『間話』アイスクリームが食べたい
――生まれたことを後悔したことは一度もない。
もの心がついたときから、人殺しを「当たり前の生活」として刻み込まれたから。
――自分の家が異常だと感じたことは一度もない。
家には家の掟がある。他は他、ウチはウチ。自分の家以外の家族構成と関係性は、よく見かける。
両親と買い物に行ったり、兄や妹、姉や弟と一緒に遊んだり。見てるだけで退屈で、あくびが出ちゃうくらいにつまらない光景だ。
――自分が特別だと思ったことは一度もない。
固有魔法は魂に刻まれている。だから生まれた時から才能を授かり、授かった者はその力を正しく行使して世の為に尽くさなくてはならない。
そうやって教えられたから、躊躇いなく魔法を使ってきた。
殺して殺して殺して、殺し尽くして。
目の前が赤色に染まり切って、歩くたびにぴちゃぴちゃと赤色の波紋が揺れて、どこに帰ればいいのかも分からない中、後ろを振り返ることなく進んでいく。
みんなにはそれが出来ないから、仕方なくやっているだけ。
だって、自分なら出来るから。
息を吸って吐くみたいに。
瞬きをするみたいに。
アイスクリームを食べるみたいに。
――この人生が、寂しいと思ったこともない。
「……だけど」
――この生き方が、虚しいと思ったことだってない。
「……だとしても」
――ひとりでいることが、こんなに辛いだなんて知らなかったから。
「……誰かテレサを助けてくださいっ」
――高いモノは何も望まない。だから、せめて。ひとりじゃなくしてほしい。
大好きなアイスクリームをお腹いっぱい食べられるようにしてほしい。
「……ママに会いたいよっ」
――生まれたことを後悔したことはない。
――自分の家が異常だと感じたことはない。
――自分が特別だと思ったことはない。
――この人生が寂しいと思ったこともない。
――この生き方が虚しいと思ったことだってない。
だけど。
こんな生き方、やめたいと思ったことは沢山あるんだ。
「……雷神様。どうかお願いします。わたしを助けてください。ママに、会わせてください……っ」
何を言っても。
涙をいくら流したって、「ドロフォノス」という牢獄から抜け出すことはできない。
英雄は所詮、本の中の存在でしかない。夢を与えるだけ与えて、結局救い人にはなってくれないのだ。
だから桃色髪の少女は。
テレサ・ドロフォノスは自分が作り出した、偽りだらけの楽園でひとり、膝を抱えてうずくまる。
顔を上げさせてくれる人も。
手を伸ばしてくれる人も。
――テレサの味方なんて、ただのひとりもいないのだから。




