『三章』33 語り手のいない物語の始まり
父親が他の誰かと笑い合う信じ難い映像を見せられて、アカネの中で悲しみと怒りが爆発しそうになった時、まるでその情緒を断ち切るように「友」の声がした。
レヴィ。
あの翡翠色の友人の、泣いている声だ。
その瞬間、アカネはハッとなって、父親が映っている映像群とは違う場所を見た。
「……レヴィちゃん」
ここは『時の狭間』と呼ばれる特異点。
時間認識の拡張がなされない限り立ち入ることが出来ない特別な場所だ。
そして、ここに流れている映像は全て歴代の〈空の瞳〉継承者が実際に見てきた時間。
記憶なんてない。
これは絶対にアカネの記憶ではないと断言できる。
だけど、アカネの〈空の瞳〉にその瞬間映ったのは、レヴィが暗闇の中ですすり泣いている姿だった。
一瞬だった。
流れ星のように過ぎ去ってしまった。
けれど、アカネは確かに見たのだ。
だからアカネは揺らいでいた心を繋ぎ止めるように息を吐いて、自分が何をすべきなのか明確に思い出して、目の前にいるクソ野郎を睨んだ。
神魔は余興を崩されたみたいに不機嫌な表情を浮かべているが、そんなのはどうでもいい。
アカネは彼女を指差して言ったのだ。
「友達が助けを待ってるの。お前なんかに好き勝手されちゃたまったモンじゃないわ」
「……そう。だけどどうするつもり? 起きたところで状況は変わらない。あなたに私が倒せるとでも?」
不機嫌ながらも余裕の態度を崩さない神魔に苛立ちを覚えないと言えば嘘になるが、アカネはそこを堪えて事実は事実として受けとめる。
「確かにそうかもね。だけど、負けるからって言ってあたしが戦いを諦める理由にはならない。……ハルなら絶対諦めないから」
「……」
その時、神魔の眉がぴくりと動いたのをアカネは見た。そう、それはまるでアカネがハルの名前を出したことに対してイラついたように。
神魔はしんと冷えた目でアカネを見た。
「あなたみたいな人間が、ハルの側にいること自体私は許容してないのよ」
明らかに私情が入り乱れ声色だった。
そういえば、泥犁島で初めて会った時もこの女はハルの名前を口にしていた気がする。
と、そこでアカネは自分が本当にバカなんだと思った。
どうして今の今まで気づかなかった。
こんな分かりやすいヒントがあったというのに。
「ジーナ……」
「……」
ハルとセイラ。
特にハルの方が泥犁島の時に彼女の存在が明らかになった際、熱くなっていた。
あの二人が喧嘩をするほどだ。
そして、あの二人が喧嘩をしてどれほど悲しい気持ちになったことか。
神魔。
またの名を、ジーナ。
「あなたにその名を口にしてほしくはないけれど」
神魔が苛立ち気に言った。
そもそも泥犁島で彼女から教えてきたはずだが、そうではなく。
もしかして。
ジーナは、ハルの……。
「その名は私の真名よ。私の宝物よ。それなのに、爪を立てるみたいにその名を呼ばないで、穢れた王女が」
「穢れた……?」
「……本当に憎いわ。あなたっていう存在が。――お兄ちゃんと同格の存在って思われているあなたが、本当に」
「え……?」
聞き間違いか?
