『三章』38 是
――人の気持ちなんて知らないくせに、よくもまぁペラペラと知ったような口を叩く。
俺たちの生涯を、これまでの経緯を、時間の経過を、過去の過ちを、憎悪を、殺意を、寂寥を、虚無を。
何もかも知り得ないのに、何故そこまでズカズカと土足で上がり込んでくる。許可なんてしていない。承諾なんてしていない。
なのに、どうしてコイツはここまでお節介を焼くんだ。
ここに来たのは〈鴉〉として不法入国者である賊を捕えるためだ。「ドロフォノス」との関係や、その目的。
全ての疑問点を解消するためにやってきた。敵対するならそれも良し。敵意がないなら見逃そう。もしくは、泳がして最終的に「ドロフォノス」殲滅に繋がる駒になればいいとさえ思っていた。
一言で、戦う気なんてなかった。一度は命を救われた身だ。手荒に扱う気もなかったし、だから他のメンバーが彼女たちを見つけた際には手を出させずに自分に連絡をしろと伝えた。
この女はきっといい奴なんだろう。
親切で、優しくて、情があって。
きっと、どこまでも他人の傷を分かってあげられる徳の高い人間なんだろう。
でも。
だけど。
今はそれが……腹立たしい。
「……貴様に話すことなどなにもない」
カイ・リオテスが、冷えた目でアカネを睨みながらそう言った。
アカネとの距離が僅かに遠くなったカイは、詰めることなく言葉を続ける。
「他人に自分の感情を話すほど心は広くない。他者に過去を語るほど自分の精神は幼稚じゃない。貴様がどれだけ吠えようとも、私が何かを話すことなど決してない。私はアイオリアの剣にして、真六属性の一角だ。信念は揺るがない」
「じゃあなんでここに来たのよ」
間髪入れずにアカネが言った。
「特別な立場だったからあたしたちの居場所が分かって来た。それはわかるし理解もできる。だけど、わざわざアナタが来る必要なんてなかった。他の誰でもよかったはず。にも拘らず、カイが来た。それは何故? ……情があったんじゃないの? 少なからず、自分を助けてくれた人間に対しての情が」
「まさか。恩着せがましい感情論を、貴様自ら口にする気か?」
「するよ。口にして何かが変わるなら、あたしはなんでも言葉にするよ」
「そうやって自分が正しいと思い込み、他者に押し付けることが正解だと思っているのか?」
「そんなこと思ってない。けど、間違ってると思ったらあたしはそれを否定する。だから今、カイと戦ってるの。アナタが間違ってると思ってるから」
「それを恩着せがましい感情論と言うんだよ、サクラ」
ギュア! と。
カイが右手を前に突き出し瞬間、槍の形をした風がアカネに向かって突き進んだ。しかもただの風槍ではない。回転している。風の特性である『回転』を利用して、威力と速度を上げている。
「じゃあなんでそんなにイラついてるの、カイ」
対して、アカネは返答しながら既に持っていた刀と新たに顕現させた洋剣をクロスさせて刃が交わる中心点で風の槍を迎え打った。
激しい音が響き、ギリギリと競り合いが始まる。押し込まれそうになる。歯を食いしばる。
「カイにはカイなりの信念があるんだろうねっ。それはきっと素晴らしいことなんだ。……でもっ!」
ガギン! と。アカネは真上に風の槍を打ち上げた。矛先を見失った風槍は虚空を貫きながら上空を駆け抜けていく。
そしてすぐに、アカネはカイに向かって走り出した。
「誰かを騙して、自分に嘘をついて。周りを巻き込む形でしか叶わない信念なんかに意味はない! そんなのはただの自己満足だ!」
「それの何が悪い。結果的に誰かを救えるなら、始まりが自己満足だとしても何も問題はないはずだ」
風の槍が五本射出され、疾走しているアカネに突進してきた。一本目は首を横に動かして躱し、二本目は刀で弾いて、三本目はバク転で避けて、四本目はパルクールのように飛んで回避し、最後の五本目は両手の刀剣で真っ二つにして霧散させた。
「問題ならあるよ。それは助けてもらった側の心だ!」
「……」
