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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
風都決戦篇
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『三章』39 風


「――はぁ、はぁ、はぁ……ッ」


 激痛が走る頭を押さえながら、レヴィは今見た衝撃の映像を振り返る。

 ゲイルに顔を掴まれた瞬間、記憶にない『記憶』が無理矢理流し込まれたみたいに頭の中で再生された。

 

「驚いたか?」


 渋い声が耳朶を打つ。

 レヴィは汗だくになった顔を上げる。


「なによ、今のは……」


「記憶だよ。オマエが失った記憶だ」


「……ありえない。どうしてアンタが私の記憶を知ってるのよ……。いや違う。どうして持ってるのよ!」


「……」


 そう、そうだ。

 記憶喪失とは普通、なにか自身にとって耐え難い苦痛を味わった時に発生する突発的な症例だ。

 だからレヴィはどこかで強く頭を打ったか、もしくは何らかのアクションが原因で記憶喪失になったのだと思っていた。


 でも、これは予想していない。

 他人が他者の記憶を持っている?


「没収したんだ」


「ぼっ……しゅう?」


 意味がわからないとばかりにレヴィは瞠目した。

 妙な言い方だ。没収とは本来、他者の物品を強制的に回収する意味を持つ。

 記憶は物ではない。

 物体として存在しないのだから没収の範囲内ではないはずだ。

 なのに、ゲイルは没収と言った。

 まさか、他者の記憶を奪うことのできる魔法があるとでも?


「レヴィ。オマエは王女だよ。立派な王女だ。だからこそ没収した。オマエがオマエ自身の行動に自責の念を抱かないために」


「な、んの。なんの話をしているのよ。私が王女? 自責の念? 訳の分からないことをごちゃごちゃ言って、私を動揺させようってんの? 悪いけど、そーゆーのは通用しないわよ」


「違う。違うぞレヴィ。これはオマエが望んだ選択だ」


「……は?」


 もう何が何だか分からなかった。

 もうどうすればいいのかも。

 こんな結果を、記憶をなくすことをレヴィ自身が望んだ? そんなことありえるのか? 記憶は人間にとって宝もそのものだ。無くせば人格を破綻することだってある。

 それを、人格形成において重要なパーツを、自ら無くしたと?


「信じられるわけない! そ、そんな。私が私自ら記憶をなくす選択を、するわけないじゃない!」


「それは今のオマエの精神性が判断したにすぎない。前のオマエはそうじゃなかった。ただそれだけだ」


「ふざけ……っ」


「話は終わりだ。またしばらく大人しくしててもらおう」


「そんな、こと……っ」


 視界が激変する。

 揺れる。

 霞む。

 体に走る倦怠感。

 頭に流れる痛みの奔流。

 

 ゲイルの言葉に激怒と焦燥を繰り返し、情緒が定まらない中に起きた異変。父と名乗り、王と呼称した男の姿が、部屋の景色がグラリと揺れて見えなくなる。

 なんだ。

 何が起こっている。

 また意識を失うのか。

 

「次は夢の先で」


「……な、にを――」


 その一言の意味を、レヴィは知らぬまま意識を絶った。



△▼△▼ △▼△▼



 肋骨が折れる痛みには絶対に慣れない。

 

「が……っ! かはぁ……ッ!」


 胸を締め付けられ、心臓を握られ、肺を抱かれたように呼吸困難に陥ってしまう。

 石畳の床を削るように吹っ飛び転がったアカネは、とにかく息をしようと口を開閉させて酸素を取り込むのに必死だ。

 カイの一撃は、想像以上に効く。


「自重しろ」


 来る。

 冷たいと思えるほどの一言を発しながら、風の真六属性が大地を踏み締めて。

 アカネは咳き込み、まだ整え切れていない呼吸をしながら立ち上がる。


「じ、ちょう……? なんの話よ。あたしは、何も自重なんかしないし、偉そうにもしていない」


「そういう話じゃないんだよ、サクラ。私はな、今すぐこの国から出ろと言っているんだ。そして二度と私たちに関わるな。関わろうとするな。介入するな。余計な口を叩くな。余計なお世話を焼くな。……そういう話をしているんだ。だから自重しろと言っているんだよ」


 矢継ぎ早に出てくるカイの本心は、まさに苛立ちをそのまま言葉にしたようだった。

 迷惑極まりない、鬱陶しい。ひしひしと伝わってくる彼の感情は、きっと間違っちゃいない。実際、自分たちの問題なのに出会ったばかりの他人にとやかく言われたら誰だって嫌になる。

