い、自分が誰で何が目的で行動をしているのか何も分かっていなかった。
ところが、ハルたちはレヴィが実は「アイオリア王国」出身の――第二王女だという衝撃の真実を知ることになった。
「エウロス」と呼ばれる「アイオリア王国」の街では風の真六属性と出会い、ベルク・ドロフォノスという、ノーザンの過去に傷をつけ、街を私的に支配していた男と会敵。
ハルが倒し、一件落着に思えたが、事態は一変する。
ハルが行方不明になり、ノーザンも消え、宝石鳥の中では〈死乱〉第一席と呼ばれる「ドロフォノス家」の中でも最凶の男と戦闘になり、メイレスを封印され、仲間たちとまたしても散り散りになる始末。
結果的にアカネたちは「アイオリア王国」首都、「アネモイ」に辿り着いたが、やることが何一つ纏っていない状況のままだった。
神魔との予期せぬ戦闘、ネザーコロシアムの参加、何席かの〈死乱〉との遭遇。
しかも上位三席だ。
まさに状況は混沌と化している。
そんな中、雷と風の真六属性がぶつかり、互いの想いが交錯した。
が、丸く収まったわけではないが事態は落ち着いた。
やるべきことは山程ある。
「ドロフォノス」の目的と、その決着。
ノーザンの因縁。
レヴィ・ペルセポネの記憶喪失の真相。
「アイオリア王国」の現状の改善化。
カイの目的の謎。
――さぁ。
ここから風都決戦は加速していくことになる。
△▼△▼ △▼△▼
「――それで? 雷の真六属性はどうだったんだ?」
〈死乱〉は全部で六席ある。
その席に着いている者は「ドロフォノス」の中でも選りすぐりの実力者で、S級を遥かに超えている。
特に、一席から三席に座る上位三席の実力は計り知れない。
「サフィアナ王国」基準でS級判断だが、上位三席の力は「ドロフォノス家」当主に匹敵するかもしれない。
そんな三席だけが集まる会合がたまにあることを、当主以外は知らない。
「普通だな。下の毛がようやく生え揃ったみたいな青ガキだ。敵じゃねぇよ」
第一席、クロヴィス・ボタンフルール。
第二席、バルドル・ゲッケイジュ。
「あらそうかしら? 私は結構あの子面白くて好きだけれど。幻想が高くて可愛いじゃない」
第三席、ベロニカ・オックスフォードブルー。
「なんだ? 俺だけか? 噂の英雄様に会っていないのは。残念だなぁ」
ただの部屋だった。
机と椅子しかない、簡素な部屋だった。
上位三席の会話の内容は、どうやら雷の真六属性のようだった。
「その内会うことにはなるんじゃない? 泥犁島でアレスと雷神の暗殺は失敗したけれど、あの子たちはこの街に来てるんだし。会いたいなら殺しに行けばいいだけなのだから」
簡単なことのように殺伐としたことを言うベロニカ。それに対して、クロヴィスは薄く笑った。
「冗談はよしてくれよ、ベロニカ。これでも一応、俺は第一席だ。たかだか雷神如きのために腰を上げるわけないだろう?」
「メイレス・セブンウォーは別なのかしら?」
「彼女の封印はお父様直々の命令だった。それにメイレスは大戦の生き残りだ。俺以外に彼女の相手は無理だった。それだけの話だ。けど雷神はただの子供で、まだ自分の力の意味すらも分かっていない青二歳じゃないか。どうしてそんな子供相手に、わざわざ俺が出向くのさ」
「ま。一理あるわな。正直、あのガキはいつでも殺せる。……今問題なのは、〈鴉〉だ」
無精髭にかき上げた髪の毛、三人の中で一番の年配に見える、小汚い印象の男、バルドルが呟く。
それに、濃い青の綺麗な髪の毛を長く伸ばす美女、三席のベロニカが息を吐いて答える。
「あの鳥たち。雛だと思って放置していたけれど……雷神たちがこの国に来て舞い上がって調子に乗ってるのかしらね? ……特にカイ。風の真六属性」
〈鴉〉はロキシニア・ドロフォノスが「アイオリア王国」の英雄になった頃から「ドロフォノス」にとって都合の良い駒として動かしてきた。