誰かを救うことに対して否定的ではない。むしろ、褒められるべき行動の一つだ。アカネだって他者を救うことに消極的じゃないし、救えるなら片っ端から救ってみせる。だからこうして「ドロフォノス」に挑んでるし、一刻も早く解決してノーザンとテレサをお日様の下で歩かせてあげたいと本気で思っている。そう願っている。
だけど、救う側の一方的な自己満足の結果の下で生まれた救われる理由が、どちらの心も傷つく選択肢の果てだったとしたら、それは本当に救われたと言えるのだろうか。救えたと言えるのだろうか。
アカネは自分が傷つくことを厭わない。でもそれは身体の話で、心は違う。救って救われるなら、楽しくて嬉しい方が絶対にいい。
心が傷つく辛さと悲しさは、誰よりも分かっているから。
だからそんな道をカイに選んで欲しくない。
だからそんな道をレヴィに歩ませたくない。
「レヴィちゃんがそれで「ありがとう」ってアナタに言うと思ってるの、カイ!」
「……」
「言わないよ。絶対に言わない!」
むしろ怒るに決まっている。
そんなの、アカネに言われなくてもカイなら分かっているのに。
「……私には私なりの信念がある。それを今更変えることなど絶対にない。貴様に諭されるほど軽い志でもないのだ!」
アカネの言い分に、初めてカイが感情を剥き出しにした。明らかにイラついているその表情に、何故かアカネは唇を緩める。
やっと少しだけ自分を出してくれたね。
カイは両手をパン! と合わせた。直後、彼を覆う竜巻が発生。その回転の余波がアカネの疾走を止まらせる。
「く……っ」
「舐めるなよ。サクラ・アカネ。私は真六属性だ!」
カイが吠えた瞬間、翡翠色の竜巻が爆発的に霧散した。
「なに⁉︎」
「風神の散際!」
霧散した竜巻は魔力で帯びた風が集合して出来た現象。魔力を帯びているということは、どれだけ微量な風でも制御は出来る。
風の散り際はかくも派手やかだった。
翡翠の風の一つ一つが、まるで全方位に撒き散らされたマキビシのように拡散されて、アカネの全身をくまなく抉った。
「あぐぁ⁉︎」
咄嗟に顔を守ったが、それ以外の所は切り傷のオンパレード。裂傷と流血、それから激痛に顔を歪める。
「風神の拳」
「な」
顔を守っていた両腕の隙間から、カイが見えた。マキビシ状の風を拡散した瞬間、彼はすぐにアカネの眼前にいた。
カイと目が合った。
やっぱりまだ冷えていた。
そう、まるで自分以外なにも信用していないような、悲しくて冷酷な瞳。
「身の程を知れ」
ゴギボキボギ……ッ! と。
肋骨が数本折れる鈍い音と共に、アカネの華奢な身体が盛大に吹っ飛んだ。
△▼△▼ △▼△▼
「そう。状況は理解したわ」
瀟洒な椅子に腰掛け、アップルティーを一口飲んだシェイナ・ペルセポネはそう言った。
正面には青白い髪の毛少年、ハルがいる。
彼は今、この「アイオリア」に来るまでの物語を語った。泥犁島から「ドロフォノス」のこと。その全てを。
……ただし、ジーナのことだけは黙っていた。
ハルが語った事実に納得したかどうかはさておいて、シェイナは頷いてくれた。
「つまりアナタは「ドロフォノス」を潰すために我が国に来たと。その際にベルク・ドロフォノスを撃破し、〈死乱〉の一人に出会い、紆余曲折を経てネザーコロシアムに参加したと」
「そうそう。そーゆーこと」
「信憑性に欠ける話だけれど、嘘をついているようには見えないわね」
やはり信じてはくれないらしい。それは分かっていたことだ。
「でも信じてあげる。実際、アナタはネザーコロシアムを壊してくれたしね」
「え? いいのか?」
「今回だけよ。アナタのおかげで裏で暗躍し、「ドロフォノス」と繋がっていた人間を排除することにも成功した。ネザーコロシアムなんていう胸糞悪いモノ、正直ずっと潰したいと思っていたのよ。……まぁでもそこは諸事情ってやつね。私は手が出せなかった」
「なんでだ?」
「決まってるでしょ。ネザーコロシアムは国直下で行われていた大会。それの取締役が私の父、「アイオリア王国」国王のゲイル・ペルセポネだからよ」
「……アイツが」
思い浮かべるのはレヴィが捉えられた部屋で会った男の顔。レヴィが王家の人間だと分かった時、アイツと名前が一緒のことから血縁関係にあるとは思っていた。
