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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
風都決戦篇
148/192

『三章』29ネザーコロシアム④


 ――ネザーコロシアム開催まで、残り一日。


 アカネがルイナと行動を共にし、ハルとレイスが再度捕らえら、セイラとノーザンが動きを見せ、アレスが単独で姿を消していた時だった。

 

「……ユウマぁ。メイさんは本当に大丈夫なのかなぁ」


 悲しそうな声でそう呟いていたのは、白銀のモフモフした小さい体を持つ犬、ギンだ。

 ギンは尻尾を垂らしきり、見るからに元気がない。

 

「心配すんなよギン。メイさんだぜ? あの変態黒野郎に封印されたとしても、メイさんならきっと大丈夫だ。だからオレたちは、今出来ることを考えて行動しよう」


 茶髪頭の上に落ち込んでいるギンを乗せているのはユウマだ。いつもは和服だが、今は「アイオリア王国」に潜入という形を取っているので違う服装である。

 なんというか、あまりセンスを感じないイタイ服装だが、ユウマはそれがカッコいいと思っているので誰も触れないであげてほしい。


 ユウマたちは現在、「アネモイ」の中で際立つ風車塔の近くを歩いていた。

 景色はただの街並み、その住宅街だ。

 人の波を避けて進んでいたら、いつの間にかここにいたのだ。


「でもさユウマ。あの黒男、罪人って言ってたよ。それに〈死乱〉って、確か「ドロフォノス」だよね? てことは、もうオレたちの存在は向こうに知られてるんじゃないの?」


 ギンの疑問にユウマ立ち止まって、


「……確かにな。ってことはアレか、オレたちはもう別に隠れてコソコソする必要がないってことか?」


「そーなんじゃない? ……いや、隠れた方がいいとは思うけど、完璧に姿を消しながら「ドロフォノス」を倒す必要はなくなったと思うよ」


「それはそれで助かるのか? 正直、コソコソしながら「ドロフォノス」を倒すのは骨が折れると思ってたからな。これで思う存分ぶっ飛ばせる」


「前向きに考えるならそうだね!」


 とはいえ街や人に及ぶ被害を考慮するなら、やはり騒ぎは大きくしたくない。そもそも、派手に戦わないことを徹底しようとしていた理由は、「アイオリア」と「サフィアナ」の両国間の関係性を悪化させないのもあったのだから。

 元々仲が悪いからといって、相手国を荒らすマネは利口なやり方とはいえないだろう。


「にしても、だ。セイラたちはどこにいるんだ? メイさんのことだ、全員を「アネモイ」に転送したんだろ。なら、絶対にいるはず。まずは合流しないと」


「それもそうだね。……ハルもアカネも来てるよね」


「……そうだな。そうだといいな」


 二人は心配そうに表情を変えた。

 アカネとハルだけは、クロヴィスが襲撃した時にあの場にいなかった。正確には、アカネは別室にいて、あの後どうなったか知らないのだ。

 おそらく、メイレスが何とかしてくれたろうけれど、それでも心配なのに変わりはない。

 ハルはハルで「エウロス」から行方が分からないし、無事なら「アイオリア」にいてほしいという思いがあった。


「じゃあ、みんなと会う前にオレたちはオレたちに出来ることをやろう。まずは少しでも「ドロフォノス」の情報を集めるんだ」


 ユウマがギンを元気づけるように言うと、白銀の小犬は可愛い顔を頷かせた。


「うん、そうだね」


「その意気だ、ギン。……とは言ったものの、どこに行けばいいんだ?」


 「アイオリア王国」、それも「アネモイ」なると土地勘なんて皆無だ。なんなら知り合いもゼロである。こうなってくると、初めての土地に旅行に来たけど仲間とハグれて心細い情緒が否めない。

