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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
風都決戦篇
160/193

『三章』40 雷神VS風神


 ――真六属性について、少し話そう。


 真六属性アラ・セスタとは、薨魔の祭礼において〈魔神〉が世界を破滅の寸前まで追い込んだ際に現れた原初の属性魔法を扱う神々のことを指す。

 真六属性の力は絶大で、破格の力を持っていた〈魔神〉を制圧し、世界を救った英雄だ。

 補足として、ローラ・アルテミスも同格の存在と言っておく。


 雷の真六属性は、ローラ・アルテミスと共に直接的に〈魔神〉を倒したとしてどの真六属性よりも有名だ。他の真六属性アラ・セスタが有名じゃない、というわけではないが、特に名を馳せているのが雷神なのだ。

 一方で、こんな話も囁かれている。

 

 いわく、雷神アーサソール風神アイオロス真六属性アラ・セスタの中で最も仲が悪い。


 これは伝承のため確証があるわけではないが、性格や思考性、理念や思想が真逆だったとされている。

 故に、薨魔の祭礼から六百年後に現れた雷神と風神もまた、伝承通りだったとしてもおかしくはない。

 

 互いに会うのは初めてだ。

 しかしお互いが伝説の英雄である以上、邂逅するのは運命だったと言えるだろう。


 ――そして最後に、これだけは言っておこう。


 雷神と風神は、幾度も拳を合わせたが……決着が着くことはなかった。



△▼△▼ △▼△▼



 迸る電流が、大気を麻痺させる。

 ハルの右拳に纏われ収束された雷が、荒々しい音を鳴らしてカイに迫る。

 一方で、カイは翡翠色の風を左拳に集約させて轟々と暴音を発させながら迎え撃つ。


「「おォア!」」


 ズドン! という大気も地面も震撼させる二人の一撃が衝突した。雷と風の激突に衝撃波が発生し、アカネは目を細めて腕を前に出し、被害を軽減させる。

 真六属性同士の戦いだ。

 その迫力は想像以上のモノと言えるだろう。


「なんだよ。そんなもんかよ風の真六属性は!」


 好戦的に笑ってハルはカイの拳を押し負かした。体がのけ反ったカイは驚愕し、次の一手に打って出ようとする。……が、させないとばかりに二歩で距離を詰めたハルはカイの右顔面に蹴りを叩き込んだ。


「がはぁ!」


「次行くぞ。――雷掌!」


 青白い電気を纏った掌底がカイの腹にめり込み、雷撃が追加攻撃を完了させる。背中から突き抜ける雷と、ハルの掌から繰り出された鈍い痛みの威力は絶大だ。

 追い討ちをかける。

 このまま畳み掛けて、カイを止めなければ。

 

「風神の……」


 と、握る拳を作ったその刹那、カイが鋭い目つきでハルを睨んだ。ゾッと肌が粟立つ。反撃が来ると瞬時に悟ったハルは急いで距離を取ろうと動き出す。

 が、少しばかり遅かった。

 後退しようと足を動かした瞬間に不自然に発生した突風によって背中を押されて、逆にカイに近づいてしまう。


「な……」


 そして、グンッ! と体がカイに近づいた瞬間、


「散際!《スコルピーゾ》!」


 一つ一つが刃になっている風がマキビシのように拡散されてハルを襲う。咄嗟に顔は守ったが、それ以外の箇所に切り傷が刻まれ苦悶する。

 しかし痛みに悶えている暇もなかった。

 突風によって引き寄せられたことでカイとの距離は詰まっている。それは言うまでもなくハルだけが射程圏内ではない。

 カイもまた、ハルを殴れる位置にある。


「風神のグロスィヤ!」


「――っ!」


 ボギィ! という鈍い音が顔面で炸裂した。

 頬骨が軋む。奥歯が痛む。口の中が切れて血の味が広がる。しかし歯を食いしばって、ハルは反撃に出た。

 雷は帯びていない。

 ただの魔力強化された一撃だ。


「効かん!」


「ぐ……ッ!」


 互いに互いの顔面を殴った構図が出来上がり、のけ反って、距離を取った。

 肩で息をする二人の視線が激しくぶつかる。

 

