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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
風都決戦篇
132/193

『三章』⑯ 畏怖と雷鳴と拒絶

新作書いてました。 

同時並行していこうと思っています!


 雷の音が、エウロスの街中に響く。


「おォア!」


「なっハハ。耳障りな音だね」


 ハルの雷拳をベルクが小馬鹿にするように笑う。重々しい音と共に青白髪の少年の一撃が、罪人一家の一員の腹部にめり込んだように思えた。

 しかし、ハルの拳に返ってきた感触は手応えなんかではなく、違和感。 

 柔らかい何かを殴ったような。


「……風船?」


「正確には、空気の『強度』を変えたんだ」


 ハルの疑問に対してベルクは笑いながら律儀に答えた。空気の強度を変えたとか言われても、ハルの頭ではサッパリだ。

 とにかく今わかることは一つだけ。

 攻撃を止められて、拳は届いていない。

 そして、一旦下がろうとしたハルの動きを、何かが妨害した。


 背中に、柔らかい感触。


「……な」


「どうしたんだい? 動きが止まってるよ」


 嘲弄した声と陰湿な笑みがハルの神経を逆撫でする。

 が、遅い。

 ベルクはハルの目の前で軽くデコピンをした。

 触れていない。

 空気を弾いただけだ。

 なのに。


「――あ、ぐぁあああああ⁉︎」


 何が起きたのか理解する間もなくハルが吹っ飛んだ。

 ズドドドド‼︎ と、カフェから外に向かって盛大に退店していく。まるで巨人が手で抉ったような跡が地面に出来上がり、周りの店々もその影響を受けてボロボロになっていた。

 周囲にいた人たちは悲鳴を上げながら逃げていき、この戦場に残っているのはハルとベルク、それからノーザンだけになってしまう。


「こんなもんか、噂のアーサソールも。やはり次期〈死乱アッカド〉である僕の手にかかれば、真六属性アラ・セスタは敵じゃないのかな?」


 余裕綽々とした態度で瓦礫の山を越えながら外に出てくるベルク。ハルは半壊した洋服店の外壁の残骸に埋もれていたが、青白い雷を放出させて瓦礫をどかした。


「喧嘩は始まったばかりだろうが。一発当てただけで舞い上がってんじゃねーぞ」


 口元に着いた血を乱暴に拭って、ハルは一歩前に出る。

 何をしたのか分からない。

 空気の強度を変えた、というベルクの言葉通りなら「それ」を実行したのだろう。

 しかし、それだけだ。

 魔法なのか魔具なのか、判断はつきそうにない。

 

 だが、アイツは対象者に触れなくても攻撃を与えることが出来る、という確定事項を頭に入れとけば対処方法はいくらである。


 ハルは切り替える。

 まずはクレバーになれ。

 相手は腐ってもドロフォノス。罪人一家の一人だ。

 弱いなんてことは、ありえない。


「第二ラウンドだ」


「最終ラウンドの間違いだろうに」


雷漸らいぜん!」


 待ったなし。

 不意打ち上等。

 ゴングがなる前にハルは荒々しい形を成した槍状の雷をベルクに向けて投げた。空気が焼け焦げる匂いと、異質な音が共鳴する。

 

 普通の魔導士や、一般人に当たればまず卒倒。一撃でリタイアを成功させる強烈な一撃だ。


「意味はないよ。せいぜい、水流を切って少しずつ導くくらいだ」


 バチン……ッ! と、ベルクに当たる直前に雷の槍が急に右へ旋回した。まるで電気の指向性を操作されたみたいに、あらぬ方向に飛んでいく。

 その結果、ハルが放った雷撃はすぐ近くに立っていた柱に直撃し、轟音が発生。柱が粉々になった。


「雷漸!」


 続けて、弾かれたことなど関係なく、ハルは雷撃を叩き込む。一本、二本、三本……と、次々に雷漸をベルクに投擲していく。


「無意味なのがまだ分からないのかい?」


 バチンバチンバチンッ! と、ハルの雷撃は一回も当たることなくベルクに弾かれて霧散され、代わりに街を破壊してしまう。

 舞い散る建物の残骸の破片と、轟音。

 まるで雷が荒れ狂い、その被害を街が受けているみたいだ。


「おぉぉおおァァァァ!」

 