いま、神魔はハルのことを兄と呼ばなかったか? そう思ってアカネは彼女に聞き返そうとした。
しかしその瞬間、パリンというガラスが割れるような音が白い世界に響いた。
その音は、白い世界が崩壊を迎えた証拠だった。映像群が散り散りになり始め、塵となって消えていく。
「目を覚ましたら、もう手加減はしない。全力であなたを殺すわ」
「アタシは殺されない。貴女なんかには」
似ているようで、やっぱり似てなんかいなかった。
この世界に招かれたこと自体が異常事態で、彼女に会ったことなんか不慮の事故みたいなものだ。
だから、そんな神様のいたずらのようなモノに、サクラ・アカネが殺されるわけない。そんな幻想なんかに、負けるわけがないのだ。
だからこそ。
ここで起きた全てのことが、たとえ自分の中で噛み砕けないモノだったとしても、今はただ、それよりも大切で向き合わなければならない問題に目を向ければいい。
それだけで、絶対にいいのだ。
「レヴィちゃん……!」
そう呟いた刹那、サクラ・アカネの意識は闇へと落ちた。
△▼△▼ △▼△▼
アカネが目を覚ました瞬間、最初に視界に飛び込んできたのはルイナの心配しきった顔だった。
「クロカミ!」
「……ルイナ、さん?」
ボヤける視界の中、アカネは彼女の名前を呟くとゆっくり起き上がる。どうやら、ルイナの膝の上で意識を失っていたらしい。
だが、起き上がった瞬間ルイナに頬を叩かれた。
パン、という軽い音が辺りに響いたが、そんな音とは裏腹に痛かった。
アカネは驚いた様子でルイナを見る。
彼女は、本当に心底心配している顔で、アカネを真っ直ぐみている。
それこそ、無理をした友に対して怒っているかのように。
「バカやろう……。無茶しやがって。戻れなくなるかもしれなかったんだぞ」
「……ルイナさん」
戻れなくなる。
その一言にアカネは侘しさを抱いた。
〈空の瞳〉の権能自体をアカネは今の今まで知らなかった。だから不測の事態だったことはアカネもルイナ自身も分かっている。
腕を切断されて、黒い感情に支配されて暴走し、自分を見失った己の未熟さを恥じている。
だけど、だ。
そんな状態のアカネに対して、何も出来ないと感じていたかもしれないルイナの気持ちを考えると、胸が張り裂けそうだった。
かつては敵だった。
何なら、今もそうだろう。
けれど。
友に行動し、助けられ、お茶をして。
少なく短いけれど同じ時間を共有した人が大変な目に遭っていたら、きっと優しい人は誰だってキツいモノがあるだろう。
「……ごめんなさい、ルイナさん」
だから、アカネは愁眉を寄せてルイナに謝った。
謝ったところで許されるとは思えないけれど。
「……心配、かけさせんじゃねぇ」
「……はい」
もうこの人のことを敵だとは思えないな、とアカネは心の中で呟いた。きっと、こんなことを本人に言えば怒られるから絶対に口にはしないけれど。
と、アカネがルイナとの会話に一区切りつけたところで、後方から声がかかった。
「もういいかな」
アカネとルイナは特に驚くことなくゆっくり振り返る。当然、この場において二人に話しかけてくる人物など一人しかいないからだ。
黒と白の髪の毛。
青と黒の瞳。
現実離れした美貌。
規格外の魔力。
化け物じみた圧力。
第S級指定罪人、神魔。
またの名を、ジーナ。
「エリス……。いいえ、ジーナ」
キン、と。
アカネは意識を完全に戦闘モードに切り替えるように剣を顕現させた。〈空の瞳〉の暴走の影響か、イマイチ魔力の制御が定まらない。現時点において、剣の最大生成数は十にも満たないだろう。
刀剣魔法、刀剣舞踊の本領を発揮することは厳しい。
だが、それでも引くわけにはいかない。
「その名を口にしていいのはこの世界で二人だけ。ハルとセイラだけよ。あなたのような何も知らない女なんかに呼んでほしくないわ」
「二人と、どういう関係なの?」
昔ながらの知り合いなのは間違いない。
泥犁島であの二人がジーナを巡って争ったことは記憶に新しい。そして彼女本人の口振から推測しても、三人は絶対に何かの繋がりがある。
しかし、アカネの質問に対してジーナは明らかに不機嫌そうに眉を寄せると、
「教えるわけないでしょ。気持ち悪い!」
グン! と。
怒りを露わにしたままジーナがアカネに突進してきた。咄嗟にアカネは剣を構えて彼女を迎え撃つ。