「……互角」


 ただ一人の見物人であるアカネの感想だった。

 確かに彼らの力は五分五分だ。同じ真六属性なのだから当たり前なのかもしれないが、アカネ自身はハルの強さを知っているから彼の方が上まっていると思っていた。

 ……いいや、事実ハルの方が上かもしれない。

 何しろハルはベルクやネザーコロシアムの一件の後にカイと戦っている。

 しかしカイはアカネだけだ。アカネ戦の時に本気を出していなかったなら、彼にはまだ余力があってもおかしくはない。


「……なんか不思議だよな」


 と、ボソリとハルが呟いた。


「同じ真六属性なのに、こうやって喧嘩してよ。本当だったら、もっと違う出会い方があったかもしれないのにさ」


 ハルは一度、カイ以外の真六属性に会っている。

 『土の真六属性』の男だ。

 男と言っても老人と表現しても差し支えない魔導士。しかし屈強な体を持ち合わせている筋肉達磨だ。

 土の真六属性にハルは色々学んだ。戦い方や勉学、常識に至るまで。

 あの土の真六属性とは良い関係性を築けたのだ。それは出会い方がよかったこともあるし、波長が合ったのもある。


 確かにカイとの出会いは最悪だし、波長なんて全く合わない。でも、もし仮に、互いに笑い合えるような出会い方をしていれば、こんな事態にまで発展しなかったんじゃないかと思う。


「……ありもしない『たられば』に意味はない」


 カイからの返答は苦かった。


「実際にこうなっている以上、どんな世界でもお前と私は敵対していた。それは紛れもない事実として世界の記憶に刻まれる。そーゆー風に出来ているのだ。……だから貴様が私に何かを望み、期待し、哀れんだとしても、私は貴様の前に立ち塞がり、戦うだろう」


「別に仲良くやろうって言ってんじゃねぇんだ。俺だってお前のことは好かん。世界だが何だが知らんが、敵って言うならそれまでだしよ。ただ俺は、出会い方を間違えたんじゃないかって思ってるだけだよ」


「間違えた……?」


「ああ」


 ハルは頷いた。


「お前とは出会った直後に喧嘩して、レヴィのことで争った。城では随分な真似もしてくれたし、今はアカネたちを傷つけようとしている。俺の中でお前の好感度は地に落ちてるぜ。……だけど」


 そこで言葉を区切ると、ハルはカイを真っ直ぐ見た。

 彼にしては珍しく、嫌っている人物に向けて笑っていた。

 しかしその笑顔は、少し痛そうな。

 悲しんでいるような。

 哀れんでいるような。


「同じ真六属性アラ・セスタなんだぜ。心の底から嫌いになれるわけじゃねぇんだよ。それに、レヴィのことが大切だって言ってたお前の顔に嘘なんかなかったから」


「……」


 沈黙していた。

 カイはハルの言葉を最後まで聞いて、口を閉ざしていた。

 正直な話、ハルはカイが嫌いだ。そりゃ初めての出会いで喧嘩を売られたら誰だって良い印象を持つわけがない。

 しかし、彼の本質が決して悪じゃないことをハルは知っている。レヴィを想い、レヴィに親愛を向け、レヴィが一番だと考えている彼が、悪人なわけない。

 これは願望かもしれない。

 カイにはそうあって欲しいと押し付けているだけなのかもしれない。


 でもきっと。

 彼の本質は……。


「意味がないんだよ」


 カイが口を開いた。


「何も意味がないんだ。誰の言葉を聞いても、誰かの行動を目撃しても。私の心は動かないんだよ。……分かるだろう? 同胞よ。一人の命で皆が救われるなら、命を差し出し悪にだってなれる神の心が」