 軽く二十は超えたかどうか。

 横殴りの落雷をこれでもかと叩き込んだ末、ハルは肩で息をしながら、砂煙に隠れて見えないベルクの様子を伺っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ」


「もういいかい?」


 服に着いた汚れを払いながら、何事もなかったかのようにベルクが砂煙の中から出てくる。

 流石にハルもこの事態に嫌気が差した。

 全力も全力だった。

 あそこまで叩き込めば、ベルクに当たるはずだど。


 しかし結果はどうだろう。

 無駄に魔力を消費しただけで、ベルクにはかすり傷ひとつ着いてやしない。


「まずはその厄介な壁を壊さないといけないみたいだな」


 ベルクは肩をすくめて、


「キミにそれが出来るとは思えないけどね」


「出来るできないじゃねぇ。――やるんだよ」


 その、打算も計算もないハルのセリフにさしものベルクも眉を顰めた。

 意味がわからないとばかりに。

 言葉の真意がわからないように。


 ハルは息を整えてから、何度か膝を折ったり伸ばしたりを繰り返して、


「……人を殺すことに対して愉悦を感じてるお前には分からないだろうな」


「なにが?」


「俺が戦う理由だよ」


 準備体操を終えたハルは首をコキコキ鳴らして、ベルクを睨んだ。

 

「お前は俺がぶっ飛ばして、ノーザンの前に突き出してやる」


「そんなことをして、キミに何のメリットがあるって言うんだい? せいぜい、自己満足をして気分よく眠れるくらいだろう?」


「メリットデメリットを考えて友達を助けるバカが、どの世界にいるってんだよ」


「……なに?」


「友達が泣いてた。弱音を吐いて、苦しそうに悩んで、膝を抱えて、恐怖に蝕まれてた」


 バチバチと、ハルの全身を青白い電気が迸って走る。それはまるで彼の感情に合わせるように、共鳴するように荒々しく迸っている。


 ギュッと、拳を握った。

 目を瞑れば、瞼の裏に映るのは、恐怖に苛まれた表情を浮かべて、今にも泣き出しそうなノーザンだ。

 

 大人の女性。

 子の親。

 違う。

 

 一人の女の子として、迷子の女の子みたいな。


「過去なんてどうでもいい。罪人だとしても、昔に何人、何十人殺してても関係ないんだ。俺がアイツを助けたい。俺がアイツを守りたい。戦う理由なんて、それだけで十分なんだ」


「キミのそれはただのわがままだよ。罪人は「他者に認められない罪を犯した人間」のことをいう。キミはノーザンの殺人を肯定することで、ノーザンに殺された被害者の魂を地獄に堕とすというのかい?」


「違う。過去の罪を赦すとかの話じゃねぇ。俺は今の話をしてんだよ。今のアイツは、誰も殺してねぇんだから」


 真っ直ぐと言い切ったハルに、ベルクは目を細めた。

 実際のところ、ノーザンは本当に誰も殺していない。少なくとも、ハルが彼女と出会ってから、彼女はハルの目の前で誰も殺してなんかいない。

 

 もしかしたら、見えないところで誰かを殺していたのかもしれない。

 もしかしたら、気づいていないだけで嘘をついて誰かを殺しているのかもしれない。


 だけど。

 ハルが知っている今のノーザンは、とても人殺しを許容するようなろくでなしには思えないのだ。


 だから。


「俺は今のノーザンを信じるよ。そして、今のノーザンを脅かす害ってのがあるんだとしたら……俺はその害ってやつを徹底的に排除する」


 ズドン! と、雷が落ちた。

 それはハルの全身を雷で満たした音でもあった。青白い光の電撃が、少年の強さを主張する。

 そして彼は拳を握って、こう言った。


「痺れさせてやるぞ、お前ら全員。感電した海魚みてぇにな」


「……水を得た魚じゃないんだから、そんなにはしゃぐなよ。くっはは」


 ベルクは唇を歪めて笑った。

 心底愉快げに。


「面白い。やってみるといいよ、雷神」



♢♢♢♢♢♢


 

