『三章』.19 交錯する思考の味
――ハル・ジークヴルムの失踪は、皆に計り知れない衝撃を与えた。
「……ハルが消えただと?」
場所はメイレスが用意した、ついさっきみんなで集まっていた家屋の中。
涙を流し過ぎて目元が赤くなっているアカネに、ハル失踪という予想外のことを言われ、耳を疑いたくなっているのはセイラだった。
一方で、壁に背を預けているユウマも信じられないとばかりに驚いて、ギンは心配そうにアカネの足元に寄り添っていた。
「何が起きた? どうしてハルが消える……?」
「……わからない」
セイラの疑問を解消することは、アカネには出来ない。銀髪の少女は唇を震わせながら、
「胸騒ぎがしたの。ベルクと戦ってるハルに、何かが起きたらどうしようって……。もちろん、ハルが勝つことは疑ってなかった。だけど、もっと別の……。違う何かが、ハルの身に起きるんじゃないかって……」
確証はない。
そもそも嫌な予感というモノの信憑性すら怪しいモノなのだから。ハルは強くて頼りになる男だ。罪人なんかに遅れをとって、ましてや敗北なんてするはずがない。
だけど現実は違った。
ハルはベルクに勝った。それは間違いない。それなのに、ハルの姿がどこにもないのは、明らかに異常事態だ。
セイラはそっと息を吐いた。
「ハルが私たちに心配をかけるのを承知の上で消息を断つとは思えない。ベルクを撃破した後、トラブルが起きたと考えるのが普通だ」
アカネはその綺麗な青い瞳に不安を宿して、
「トラブルって……。は、ハルがトラブルに巻き込まれていなくなるなんてこと、考えられないよ……」
ユウマは頭をかいて、
「そりゃオレだって同じ考えだよアカネ。だけど、あのバカが何の連絡もしないでいなくなったんだぞ。絶対に何かがアイツの身を襲ったんだ」
その「何か」が何なのか、ユウマ自身も検討がついていない様子だった。それもそのはず。何せ、ベルクと戦っていたのはハルだけだ。あの場に仲間は一人としていなかった。
ハルに何が起きて、どこにいるのか。
それを知っている可能性がある人物は、この場では一人しかいない。
アカネは不安の波で揺れている青い瞳を、縄で全身を拘束されて柱にくくりつけられている男に向けた。
「……ベルク・ドロフォノス」
ハルに撃破された小太りの男は、ボロボロの姿のまま気を失っている。
悔しいが、今最も頼りになるのはこの男だ。この男だけが、あの時あの瞬間にハルと同じ空間にいたのだから。
「……ベルク」
ゆらりとアカネは立ち上がった。視線はベルクに向けたまま、突然彼女は魔法を発動する。銀色の淡い輝きに手が包まれて、次の瞬間には一本の剣が握られた。
セイラ、ユウマ、ギン、メイレスが怪訝に表情を曇らせる。
そして、全員の意表を突くように、アカネがベルクに向けて剣を突きつけて――、
「やめるんだアカネ!」
セイラに止められた。
「話してセイラ! コイツを起こしてハルの居場所を吐かせるのよ! コイツしかハルがどこにいるのか知らないんだから! 離して、離してよセイラ!」
「ダメだ! アカネ、今お前はこの男を殺そうしただろう⁉︎ それはダメだ。コイツは案内人で、「ドロフォノス」の情報を吐かせる必要がある!」
セイラに止められているアカネは暴れながら剣を振り回す。その刃がベルクに届くことはなかったが、空気を切る音の一つ一つが、殺意の声に聞こえた。
サクラ・アカネ。
彼女は気づいているのだろうか。
ハルが関わったり、理不尽に誰かを傷つける人間がいた場合のみ、『殺意』が芽生えることに。
それは、その感情の発芽は、アカネが最も嫌う理不尽だということに。
「コイツじゃなくても、ドロフォノスの情報は――っ」
トン、と。
静かな音があった。
メイレスがアカネの首に手刀を入れたのだ。
フッ……と、暴れていたアカネが意識を失って、その場に倒れそうになるのをセイラが支えた。
メイレスはそっと息を吐く。
「少し休ませよう。無理を強いたみたいじゃ」
「……ありがとうございます、メイさん」
セイラはメイレスに礼を言うと、アカネをベットに寝かせた。
それから、赤髪の美女はメイレスに視線を戻して、
「……メイさん。ハルの居場所は分かりませんか」
