『三章』.⑱ 人の想いはきっと
面白いと思っていただけたら幸いです。
真雷魔法には多種多様な技がある。
その一つ一つはハルが厳しい鍛錬の末に編み出して、適材適所で活きるようになっている。
「奥義」と「真髄」は、固有魔法本来の力だと説明したのを覚えているだろうか? 魔法を応用していくつかの技を開発するのは魔導士本人だが、魔法そのものに眠っている力もまたあると。
それが、「奥義」と「真髄」。
ハルの場合だと、「真髄」・雷神の逆鱗。
アカネは、「真髄」・天叢雲剣:桜花。
エマの場合は、「真髄」・龍神八戒咎ノ理。
ノーザンは、「真髄」・死璽女ノ鬼命。
このように、固有魔法にはそれぞれの『形』がある。
――だが。
「……なんだ、その姿は」
ハル・ジークヴルム。
この時この瞬間、彼は固有魔法に眠る「奥義」と「真髄」の、更にその『奥』へと指をかけた。
青と黒を配合した雷の鎧武装を身に纏い、神の威圧と覇気を発散させているその姿。
バチバチと、電気が荒々しい音を立てては稲妻が彼の全身を駆け巡り、指一つでも触れれば感電死をしてしまうかもしれない。
――タケミカヅチ・モード。
「モード・武御雷。真雷魔法の「真髄」……雷神の逆鱗、その力を俺の中で留めた。今の俺は、逆鱗の力を発散させることなく内包させている」
雷神の逆鱗は、術者の両手に高密度かつ高出力の電撃を圧縮し、一気に解放する「真髄」。その一撃は神の怒りと同質であり、喰らえば最後チリも残らない。
その圧力を、自身の肉体に留めればどうなるか。
身体が弾け飛んでもおかしくはないはずだ。
しかし、ハルは黒青の雷を鎧化して武装し、四散するという最悪の結果を否定している。
自殺行為。
だが、成功すれば絶大な力を得られる秘奥。
固有魔法の『形』を身に纏う技。
「……魔鎧化、だと……ッ?」
真鎧化。
固有魔法の最終形態。
ハルのその姿に、さしものベルクも驚愕を隠し切れていない。
だが、小太りしてるベルク・ドロフォノスの表情からは驚き以外の感情も見てとれる。
嫉妬。
あるいは羨望。
もしくは憤怒。
ベルクはギリっと奥歯を噛んだ。
「何でキミ如きが……」
「……」
「キミ如きが! その領域に指をかけるなぁッ‼︎」
怒声がその場を支配するかのように響き渡った瞬間、空気が暴発する。埃や塵、小石が空気を目に見える形として表現してくれていた。
獣。
肉食獣の大顎が、巨大な空気の塊となって真正面からハルを食い破ろうと唸ったのだ。
「――雷王の悪戯」
「――っ!」
たった一言、軽く呟きながら手を前に突き出した瞬間だ。空気獣とでも呼ぶべきベルクが放った大気の大顎が、黒青の雷によって破散した。
バチン! という激音に、空気が弾ける。
いいや。
雷の特性は感電、麻痺。
空気の伝達性によって、ハルの雷がベルクの体を強力な静電気で襲った。
ベルクは苦痛の声を出し、その場で膝を着いてしまう。
「魔法特性かッ。こんなモノで……っ!」
「雷王散歩」
目にも止まらぬ速さ。
ベルクが麻痺した自分の体を強引に動かそうとしたその一瞬で、ハルが常軌を逸した速度でベルクの懐へ。
電気の音が、遅れてベルクの耳に届いた。
ベルク・ドロフォノス。
ボロボロになった高級スーツを纏う小太りの男は、眼前に現れたハルに……息を呑んだ。
「――な、んッで」
「言ったはずだ。ベルク」
バチバチバチバチ……ッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
黒青の雷がハルの右拳に凝縮される。その、聞くだけで感電死の恐怖を他者に植え付ける音を盛大に響かせながら、雷の鎧武装を纏った少年の右手が吠える。
――この一撃は、神をも殺す。
「人の痛みをもっと知れってよ」
「なんでそこまで! ゴミクズなんかに肩入れするんだぁあああああああああああああ‼︎‼︎」
「雷王の制裁‼︎‼︎」
ズドン……ッッッ‼︎‼︎ と。
重々しい音と共に、ベルク・ドロフォノスの顔面に、拳の形をした黒青の雷が落ちて。
ベルクは石畳に激しくめり込んで、顔面に拳の痕を残して意識を失っていた。
彼の顔には、確かに。
――恐怖が刻み込まれていた。
△▼△▼ △▼△▼
――話が通じない。