アイツが王。
ネザーコロシアムを開催した張本人にして、倒すべき人間の一人。
「まぁ、ネザーコロシアムを潰すのは目的の一つに過ぎないわ。最終的な私の目的は他にある」
「他?」
「もちろん。ドロフォノスの殲滅よ」
王女らしからぬ発言にハルは驚いたが、彼女の意気込みには目を見張るものがあった。
本気も本気だ。
この女は、本気で「ドロフォノス」を潰そうと考えている。
「殲滅、ね。アンタはそれでいいのか?」
シェイナは首を傾げた。
「どういうこと?」
「聞いたぞ。〈死乱〉の第二席のオッサンから。バルドル・ゲッケイジュって名乗ってたかな。そいつは「ドロフォノス」はこの国を二度も救っているって。この国の英雄なんだって。だからこの国でアイツらが何をしても、王族たちは何も言えないんだろ」
「違うわ!」
「……⁉︎」
と、ハルの言葉を全て否定する勢いでシェイナが叫んだ。思わず目を見開いた。彼女の後ろでは金髪メイドが侘しさを湛えた目で立っている。
「アイツらは英雄なんかじゃない。アイツらは人の皮を被った怪物よ。……ただの魔人だわ」
何か、決定的に互いに行き違っている情報があるように感じた。
しかし、にわかに信じがたい内容ではあったのだ。「ドロフォノス」が英雄視されることが。
ハルはそのことについて聞こうと口を開きかけたが、やめた。なんとなく、部外者が口を挟んでいいことじゃないように思えた。
「分かった。じゃあ一緒にぶっ飛ばそう」
シェイナはハルを見た。
「利害の一致ってことでいいのかしらね?」
「あぁ。俺は俺のやりたいようにやる。だからアンタもやりたいようにやれよ。俺を利用したって構わない。最終的に「ドロフォノス」をぶっ飛ばせるなら、俺は何だってするぞ」
「いい覚悟だわ」
シェイナとハルが互いに認め合った瞬間でもあったのだろう。二人は顔を合わせて笑い、まるで悪巧みを企てる悪友のようだった。意外とこの二人、気が合うのかもしれない。
「シェイナ様。ハル様に今後の説明をされては」
と、花飾りが特徴的な金髪メイドが言った。
シェイナは「そうね」と切り替えて、
「ジークヴルム……いえ。ここは敢えてハルと呼ばせてもらうわ。私のことは親しみを込めてシェイナ様と呼んで」
「親しみから遠い気がするぞその呼び方。むしろ距離が離れすぎてお前の顔が見えない」
「あらいいことじゃない。私は王族でアンタは平民なんだから」
「お前よく性格悪いって言われるだろ!」
「そんなことより」
「そんなことなんだな……」
全く話が通じないシェイナの性格はもうどうしようもないってことで諦めよう。
「今後の予定だけど。アンタはとりあえず仲間と合流したいのよね?」
「そうだな。ネザーコロシアムもぶっ壊したし、後は「ドロフォノス」に集中するだけだ」
ネザーコロシアムの一件は寄り道もいいところだ。結果的にこうしてシェイナと出会えたり、〈死乱〉の一員の顔を知れたり、この国の王と合間見えることが出来たが、本来の目的からは随分と離れている。
「ならそこで寝てるアホ面を連れて一旦仲間と合流しなさい。私たちが一緒にいると怪しまれるしね。……それに、ネザーコロシアムの関係者を消せたと言っても王城には敵が多い。バレたら問題になるわ」
「問題?」
「王族が反逆者といたら変でしょ」
「そりゃそうだ」
「ついでに。「ドロフォノス」と繋がっている人間も割り出しておきたい」
「まだいるのかよ?」
「断定は出来ないわ。けど、そうじゃないと話が合わないのよ。なんでアンタらが王城の地下に幽閉されたことを「ドロフォノス」が知ってたの?」
シェイナの疑問にハルは腕を組みながら首を傾げて、
「んー。そーゆー魔導士がいた、とか?」
「それもありえるわね。でも早すぎる。私の父が報告された可能性もあるけど、それだとすでに牢屋にいた〈死乱〉の説明がつかない」
「……確かに」
言われてみれば、おかしな話だ。
どうして奴らはハルとレイスが捕まったことを知っていた? ……いや、捕まることが前提であそこにいたんだ? それじゃまるで、最初からネザーコロシアムを破壊させるために仕組んだようじゃないか?
