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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
風都決戦篇
128/193

『三章』⑫ 作戦会議、そして命の税

諸事情でかなり空きました。 

これからまた更新していきます。

よろしくお願いします。



「––––で。痴話喧嘩の結果あんな微妙な空気に?」


「「なんかすみません……」」

 

 レヴィの部屋で合流したユウマとセイラ、それからノーザンにさっきまで何が起こっていたかを説明すると、ハルとアカネはしゅんとへこんでいた。

 レヴィが王女かもしれない。

 カイ・リオテスという風の真六属性アラ・セスタの登場。

 二人の関係性。

 なんだかとてつもなく面倒な状況になりそうだと、全員が思ったことだろう。変装道具を手に入れて、さっさと「アイオリア王国」に行こうとしていたのに。


「ったく。騒ぎを起こさないで行動するってことがどうして出来ないんだよお前は、ハル」


「俺だけかよ! 俺だけ悪いのかよ! ていうか俺が騒ぎを起こしたってなんで言い切れんだよ!」


「お前が風の真六属性アラ・セスタと喧嘩したって今アカネが言ってたろうが!」


「それは……! んん、確かにぃい……っ。……ご、ごめんなさい」


 反論出来かったハルは素直に自分の非を認めて黙り込む。アカネはそんなハルを見ながら苦笑して、頭を撫でてやる。

 それから、アカネはベットに座るレヴィを見た。


「でもレヴィちゃん。本当によかったの?」


 レヴィは首を傾げた。


「どういうこと?」


「あたしは、カイが嘘を吐いてるとは思えなかったから。レヴィちゃんは、本当にカイと昔からの知り合いなんじゃないの?」


 カイとはまだ会って数時間しか経っていない。人との関係性を推し量るに必要なのは明確な時間だとよく言うが、それだけではない。

 一言でも二言でも。それ以上でもいい。とにかく言葉を交わせばその人の人間性、性格、良し悪しは感じるし分かるモノだろう。それを踏まえて言うのなら、アカネにはどうしてもカイが「女の子を騙すような嘘」を吐くとは考えられなかった。

 あの表情。

 あの言葉。

 大切な人を探していると、言っていた。

 それがレヴィだとアカネは思う。

 だから、覚えてないからだと切り捨てるのは少しだけ寂しいし残酷だ。


「カイはずっと、レヴィちゃんを探してたって言ってたよ。大切な人だから、って」


「なら私は、アイツの前で『記憶がある』レヴィを演じて、無事再会できましたハッピーエンドですねって笑えばいいの?」


「……それは」


 レヴィの返答に返す刃が見つからず、アカネは言葉を詰まらせた。レヴィが何を言いたいのかすぐに分かった。

 嘘をつくのは悪いことだ。

 人を傷つける嘘なら尚更に。

 でも仕方ない嘘もたまにはある。それは人を傷つけないように、そうすることで相手の尊厳と気持ちを守れるから。

 それを優しい嘘だと、世界は言う。

 カイは嘘を吐いていない。

 正直に自分の気持ちを、本心を話してくれた。

 では、そんな真摯な彼に向けて、嘘を叩きつけるのは果たしていいことか?

 否である。


「アイツが私に嘘を吐いていないなら、私もアイツに嘘を吐くワケにはいかないでしょ。アイツの必死さは伝わってた。でもそれを踏み躙るように、アイツの気持ちに嘘で応えるのは残酷じゃない? アンタはそれが、本当に正しいと思う?」


「……思わない。思わないよ。でも、それじゃあカイが、あまりにも可哀想だよ……」


 会ったばかりとか関係ない。

 会いたかった人とようやく会えたのに、その人は記憶喪失で、信じられないとその人の口から言われて。それらは全て嘘じゃなく、けれど嘘を吐かれたみたいに傷つく刃の猛攻だ。

 そんなの、あまりにも報われない。


「随分とあの桃色髪の男を擁護するのね。惚れた?」


 と、いきなりレヴィが変な爆弾を投下してきた。

 みんなの視線が集まる中、傷心中だったアカネは特に慌てることなくスッとした無表情に切り替えて、


「それはない」


「それはないの威力が私の爆弾よりエゲつないわね」


「だってそれとこれとは話が別でしょ?」


「でもそーゆーことよ。本心に嘘はつけない」


 それはまぁ、確かにその通りだ。なんならずっと本心に嘘を吐き続けたアカネだからこそレヴィの言葉は痛感する。

 そしてずっと傍観していたセイラがようやく口を開いた。


「レヴィとカイの件は二人の問題だ。私たちがどうこうするのも余計なお世話なんだろう。アカネの気持ちは分かるが、今は他にやるべきことがある。そうだろう?」


「セイラ……。うん、そうだね。ごめん」


 この街に来て、もう随分と寄り道をしてしまった。自ら望んだ結果ではないが、優先順位というものはある。

 色々と聞きたいこと、気になることはある。

 だが、それらは全てやるべきことをやってからだ。

 アカネが気持ちを切り替えたと思ったのだろう、セイラの横に立つノーザンが口を開いた。


「とはいえこの町で済ますことは殆ど私たちがやってきたわ。変装道具も手に入れたことだし、後は「アネモイ」に行くための移動手段を手に入れることよ」


 変装道具が手に入ったことはかなりの朗報だ。別に遊んでいた訳ではないが、アカネたちだとそれらを入手するタイミングが中々なかったから。なんならアカネ的には最終奥義として「バニーガール」を着なくちゃいけない⁉︎ と考えていたくらいだ。

