『三章』23 立てば殺薬座れば牡丹、歩く姿は黒の百合
「――はっ!」
サクラ・アカネは汗だくになりながら目を覚ました。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ。な、なに今の……」
フルマラソンを走った後みたいな疲労感が彼女を襲う中、しかしアカネは荒い息を吐きながらも、疲れに意識を向けない。
否。
向けられない、と表現した方が正しいか。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ、夢……?」
夢か?
それとも現実か?
二つの境界が曖昧になるほどの、鮮明な映像だった。
異世界に召喚された時の記憶だ。
今でもはっきり覚えているが、『ローブの人』が何を言っていたのかは聞こえなかったから知らない。
「みんなを助けて」
口の中で呟いた。
意味なんて、理由なんて全く分からない発言だ。妄言と吐き捨てられてもいいレベルの。
だが、何故かアカネの中で無視はできない言葉だった。
だから自然と、「大丈夫」と答えたのだ。
召喚された時は、意味もわからず、勝手に出た言葉だったけれど。
夢の中では、『ローブの人』の言葉を聞いた上で発言していた。
「……今さらだけど」
『ローブの人』は、一体何者――……、
ぐわん……ッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
宝石鳥が横に激しく揺れた。
アカネの思考を断ち切るように横揺れした宝石鳥。まるで大地震の震源地にいる気分になった。
「な、なに……っ⁉︎」
突然の出来事に目を剥くアカネ。すぐに部屋を飛び出してみんなの元へ走った。
止まることなく扉を開けて、二度目の驚愕を味わう。
「……なっ」
「――やれやれ。「お父様」も人遣いが荒いな」
破壊。
破損。
破滅。
とにかく「壊れている」という言葉が全てを埋め尽くすように、宝石鳥の体内にあるリビングルームが荒れ果てていた。窓があったはずの壁、宝石鳥の横っ腹には巨大な大穴が開いていて、そこから入り込む風が突風と化している。
まるでハリウッド映画でよくある、飛行機に穴が開いたシーンに似ていた。テーブルも椅子も、小道具も全て散らかり、外に飛散して、穴の外からは宝石鳥の鳴き声が、苦痛に歪む声が響いてきていた。
「オレだって暇じゃないんだから、もう少し気を遣ってもらいたいところだよ」
そんな中、悠々と立つ男が一人いた。
黒い髪に黒い瞳、極めて整った顔をしている青年だった。元の世界にいれば、間違いなくモデルとして第一線を駆け抜けることができるほどだ。スラッとして細く、その体を包んでいるのは学ランに似た黒い衣装。
黒、黒、黒。
肌は白いのに、ガワを全て黒に固める青年だけが、アカネの目の前に立っていた。
「……誰だ、お前」
思わず荒っぽい口調になってしまったのは、その男が放つ雰囲気が圧倒的に「邪悪」だったからだ。
どう説明すればいいのだろう。
例えば、数えきれないほどの殺人を犯した罪人……違う。
例えば、百獣の王を目の前に……違う。
例えば、人間的な情緒を失ったサイコキラー……違う。
何をどう表現すれば、この男を言い表せるのだろうか。
悪。
死。
血。
この世界に蔓延る「闇」を全部吸い取った存在、といえば良いのか。
間違いなく罪人で、その中でもトップクラス。かつてないほどの緊張感と危機感、それから死の匂いがした。
臨戦対戦ところじゃない。
戦うとかじゃない。
守る。
自分の命を守ることだけに集中しろと、本能と細胞が言っている。
イヤな汗が頬を伝い、ツバを飲んだ。
「ん? やぁやぁ! キミは確か第二王女だね! 「お父様」から話は聞いてるよ! ノーザンの友人にして、自分の理想を他人に押し付ける傲慢な姫らしいね!」
「……」
初対面のくせによくもまぁ人のことをこれだけ悪く言えるものだと感心したくなる。