それだけで、サクラ・アカネの心を容赦なく破壊しにかかっていた。
「帰れ! 何も知らないヤツなんかにとやかく言われる筋合いはない!」
「私たちが逆らって、ベルク様に殺されるようなことがあったら責任取れるの⁉︎ 簡単にモノを言わないで!」
「これまで通りでいいんだ! どうせ変えられないんだから、変に未来を見せないでくれ!」
……とにかく否定論。
そしてその否定の熱に同調して膨れ上がるアカネに対しての嫌悪。
自分じゃ理解できない、成し得ない、手に入らない。そういった少し頑張れば在るかもしれない明るい未来の可能性を、どん底で見上げた時、人はまず最初に「否定」をする。
自身の知識の外にある常識が、受け入れられないからだ。
何故か。
これまでの苦労と悲しみ、痛みが、『そもそも受ける必要がなかったかもしれない』という、ある意味過去の否定をされているのと同義だからだ。
あんなに辛い思いをしたのに。
あれだけ我慢を重ねてきたのに。
歯を食いしばって涙を飲んだのに。
いきなりポッとでの『希望』なんかに、これまでの『絶望』を拭い去られたくない。
そんなことあってたまるか。
許されていいはずがない。
……そんな思いが、言葉が、空気に乗って伝播して、刃の形を伴って、アカネに突き刺さる。
と、そんな時だ。
まるで落雷の音。
耳を劈く激しい音が、「エウロス」に響いた。
「なんだ?」「何の音?」「雷か?」
否定の嵐が止んで、突然響いた音に町民たちが疑問を抱いた。ザワつきが終わり、雷に似た音に全員が意識を向けている。
「……」
アカネは少しだけ、心に余裕が生まれていた。
それはタイミングを見計らっていたようで、だけどきっと違う。
偶然だ。
たまたまだ。
アカネがトラウマを思い出していたから、元気づけるために「彼」が用意してくれたミュージックなんかじゃない。
だけど、それでも感謝してしまう。
ハルの雷の音を聞くだけで、一人じゃないと思えるから。元気が出てきて、勇気をもらえて、あと一歩踏み込める力が湧いてくるから。
そうだ。
みんな戦ってるんだ。
こんなところで折れるわけにはいかない。
アカネは息を吐いた。
そして、大声で言った。
「勇気を! ほんの少しだけでいい! 逆らうことの勇気を持ってください! 他人任せな言葉だけど、それでも最後にベルクの恐怖に打ち勝つのは、やっぱり皆さんの勇気だけなんです!」
「……アカネ」
アカネの必死な姿に、ギンは思わず小さく彼女の名前を呟く。
銀髪の少女は、自身の身の安全をかなぐり捨ててでも正体を明かして、「エウロス」の人たちのために頑張っているのに。どうして誰も、アカネの言葉に耳を傾けてくれないんだろう、と。
白銀の小犬であるギンは、アカネと並んで口を開いた。
「何で誰も信じてくれないんだ! 自分に関係ない町を救おうっていうアカネの優しさに、どうして誰も寄り添ってくれないんだよ! 誰が好き好んで「ドロフォノス」に歯向かうんだよ! 自分の死を覚悟してまで「エウロス」をどうにかしたいっていう気持ちに、嘘なんてあるわけないじゃないか! そんな簡単なことも分からないのかよ!」
ほぼ泣きながら、だ。
ギンは精一杯声を出して言ったが、他所者の言葉一つでどうにかできる領域ではなかったらしい。
目が。
町民たちの目が、アカネもギンのこともまるで信用していない。戯言を抜かすな。誰も勝てない。誰も逆らえない。
「ドロフォノス」に勝てる人間なんて存在しない。
反抗は無意味。
希望なんて価値はない。
絶望に寄り添って生きた方が、よっぽどマシだ、と。
「……っ」
アカネは息を呑んだ。
ここまで「ドロフォノス」の、ベルクの恐怖を植え付けられているとは予想外だった。
根強い。
時間が経ち過ぎている。
アカネがどれだけ言葉を重ねても、きっともう……。
「――レイシアちゃん、って言うのね」
優しい声でそう言って、民衆の群からゆっくり前に出てきたのは、銀色のドレスを着た年若い女性だった。
彼女はアカネを見ると小さく微笑んで、
「――レイシアちゃん。娘を助けてくれて、本当にありがとう」
ベルクに殺されかけた子供の母親が、その場の空気を変えるように、アカネに頭を下げてお礼を言った。
△▼△▼ △▼△▼