 こういう時、アカネやセイラがいれば心強いのだが……。

 とか言っても事態が好転するわけもないので、ユウマは茶色い頭をかきながら息を吐いて住宅街を歩いていく。


 住宅街を歩き進んでいくと、ユウマとギンはとある場所に辿り着いた。

 塔の真ん中に「東」と刻まれた風車塔の前だ。

 ユウマとギンは口を開けて風車塔を見上げた。


「でっけーなぁ。「桜王」よりは大きくねーけど、この風車もなかなかだ」


「そうだねえ……。何の意味があってこれを作ったんだろう?」


「さぁなぁ。でもこの街のシンボルっぽいし、「アリア」の「桜王」と同じで結構歴史はあるのかもな」


 「桜王」の名を久々に口にして、ユウマとギンは少しだけ「アリア」が恋しくなった。

 最初は温泉街「メランポタモス」に行く予定で家を出たのに、気づけば罪人たちが山ほどいる島に行ったりその親玉である家族をぶっ飛ばしに他国に来たり。

 とにかく怒涛の数日間すぎて現実離れしていると思った。もう随分と、「アリア」に帰っていない気もする。


「早く帰ろうな、みんなで」


「……うん」


 これは約束だ。

 相手は罪人だが、「ドロフォノス」だが、誰一人として欠けることなくあの家に、〈ノア〉へ帰ろう。

 改めてそう誓った二人は、風車塔を後にしようと背にして歩き出した。

 そして、すぐに後ろを振り返ることになる。

 何故か。


「あー……。ユーくん。あーユーくん。どこへ行ってしまったのユーくん。一人で心細くないかな、大丈夫かなユーくん」


「……ユウマ」


「無視をしろギン。何も聞こえない、聞こえてないんだ」


 聞き覚えのある声がしたので振り返ってみれば、泣き崩れるようにして風車塔にもたれかかっている美女がいた。

 紺色の髪に毛先が夕焼け色をしている、スタイル抜群の美女だ。一目見ただけでメンドクセェ奴がいると分かった。

 ……いや、嬉しい。

 会えたのは嬉しいし無事だったことにも安心したから良いのだが、それはそれとして、という言葉があるように、それはそれとしてなのだ。

 

「私がいなくて泣いてないかな。寂しくて泣いていないかな。……心配だわ、ユーくん!」


 ユーくん。

 もとい、ユウマとギンはなんだか遠い目になっていた。


「ユーくん」


「だまらっしゃいギン。アイツはいい。アイツだけはいい。別に今の雰囲気に合ってないし。ブルーな感じの雰囲気に合ってないし、アイツ」


「でもユウマ。ナギがすごくこっちを見てるけど」


「気にするなギン。アイツにオレたちのことは見えていない。もうそういうことにしよう」


「……でもユウマ。ナギがすっっごい眼力で見てくるけど!」


「多分寝不足なんだよ。ほら、いくぞギン」


 もう現実逃避をするしかなかった。

 ユウマはギンを連れてさっさとその場を去ろうと早歩き……いいや全速力で走り出した。

 けど悲しいかな。

 ナギ・クラリス。

 彼女の執着性をナメてはいけない。

 ユウマとギンが歩き始めた瞬間、目をギラッギラに輝かせると猪突猛進の勢いで少年の背中にダイビング。


「ユーくぅぅううううううううんッッ‼︎‼︎」


「ごっはぁあああああ⁉︎」


 結果。

 なすすべなくユウマはナギの愛のタックルの餌食なってゴロゴロと転がっていったのだった。


「探したぞ、ユーくん!」


「だぁから! お前は全部が激しいんだよバカ!」



△▼△▼ △▼△▼



 ――〈鴉〉はいつでも「アイオリア」の側につく。

 

 それは〈鴉〉が創設された時から決まっている絶対事項である。どんな状況でも〈鴉〉が第一に優先することは王国の安寧。

 故に王国に危害を加える異分子は徹底的に叩き排除する。


「――隊長は今回の件、どう見てるんだ?」


 王城、薫風ヴァンシュタインの中だった。

 正確には〈鴉〉が集まる会合の間である。

 無駄な装飾はなく、簡素な内装だ。

 テーブルや椅子は用意されているが、全員が全員着席しているわけではない。

 