 サクラ・アカネの正体が、十六年前に消息を絶った「サフィアナ王国」の第二王女、レイシア・エル・アルテミスだということは誰も知らない。

 正確には、親しい間柄以外の人間はそのことを認知していない。


 それは、やはり色んな方面として問題が発生するからだ。その問題が何なのかは追々説明するとして、今重要なのはアカネの正体を知っているのはハルたち以外いないということだ。


 そして、知られるわけにもいかない。


「……レイシア、エル、アルテミスだって?」


 一人の中年男性が眉を顰めながら呟いていた。

 そこはまるで選挙の演説の場のように、アカネを中心に人で溢れかえっていた。

 銀髪に動きやすいスポーティな変装グッズで身を包んでいる、サクラ・アカネ。彼女は演説台に乗って、住民たちより少し高い位置で、少し高い視線で周りを見ている。


 予想通り、皆が皆、驚愕というより困惑の表情を浮かべている。無理もない。いきなり知らない女の子が、自分は王女なんです、と言ってきたら誰でも首を傾げるものだ。


「……嬢ちゃん。アンタが仮に王女だったとして、そんな王族の人がオレたちなんかに何の用があるってんだよ?」


 さっきの中年男性が続けて口を開いた。

 当然の疑問に、アカネは中年男性を見て、


「アタシたちは今、とても大きな問題に首を突っ込んでいます。それはもしかしたら、サフィアナとアイオリア王国の仲を悪くしてしまうかもしれない。でも、それでも絶対に解決しなくちゃいけない問題があるんです」


「問題……?」


「はい。それは……ベルク・ドロフォノスの悪行」


 その名前を口にした瞬間、演説の間に集まった全ての町民が息を呑んだ。

 ベルク・ドロフォノス。

 「エウロス」の区長にして、支配者。街の人々を恐怖の鎖で雁字搦めに縛り上げて拘束している悪者。

 

 そして、ノーザンを拷問した張本人。

 

 彼の名を他所者の女の子が口にしたのだ、驚くのもは当然だろう。

 中年男性が、おそるおそるといった様子で口を開いた。まるでその名を口にすることさえ恐怖を抱くに値するかのように。


「ベ……ベルク様。区長様をどうするつもりなんだ、嬢ちゃんは」

 

「倒します」

 

「――っ!」


 断言し切ったアカネに、またしても町民たちは驚愕した。ザワつき、うろたえ、無礼極まる言葉を聞かないように耳を塞ぐ者さえいる。

 だけどアカネは冗談で言ったつもりはない。

 こんなところで嘘をついても仕方がないから。

 アカネはそっと息を吐いて、


「冗談で倒すなんて言ってません。アタシは本気でベルクを倒したいと思っています。……正確には、ベルクを倒すのはアタシじゃないけれど。それでも倒したいと思ってるのは本当なんです。アタシはこの街に来たばかりで、詳しい事情や皆さんが抱えている細かい苦悩を理解した訳でもない。……だけど、この街にベルクはいらない。そうでしょ?」


 この街の人たちがヤツを恐れていることは重々承知している。逆らえないくらいに圧倒的な恐怖と圧力で押し潰されて、下剋上なんて、反乱なんて起こせないレベルで心をズタズタにされていることも。


 では、それじゃあずっと束縛された自由の操り人形として人生を全うしたいのかと問われたら、どう答えるだろうか。


「絶対に生き辛いです。息が詰まって、毎晩毎晩、眠る時に怯える生活なんて真っ平ごめんじゃないですか。そんなのに、意味なんてないじゃないですか。だから、みんなで立ち上がりましょうよ。力を合わせて、戦いましょうよ!」


 綺麗事を言っているのは自覚している。

 つい先刻来たばかりで、何年も何十年も苦しんできた人たちの心の呪縛をそう簡単に解けるとも思っていない。

 きっと、アカネが無断で踏み込んでいい領域の話ではないのだ。


 そもそも、こっちの都合で「エウロス」の町民を奮い立たせてベルクを打倒しようとしているのだし。

 都合のいい話だ。

 そんなの分かっている。


 でも。

 ベルクを案内人にしたいから、とかじゃなくて。

 