「人を変える瞬間って、どんな時だと思う? ナギ」
「さぁ、なにかしら」
「変わるってのは結構大変だ。人の感情や性格ってのは人生の歩み方によって違うし、他者に介入できる余地は極めて少ない。言葉一つで人間を変えられるとしたら、ソイツはきっと神様か何かだろう」
「その言い方だと神様以外、人を変えることは出来ないと言っているわよ、アレス隊長。私は、神様の言葉なんていう陳腐で信用性がないモノなんかより、人の想いが篭められた言葉の方がよっぽど変えてくれる光だと思うけれどね」
「闇を見過ぎた者に、その光は目に毒なんだっつー話だ。暗い場所からいきなり明るい場所に行けば目が眩むだろ? それと同じで、絶望からいきなり希望を見せられたら、誰もが目を閉じてしまう。いいや、そもそも眩んでしまうことがわかってるから、怖くて誰も近づこうとしない。……だから変わらないし変えられない」
「……じゃあ。人に人は変えられない。そう言いたいわけ?」
「それも違う。ようはさ、希望の魅せ方が重要なんだよ」
「魅せ方?」
「いきなり光を見せるんじゃない。段階を踏んで光を見せるんだ。光量を少しずつ増やしていくんだ。そうして光に……希望に慣れさせて、希望を抱かせる」
「手順を踏んで抱く希望、ね。それは果たして希望と言っていいのかしら。……希望までの道順を誘導して魅せるのは、結構酷な話だわ」
「かもな。だけど、希望は希望に変わりない」
「……そう。それで? 希望を抱くには手順を踏むことが手っ取り早いことは分かったわ。人が変わる瞬間って、一体なんなの?」
「あぁ。それはな……」
「……?」
「――絶望が裏返った時だよ」
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「……あなたは」
喉がくっついて上手く声が出なかった。
大声で喋って、緊張と不安に押し潰されそうになって、汗で手も体も濡れている。
そんな中、だ。
空気を変える、まさに鶴の一声があったのだ。
銀色のドレスを着た、年若い女性。
先刻、ベルクに半殺しにされた幼女の母親だ。彼女はアカネを見て微笑んだ後、群衆に振り返った。
「いつまで怯えてるの」
それは核心を突く一言だった。
アカネは一息で弱点を突く女性に驚嘆してしまう。
否定も恐怖も絶望も、変えると何が起きるか分からないという不確定要素の『怯え』が裏に潜んで嗤っている。
だから抗えないし、挑めない。
希望に。
「こんな、十代の女の子にここまで言わせて、大の大人がみっともない。この子たちはこの町を変えようと言ってるのよ? 立ち上がらないでどうするのよ」
「立ち上がるも何も、オレたちはこのままでいいと言っているんだ。分かっているだろう? ベルク様に逆らったらどうなるのかを。特にキミは」
「そうね。だけど、「ベルク」に従う道理はもうないわ。だって、私の娘はこの子達に救われたから。救われて、気づいたのよ。気づけたのよ。このままこの街の鎖に縛られていたら、いつかみんな殺されるって。私も、娘も、みんな。全員よ」
「……それでも。それまでの安寧は、人生は保証されている! 金さえ払い続ければ!」
「じゃあ。金で繋ぐ命で歩く人生に、意味はあるの?」
「……」
群衆が、銀色ドレスの女性の言葉に黙り込んだ。
人生の意味について問われ、流石に二の次が出なかったようだった。
その光景に、アカネもギンも驚きを隠しきれない。
同胞。
同じ境遇の下で生きてきた人間。
だからこその強さが、説得力が、銀髪のドレスの女性の言葉にはある。
「意味なんてないわ」
対価を支払い命を繋ぐ手段になんて、きっと意味はない。そんなのは、生きているなんて言えない。ただ息をしているだけの、人間の慣れ果てに落ちた人形のようなモノだ。
そんなのは楽しくない。
明日の朝ごはんは何にしようか? そういった当たり前が話せなくなった時、人は人に対しての優しさや思いやりを失くしてしまう。
「ここよ、ここなのよ。ここが分岐点なのよ。この先の人生で、ベルクに怯えながら生き続けるのか。それとも、ここで少しの勇気を出して立ち向かうのか。決めるのはみんなよ。……この子たちを見て。未だかつて、この街のためにここまで真摯に向き合ってくれた人たちがいた?」