「「ドロフォノス」か?」


 隊長と呼ばれて答えたのは桜髪の少年、カイ・リオテスだ。対して、隊長と呼んだのは「エウロス」でレヴィの気を失わせた少年、シュンである。

 ツンツンした緋色の髪の毛に、三白眼。目つきは悪いが、カイへの忠誠心は瞳の色で窺えた。


「「ドロフォノス」もそうだけど、雷の真六属性やレヴィ様のことだ。……一気に動き過ぎじゃないか?」


「……」


 元々、「ドロフォノス」の動向は監視していた。「エウロス」を拠点にしている時点で業腹なのに、こうも自由に動かれると枕に頭を安心して預けて寝られない。

 「ドロフォノス」は罪人だ。たとえ、「アイオリア王国」にとって英雄的な存在だろうとも、他の国々では絶対的な悪人として名が通っている。

 それを知らないカイたち、〈鴉〉ではない。

 だから、「ドロフォノス」の動きは常に注視して、どんな些細な変化も見落とさないようにしていたのだ。


 しかし、ここにきて奴らは急に動き始めた。いつも通り、仕事として人を殺しにいくのではない。

 『明確な目的があって動いている』ような、そんな感想を抱いてしまうほどの機敏な動き。


「そしてタイミングを見計らったみたいに、「サフィアナ王国」の連中の介入があった。これをただの偶然と片付けていいのか?」


 シュンの疑問は当然だった。 

 偶然は、上手すぎると策略に姿を変える。逆に疑わない方が難しいと言えるだろう。

 〈鴉〉は「アイオリア」の治安を守る組織だ。

 そして、王家を守護する役目の翼だ。 

 

「カイ隊長」


 と、カイを呼んだのは金髪ショートヘアで前髪を黒い鳥のヘアピンで留めている少女だった。小柄な背中には風船をくくりつけたバックを背負っていて、黒の衣装のフードを深く被っている。


「なんだ、ミユ」


 ミユと呼ばれた少女は、風船を繋いでいる糸を細い指でくるくると弄びながら、


「私個人の意見ですが、「ドロフォノス」と「サフィアナ」が協力体制を作り上げているとは考え難いです」


「何故そう思う?」


「空から落ちてきたので」


「は?」


 と、ミユの言葉に思わず口をぽかんと開けてしまったシュン。彼は変なことを言うなよと言わんばかりに笑って、


「どんな理由だよ、ミユ。しかもそれ、雷の真六属性アラセスタのことだろ?」


「うん」


「うんってお前なぁ……。アイツは不法侵入者だぜ?」


 しかもただ「アイオリア」に不正で入国したわけじゃない。どんな理由があるかはさておいて、あの真六属性アラセスタはあろうことか「クレタ」に侵入している。

 「サフィアナ」の罪人が起因して全滅させられた、「クレタの民」の住んでいた街に。

 しかもそのタイミングで「ドロフォノス」が怪しげな動きを見せているのだ。関係がない、と安易に捉えるのは利口ではない。


「……そうだけど。それは説明した通り、私にも原因はあるわけで」


「それでも「クレタ」の上空上にいたのはアイツだ」


「それもそうだけど……」


 ミユがいくら言っても、シュンはあの雷の真六属性の罪を帳消しにするつもりはないようだった。

 ミユは困ったように肩を縮こませて落ち込んでしまう。

 少しだけ後悔してるのだ。

 あの時、ミユは「クレタ」上空をいつもみたいに監視していた。「ドロフォノス」や、他の罪人などが近寄っていないか見回りをしていたのだ。

 その時、雷の真六属性が急に落ちてきて、無視なんてできるわけもなく助けた。

 だけどミユの風船が割れて「クレタ」に落下してしまうことになったのだ。


 あれはあの人に罪はない。

 絶対にミユの責任なのだ。


 だから、ミウはあの時冷たい対応をしてしまったことに後悔しているし、その後にみんなに説明してもわかってもらえなかった。


「お前に非はない。あるのはハル・ジークヴルムだ」


 冷酷にそう言ったのはカイだ。

 ミユは眉尻を下げて、


「……はい」


 そう言うしかなかった。

 そういいたくないのに、そう言わざるを得なかった。

 ミユはそれ以降、俯いたまま発言をすることはなかった。

 代わりにとばかりに口を開いたのは、壁に背を預けて立っている人物だ。

 