ジーナは右手を前に突き出している。白い光球だが縁は微かに黒い。人間大のソレが、地面を抉りながら解き放たれた。
「私が出る! お前は下がれクロカミ!」
「る、ルイナさん!」
アカネの声を振り切って、ルイナが勢い良く前へ出た。
闘志が漲っているのか。それとも先刻、アカネが気を失ったことで自身の力の無さを痛感したからか。ルイナは奥歯をぎりっと噛んで切れ味のある瞳をさらに鋭利に細めた。
透刃魔法。
不可視の斬撃を生み出す魔法を、ルイナはジーナが射出した魔力の球体へぶつけた。
「裂かれろ!」
ズバン! と。
不可視の斬撃が、絶大な威力を誇る人間大の球体を縦に真っ二つに裂いた。二つに別れた球体はこちらに疾走していたジーナを避けるように彼女の両脇を通過する。
それだけで街への被害は甚大だ。地面は抉れて建物は粉々に。
しかしそんなのお構いなしに、ジーナは自身の攻撃を正面から切り裂いたルイナへ突進する。
「邪魔」
「ぬかせ!」
吠えて、ルイナはジーナを迎え撃とうとする。
だが、その刹那にジーナが神魔の名に恥じぬ力を魅せつけた。
魅せつけた、と表現したが些か微妙な判断だ。何故なら、魅せつけられる前にルイナはその攻撃を受けていたからだ。
弾丸。
そして斬撃。
魔力を圧縮して作り出した弾丸と、魔力の形質を変えて精製した刃によって、ルイナの体に確かなダメージを与える一撃が見事にクリーンヒットした。
「あ、がぁ⁉︎」
「ルイナさん!」
その場に崩れ落ちるルイナに意識を奪われたアカネだが、それはこの場においてはミスだ。いまこの瞬間にも、ジーナは迷うことなくアカネを殺すために向かっている。
所詮、彼女にとってルイナは路傍の石ころだ。ただ通る道に転がっていた石が邪魔だったから軽く蹴り飛ばしただけなのだ。
本来の目的はアカネの殺害。
故に止まる理由はない。
「次はあなただよ、レイシア・エル・アルテミス」
「……っ!」
そうして、ついにアカネとジーナがぶつかった。
アカネの刀剣が、ジーナの魔力剣と火花を散らして激突し、その衝撃で発生した余波がビリビリと大気を揺らす。
二種類の特別な瞳が、正面から睨み合う。
もう共鳴することはない。
ただ、相反する青い瞳同士が、その色を鋭くして燃やす。
「あたしはこの国でやらなきゃいけないことがあるんだ。だから、こんな所であなたなんかに邪魔されてたまるか!」
「なら諦めるといいよ。あなたが歩く道は、今日ここで崩れて無くなるんだからね」
△▼△▼ △▼△▼
轟音が響き渡ったことで、セイラの中で嫌な予感が胸の中で広がっていく。
綺麗な赤い髪の毛が、走っていることで風に靡いている。その隙間から覗く双眸は、不安げな光を孕んでいた。
「アイオリア王国」の首都である「アネモイ」にきてまだ日は浅い。ここからどうやって「ドロフォノス」と接触し、「お父様」やクロヴィス・ボタンフルールを撃破してメイレスを救出しなくちゃいけないのか。
考えることもやるべきことも山程あるというのに、ここにきてハルが逮捕とこの無関係とは思えない騒動。
「ユウマか、もしくはアカネか……」
どちらにせよ、身内が起点の問題だった場合、目立たずに事を終えることは難しくなった。
「うだうだ言ってても仕方ないでしょ。……ほら、もーすぐよ」
ノーザンが諭すように言って、セイラは頷いた。彼女の言う通り、問題はすでに起きてしまっている。生じた以上、収束に向かうためのことをしよう。
騒ぎの音が近い。
市民の気配はもう近くにはない。
気を引き締めて――、
「見ない顔だ」
「「――⁉︎」」
ドン! と。
唐突に頭上から声がしたと思って、二人が同時に見上げた瞬間、地面が激しく揺れた。セイラとノーザンの視界に、声の主はいない。
ならばどこにいるのか。
震源地。
頭上から前方に視線を移す。
いた。
そいつは黒い衣装を全身に纏っている男だった。白い髪を肩まで伸ばし、正義感が強い顔をしていて、メガネをかけている。
「……この先で爆発事件が起きたと推測される。無関係者はただちに避難を」
メガネをくいっと上げて、黒い装束で全身を包む男がそう言った。開口一発目が乱暴的な登場と共に放たれたから、このタイミングで避難勧告を受けても信頼性はまるでなかった。
そもそも、コイツは誰だ?