「……わからねぇな」


 自傷じみた心の在り方なんて、分かりたくもない。

 そんな事を真顔で言ってのけるカイの精神性も覚悟も、理解なんてできない。

 だから。

 ハルは拳を握り締めるしかなかった。

 雷を帯びさせて。

 全身に青白い電気を巡らせて。


「わからねぇから、お前をぶっ飛ばす覚悟を今決めたよ」


「……そうか。残念だ」


 直後。

 二度目の激突が街を揺らした。



△▼△▼ △▼△▼



「……こんなのってないよ」


 アカネは泣いていた。

 偽善だと思われてもいい。

 甘いと言われたって構わない。

 こんな悲しい戦いが許される時点で、この世界に正義も甘美もあったもんじゃないのだから。

 仲が悪い。

 ソリが合わない。

 だからなんだと言うんだ。

 互いに譲れない想いがあるのは承知の上だ。

 カイがレヴィを利用したことは絶対に許せないことだ。ハルを陥れたことは許せないことだ。


 でも。

 だからと言って同じ真六属性で同い年で、互いの想いと覚悟と信念が全部間違っているとは思えない中、拳を合わせる必要なんてないはずだ。


 アカネがカイを倒していればこんなことにはならなかったのかもしれない。

 遅かれ早かれの話だったのかもしれない。

 だけど。

 誰かを守りたいっていう綺麗な情念同士がぶつかり合うのは、どこか違う。


「……どうしてッ。こんなことになるの……っ」


 地面を掴むように手を握って、爪が割れた。血が出た。痛みがあった。でも気にしていなかった。

 悔しかった。

 自分の無力に、あとどれだけ打ちのめされたらいいのだろう。


「あたしじゃ……ッ」


 今はただ。

 二人の戦いを見ることしかできなかった。


△▼△▼ △▼△▼



「雷漸!」


「風剣!」


 雷の矢と風の剣が激突し霧散する。轟音と共に散り広がったのは電子の欠片と風子の破片。

 青と緑の破片の雨が降り注ぐ中、ハルとカイが休む暇もなく次の手に出る。

 まず、ハルは足下に雷を集中させると爆発させて一気に発散し、一瞬にしてカイの眼前に。

 二人の目が合う。

 

「雷に速度は劣るが。風は鋭利だぞ」


 嫌な発言。

 ここまで近づけばまず確実にハルの攻撃は当てられる。にも拘らず、カイの瞳に焦りや恐怖はない。

 まっすぐに。

 恐ろしいと思えるほど冷徹に冷静に冷酷に、カイはハルを見ている。

 それこそ、ゾッとする。

 そしてその感覚は間違っていなかった。

 突然、脇腹に走ったのは鋭い痛みだった。

 顔を顰めるハル。

 視線を下げる。


「……な、ん」


「風剣と。そう言ったはずだ」


「がは……ッ!」


 突き刺さっていた。

 深く抉られていた。

 血が、溢れる。

 

「これは喧嘩じゃない。殺し合いだぞ、ジークヴルム!」


 ズドン! と、勢いよく風剣を抜くためかのように足裏で蹴られたハルは地面を転がった。

 痛い。

 剣で体を貫かれる痛みは慣れない。ゴロゴロと転がったハルは体勢を整えて即座に顔を上げる。

 カイがいた。


「風神の拳!」


「――っ! 雷拳ッ!」


 轟音も轟音だった。二人の拳が盛大に重なって、その余波が地面を抉り建築物を破壊し揺らした。

 更にそこからハルは近距離で網目上の雷を発生させてカイを巻き取ろうと考える。

 が、雷網がバチン! と荒々しい音と共に霧散した。

 目を見開くハル。


「なにが……」


「巻き起こる竜巻に、小細工は通用しない!」


 真下から吹き荒れた翡翠色の竜巻の威力に、雷の網が頼りなく掻き消されたのだ。ハルの雷網も決して弱いわけではない。出力もそれなりにあるはずだ。ちょっとやそっとの攻撃じゃ消されない。それくらいの自信はある。

 しかしカイが生み出した竜巻は、遥かにそれを凌駕する。


「貴様に。貴様なんぞに、私の信念を捻じ曲げられると思うなァ!」


 怒りの咆哮。

 これまでになく強く握り締められた拳が、容赦なくハルの顔面を貫いた。

 拳がめり込み歪んだ顔のまま大砲のように吹っ飛んだハル。いくつもの建築物を破壊し通り抜け、民宿街の街並みを次々に破壊していく。

 ズドォン! と轟音を立てて最終的にハルが辿り着いたのは源泉が湧き出る温泉だった。湯船の中に沈み、お湯の中でハルは意識を失いかける。

 湯気が立ち、砂煙が舞い、豪華な外観の宿が見るも無惨な姿に成り果てる。


「……」


 ハルは考える。

 薄れゆく意識の中、湯船の底まで沈んで、考える。

 

 ――なにがあそこまでカイを縛っているのか。


「……」


 どうしてアイツはあそこまで必死になるのだろう。

 レヴィを騙し、「ドロフォノス」と行動を共にして。 

 そこまでして彼になんの利益があるのだ。

 悪を利用し悪を滅するとカイは言っていた。それはおそらく、最終的には「ドロフォノス」を倒す気なのだ。ならば、最初から協力しないで真正面から挑めば済む話だ。


 いや、分かっている。

 この国において「ドロフォノス」は英雄だ。〈鴉〉はこの国直属の親衛隊。独断で「ドロフォノス」を襲えば民からの反感は計り知れない。

 まして、王までもが「ドロフォノス」と近しい関係性なのだ。


 第一王女であるシェイナが、父であるゲイルがネザーコロシアムの取締役と言っていた。国王が「ドロフォノス」と手を組んでいるのは間違いない。

 

 そして、カイは予定と違うと。〈死乱〉の第ニ席であるバルドル・ゲッケイジュとの会話で確かにそう言っていた。

 

 ミユにハルを捕らえたと報告され、更にはレイスとレヴィの情報を得たカイが、三人をネザーコロシアムに参加させたのはなぜだ?