 白い髪を肩まで伸ばし、メガネをかけている高身長の青年だ。顔立ちはハッキリしていて良いが、キリッとした目つきは善悪を明確に区切っていそうだ。

 〈鴉〉の一人、ノーマン・シュタインである。


「この際、「サフィアナ」がどう関わっているのかは重要じゃありません。視点を置くべきは、「ドロフォノス」……〈死乱アッカド〉の活性化です」


 メガネをクイっと上げてノーマンは言う。

 〈死乱〉の活性化。

 具体的には、一席、二席、三席の上位三名が表立って行動していることだ。


 「ドロフォノス」が「アイオリア」に棲みついてから、ただの一度も上位三席がほぼ同時に動くことはなかった。


「何かあるはずです。上位三席が動いた明確な理由が」


「……明確な理由、か」


 ノーマンがたてた予測に対して、カイは思考に耽るように呟いた。

 彼は〈鴉〉のトップという立場上、「アイオリア王国」内において『立場が王族の次に上』な「ドロフォノス」と関わることが多い。

 六席以外の〈死乱〉は面識があり、少なくとも他の〈鴉〉のメンバーより動向を探りやすい。

 だからどんな些細なことでもすぐに気づけるが、恥ずかしいことに上位三席の変化には全く気づけなかった。基本的に他者に興味がない連中だ、そんな奴らが際立って動くなど分かり易いはずなのに。


 捉えた雷神や蓮爆を違和感なく処分するためにはどうするかを考えていた時、三席であるゲッケイジュ自らが名乗り出たのは驚きだった。

 脱獄され、予定通りとはいかなかったが、再捕獲は完了した。あとは時間に任せればいい。


 ……レヴィの件も、想定外ではあったが。


 とにかく、だ。

 奴らと多く関わっていても、明確な理由はカイでも分からないのだ。


「……仕掛けてみるか」


 と、カイは言った。

 ノーマンが首を傾げた。


「仕掛ける、ですか?」


 カイは頷いた。


「おそらく、「サフィアナ」の人間は雷神だけじゃない。そいつらが何かを知っている可能性もある」


 そこまでカイが言うと、ノーマンが笑った。


「……成程。こちらから向こうに仕掛け、情報を得ようと」


 シュンも笑った。


「いいね、面白そうだ」


「……」


 あと一人、一度も発言をしていない、最後の〈鴉〉のメンバーはフードを深く被ったまま顔を見せずに頷いた。ミユは何も反応しなかったが、雰囲気はあまりやりたくないように思えた。


 それぞれの反応を確認したカイは、最後にこう言ったのだった。


「黒髪に青い瞳の女には手を出すな。その女は私の恩人で、友人だからな。私が直接当たる。もし見かけたら、すぐに連絡しろ」


「「「了解」」」


 ――〈鴉〉が、羽を広げて動き出す。



△▼△▼ △▼△▼



 ――レヴィが連れて行かれ、バルドルの正体を聞かされて、結局脱獄も叶わなかったハルとレイスは牢屋に逆戻り。

 二人は別々の牢屋に入れられて、最初よりも厳重な警備と設備の下で虚しく息を吸って入っている。

 手錠も何もかもが分厚く、魔力回路を妨害する効果も強くなっている。

 魔力ゼロの状態には『慣れている』ものの、ずっとこれはキツい。


 ネザーコロシアムの前に殺すつもりなんじゃないだろうかと、疑いたくなるほどだ。

 呼吸は荒く、無意味な汗も湧き出てくる。


「……こんばんわ」


 その挨拶で、今は夜なのかと悟ったハルは息を荒くしながら顔を上げた。

 霞む視界。

 ぼやける周囲。

 ピントが徐々に合っていき、声の主の正体が判明してハッと笑う。


「……お前か、風船ちゃん」


「……ミユです。……ただのミユです」


 黒い衣装を着ている風船女の子がそこにいた。

 ミユ、というらしい。

 彼女はハルの現状を見て申し訳なさそうに眉尻を下げると、


「すみませんでした」


 頭を下げた。

 それはきっと、風船なんかよりもずっと重いはずの。


「……なんで謝るんだよ、お前が」


「私が。あなたをちゃんと助けられなかったから。私が、あの時ちゃんと自分のせいだって言えなかったから」


 確かにあの時、ミユはハルを裏切った。それを怒っていないと言えば嘘になるし、正直少しだけ悲しかった。

 だけど。


「仕方ないんだろ。立場上、ああせざるを得なかったんだろ。だったら、お前は、何も悪くないぜ……」


 息も絶え絶えになりながら、ハルは言った。

 ミユは頭を下げたまま、こちらの話に耳を傾けている。


「〈鴉〉だが鳩だが知らないけどさ。お前は俺を助けてくれようとしてたじゃねぇか。そりゃムカついたし、なんだコイツって思ったけど。……それでも助けようとしてくれた。だから、お前は何も悪くない。……助けようとしてくれて、ありがとう」