「……いや、ちょっとまて」
「どうしたの?」
と、そこで違和感を覚えたハルは顎に手を添えた。考える素振りを見せるハルだが、これは本気で考えている。
何か、見落としが。
何かとても重要なことを見落としているような気がしてならない。
考えて考えて、頭に蒸気が昇るくらい考えて、思い出した。
「あ!」
「「??」」
「風の真六属性だ。俺たちがゲイルとバルドルに捕まった時、あそこにはカイもいた。そこでアイツが言ってたんだ。予定と違うって!」
それはアイツが「ドロフォノス」と通じていた証拠になる。そしてハルが捕まった原因は〈鴉〉の一人であるあの女……ミユだ。彼女なら誰よりも早くカイにハルのことを伝えることができるし、予めバルドルを牢屋に入れて置ける前準備を行うことも可能なはずだ。
「……カイ、ね。なるほど。あの子が……」
面識があるような口振りだが、すぐにシェイナは切り替えて、
「じゃあハル。アンタはとりあえず仲間と合流したらカイを探しなさい。探し出して問いただのよ。なぜ「ドロフォノス」と行動を共にしているのか。……そして、何故レヴィを騙したのか」
「……あぁ。それは俺もムカついてたところだ」
あんな顔してレヴィに言葉をかけていたくせに、何か目的があるのか知らないが騙して利用して。
悪いやつ、ではないと思う。好きじゃないけど、嫌いでもない。ムカつくだけだ。同じ真六属性なのに曲がってるような信念が心底腹が立つ。
話す必要がある。
腹を割って、ちゃんと。
「とりあえず会ったらぶっ飛ばす。腐った性根を叩き壊して、全身痺れさせてやるぞ」
ハルの決意に、シェイナが笑った。
「任せたわよ。雷の英雄様」
「おう!」
△▼△▼ △▼△▼
「隊長は本当に「ドロフォノス」を潰す気なんでしょうか?」
〈鴉〉の数ある拠点の一つで、風船を背中につけている不思議系女子のミユがカイに対しての疑念を口にしていた。
「隊長に疑念を抱いてるのか? ミユ」
風船少女を鋭く睨んで、失言を咎めるような圧をかけたのはツンツンした緋色の髪の毛に三白眼の少年、シュンだ。
「疑念、というより疑問です。隊長は時々、何を考えているのか分からないです。「ドロフォノス」を憎んでいるのは皆同じですが、奴らが急に動き出しても特に焦る様子はなかったです。まるで最初から分かっていたかのような雰囲気でした」
カイが「ドロフォノス」を憎んでいるのは、王女であるレヴィが奴らの手によって利用されているからだ。そして奴らが英雄視されることによって「アイオリア王国」が罪人の中で密かに『大罪国家』と呼称されているのもある。
ミユもシュンも、他の〈鴉〉の人間だって、皆同じ気持ちだ。
だけど、最近のカイはどこか違うように思えた。
まるで、時限爆弾を前にして、早く爆弾を解除しなくちゃいけないと焦っているような。
「隊長は「ドロフォノス」殲滅を望んでいる。だからお前が見つけた雷の真六属性を拘束し、奴を利用してネザーコロシアムを壊した。そーゆー話だったはずだ。ネザーコロシアムは「ドロフォノス」が運営管理をしていたからな」
「それはいいんです。それは納得できます。でも、わざわざ地下に閉じ込めて、あそこまで追い詰めなくてもよかったのではないですか? 不法侵入と言っても、あの人はただの「サフィアナ王国」の人ですよ」
「サフィアナに慈悲はない。アイオリアの人間なら誰でもそうだろう?」
「それは……。そうですけど……」
「クレタ」の一件や薨魔の祭礼、そして戦後の関係などを考えると二カ国の仲が悪いのは明白だ。「アイオリア王国」の国民にとって、「サフィアナ王国」の国民は悪にも等しい。
だから悪に過敏な〈鴉〉がサフィアナを敵視するのは自然だろう。
でも、それとこれとは話が別じゃないのか?