期待を込めたセイラの言葉に対して、メイレスは力になれそうにないとばかりに首を横に振った。
「すまんが、儂の『魔力を求める愛の証』の探知外のようじゃ。おそらく、ハル坊はもうこの街にはおらん」
「……そうですか」
いくつかの魔法を扱えるメイレスですら、ハルの居場所を特定することは難しいようだった。あるいはメイレスならと、期待を抱いたセイラたちの気持ちの落胆は大きい。
しかしわからない。
どうしてこのタイミングで、ハルが失踪する? ベルクを倒し、案内人も得て、これで予定通り「アネモイ」へ赴けるというタイミングで。
更に言えば、いくら負傷しているとはいえあのハルだ。どんなヤツにも遅れは取らない。
セイラは細い顎に指を添えながら思考を重ねるが、その味はだいぶ苦かった。
彼女は眉間にシワを寄せて、
「情報が少なすぎる。今のままだと、パズルのピースを眺めているだけでパズル本体を完成させることは不可能だ」
ここにきてのトラブル発生に、セイラは額を押さえて懊悩している。
ハルの失踪は、こちらの戦力を大幅に削っている。彼無しで「ドロフォノス」に勝てるかと訊かれたら、即答で「可能」だと答えられない。
ハルには、不思議な力がある。
彼ならなんとかしてくれるかもしれない、という期待を寄せても不安にならない力が。
セイラは未だ気を失っているベルクに視線を投げて、
「……歯痒いが、今はベルクが目を覚ますのを待つしかない。それまでは、各々体力を回復して「アネモイ」へ行く準備を進めよう」
ユウマ壁に預けていた背を離して、
「出発まで時間はまだあるだろ。オレはギリギリまでハルを探してくる。仮にいなくても、何か手かがりになるモノがあるかもしれないしな。……それに」
間を開けて、ユウマは慮る声色でベットに寝かせているアカネを見た。
彼女の目元は、ひどく赤い。
せっかくの綺麗な顔が台無しだろうに。
わんわん泣いて。
「こんなアカネ、見たくないだろ。これじゃあ、元の世界でアカネを虐めてた奴らと同じじゃねぇか。オレらは、アカネを泣かしちゃいけないんだ。アカネだけには笑っていてほしい。そういう話をしたじゃねぇかよ」
それは独り言なのか。
それともセイラに言っていたのか。はたまたハルに言っていたのかは分からない。ユウマは若干イラついてる表情だった。
セイラは僅かに視線を下にやる。ユウマの手だ。彼は拳を握り締めすぎて、掌に爪が食い込んで血が滴っている。床にポタポタと、垂れては絨毯が染みてしまっていた。
「……ふざけやがって」
お前が一番、アカネのそばにいなくちゃいけないんじゃないのかよ。そうやってハルを殴ってやりたい気持ちを、ユウマは言葉に封じ込めていた。
アカネの過去は地獄だ。
女の子が耐えられるレベルを軽く超えている。悪魔が面白おかしく不幸にしてやろうと思いつきで実行したくらいにタチが悪い道のりだった。
けれど、この世界にきてアカネは救われたはずだ。「サフィアナ王国」の王女だったとしても、確かにアカネは救われたはずなのだ。
彼女を仲間にしようと決めた時、〈ノア〉は話し合った。
――彼女を泣かせる害は排除して、ずっと笑っていられるような世界にしよう。
そういう風に、生きてもらおう、と。
……なのに、どうしてハルがいなくなるんだ。
そんなの、アカネが一番泣く事態に決まっているじゃないか。
「……探し出してブン殴ってやる、あの野郎」
そう吐き捨てて、ユウマは静かに部屋を出ていった。
扉の開閉音が部屋で鳴くのを止めると、セイラはアカネの側に寄り添うように座っているギンを見た。
「ギン。お前はどうする?」
ギンはアカネの綺麗な顔の近くに寄ると、白銀のモフモフとした両耳を悲しそうに折った。
「おれはアカネの側にいるよ。目が覚めた時、一人だと心細いと思うから」
セイラは優しく目を細めて微笑んだ。
「優しいな、ギンは。……私は皆の荷造りをしておくよ。終わったらここへ戻ってくる。その間、アカネを頼む」
「うん、任せて」
言うと、ギンはアカネの顔を撫でるようにペロっと舐めて、身を縮めるように丸くしてベットに沈んだ。
それを見届けると、セイラは振り返ってメイレスに言う。
「メイさんはどうしますか?」
白髪の美幼女は腰掛けていた椅子から飛ぶように降りて、