 正直、アカネも虐められていた時にしつこく手を差し伸べられていたらカイと同じ気持ちを抱いたことだろう。

 孤児院で父に出会った時も、しつこくされて最初は嫌だったわけだし。


「何か、勘違いをしているんじゃないかな」


「……なんだと?」


 整えつつある息をしながら吐いたアカネセリフに、カイが怪訝に眉を寄せた。

 アカネは軋む肋骨に顔を顰めながら、


「別にあたしはさ、カイとレヴィちゃんの間で生じた問題に首を突っ込んでるわけじゃないよ。あたしはただ、貴方がレヴィちゃんにした行いに対して怒ってるだけなんだ」


「それを余計なお世話と言うんじゃないのか?」


「かもね。でも二人の根本的な問題にまで首を突っ込んでるわけじゃない。あたしはずっと言ってるよ、カイ。どうしてレヴィちゃんを騙す真似をしたのって。あたしはそれが許せないだけなんだ。……だって、あの時カイは、すごくレヴィちゃんを想ってる顔をしてたから」


「……」


 初めて会った時も、レヴィを見つけた時も。彼女から突き放される言葉を向けられた時も。どんな時も彼は彼女に親愛を抱いていたはずだ。

 だから許せない。

 彼が彼女を騙す行動と言動が。

 誠実にしてほしい。

 嘘をつかないでほしい。

  

 レヴィにだけは、優しくあってほしい。


「だから止める。だからここにいる。カイに何の目的があるのか知らないけど、あたしもこれだけは譲れない」


「……なんなんだ」


 ぼそりとカイが言った。

 理解できないと言わんばかりの声色で。


「お前は……。お前たちは、一体なんなんだ……ッ」


 現実逃避。

 もしくは目を背けていた理想を目の当たりにしているような、引き攣った顔だった。

 対して、アカネは笑う。

 ボロボロでも笑う。

 答えは一つしかないだろう。


「あたしは……ううん。――あたしたちは」


「――〈ノア〉だよ。助けて欲しい奴がいたら、誰でも助ける大船に乗った、ただの人間だ」


 その時。

 その瞬間。

 アカネの言葉に続くようにそう言って、彼女の前に颯爽と空から落ちてきたのは一人の少年だった。

 青白い髪の毛にボロボロの服を身に纏い、傷だらけの体の少年。

 目を見開いた。

 けれどすぐに嬉しくて微笑んだ。

 随分と久しぶりな気がする。

 ようやく、君に会えた。


「ハル……」


 ハル・ジークヴルム。

 雷の真六属性が、風の真六属性の前に立ち塞がったのだ。


「久しぶり。元気だったか? ……ん?」


 ハルは振り返りアカネを見たが、すぐに眉を顰めた。


「な、なに?」


「いや……。なんか変わったか? アカネ」


「……そうかも。前より少し、強くなったよ」


「……そっか」


 笑ってそう答えると、ハルはカイと向き合った。

 その反応に、アカネは少しぽかんとしてしまう。

 ……それだけ? なんか他にもっと言うことないの? というか、驚かないの?

 でも、アレで十分なのかもしれない。ハルはアカネを信じてくれているから、余計な言葉なんていらない。

 だから気づいてくれたんだから。

 だから、少し、安心した。

 力が抜けた。

 すとんと、尻もちをついた。


「後は任せとけ、アカネ。俺もアイツに話があるからな」


「……うん。悔しいけど、後はハルに任せるよ。……カイを、助けてあげて」


「あぁ。その為にきたんだからな」


 バトンタッチ。

 いつも最後は彼に頼ってしまうけど、頼らざるを得ない。

 初めて信じた同い年の男の子の背中なんだから。

 初めて好きになった男の子なんだから。


「よぉ。城では随分と世話になったな、カイ」


「……生きていたか」


 二人はアカネには分からない内容で会話をスタートさせる。どうやら彼らは城の中で一度あっているらしい。おそらく、ネザーコロシアムの件でだろう。


「まぁな。おかげで大変だったぜ? 爆発野郎に熱い思いさせられるわ、変態共のキモい歓声を聴かされるわ。……レヴィと戦うことになるわ」


「……」


「まぁ俺からすれば全然大したことなかったからいいけど……何のつもりでお前が俺たちを嵌めたのか気になってな」


 やはりカイに嵌められてハルはネザーコロシアムに強制参加させられたのか。ベルク戦の後、忽然と姿を消すことになった原因もカイなのだろうか?