「ミユは隊長が私たちに何かを隠していると言いたいのか」
と、ミユの不安を確認するように言ったのは黒いフードを深く被って素顔を見せない――ナナシだ。
性別は女、とだけは分かっているが、顔はカイ以外見たことがない。
「隊長が「ドロフォノス」を潰すために「ドロフォノス」と協力体制を組んでいることは承知の上です。奴らの懐に潜った方が寝首を狩れるチャンスがあることも理解できています。……だけどそれだけだったらわざわざ焦ってネザーコロシアムを壊滅させてハルさんを利用しなくてもよかったはずです」
「隊長には、何か私たちに言えない特別な事情がある。ミユはそう言いたいんだな」
「……はい」
ミユは頷いた。
……私情がないと言えば嘘になる。
あのハルと名乗った少年が、彼女にはどうしても悪い人とは思えなかった。
だって、雷の真六属性だ。英雄だ。小さい頃から読んでいた絵本に出てくる、魔神を倒したヒーローだ。
しかもそれだけじゃない。
雷神と風神が協力すれば、「お父様」にだって負けないはずだから。
だから、もしあの人が独房で言っていたようにこの国を壊してくれるなら。「ドロフォノス」を倒してくれるなら、こんなところでやり合っている場合じゃないと思ったのだ。
「隊長は他のサフィアナの連中を探していた。ノーマンは先に行ったし、俺らもそろそろ行かなくちゃいけない。ミユ。お前の考えはよく分かった。だけど隊長の命令は絶対だ。俺は隊長を信じてる。……だけど、もしお前のいう通り隊長が何かを隠してるなら、俺たちが止めなくちゃいけない。その上で訊く。お前は隊長を殴ってでも止められるか」
「……私は」
カイは孤児だったミユを救ってくれた。途方に暮れていた彼女に手を差し伸べてくれた人だ。この国はきらいだけど、きらいになってもいいけど見捨てないでくれと笑いかけてくれたあの人には恩がある。
だから。
ミユは意を決するように小さな拳をキュッと握った。
「殴ります。それが隊長のためなら」
シュンは唇を緩めた。
「そうか。アンタはどうすんだ、ナナシ」
フードを深く被った女は扉の前に移動して、
「一度殴っておきたいと思っていたところよ、私は」
「じゃあ決まりだな」
三匹の鴉が、黒い翼をはためかせて外へと出た。
△▼△▼ △▼△▼
そして数分後、ミユたちがいなくなった拠点にノーマンが帰ってきて。
「……皆はどこだ」
と、一人置いていかれて呆然としているのだった。
△▼△▼ △▼△▼
「……ん」
目が覚めたら知らない天井があった。
豪華なシャンデリアに絵画が描かれた天井。辺りには花の香りがする。起き上がって見回すと、これまた綺麗で広い部屋だった。
まるで絵本に出てくるお姫様の部屋のようだ。
「ここは、どこ」
「オマエの部屋だ」
と、目覚めたばかりのレヴィの耳に渋い声が割って入ってきた。決して友好的ではない声色に警戒心を強めて睨むようにそちらを見る。
すると、そこにいたのは白が混ざった深い緑の髪の毛を生やし、高位で気品に満ちた服装の男が立っていた。
「……アンタは」
「ゲイル・ペルセポネ。お前の実の父だ」
捕まる前。
奴の部屋であろうあそこで見た写真にレヴィと写っていた男。そして「ドロフォノス」と友好関係を築いた人間だ。