「儂はベルクを『亜空間』に閉じ込めた後、食事の準備でもしようかの。……出発は明日にして、今日はゆっくり体を休めた方が良いじゃろうからな」
確かに怒涛の一日すぎて体力がもたない。このまま急いで「アネモイ」へ向かっても意味はないし、下手をすれば足元を掬われる可能性もある。
アカネも憔悴しきり、ハルは行方不明。
仲間がこうもバラバラだと、挑める戦いにも挑めない。
セイラの返答をメイレスは待たなかった。
白い髪の魔女かベルクに小さな掌を向けると、その場の空間が途端に複数の色が混ざり合ったみたいに歪んだ。
瞬間、ベルクはその空間に吸い込まれるように消え、メイレスも後を続くように部屋から忽然と姿を消した。
「…………」
そうして、部屋に残ったのは赤髪の美女であるセイラだけで――。
「…………」
アカネが寝ているベット横の壁に付けられている窓の外に広がる青空を眺めながら、しばらく動けずにいた。
△▼△▼ △▼△▼
「――それで。何のよう?」
アカネたちがハルの失踪という問題に直面していた、その同刻。
翡翠色の長くキレイな髪を頭の後ろで軽く束ねた少女、レヴィは「エリア・淫」の路地裏の壁に背を預けていた。
アカネたちの目的を知ったレヴィは、特に何かを言及することなく同行することを同意している。自分の記憶が欠落している原因を突き止めたいのも理由の一つだが、単純に嫌いな奴らじゃないからだ。
「忙しいからさ。さっさと要件を言わないと帰るけど」
耳に風を模したピアスを付け、淡い水色のワイシャツにパーティなとでよく見かける片足だけ肌を覗かせる長い白色のスカート。それから紺色のロングブーツを履いている、その佇まいだけで美しさを感じさせる美少女は、誰かと話をしている様子だった。
「……レヴィ様」
その相手は、桜色の髪の毛をしている少年だった。
キリッとした金色の瞳に、ボロいローブを羽織っている。顔立ちは整っていて、身なりをちゃんとすれば一介の騎士に見えるだろう。
いいや。
彼は紛れもない騎士だ。――騎士、のようだ。
カイ・リオテス。
風の真六属性である少年は、薄暗い路地裏でレヴィの顔を真摯でまっすぐな目で見ている。
その、尊敬と敬愛を示す視線。
「記憶を失われていることは重々承知の上でございます。ですが、記憶を失われているからといって、あなた様が本国へ帰還しない理由にはなり得ません。……どうか、ここは私を信じてください。カイ・リオテスは、ただの一度もレヴィ様に虚偽を吐いたことはありません」
自直で真摯なカイの態度と物言いを、レヴィは静かに聞いていた。
カイはレヴィと深い関係にある口振りだが、当のレヴィ本人が記憶喪失という問題に直面している。だから、レヴィはカイを知らないし、カイが嘘を吐いている可能性もある。
レヴィにとって、カイは所詮赤の他人なのだから。
「さっきも言ったはずよ、リオテス。私はあなたを知らないし、あなたも私に執着する必要はない。……悪いけど、あなたの気持ちには応えられないわ」
リオテス、と。
関係性が遠いと感じさせる名前の呼び方をされて、微かにカイが寂しそうに眉根を寄せた。
それをレヴィはちゃんと視界に収めている。だが、同情はしない。申し訳ないとは思うけど、同情はできない。
そんな甘さで近づいて、首を斬られたら損どころの話じゃないのだから。
レヴィはそっと息を吐いた。
「一緒には帰れない。私はサクラ・アカネたちといることを選んだから。アイツらといれば……何となくだけど、記憶を取り戻せるかもしれないと思ってるから」
「……確証はありません。そもそも、私にとってもレヴィ様の記憶喪失は予想外でした。――いえ。『記憶を無くすことが条件』だったんですか?」
「……? ちょっとアンタ、それどういう意味――」
意味深なカイの発言にレヴィが眉を寄せた時だった。
トン、と。軽い音とレヴィに起きた事象は釣り合っておらず、彼女はその場で気を失った。
翡翠色の髪の毛が居場所を失うみたいに揺れる。
カイは瞬時にレヴィを支えるように抱えて受け止める。
「姫様に傷はつけてないだろうな?」
「そんな初歩的なミスをオレっちがするわけないだろ」
「ならいい」
カイが視線を投げた先、レヴィの背後に立っているのは黒の装束で身を固めた男だった。