今回もそうだ。
英雄殲滅のために雷神をネザーコロシアムに誘い込んで殺し、その為に爆発でうるさいレイス・フォーカスと、第二王女のレヴィ・ペルセポネを利用した。
「彼にとって第二王女……あぁ、銀髪の方じゃなくてこっちの方のね。あの子は自分の命よりも大切。だから上手く使えたのだけれど……牢から抜け出して雷神と爆発魔と一緒に行動していたのがマズったわね」
「反感を買いすぎた、か」
元々好印象なんて抱かれていないし、そもそも抱かれようと思われてもいない。が、どんなことにも『丁度良さ』というものがある。
いくらこちらにカイ・リオテスの行動を制限できる手札があろうとも、切り札をチラつかせすぎて他の手段で食い込みすぎたら反感は買う。
「レヴィ・ペルセポネが記憶を改竄された理由、俺たちの目的。その全てを分かっているカイ・リオテスは邪魔な存在だ。しかし使える奴だから生かしていたけど、その必要がなくなったってことか」
黒い髪に黒い瞳。極めて整った顔立ちの青年。全身を黒で統一して染めている第一席のクロヴィスは脚を組んで更に言葉を続ける。
「レヴィ・ペルセポネは「お父様」の目的に必要不可欠だ。だからまだ殺すわけにはいかないけど、カイ・リオテスはもういらないね。雷神共々、皆殺しにしよう」
「それはいいけれど、雷神は私にちょうだい。……あの子には少しばかり興味があるのよね」
クロヴィスは片眉を上げて、
「珍しいな。お前がノリアナ以外に興味を持つなんて」
「やめてよ。私だって女なのよ? まぁ、ノーザン絡みなのだけれど」
「……あぁ。ノーザンとテレサか。テレサの魔法は有用だからね。未来の第一席は、彼女かもしれない」
「笑わせないで。テレサの好愛魔法は、好愛空間でしか意味を為さないわ」
テレサ・ドロフォノス。
彼女の魔法は好愛空間限定だが、自分の思い通りに事象を発現出来る。
その力は、〈死乱〉と肩を並べるほどだ。まだ幼いから恐怖と力で縛れるが、成長したらどうなるか分からない。
だからこそ、「お父様」は彼女に楔を打っている。
逆らわないように。
「ともあれ、だ。英雄殲滅まで時間がない。そろそろ動いた方がいいんじゃないか? こっちはネザーコロシアムを破壊され、ベルクを倒され、ノーザンやカイという手駒を奪われたんだ。字面だけだと、負けっ放しだ」
バルドルが言う。
クロヴィスが笑った。
「いいじゃないか。敗北は人を強くするよ」
ベロニカが嘆息する。
「はぁ。それじゃあ「ドロフォノス」が、〈死乱〉の面子が丸潰れでしょ。……私が先に出るわ」
と、彼女が重い腰をあげた。
妖艶な体、細い脚。
一挙手一投足が魅惑なオーラを放つ青い魔女は、会合の席から立つと扉の前に立って振り返る。
「どうせあの子たちは薫風に攻めてくる。貴方たちはそれを迎えればいい。先手必勝って言葉があるように、一陣は私が行く」
「いいのか? 定番的に、そーゆー役目の人間は一番最初に死ぬけど」
「馬鹿言わないで。私はベロニカ・オックスフォードブルー。第三席よ。子供に遅れを取るわけないじゃない」
「そうか。ならよろしく頼むよ、三席様」
〈死乱〉には、それぞれ花の名前が与えられる。
これはロキシニア・ドロフォノスが定めた決まり。殺しの生業の中でも際立って美しく在れという意味がある。
オックスフォードブルー。
花言葉は忠誠心、献身、誠実な女性などがある。
〈死乱〉の中で、ベロニカの忠誠心は群を抜いている。
それ故の行動なのかもしれない。
「その忠誠心が、空回りしないといいけどね」
薄く笑った第一席の言葉を、ベロニカが聴くことはなかった。
△▼△▼ △▼△▼
薫風のどこかにある、どこかの拷問部屋。
暗い。
冷たい。
寒い。
血の匂い。
痛い。
「……おかあ、さん」
一人の女の子が、静かに。
「会いたいよ……」
泣いていた。