いないと断言できる、そんな声色だった。
アカネに対して強気の否定を繰り返していた人たちは、口をもごもごしながらハッキリしない様子で喋っている。
言い訳だ。反論の余地がないから、とりあえず銀髪ドレスの女性の正論を遠回しに否定するような言い訳を繰り返している。
「ハッキリしなさい! この街を変えたい人はいないの⁉︎」
それだけだ。
街を変えたい。
人生を変えたい。
たとえ過去を否定されている気分に陥ったとしても、やっぱり未来で自分たちが、我が子が笑い合えるような人生を歩みたい。
幸せになりたい。
そんなちっぽけで当たり前な願望を叶えるためなら、きっと人間は絶望と恐怖に立ち向かっていいはずだから。
だから、銀色ドレスの女性の言葉にたじろんでいる群衆に、トドメの一撃を入れるみたいにアカネが言った。
ズルいやり方だとわかっているけど。
言うなら、ここだ。
「幸せな未来はきっと、自分から動かないとやってこない。絶望なんかに酔ってたら、前なんてずっと向けないですよ……」
絶望に酔いしれて、悲劇の沼に浸かった者の末路は、アカネが誰よりも知っている。
あそこは控えめに言っても安楽はない。ただの地獄で、自分の未来を正しく想像できない死の人生。
そんな風になってほしくない。
たった一人のクソ野郎が原因で、これから先無限の可能性を秘めいてるこの世界の人たちの未来を奪われたくないのだ。
この世界の人が、アカネを救ってくれたから。
せめて、関係ない人たちだとしても、理不尽という名の暴力に屈してほしくなくて。
――だから。
「ベルクなんかに、負けないで……っ」
半泣きだった。
声なんて震えていて、頼りない息遣いしか出てこない。
みっともないったらありゃあしない。
こっちは皆んなに安心を与えて、勇気を持たせて、未来に光を見せなくちゃいけない存在にならなきゃいけないのに、こんな、涙を必死に耐えながら願望を口にするなんて。
話を聞いてもらえなかった。
アカネの言葉は届かなかった。
悔しい。自分の力の無さがどこまでも歯痒い。
だけど、味方になってくれた人がいた。
だから、銀色ドレスの女性のためにも、彼女が後悔しないように、アカネはアカネが出来ることは全部やりたい。
最後はみんなが力を合わせて戦わないと。
だから、立ち上がってほしい。
……そういう思いが、気持ちが、今のアカネの声には確かに篭められていた。
「……アンタらは、一体何者なんだ」
と、群衆の一番前にいる強面のおじさんがそう言った。
「アンタらは、どうしてそこまでオレたちのために動いてくれるんだ」
アカネは涙を耐えて、鼻を啜って、正面からこう言った。
「あたしたちは〈ノア〉。困ってる人がいたら誰だって助けてみせる『何でも屋』です。でしゃばった自覚はあります。ヒーロー気取りでムカつかれることも承知の上です。……だけど、絶対に皆さんに不幸は与えません。必ず幸せにしてみせます。ベルクも、ドロフォノスも、この街を苦しめる原因は全部あたしたちがぶっ壊します。だから協力してください。……お願いします」
頭を下げた。
今更だと思った。
どうして最初から、こうしなかったのか不思議に思うくらいだ。
人が人に何かを頼む時は、まず最初に頭を下げるべきなのに。
上から目線で御託を並べても、そりゃあ誰も納得しちゃくれないし、協力なんてしてくれない。
「……もういやだ。怯えて生活をするのは」
それは、その声は、やがて群衆全員に伝播した。
「毎日毎日、死と隣り合わせの生活はもうまっぴらだ!」「自由に暮らしたい!」「気兼ねなく旅行に行きたい!」「彼女と幸せになりたいんだ!」「楽しく生きたい!」
「「「もうベルクなんかに絶望したくない‼︎」」」
今まで溜め込んでいたモノが、一気に爆発したようだった。ダムに溜まっていた水が溢れて氾濫したように、ベルクに反抗する声が「エウロス」に響き渡る。
声の嵐は空気を振動させて、ビリビリとアカネの肌を叩く。
一方で、違う方向からも似たような声が響いてきた。おそらく、セイラとユウマの方も説得に成功したのだろう。
アカネは銀色ドレスの女性を見て、
「ありがとうございます。本当に。あたしたちだけじゃ叶いませんでした」