 何が予定と違うんだ?

 

 ――もしかしたら、「ドロフォノス」との話ではハルを捉えて『制裁者』として機能させ、「アイオリア」にとって邪魔になるであろうレイスやアカネ達を殺させようとしたんじゃないのか?


 しかし、その予定はレヴィが一緒にいたことで狂った。レヴィを第一に考えるカイはすぐに彼女を救う方法を模索した。

 結果、レヴィとレイスを『制裁者』にすることで消去法でハルだけが平常通りネザーコロシアムに参加できる。


 そして、ハルが勝って二人は無事になり、ネザーコロシアムも破壊されて一石二鳥。


 そーゆー風に段取りを組んだと考えられないか?


 だとしたら。 

 だとしたら、だ。


「……」


 ――弱みを握られているんじゃないのか?


「……」


 目を開けた。

 お湯の中だ。

 陽が差している。

 息が続かない。

 全身が痛い。苦しい。

 けれど、拳は握れるようだった。

 ハルは湯船から顔を上げるように立ち上がった。

 ザブン! と湯船に波が立つ。びしょ濡れになったハルは正面を見る。濡れた髪の毛から水が滴り、真下の湯船に波紋ができる。

 カイがいる。

 睨んできている。


「もう分かっただろう。どれだけ戦っても決着は着かないし、理念がズレることはない。いい加減、諦めろ」


「……てんじゃねぇ」


「?」


 言葉が言葉として出なかった。

 だからカイが眉を寄せたのも頷ける。

 伝わらないか。

 伝わらないなら、もう一度言おう。

 ハルは拳を握った。

 奥歯を噛んだ。

 ギリギリと噛み締めた。

 怒りで歯が欠けるくらいに。 

 濡れた前髪の奥に隠れた鋭い目つきで、カイを睨んで。


「一人で何もかも背負ってんじゃねぇって言ってんだ!」


「――!」


 進む。

 湯の中を。

 怒鳴りながら。


「テメェはレヴィを助けてーんだろ! 記憶を無くしたレヴィを救いてーんだろ⁉︎ 「ドロフォノス」が許せねぇんだろ⁉︎ なら戦えよ。言えよ。挑戦しろよ! 小細工なんて捨てて正面から拳を握れよ!」


 カイは吠えた。


「貴様に何が分かる! 貴様にとやかく言われる筋合いはない! これは私個人の問題だ! この国の問題だ! 他人がでしゃばってくるな!」


「わからねぇよ! わからねぇから喧嘩してんだよ! 分かりてぇから戦ってんだよ! ガキみたいに吠えて言い訳してくんな! いいか馬鹿野郎。一度しか言わねぇからよく聞いとけよ。――助けてほしいなら俺に言え。そしたら人でも国でも助けてやるから! 「ドロフォノス」なんか俺がぶっ飛ばしてやるから!」


「――ッ!」


 ここまでいっても。

 まだ口を閉ざすのか。

 まだ、抱えるのか。

 そろそろいい加減、イライラも限界だ。

 ハルは湯の中を進み続け、カイの真正面まできた。

 そしてカイの胸ぐらを掴んで、言ったのだ。


「全部話せ! 全部聞いてやるから! フラフラしてんじゃねぇ! ちゃんと前を見ろ! お前は結局、何がしたいんだ‼︎」


「……」


 全ては憶測だ。

 ハルの妄想だ。

 けれど、カイが何かを我慢して、背負って、なりたくもないのに悪役を演じているのはきっと嘘じゃない。

 嘘じゃないと、そう思いたいのだ。

 頑固なのはもうわかった。

 簡単に言えない事情なのも察している。


 けど。

 もし、本当に「ドロフォノス」を倒したいのなら。

 もし、本当に素直になれないのなら。


「……そんなの」


 ギリっと歯を食いしばった後に。

 カイは。


「……ッ! そんなの、「ドロフォノス」を倒してレヴィちゃんを笑顔にしたいに決まっているじゃないか!」


 少しだけ。

 泣いていた。

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