「……っ」


 それは素直な感想だった。

 結果はどうあれ、過程においてミユはハルを救おうとしてくれた。お互いの立場が救済を邪魔したとはいえ、その事実は変わらない。決して、覆らないのだ。

 だから、謝罪なんてしなくていいのだ。

 だから、そんな顔をしなくていいのだ。

 だから、俯く理由なんてないのだ。


「……これ。持ってきました」


「……それは」


 ミユは顔を上げると、懐から何かを取り出した。

 ジャジャラと、音を奏でながらミユの手の中で踊るのは、硬質で所々錆びた物。

 鍵だ。

 牢屋と、錠の鍵。


「出てください。今なら監視もありません。王城の裏ルートを教えます。そこなら誰にもバレずに外へ出れます」


 なんという幸運。

 魔力回路を妨害されるのは正直もう限界だった。

 ……だけど。


「いや、いい」


「え?」


「俺は出ない」


 キッパリと断ったハルに、ミユは呆然とした。


「な、なんでですか? そんな状態でいれば……ネザーコロシアムに出れば、確実に死ぬんですよ?」


「そうかもな。だけど……これで出れば、真っ先に疑われるのはお前だろ、ミユ」


「……それは。そうですけど」


「そんなのは嫌だ。だから、出ない」


 恩を仇で返すような、くだらない男にはなりたくないのだ。確かに鍵は喉から手が出るほどほしい。けれど、その場限りの幸運を掴んだとして、先に待っているのは果たして皆が喜ぶ物語なのか。

 一人でも不幸の中涙を呑むのなら、その選択は絶対に間違っている。

 

 ハル・ジークヴルムという少年は、それを選ばない。


「気持ちはありがとう。嬉しいよ。だけど、今はもう帰れ。俺なら大丈夫だ」


 ミユは手持ち無沙汰になってしまった鍵を渋々ポケットにしまった。

 それから、可愛らしい顔を悲しそうにして、


「……死にますよ」


「かもな」


「昨日今日会ったばかりですけど、死んでほしくないです」


「……にっしし。ありがとう」


 何を言っても、この人は自分の意思を曲げないのか。そう思ったミユは諦めがついたみたいに軽く息を吐くと、ハルに背を見せた。

 小さな背中だ。

 こんな小さな背中で国を守っているのか。


「……ミユ」


「……なんですか」


「俺はこの国を許さねえ。だから、この国を終わらせる」


「……そうですか」


「あぁ」


 レヴィを苦しめ、「ドロフォノス」なんかと手を組んでいる国なんか絶対に許さない。

 隠すつもりなんて毛頭ないから、ハルは正直にミユへ伝えたのだ。意外とあっさりした反応だったから少し驚いたけれど。


「叶うといいですね、ハルさんの願い」


 それから、彼女は去り際にこんな言葉を残して行った。


「――私も。こんな国、滅べばいいと思っていますよ」


 掠れていて、小さくて、頼りない声は。

 失望の色に染まっていた。



△▼△▼ △▼△▼



 ――王族は国で一番の権力を持っているはずだ。


「やぁ! シェイナ姫じゃないか!」


「……ちっ」


 王城の長い廊下だった。

 シェイナ・ペルセポネが、実の父親のもとへ向かっている最中である。

 本来なら「薫風ヴァンシュタイン」は王族や貴族、その関係者しか入城を許可されない神聖な場所。

 なのにどうだ。

 何故こんな我が物顔で『罪人』が歩いている?


 それも「ドロフォノス」。

 〈死乱〉の第一席ときた。


「何の用かしら、クロヴィス」


 不快感を隠す気もないシェイナ。

 そんなシェイナが面白いのか、クロヴィスは笑った。


「用だなんて何もないよ! オレはただ普通に自分家を歩いていただけだからね!」


「……自分家、ね」


 ますます不愉快でしかない。

 一体いつから、「薫風」がこんな罪人の家になったのか。

 シェイナは苛立ちと不快を隠そうとせずに、クロヴィスの横を通り過ぎる。


「恩を売ったのは、あなたたちの親でしょう」


「だからこそ。その恩寵を受けているのさ」


「傲慢ね」


「それは俺にだけ許された二文字さ」


 どこまでも不遜な〈死乱〉の第一席は、手の中で黒い球体を弄びながら廊下を進んでいく。

 「ドロフォノス」はどいつもコイツも狂ってる。

 親は変貌し、妹は記憶を失い、もう一人の妹は寝たきりで。

 

 では一体。

 誰がこの国を守るというのか。


 あの悪辣な者たちから、誰がこの国を守れる?