 見てしまったから。

 街の人たちが窮屈そうにしているところを。


 どこにでもいる母娘が、傷だらけになっている姿を。


 そんな悲劇の絵面を目の前にして、自分の目的には関係ありませんと素知らぬ顔をして次のステージに進めるほど、アカネは人間できちゃいない。


「……無理だ」


 誰かが言った。


「他所者が理想論を語るのは勝手だが、アンタはベルク様の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんだ!」


 共鳴か。

 それとも同調か。

 次々と、アカネの想いを悉く否定して砕くような言葉の大波が押し寄せた。


「そうよ! 第二王女とか嘘をついて私たちを誑かそうとしてるんでしょ? サフィアナの人間がアイオリアの人間を助けるわけないじゃない! 変に希望を持たせないで、他所者のくせに!」


「大体、ベルク様を倒したところで俺たちになんのメリットがあるっていうんだ! 反乱を起こしても結局は俺たちが被害に遭うだけだろ!」


「今のままでも、ちゃんと生命税を払っていれば普通に暮らしていけるんだ、邪魔をしないでくれ!」


「そうだそうだ!」


「ていうか、あんた一体ナニサマのつもりなの? 上から目線で言わないで!」


「なぁ、なんかアイツ怪しくないか? 正体を隠してるだけで、アイツもベルク様と同じ……「ドロフォノス」なんじゃないか?」


「つーか、サフィアナの王族って全員「銀髪」だったよね? あの子の髪「黒色」だけど、やっぱり嘘吐いてるんじゃない?」


 疑心暗鬼の濁流。

 疑惑の洪水。


 とにかくアカネの全てを疑って信用しない言葉の数々が、溢れて溢れて止まらない。

 その勢いにアカネは息を呑み、頬を伝った汗さえも拭うのを忘れてしまう。足下にいるギンも、町民たちの圧に気圧されて縮こまっていた。


 こんなに伝わらないものなのか?

 こっちは真面目に、本気で、本音で語っているのに、恐怖心が大きすぎるとここまで通じないものなのか?


「……あ。アタシは――っ」


「黙れ! 他所者は帰れ!」


 かーえーれ! かーえーれ! かーえーれ! 

 と、もはや罵倒に聞こえる町民たちの声が、アカネの耳に届いて確実に彼女の心をへし折ろうと響いた。


 ……思い出す。

 ……思い出す。

 ……思い出す。


 いじめられていた時のことを。

 こっちの話なんてろくに聞かなくて、自分たちの意見が絶対に正しいとイキる精神性の圧力を。


「……っあ」


「……アカネ」


 ――何を言っていいのか、分からなくなった。



♢♢♢♢♢♢



「――だから言っただろう、レイシア」


 街のどこか。

 アカネの覚悟を踏み躙るような町民たちの声が響く中、路地の壁に背を預けながら、灰色髪に白い瞳の青年が呟いていた。

 騎士服ではなく、カジュアルな服装で身を包み、腰には剣を差している。

 

 アレス・バーミリオン。


 彼の目にアカネは見えない。

 しかしこの耳に聞こえる罵倒の嵐だ。

 自ずと彼女たちが何をしたくて、そして何に失敗したのかくらいは予想がつく。


「自分の考えを他者に許容するには、確かな強さが必要だと。そしてそれが足りてないことも」


 泥犁島ないりとうでアカネと対峙した時、アレスが彼女に言った言葉だ。


 信念を貫くための実力が足りないと。

 傲慢さだけじゃ、他を己の道に進めるのは不可能だと。


「これが現実だよ、サクラ・アカネ。……いいや。レイシア・エル・アルテミス」


 彼の声は彼女には聞こえない。

 彼女もまた、彼の姿を視認できない。

 

 アレスはそっと、路地の壁から背を離して歩き去って行った。

また投稿していきます!

よろしくお願いします!

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