だが、それだけだ。
反論の口を開こうとしないのだ、本能が。
アカネは無意識に魔法を発動し、刀剣を握っていた。
「……誰、なの」
「ん?」
雰囲気とは裏腹に軽い所作で首を傾げる青年。チグハグもいいところだが気にすることもなくアカネは続けて言った。
「お前は誰だって聞いてるのよ!」
言ったというより、吠えた。
このままじゃ埒があかないと判断したのだ。相手は確実に格上。けれど引くわけにもいかなかった。
だってそうだろう。
――みんながどこにもいないのだから。
アカネはなりふり構わず刀剣を射出した。
弾丸並の速さを伴って、黒い髪の青年を射抜く目的で剣が空気を貫く。
「やれやれ。初対面なのにいきなり剣を投げてくるやつがあるか」
ため息混じりに、それでいて呆れるように、黒の衣装を纏う黒い男は虫を払うようにアカネの刀剣を弾いた。乱回転しながら、剣は宝石鳥の体内と呼ぶべきリビングの壁を切り刻み、大穴から外へと出て行ってしまう。
「……くそっ」
驚いた、などではない。
そもそも驚くなんてない。
だって、悔しいけどこちらの攻撃は当たらないと、やる前から分かっていたからだ。
「凶暴な人だ。全然姫らしくない。そしてキミへの回答は「分からない」、だ」
「……お、まえ」
よくもまぁそんなことが言えたものだと思った。
仮眠をとっていたアカネが悪いが、それにしたってその時の状況を見ていない人でも奴の発言が嘘だと分かる。
分からないわけない。
あの人たちがそう簡単にやられる訳がないからだ。
こいつの強さを差し引いたとしても、全員が敗北するなんてありえない。
だから、あまりの嘘っぷりにアカネは言葉を失った。
だけど、それは一瞬だ。
アカネは魔力を解放し、両手に刀を握った。
二刀流。
髪の一部が黒に染まり、彼女の優しかった青い瞳に闘志が宿る。
口を開く前に。
口を開かせる前に。
アカネは一気に黒い男の懐に飛び込んだ。
「刀剣舞踊!」
「差を理解していないようだね」
アカネが編み出した、刀剣魔法を自由に扱う戦闘方法。それは、勝利こそないが数々の強敵を追い込むことに成功している技法だ。自信はあった。一撃くらいは入れられると自負していた。
しかし、それは自惚れだった。
自尊だったのだ。
デコピン。
悪いことをした子供にお仕置きをする仕草。
まさに軽い所作で、黒い男はアカネの刀の一撃を粉砕したのだ。
「……なっ」
刀の破片がキラキラと舞う。
驚いたアカネの表情が破片の一つ一つに映る。
ため息があった。
黒い男だった。
「はぁ……っ。弱いものイジメはあまり好きじゃないんだ。分かってくれよ、オレの気持ちをさ」
ゾク……っと。
未来を見た。
自分が、胴体を真っ二つにされて殺される未来だ。
汗がダラダラ出た。
黒い男がアカネを冷たい目で見下ろしていた。
動けない。
指一つ動かせない。
幻視、というのだろうか。
あまりにもリアルなソレは、少女の心臓をそっと丁寧に握ってきて、死へのカウンドダウンを成立させてしまう。
「……っぁ」
懐深くまで潜り込んだのが致命的だった。アカネはすぐに下がって距離を取りたいところだったが、それも叶わない。
黒い男がゆっくり右手を下ろしてくる。その掌が、アカネの顔を掴もうした、その時だ。
「――ずいぶんと楽しそうなことをしてるじゃないか、クロカミ」
キン――、と。
甲高い音と聞き覚えのある声が同時に響いた。
蜂蜜色の長い髪の毛を伸ばした女性だった。勝ち気で整った顔立ちをしていて、自信に満ちた美貌で笑っている。艶やかな唇には紅をつけていて、そこから覗く好戦的な八重歯。
妖艶な四肢と豊満な胸、まさに抜群のスタイルを誇るその体は、長袖のシャツとズボンで隠されている。
しかし、シャツの右袖の部分だけが頼りなく風に揺れていた。
「……ルイナ、さん?」
「はっ。『さん』付けとは丁寧だな。私たちは敵同士のはずだぜ、クロカミ?」
ルイナ・サントリー。