ツンツンした緋色の髪の毛に、三白眼の顔つき。スラッとした体だが、隙がない佇まい。
もしこの場にアカネがいたら、イタズラが大好きそうな顔で忍者っぽい人だ、と言っていたかもしれない。
「他のメンバーはどうした、シュン」
シュン、とカイに呼ばれた三白眼の少年は肩をすくめて、
「「アネモイ」に残ってる。アンタから受けた任務は、オレっち一人で十分だと判断したからな。全員できても向こうの警備が手薄になっちまうだろうしよ」
「相手は「ドロフォノス」だぞ?」
「戦わなかったろ。結果オーライじゃん。ベルクは雷の真六属性が撃破して、オレっちたちは本命の「姫様」を救出することに大成功。万々歳だろ?」
「……はぁ。お前のそのなんでも楽観視するクセは直した方が今後のためだぞ」
「へいへーい」
頭の後ろで両手を組んで、上司からの説教を軽く受け流すような態度を取るシュン。
しかしそんなシュンを叱ることもなく、カイは自分の両腕の中にある柔らかく優しい体温の源へ視線を落とす。
レヴィ。
彼女は気を失っている。
無礼は承知の上。
全てが終わった後、処刑をされる覚悟だ。
――だが。
「今はまだ、死ぬわけにはいかない」
使命感を孕んだ言葉と声色。
ギュッと、カイはレヴィを抱く腕に力を入れた。もう決して離さないように。風に紛れて消えないように。飛ばされないように。強く、そして優しく。
約束がある。
絶対に破れない誓いが。
――私がアンタを忘れても、アンタが私を覚えてて。
(……ええ。忘れるわけがありません)
――アンタは、私の隣にいてくれる?
「……ずっとそばにいる。『キミ』の敵を打ち滅ぼして、キミが何の憂いもなく笑っていられるように」
親愛を寄せる口調で、カイは改めて決意する。
カイ・リオテスの命は、生まれた時からレヴィのモノだ。レヴィのために使い、レヴィのためにその命を燃やす。
燃えて燃えて、燃え尽きて、残ったのが灰になって風に飛ばされるまで、カイはレヴィを守り抜く。
「アイオリア王国」、王女。
レヴィ・ペルセポネ。
そして、「アイオリア王国」直属護衛部隊。
名を――『鴉』。
筆頭、カイ・リオテス。
「必ず殺してみせるぞ――「ドロフォノス」」
魂に刻み込むようにハッキリと、カイ・リオテスは強く吐き捨てた。
△▼△▼ △▼△▼
「――ベルクがやられたみたいね」
艶然とした声があった。
声の主は、ウェーブがかった深い青の髪の毛を腰の辺りまで伸ばしている美女だ。艶かしい四肢を過度に露出しているドレスは、まるで踊り子のよう。だが、細い腰には革のベルトを付けていて、ナイフが四本備えられている。
派手な装飾はなく、唯一あるのは豊満な胸元で怪しく揺れるネックレスだけ。
ドクロと花をモチーフに造られているソレは、とある称号の持ち主のみが着けられる品だ。
――〈死乱〉。
――第三席。
その称号を胸元で堂々と揺らす魔女は、洋館のような長い廊下を歩いている。
夜。
月明かりが窓から差し込む怪しい雰囲気の中、ヒールが床を打つ音が規則的に鳴り響く。
「まぁ。上納金を与え続ければ〈死乱〉になれると勘違いしたデブには相応しい最後だったんじゃないかしら」
耳を蕩けさせる声で独り言を呟き続ける女は、洋館みたいな長い廊下の、目的地である扉の前に着くと足を止めた。
すると、扉の目の前から忽然とメイド二人が現れた。扉は開いていない。まるで最初からそこにいて、霧が晴れたみたいに姿を現したのだ。
普通なら驚く状況だが、当然とばかりに深い青の髪を長く伸ばしてウェーブをかけている女は慣れている様子でくすりと笑った。
「第三席、ベロニカ・オックスフォードブルー」
「「お待ちしておりました、ベロニカ様」」
一字一句ズレることがなかった。
年は十代だろうか。二人とも金色の髪の毛で、サイドテールでまとめている。整った顔立ちに、佇まい、雰囲気、無表情に至るまで。全てが瓜二つ。
双子だと理解できるが、ここまでそっくりだと魔法で作った『複製体』を疑ってしまう。
「相変わらず気味が悪いわね。その喋り方疲れないわけ?」
「「気分を害してしまい、申し訳ありません。ただちに自害します」」
「いいわよそんなことしなくて。私が一方的に気味悪がっているだけだもの。……それで、他の連中は?」