市民に避難を促す立場側の人間なのか?
返答によっては戦闘になる。今はそれを避けたいセイラはどうするか数瞬迷った末にゆっくりと口を開いた。
「まだ私の友人が向こうにいるんだ。早く迎えに行かないといけない」
メガネの男はセイラを見て、
「そうか。ならば私がそちらへ向かおう。君たちは早く東の風車塔へ。そこが避難地になっているはずだ」
「いや。私が行く。他の誰かに任せるわけにはいかない」
「心意気は買うが、この先は危険だ。現在、「アネモイ」には危険因子が不法入国している。君たち市民はすぐにでも退避を」
「危険因子……。だが、一人は逮捕して城の地下に幽閉されているのだろう? この騒動がその者たちが起こしたかどうかまだ分からないんだ、動ける時に動いて友人を迎えにいきたい」
「……そうか」
どうやらメガネの男はセイラの説得に折れてくれたらしい。彼はスッと道を開けるように横へ動いた。
ほっと一息吐いた。
ややこしい事にならずに先へ進める。
セイラとノーザンは再度走り出す。
メガネの男の横を通り過ぎる。
「――ところで」
「……?」
「どうして容疑者が城に幽閉されていると知っているんだ? その情報は外部に漏れていないはずだが」
冷静沈着な声が耳朶を打つ。
通り過ぎ様の敵意ある声色が、セイラとノーザンの意識を完全に切り替えさせる。
だが、刹那遅かった。
セイラが拳を握り、ノーザンがタコとハリネズミが合体したような合成獣を精製した瞬間、メガネの男が地面へ向かって拳を振り抜いたのだ。
ゴッガァ‼︎ と。
盛大に地面が割れた。蜘蛛の巣のように地割れが広がり、セイラたちの足場が崩れる。
「……なっ」
「貴様たち。雷の真六属性の仲間だな」
失態だ、と反省する暇もない。
雷の真六属性という単語が出てきた時点で、この男はハルのことを知っている。そして、セイラの失言を失言だと判断出来たということは、この男は更に王城関係者だ。
なんていうタイミングで遭遇してしまったんだと、自分の運の悪さに嫌気が差してしまう。
だが、そうも言ってられないのもまた事実だ。
足場が悪くなった状況下、セイラはノーザンが咄嗟に顕現させたタコネズミの合成獣を急拵えの足場にして飛び跳ねた。
ブヨん、と弾力のある音が怪しくなった。
メガネの男の頭上を取って、宝剣を握る。
「はぁぁあああ!」
「公務執行妨害だ、侵入者」
宝剣を振り下ろした瞬間、刃がメガネの男に届くその瞬間だ。
セイラの一撃は生半可な相手には絶対に防げない。
だからこそ、それは強者の証明に他ならなかった。
指二本。
たったの指二本だけで、チョキの形を作り、その指の間で挟み込むようにして、メガネの男はセイラの剣撃をいとも簡単に防いで見せた。
「どいてくれないか。先を急いでいるんだ」
「私もだよ。さっさと手錠をかけさせてくれ」
つまりどう言った所で妥協はしてくれないらしい。交渉決裂の四文字が頭をよぎったところで、セイラは宝剣を消してメガネの男から少し距離を取るように着地した。
それから、セイラの着地と同時にノーザンがタコネズミの合成獣をメガネの男に向けて放った。
タコの八本足にそれぞれ針が生えた急襲が、容赦なく男を狙う。
「無駄だ。そーゆー小細工は私には通じない」
ブチブチブチ! と。
針が生えたタコの八本足が、グロテスクな音と共に千切られた。遅く見積もったとしても弾丸並みの速度はあったはずの八本足の攻撃を、メガネの男は全て掴むようにして防ぎ、更には千切って放り捨てたのだ。
無惨な姿となってしまったノーザンのキメラは虚空に消えて、三者が睨み合う光景が出来上がる。
「何者だ、貴様」
セイラが言った。
「私の剣。彼女の魔法。その悉くを否定したんだ。ただの正義感が強い男というワケでもないんだろう?」