かつて、泥犁島でアカネと激戦を繰り広げ、アカネに勝ったS級罪人。
だが、アカネの中にいるもう一人の『あかね』に右腕を落とされて死んだと思われた女。
彼女が宝石鳥の中に乱入し、黒い男の悪手からアカネを守るように斬撃を振るったのだ。
結果、黒の男はアカネから距離を取り、延命に成功した。
「なんであなたがここに……」
上空千メートルの超高度の世界。生身一つで来られるヌルい環境下ではないはずだ。確かにルイナの戦闘力は高いが、自然の摂理に逆らえるほどと言われたら頷くのは難しい。
「ちょっと用があってな。実はずっと外にいたんだよ」
「外って……。いつから?」
「「エウロス」を出発する時から」
「いたん、ですね……」
なんだか唐突すぎて驚くリアクションも取れなかった。当たり前のように話すから、反応するのも馬鹿ばかしく思えた。
アカネはルイナの隣に立ち、ルイナはそんなアカネを横目でチラリと見た後、前方に立っている男を睨んだ。
「久しいな、クロヴィス」
クロヴィス。
ルイナにそう呼ばれた黒い髪に黒い装束を身に纏う男。彼は眉を寄せてルイナを睨み返す。
「……久しいけど少し無礼だな、ルイナ。オレを誰だと思っている」
面識があるように聞こえる二人の会話に、アカネは眉を寄せるばかりだった。共通点と言えば二人が罪人であることだ。罪人である以上、どこかで遭遇していたり、互いのことを知っているのかもしれない。
ルイナはそっと息を吐いた。
「弱いものイジメが趣味な顔面無駄遣いだろ」
クロヴィスは鼻で笑った。
「よく言うじゃないか、九泉牢獄に幽閉されていた分際で。強がりもここまでくると立派だね、褒めたくなるよ」
「暇潰しに入ってたんだ、飽きたら出てたさ。……まぁ、思わぬ形で脱獄することになったが、タイミングとしては絶妙だったよ。結果よければ全てよしだな」
笑みを浮かべながらルイナはアカネをチラリと見た。計算外だったが予期せぬ幸運だったと言いたげな顔だ。アカネとしてはルイナを脱獄させたわけじゃないし、なんなら逃さないために戦っていたから、心境は実に複雑だ。
実際、あの時もし仮にルイナに勝っていたら、アカネは今死んでいた。
人生とはなかなかどうして、わからないものである。
「それで? どうしてキミがここにいるんだ? まさか、そこにいる彼女を追いかけてきた訳でもないんだろ?」
「そりゃあな。確かにクロカミにも興味はあるし、決着をつけたい気持ちもある。だが今日は違う。……喜べクロヴィス。この私がお前にわざわざ会いに来てやったぞ」
フ……っと、ルイナの雰囲気が一変した。
スイッチのオンオフが切り替わったみたいに、彼女が纏う空気感が数段深く落ちる。
ピリピリとした殺気が辺りを充満し始めて、アカネは唾を飲んだ。
彼女が本気になれば、この宝石鳥は保たない。
それに、相手はクロヴィスだ。
両者が激突した場合、アカネもタダじゃ済まないだろう。
二人の因縁の、その詳細は知らないが、こんな所で始めてほしくないと思ったのは間違いない。
そもそも、アカネはまだクロヴィスにセイラたちがどうなったのか聞いちゃいないのだ。
アカネはそっと剣を出して握った。
それも二本。
アカネはその二本の剣の切先を二人に向ける。
「二人だけで話を進めないで。あなたたちの因縁なんか知らない。ここはあたしが主賓のパーティ会場よ。来賓客が出しゃばらないで。……クロヴィス、あなたには聞きたいことが山程あるんだ。答えてくれるまで退場なんかさせない」
クロヴィスは肩をすくめた。
「やれやれ。ほとほと呆れるよ。どうしてこう、キミたちはいちいちオレに突っかかってくるんだ。オレはただ、ちょっと用があってお邪魔しただけじゃないか」
「……用?」
人の話を聞いてくれなくてため息を吐くようなクロヴィスの態度。どれもこれもが神経を逆撫でする行為に思えてしまうが、「用」という言葉にアカネは引っかかった。
そういえば、今更だがどうしてコイツはここにいる?