銀色ドレスの女性は静かに笑った。
「恩返し、なんて大層なモノじゃないけれど。少しでもレイシアちゃんの役に立てたならよかったわ」
「……どうして」
息を吐くようにアカネは訊いた。
「どうして、助けようと思ったんですか?」
銀色ドレスの女性はキョトンとしたあと、くすりと笑った。
まるで、そんなのアナタが一番分かっているでしょう? と言いたげな表情で。
「娘を助けてくれた人が、困っていたからよ」
その笑顔と言葉は、間違いなくアカネが憧れているヒーロー像と同質のモノで。
――本当に強い人は、一人で絶望と恐怖に打ち勝つことが出来るのだと、そう思った。
そして、残るは……。
「ハル……」
轟音が響いた方をアカネは見る。
街の人々の説得は終わった。
あとは彼が予定通り、ベルクを倒してくれたら。
「勝つよね、ハル」
言いながら、アカネは小さな両手を胸の前で握り締めていた。
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モード・武甕雷の反動は大きい。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
ベルクを殴り飛ばして、決着が着いたと思ったハルは黒青い鎧武装を解くと、荒い息を吐きながら膝をついた。
ブワッと大量の汗をかいたと思ったら、途端に襲いかかるのは体の節々に来る倦怠感と痛み。
「まだ、まだだな……っ。クソッ」
モード・武甕雷は反動が大きい分、短期決戦に長けている。今のハルだと、およそ五分が限界だ。五分を超えるとハルの体が耐えられない。
だが、それだけではない。
五分を超えなくても、「真髄」の力を内包している状態で戦うなんていう無謀は、自殺行為だ。
魔鎧化は、魔法の極地であると同時に命を削る最終秘奥義。
「流石に、もう動けねえな……っ」
もっと修行をしないとな、と苦笑しながら心の中で思ったハルはその場に背中から倒れ込んだ。固い地面でも、今はふかふかのベットのように感じる。
疲労困憊だ。
ベルク・ドロフォノス。
想像以上に手強い相手だった。
このレベルがまだいて、更に「お父様」はもっと強いとなると、序盤も序盤で手こずっている訳にもいかない。
「……とりあえず、アカネとの約束は果たせたかな。後はベルクを連れて「アネモイ」に行かねえと」
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「エウロス」の人たちが反乱を起こそうと意気込んでいる時、アカネは一人でハルの元へと向かった。
彼ならベルクに勝ってくれる。
そう信じている。
だけど、胸騒ぎがしたのだ。
嫌な予感、とでも言うべきか。
「ハル……っ」
首を振って、周囲を確認しながらハルを探す。辺りは戦いの余波によって建物が崩れている。石畳の床もひび割れていて、これだけで激しい戦いが繰り広げられたのだとわかった。
そうして、アカネは「エウロス」のメインストリートである「エリア・酒」まで足を運び、地面に倒れて気を失っているベルクを発見した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ッ。ハル……?」
いない。
彼の姿が、どこにもない。
セイラたちのところ? いや、それだとすぐに連絡が来るはずだ。
焦燥感が、アカネを襲う。
いない、いない、いない。
ハルがどこにもいない。
魔力感知というモノを、セイラに教えてもらったことがある。アカネはそれを使い、ハルの魔力を探す。
……感じない。
「ハル――ぅ! どこなのーっ⁉︎」
シー……ンッと。
アカネの声だけが崩壊した街並みに響いている。
どうして。
なんで。
一体なにがあったんだ。
「……変な冗談、やめてよ……ッ、ハル……ッ!」
ベルクを倒して、反撃の狼煙をあげたのに。
あなたがいないと、「ドロフォノス」は倒せないのに。
アカネはその場でへたり込み、白い肌の頬に涙を伝わせながら、叫んだ。
「どこ行ったのよ! ハル――ぅぅぅぅぅ‼︎」
銀髪の姫の涙声は、空気に吸われるだけだった。
評価とか感想とかください!
よろしくお願いします!