「よく覚えてないんだけど、私は何をされたわけ?」
「お前が気にするようなことは何もない。お前はこれから先、私の言ったことだけを守り、そして実行すればいいのだ」
レヴィは鼻で笑って、
「はっ。まるで奴隷じゃない。言っとくけど、私は記憶がないの。だからアンタが父親とか知ったことじゃないわ。私は私の記憶を取り戻す。だからさっさとこんな所から出てやるわよ」
言いながら、レヴィはベットから降りた。
記憶がないのは事実だが、この国とレヴィが関係しているのは明白だ。しかも複数人の証言から自分が王族だと判明している。
だから、実際のところ本当に目の前の男は父親なのかもしれない。
けど、ならどうして娘の記憶がないことにそこまで驚かない?
そして思い出すのはカイの発言だ。
――やはり、失われているのですね。
あの口振りは、レヴィがなぜ記憶を失ったのか、その経緯を知っているように思える。牢屋であったシェイナは何も知らないようだったが、彼女は姉だと自称していた。
そしてゲイル・ペルセポネは父親で、記憶喪失の娘を前にして表情ひとつ変えない。
この国に信頼を置ける人間はいない。
ハルをあんな目に遭わせて、自分のことを襲った人間たちなんて信じる方が難しい。
……早くみんなと合流しなくちゃいけない。
レヴィはゲイルの目の前にたった。睨む。
「そこをどいて。アンタに用はない」
今はまだ。
「どこへ行くつもりだ?」
「どこだっていいでしょ。アンタには関係ないことよ」
「記憶を失っているのに、行くアテはあるのか?」
「探すのよ」
「なら一つ、言っておこう」
「? なにを――」
「――記憶の一部を開示しよう」
怪訝に思った直後、ゲイルがレヴィの顔を手で掴んだ。
次の瞬間、レヴィの頭に電流が流れたみたいに衝撃が発生する。
そして。
「ぁが」
ノイズと共に、彼女の頭の中で映像が再生された。
△▼△▼ △▼△▼
――幼い頃、桜髪の少年と走り回っていた。
「あはは! 早くきなさいよ、カイ!」
「ま、待ってくださいよぉ。レヴィ様ぁ」
――幼い頃、姉とよく喧嘩をした。
「こら、レヴィ! また私のドーナツ食べだわね!」
「お姉ちゃん。ドーナツはドーナツを見た瞬間、ドーナツは始まってるんだよ」
「意味がわからない!」
――幼い頃、父とよく夕焼けを見ていた。
「下民たちは幸せなの?」
「下民じゃないよ、レヴィ。皆は共に生きる民。共民だ」
――幼い頃、母に頭を撫でられた。
「えへへ。お母さんの手、私好き」
「レヴィは本当に、甘えん坊さんだねぇ」
ノイズ。
ジジジジジジザザザザザザザザジザザジザジザザザザザザザザジジジジジザザザザザジジザジザザザザザ……
‼︎‼︎‼︎
――十才の時、母が死んだ。
「やだ。やだやだやだ! 死なないでお母さん!」
――十一才の時、母が死んだ理由を知った。
「……ドロフォノス」
――「クレタの民」が、原因だと。
「……英雄なんて、ふざけるな」
場面がノイズと共に切り替わる。
ジジジジジザザザザザジジザジザザザザザ……‼︎
――とある男が、静かに呟いていた。
「薨魔の祭礼を始めよう――」
評価や感想、ブックマークよろしくお願いします!