確か、「お父様」も人使いが荒いと言っていた。
「……「お父様」の差金かっ!」
「お使いを頼まれたんだよ」
ニヤリと笑ったクロヴィスは、苛立ち気に言ったアカネを見ながらポケットに手を入れた。
そして、次の瞬間彼の手に握られて出てきたのは『黒い球』だった。
その『黒い球』を視認したアカネとルイナが訝しむ。
「……なに、それ」
「黒い球?」
「封印石」
クロヴィスの一言に、アカネの中で嫌な何かが一気に駆け巡った。具体的に何が嫌なのか自分でもわからないが、彼が手にしているあの黒い球体は絶対によくないやつだと。
頬を伝う汗を拭って、アカネはクロヴィスに問うた。
「……封印石が、なんなの?」
「七つの大戦に眠って頂いた」
的中。
「……いま、なんて?」
的中。
クロヴィスが嗤った。
「メイレス・セブンウォー。彼女にはこの中で大人しくしてもらっていると言ったんだよ。レイシア・エル・アルテミス」
的中。
瞳を細めた。
体が勝手に動いていた。
「返せッ!」
瞬時に剣を投擲。
それも、二本を同時にではなくタイミングをズラしててだった。同時だと、同時に対処される。ならば、二本目の投擲を数秒遅らせれば、あちらの対応も自ずと数秒ズレる。
まさに矢の速さ。
魔力による身体強化も全開だ。その上での剣の投擲は、確実に意表を突いたと断言出来る。
なのに。
ガギンバリン……ッ! と。
剣の到達遅延など関係ない、二本の剣はクロヴィスに当たると、血を流させることなく弾かれて消失した。
まるで、硬いアスファルトの上に金属バットを思いっきり振り抜いたような音と現象だった。
「……な」
「驚くのも無理はない。オレとキミの差は、埋めれられないほどに開いているんだから」
「……っ! クロカミ、伏せろぉ!」
ズバンッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
この世の終わりみたいな音が耳を劈いた。
クロヴィスが左手を軽く振るった瞬間、見えない何かが世界を切り裂いたのだ。
後方。
まさに宝石鳥の下半身が切り裂かれていて、神鳥の苦痛に満ちた声が上空千メートルに響き渡る。
ルイナが咄嗟にアカネを押し倒す形で助けてくれなかったらと思うと、ゾッとした。
クロヴィスは嘆息する。
「ルイナ。邪魔をしないでくれよ。これはオレと第二王女の問題なんだから」
ルイナは確かに自分の中で嫌というほど駆け巡っている微かな恐怖を隠すように笑って、
「はっ。こんなメスガキに本気になるお前がダサすぎて見ていられなかったんだよ」
「よくいうよ。……まぁいい。オレの任務はメイレスを封印することだ。正直、この人がいたらエレフセリアも叶わないだろうからね」
「……お前、ドロフォノスなのか!」
ルイナに上から乗っかられていたアカネは彼女から無理矢理離れて起き上がり、クロヴィスを睨んだ。
エレフセリア。
英雄殲滅。
その単語を知っているということは、ドロフォノスを意味しているはずだ。先刻、奴は「お父様」と口にしていたが、それだけならドロフォノスじゃなくても知っているはずだ。
だから断定は出来なかった。
しかし今、確定した。
クロヴィスはドロフォノスだ。
「お前たちは……ッ! 一体どこまで人をコケにすれば気が済むんだ!」
人を欺き、脅し、殺し、嗤い、弄ぶ。
その精神性と存在性を、この上なく自分の長所として振る舞うから救いようがない。
メイレス。
「アリア」の町長にして、何度もアカネの心を救ってくれた人。
そんな人を。
あんな優しい人を、こいつは。
いい加減、我慢の限界なんて超えていた。