メガネの男はフッと笑って、
「いやはや。私も驚いているよ。まさか、不法入国者如きがここまでやるとは。流石は雷の真六属性の仲間、と言うべきか。だが、それだけだ。結局は犯罪者。私の足元にも及ばない」
自信に満ちている、とは違う。
傲慢、とも異なる。
そう、彼の口ぶりは本気でそう思っていて、確定事項のようだった。
「……ハートリクス」
と、セイラの耳元で小声で囁いたのはノーザンだ。
「メガネの男。彼はおそらく〈鴉〉よ」
「〈鴉〉?」
「ええ。「アイオリア王国」の治安維持組織。「サフィアナ」で言うところのアレス騎士団ね。あの口振りは、きっと強がりじゃないわ。先を急ぐなら、彼に構っている暇はないけれど」
だからハルのことを知っていたのかと、セイラは腑に落ちた。しかしそうなると、かなり厄介だ。こちらはできるだけ問題を起こさずに事態の収束を図っていたというのに、ここに来て国直属の組織が介入してくると話は大分変わってくる。
(今ここでコイツを無視したとして、コイツは必ず私たちを追いかけてくる。追われた先にアカネたちがいた場合のことを考えると……)
全ての可能性を考慮した上で、セイラが下した決断は――、
「ノーザン。先に行け」
「……本気?」
「あぁ。私がコイツをここで引き止める。その間に、ノーザンはアカネたちと合流してハルの救出に向かってくれ」
「理屈は分かる。けど、それだとあなたは? あなたがここで彼に敗北したらこの先の戦いで勝率はガクンと下がるわよ。分かってるの?」
「分かっている。それに……負けないよ、私は」
自信に満ちた顔でセイラは笑った。
ノーザンは微かに目を見開くと、呆れるように息を吐く。
「はぁ。振り回されっ放しだわ、本当に」
「すまないな、ノーザン」
「別にいいわよ。目的さえ達成できればね」
「また後で必ず会おう」
「会えなかったらレイシアが泣くわよ」
「違いない」
それは絶対に嫌だから、セイラは必ず約束を守ろうと胸に誓い、ノーザンが去っていくのを見届けるとメガネの男に視線を移した。
「優しいんだな。待ってくれて」
メガネの男はメガネをくいっと上げて、
「すぐに終わる。待たずして追いかけるまでだ」
「確かに。それもそうだ」
二人の視線が交差して、
「「お前を倒して私が追いかける」」
直後。
セイラとメガネの男の拳が激しくぶつかった。
△▼△▼ △▼△▼
「なんだなんだ⁉︎」
またしても鳴り響いた轟音に、走っていたユウマは驚いていた。音の反響具合からして遠くはないが、それでも至る所で爆発音しすぎじゃないか? という疑念が晴れない。
「どっちに向かうべきだ⁉︎」
「目的地は変えない!」
と、叫ぶように答えたのはユウマの隣を走っていたナギだ。
「その心は!」
「順番的に今響いた音は二次被害の可能性もある! 仮に全く違う騒動だったとしても、一番最初の騒動関連で起きたかもしれないわ! だったら、まずは最初の爆発音の場所に行くべきよ、ユーくん!」
ナギの言い分にユウマは納得するように頷いた。確かに彼女の言う通り、現段階で方向性を変えるメリットはあまりない。変えたことで悪い方向に物語性が傾くこともある。同時にその逆もありえるが、本来の目的に沿った方向性なのだから反論する余地もなし。
二種類の爆発音。
どちらも気になるが、まずは先へ進もう。
「近いぞ!」
「ええ!」
連続して鳴り響く激しい音は、距離詰まるにつれて具体的なものになっていく。
鋼音。
正確には、刃と刃が競り合う音だ。
景色が変わる。
建物は崩れ、地面は陥没し地割れ、砂煙が辺りを漂っている。
目を細めて口元を腕で隠し、砂煙を抜けた先にユウマたちの視界に飛び込んできたのは――、