 しかしレヴィだけでなくハルもカイに利用されたとなるとますます彼の行動は見過ごせない。

 ……いいや、そもそも何故そこまでして他者を騙す必要がある?

 何か、彼をそうまでして突き動かす大きな目的があるのか?


「嵌めた? 笑わせるな、ジークヴルム。貴様はこの国に不法侵入した。だから牢屋に閉じ込めたに過ぎない。そこにいるサクラも、他の連中も。不正な侵入の果てに現状がある。それを棚に上げて自分たちは被害者ですと言いふらすのか? 都合が良いにも程がある」


 確かにカイの言う通り、アカネたちは正式な手続きを踏んでこの国に入国したわけじゃない。「ドロフォノス」と決着をつける為に、奴らにバレないために不当な方法で「アイオリア王国」にやってきた。

 その結果、ベルクの件やらネザーコロシアムやらエリスやらの問題が発生してしまい、宝石鳥では結局「ドロフォノス」の最高戦力である〈死乱アッカド〉の第一席の襲撃に遭ったりと……とにかく隠密などとは程遠いモノになってしまったが。


「それは俺たちが悪いから何も言えない、ごめん。けどそれとお前の行動は一致しない。牢屋に閉じ込めるまではいい。アカネたちに注意するのもいい。けど地下の殺し合いに参加させたり、アカネたちを襲ったり、レヴィを騙して操ることは関係ないだろ。そこまでの大罪を犯したつもりはねぇぞ」


「大罪なんだよ。「サフィアナ」の人間が「アイオリア」にいること自体が罪なんだよ。「クレタ」の一件以来、我々「アイオリア」の人間は「サフィアナ」の人間を危険視しているし、指定罪人は極悪の認識だ。まして、その頂点と言っても過言ではない罪人一家の「ドロフォノス」が関係しているとすれば尚更だ」


「じゃあなんでお前はその罪人一家である「ドロフォノス」と一緒に行動してたんだ?」


「……カイが、「ドロフォノス」と?」


 アカネに衝撃が走った。

 敵である「ドロフォノス」と、カイが共に?

 カイは目を細めて、


「目的のためだ。毒を持って毒を制するだよ。私は私の目的のために悪を利用し悪を滅する」


 ハルは力強く一歩進んで、


「その果てに平和がなくてもか」


「果ての平和を願っているからだ」


 一緒のようでどこか違う二人の考え方に、アカネはやるせない気持ちになる。

 どうしてここまで噛み合わない。どうしてここまで反発しなくちゃいけない。どうして何も上手くいかない。

 カイが「ドロフォノス」を悪だと認知しているのに行動を共にしている理由も、どうしてレヴィを騙しているのかもアカネには知る由もない。

 けれど、そこまでしてレヴィを裏切ったりハルを陥れたり自ら茨の道を進んで全身を傷だらけにしなくてもいいはずだ。

 平和を願っているのに、願っている人が平和になれない平和なんて、そんなの平和なんかじゃない。


「願う先が違うぞバカヤロウ。テメェの願いは、ただの我儘だ。自分だけが傷ついて悪になることを「是」とする道中なんて、意味がねーんだよ」


「意味を探す道中じゃない。結果を見つけるための道筋だ」


「そんな思「想」なんてクソ以下だ。他人の幸せを願っても、ソイツがお前にも幸せになって欲しいって想った時点で、お前の道には崖しかなくて、きっと飛べない。だって、テメェがテメェの幸せを願ってないんだからな」


「願う必要はない」


「じゃあお前が掲げる思「想」の「是」とする道中には、一生「風」が吹くことはないだろうよ」


「それも果てだ、ジークヴルム」


「……バカヤロウ」


 どれだけ説得を重ねても頑固で意固地な友人を見るように辛そうな表情をするハル。

 アカネも同じだった。

 だから必然だった。

 二人が激闘することは。

 最初から、決まっていたことなのかもしれない。

 雷と風。

 二つの真六属性。

 どちらも世界を救ったはずの英雄の力のはずなのに。


「目ェ醒させてやる」


「醒めてるよ、とうの昔にな」


 次の瞬間。

 雷鳴が轟き、突風が巻き起こった。

 

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