実力の差なんて関係ない。
今すぐにでもコイツを倒してメイレスを……。
「落ち着くんだ、クロカミ」
ルイナの手が肩に置かれた。飛び出そうとしたところを止められたのだ。
アカネは奥歯を噛んで振り返り、
「離してくださいルイナさん! コイツはメイさんを……っ!」
「落ち着くんだ、クロカミ」
「なんでそんなに……ッ!」
止めるんだ、そう続けようとして、アカネは口を閉じた。ルイナがどうして止めたのか、その理由がその時に分かったからだ。
殺気。
それも、今まで感じたことがないくらいの、純粋で重苦しい、全身を切り刻むような殺意。
アカネはルイナから視線を前に移す。
ゆっくりと向けられたそこには、クロヴィスが不敵に笑って立っていた。
「惜しいね。あと一歩、ルイナが止めるのが遅かったら今ごろ第二王女は吐瀉物みたいにぐちゃぐちゃになっていたよ」
「……っ」
嘘や冗談で言っているとは思えなかった。
アカネの視界には、確かに映っているのだ。
クロヴィスの纏うオーラが、まるで死と闇を一つにしたような怪物が。
アカネは躊躇った。
歯を食いしばった。
助けたいのに、今すぐにでもクロヴィスをぶっ飛ばしたいのに……体がどうしてもいうことを効いてくれない。
「……なんだ、来ないのか。ならオレは帰らせてもらうよ。キミはどうする? ルイナ」
悠々と立ち去ろうとしているクロヴィスに、ルイナは吐き捨てるように、
「はっ。私がお前を殺そうとしたら、お前はクロカミも殺すだろ。それは無視できない。コイツは私のお気に入りだからな」
「キミも甘くなったね。九泉牢獄で爪を剥がされたか」
「まさか。今は研いでるんだ。近いうちに、私の爪の切れ味を堪能させてやるよ」
「それは楽しみだ。ディナーとして予約をしておくよ」
互いに牽制し合うような会話だった。一つ間違えれば火蓋を切りかねない危うい内容ではあったが。
その間、アカネはクロヴィスに対して抱く明確な恐怖を拭い去ろうと努力するだけで精一杯の様子だった。
二人の会話に茶々を入れることすら、今のアカネには難しいことだったのだ。
アカネはギリっと奥歯を噛んだ。
ここでみすみすクロヴィスを逃してしまう自分の弱さに、とことん嫌気が差した。
目の前で、クロヴィスは余裕綽々とした態度で宝石鳥に開いている大穴の前に立った。
奴はもうこちらに興味を示しちゃいない。
それが本当に、ムカついた。
「……お前は、なんだ」
アカネはルイナに肩を掴まれながら言った。
クロヴィスはアカネに横目を向ける。
「なんだ、とは?」
「お前は一体、何者なんだ……!」
ドロフォノスなのは分かっている。
とてつもなく強いことも。
だが、それだけではない。
他の罪人なんかとは比べ物にならないほどの圧力を、彼からは感じるのだ。
それこそ、「お父様」に匹敵……、
「〈死乱〉。第一席」
それは死の宣告のようだった。
他者に対しての優越感と己に対しての絶対感。
勝るものなしと、その身に纏う悪質なオーラで堂々と示しながら、黒い男はこう言ったのだ。
「クロヴィス・ボタンフルール。この世界で最も魔神に近い人間だ。これからよろしく頼むよ、レイシア」
捨て台詞のように言い切ってから、クロヴィス・ボタンフルールは上空千メートル弱の空に身を投げていった。
――追う気力なんて、どこにもなかった。
△▼△▼ △▼△▼
牡丹。
その花はアカネが元いた世界では四月から五月頃にかけて綺麗に咲く。
色は紅、白、紫などがある。
そして、牡丹にはこんな名前も付けられている。
――百花の王。
花言葉は、「王者の風格」。