「刀剣舞踊……桜閃刺突!」
ガギン! と。
謎の女に本気の一撃を叩き込むアカネの姿だった。
「アカネ⁉︎」
「――! ユウマ!」
「よそ見!」
ユウマが見えた瞬間、アカネがパァっと顔を明るくした。なんだその反応かわいいな。などと思った矢先に、敵対者の女がアカネの隙を突くように黒色の靄で作り出した剣で襲いかかった。
が、アカネはすぐに視線をその方向に変えて鋼色に輝く剣で弾き返した。
「してないよ。ずっと見てる!」
まるで愛の告白のように思える発言をしたアカネにイラついた敵対者の女が舌を打ち、ユウマに視線を投げた。
「……ユウマ」
「……? 誰だ、オマエ」
白と黒の髪の毛という異質な特徴を持つ美女だ、一度見たら忘れるわけがない。記憶がないのなら、ユウマは絶対にこの女を知らない。
しかし相手の方はどうやらそうでもないようで、敵意を剥き出しにしてユウマへ右手の掌を向けた。
魔力が、充填される。
「な」
「消し飛べ」
ズォア! と。
白色の球体が地面を抉りながら凄まじい速度でユウマへ迫る。
突然の攻撃にアカネは一瞬対応が遅れる。
ユウマのことだから大丈夫だとは思うが、相手はあのS級罪人である神魔だ。そんな彼女の攻撃を、不意打ちという形で受ければ……、
「星拳!」
……という懸念は杞憂だったようだ。
ユウマは星の力を乗せた一撃で神魔の攻撃を打ち消した。
それから、ユウマの隣にいたナギがすかさずに両手をパン! と合わせて空箱魔法で神魔を不可視の箱の中に閉じ込めることに成功する。
「ユウマ!」
「アカネ! 無事でよかった! ってかあいつ誰⁉︎」
「神魔よ、ユーくん」
と、駆け寄ってきたアカネの無事を喜ぶ暇もなく、ナギがゾッとすることを軽く言った。
神魔。
その名は、この世界で知らない人間はいないほどの有名人だ。
それこそ、知名度や、もしかしたら実力も「ドロフォノス」の親玉以上の……。
「そんな奴が、どうしてここにいてアカネを狙ってるんだよ?」
ユウマの隣にきたアカネは首を横に振って、
「わからない。だけど、あの人はハルとセイラと昔からの知り合いみたい」
「二人の……?」
眉を顰めるユウマ。
あの二人とは腐れ縁だ。もうずっと長いこと一緒にいる。だけど、それ以上にあの二人の付き合いは長い。〈ノア〉を立ち上げたのは三人と一匹でだが、二人と合流する前の物語をユウマは殆ど知らない。
昔のことを話したくない気持ちはわかるから、聞こうともしなかった。
だが、予感はあった。
神魔というワードが出るたびに、あの二人の間で流れる空気が変化するから。
「考えるのは後だ。今はとにかくあいつをどうにかしないとだろ」
「うん。あの子に苦戦してたら、「ドロフォノス」まで辿り着けない」
「はっ。アカネも言うようになったじゃねぇか。相手は神魔だぜ?」
アカネは剣を構えて笑う。
「倒せるよ。あたしたちなら」
思わずユウマは面食らった。
あのアカネが。
泣き虫で、弱くて、可愛くて、自分に自信がなかったあのアカネが、こんなに頼もしく強くなったなんて。
今のアカネの姿を見たら、ハルはなんて言うだろうか。
ユウマはつられて笑った。
もう彼の隣には、強い人しかいなかった。
ボゥ……ッと、ユウマの拳が白色の光に包まれる。
星の圧力が、宿る。
「前哨戦には、ちょうどいいか」
「私のこと忘れないでよね」
「おれも!」
と、アカネとユウマの闘志に煽られて、ナギとギンがやる気を見せる。
アカネはみんなを見回して、微笑んだ。
頼もしい。
仲間がそばにいるだけで、こんなにも力が湧いてくる。
負ける気がしない。
「やろう、みんな!」
「「「おう!」」」
〈ノア〉VS神魔。
いつか必ず訪れるはずだった戦いが、火蓋を切った。