「私しかいないでしょうが」


 唇を噛んで、血が垂れるほど犬歯で噛んで、シェイナは歩く。


「私しか。この国を……民を。レヴィを、モイラを守れないでしょうがッ」


 ……誰でもいいから。

 お願い。


「私しか……。いないんだからっ」


 ――「アイオリア」を、助けて。



△▼△▼ △▼△▼



「ルイナさんって、おっぱい大きいですよね」


 ジト目と三角になった口の先にデッカい山が二つある。

 「アイオリア」の街中を歩いているルイナのおっぱいについ目がいってしまい、アカネは現実を突き付けられてしまう。

 ルイナ・サントリー。 

 美人のくせにスタイルもいいときてやがる。


「そうか? こんなの、ただの邪魔な肉塊だろ」


 ソフトクリームを食べながらルイナはそう言うが、そんな邪魔な肉塊にもなり得ないアカネの胸に、価値はあるのだろうか。

 まさに燦然と輝く太陽の下で儚く揺れる草木レベルのおっぱいなんだぞ⁉︎


「いいですね。何でも持ってる人って。その重さが羨ましいです、あはは」


「……おいクロカミ。なんか目に光がないぞ」


 光なんてとっくの昔に捨てているさ、みたいな流浪の旅人の雰囲気を出すアカネ。

 と、そんな風に二人で歩いていたら、だ。

 アカネの肩が誰かにぶつかった。


「あ、すみません」


「いえいえ。こっちも余所見をしてました」


 どちらかと言えばこっちの方がぼーっとしていたし悪いのは……と堂々巡りなことを考えていても仕方がない。

 お互いが悪かったということで、アカネは会釈をしてからルイナと二人で歩き出した。


 ――直後だ。


「貴女に夢中で貴女を見ていてたんだよ」


「……え?」


 殺気。

 異変。

 認知声。

 振り返る。

 黒いモヤが襲いかかってくる。

 刀剣魔法をフル稼働。

 モヤと日本刀が火花を散らして激突する。

 ルイナがソフトクリームのスコーンの部分を乱暴に齧ってから刃透魔法を解放。

 不可視の斬撃が襲撃者に直撃。

 黒いモヤに防がれた。


 全てが一瞬。

 一気に街中が悲鳴に支配される。

 

 アカネとルイナ。

 両者の目が驚愕に染まった。


「あーぁ。やっぱり不意打ち程度じゃ殺せないか。泥犁島ないりとうで会った時より強くなってるね、アカネちゃん」


「……あなた、は」


 可憐な声で殺伐としたことを呟いたのは、白と黒の髪の毛を長く伸ばすキレイな女性だった。年はアカネより少し上くらいだろうか。白色のローブを羽織っているが、黒白を基調とした服が目立っている。

 いいや、違う。

 目立っているのは、その女性の瞳だ。

 左右の色が違う。

 黒と青。

 神秘的で、だけどどこか魔性の匂いを感じる、吸い込まれそうな瞳だ。

 

 そして、だ。

 アカネはこの人を見たことがある。

 なんなら、話したことだって。


「……ジーナ、さん?」


「あは。覚えてくれてたんだね、嬉しいよ」


 本心から思ってそうに答えたジーナは、微笑むと軽く手を振った。

 上から下へ。

 まるで目の前にあるすべての空間を断つように。


 刹那。

 一体、誰がこれに反応出来たというのか。

 アレスやクロヴィス、メイレスやセイラ。

 ハルにも反応ができたか怪しい。

 とにかく、その刹那。


「く」


 アカネの――、


「クロカミ‼︎‼︎⁉︎」

 

 ルイナが叫ぶが、もう遅い。

 

 ――アカネの腕が肩の辺りから切断されて、青い空を背景に赤色の血が弧を描きながらくるくると回って地面へ落ちた。

ここから盛り上がります!

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