一挙手一投足ズレなく、金髪の双子メイドは懐から小振りのナイフを取り出して、自分の喉元を突こうとした。
何の躊躇いもなく命を捨てるその行動性に対して、ベロニカ・オックスフォードブルーは呆れるように嘆息するだけだ。
ベロニカに遠回しに止められた双子メイドはナイフをしまうと、扉の真ん中を空けるように左右にズレて立った。
「「第一席様が不在です」」
「王様気取りなのかしらね、あの顔面無駄遣い」
ベロニカが第一席に悪態をつくと、双子メイドが一度頭を下げてから扉を開けた。
ギィ……ッと、不気味ささえ感じる扉の開閉音が洋館のような廊下に響き渡る。
ベロニカが扉の奥へと入っていく。
「ありがと。ミナ、カナ」
「「いってらっしゃいませ、ベロニカ様」」
ミナと呼ばれたのは頭の左側でサイドテールをまとめている。カナと呼ばれたのは右側でサイドテールを揺らしている。
ミナとカナ。
金髪双子メイドは変わらない無表情のまま、ベロニカを見送っていた。
――そうして、扉が閉まると部屋の中に入ったベロニカは自分の席に前に静かに立った。
長テーブルに背もたれが長い椅子。
まるで位が高い人間が集まる会合場のような場所。
椅子は一つだけ主賓席のようなモノもある。
その椅子を含めて――七席あった。
そして、一つの席以外は全て埋まっている。
「呼んで頂き感謝します。――「お父様」」
「……座りなさい」
「はい」
尊敬の念だけじゃない。
ベロニカの声色には「お父様」に対しての愛を感じる。深い青の髪の魔女は、着席を促されると椅子を引いた。テーブルの上には「参」と刻まれており、ベロニカはその文字をくすりと笑いながら撫でた。
「この席も、ずいぶん慣れたわ。もう貴女の場所じゃなくなってる証拠ね――ノリアナ」
元第三席。
ノリアナ・ドロフォノス。
ノーザンの母親にして、「お父様」の直系。
数十年前のあの日から、もうずいぶん経った。
あの女の匂いも気配も、空気でさえも、「ドロフォノス」にはもうない。
「お父様」のお気に入りで、次期後継者はベロニカ・オックスフォードブルーのモノだ。
ベロニカは椅子に座り、長く細い脚を組んだ。
そして、席についてる他の〈死乱〉たちに視線を投げた。
月光と火炎石によって照らされた部屋は、淡く暗い。しかし嫌でも他のメンバーの顔は覚えているから、多少暗くても認識はできる。
だが、これといって喋ることもないし、そもそも会話をしたいと思える連中でもない。
だから、ベロニカはこの部屋の中で唯一、尊敬をしている「お父様」にだけ言葉を向けた。
「「お父様」。今回、私たち〈死乱〉が召集された理由をお伺いしてもよろしいですか?」
〈死乱〉の会合が開かれることは滅多にない。メンバーの誰かが死んだ時か、メンバーの入れ替えがあった場合が殆どだ。だが、ノリアナとベロニカが入れ替わった以降、そのような報告は受けていない。
「質問は全て終わってからだ、ベロニカ」
「失礼しました」
「お父様」にそう言われ、ベロニカは素直に頭を下げた。基本的に上からモノを言われるのを好まないベロニカだが、「お父様」にだけは何を言われても怒りの感情は働かない。
「お父様」が後にしろと言うからには、それが絶対に正しいからだ。
「「〈死乱〉の皆様がお揃いになられました。これより、会合を始めたいと思います。進行役は、ご無礼ながら私たちが務めさせて頂きます」」
音もなくミナとカナが部屋の中に現れて、この場にいる人間に対して相応の態度と言葉で話を進める。
誰も文句は言わない。
ミナとカナが進行役なのは今に始まったことではないし、二人は「お父様」専属のメイドだから。
「「第一席様がご不在ですが、「お父様」のご意向により始めさせていただきますので、ご了承ください。……では、まずは「お父様」から皆様にお話があるとのことですので、静聴をお願い致します」」
ピリ……ッと、場の雰囲気が締められた。
「お父様」から直々に話があると言われて気を引き締めない「ドロフォノス」は存在しない。いるとすれば、それは〈死乱〉の第一席くらいだろう。
月と火炎石の灯りに照らされているが、「お父様」の顔はハッキリと見えない。「お父様」は静かに立ち上がり、視線だけを〈死乱〉たちに向けて言う。
「……殲滅を、開始する」