 そのリーサルウェポンの発動を回避できて安堵の息を吐いたアカネの隣に座るハルが、セイラとユウマ、ノーザンを順に見て首を傾げる。


「? でもお前ら、荷物持ってねーじゃん。どこにあるんだよ変装道具」


 ユウマが何の気になしに「ああ」と答えて、


「荷物なら……」


「ワタシが持ってるわ」

 

 と、ユウマが視線を振った先、扉を開けて入ってきたのはゴツゴツの大男だった。大男は両手に紙袋をぶら下げて立っている。

 ハルとアカネ、レヴィは大男の迫力にゴクリと唾を飲んだ。とんでもない覇気だ。筋骨隆々とした姿はまさに男の鑑。

 自然と三人はいつでも攻防が出来る体勢に入ったが……、


「あらいやだー! 可愛い子ばっかり! ワタシが厳選した服がとっても似合いそうでよかったわ!」


「「「そのナリしてオカマかよ‼︎」」」


 もはや一つの流れになりつつあった。やっぱりそーなるよね、みたいな感じでユウマとセイラが頷いたりしている。

 ともあれ変装道具があるのは大きい。ハルたちはオカマ野郎からの変態視線を受けながらも有り難く変装セットを頂戴してコスチューム変更を行なった。


「にっしし! これカッコいいなあ!」


 ハルが選んだ服は冒険家のような動きやすいモノだった。ぱっと見は軽装に見えるが、要所要所には簡易防具のようにパットが入っている。通気性も申し分ないようで、ハルは随分と気に入ったようだ。


「うわぁ……! これ可愛いし動きやすい!」


 そう言って頬を綻ばせたのはアカネだ。彼女は元々バニーガールの件もあり、制服ではなくこの町で手に入れた服を着ていたがゴツいオカマやユウマたちの好意を遠慮する訳にもいかず三度目のお着替えタイムとなった。

 服装的にはCMなどでよく見かけるスタイルのいいお姉さんが着るスポーツウェアに似ているかもしれない。過度な露出はないが、細い体のラインがしっかり伝わり、腕やら脚やらの白い肌が目のやり場を困らせる。


「……ふーん。まぁまぁね」


 とか言っておいて顔が満足気なのはレヴィだった。長い緑色の髪の毛を軽く束ねて、耳には風を模したピアス。淡い水色のワイシャツに、パーティなどでよく見かける片足だけ覗かせる長い白色のスカートと、紺色のロングブーツ。数時間前のボロボロ姿とは打って変わって美しい様だ。


「あっはっは。そうだろ、そうだろ。だけど一番カッケェのはこのオレだぜ」


 自信あり気に、というよりみんなに見てほしいとばかりに自慢したそうな声色でユウマは口を開くと腰に両手を当てて笑い始める。

 茶髪の髪に額には旅人が着けそうなゴーグルを装着し、首元にはネックウォーマー。太陽マークがワンポイントでデカデカとあるオレンジ色のジャケットに、腰の辺りにトカゲマークとドクロのベルトを通した砂色のズボン。

 まるで思春期の少年が喜びそうな服装だ。

 ハルはともかくアカネとレヴィが口を揃えて、「「……だっさ」」と言ったのは聞かなかったことにしてほしい。


「やれやれ。はしゃぐのはいいが身を偽装することが目的だということを忘れるなよ」


 とか言いつつスタイリッシュで出すとこは出している服装を毅然と着こなす赤髪の美女、セイラは満足してるみたいにドヤっている。

 簡単に言えばハリウッド映画に出てくるスパイのお姉さんが敵組織に潜入する時の服みたいだ。


「あなたも十分あの子たちと同じに見えるわよ、ハートリクス」


 嘆息混じりにそう言って細い腕を組んだのは長い紫色の髪の毛を右肩に流すように結って束ねたノーザンだ。黒のハイネックトップスにベージュのワイドパンツ、それからサングラスをかけた姿はまるで雑誌の有名モデルのようだ。「ドロフォノス」直系ということもあり、彼女が一番変装を上手くしなければならない。

 こうして全員の変装お披露目会も終わったところで、ゴツいオカマがニコリと笑った。


「全員とても似合ってるわ。まるでお遊戯会に出た子供のように可愛いわよ」


「「「それは褒めてるのか?」」」


 全く褒められてる気がしないのはともかくとして、ゴツゴツオカマさんのお墨付きはもらえた。正直、正体を隠蔽出来ているかどうか自信はないが、制服よりは目立たないだろうとアカネは思う。

 アレは『向こうの世界』の洋服だ。こっちの世界で来ていたら嫌でも注目が集まってしまう。

 と、そこでふとアカネは「あ」、と何かを思い出したかのように声を出した。


「そういえば、メイレスさんとナギさん、それからアレスは?」


 言われてみれば確かにあの三人は今どこにいるのだろう? みたいな感じで全員が首を傾げた。

 ……全然忘れてたわけじゃない。ほんとに忘れてたわけじゃないから!

 とか心の中で言い訳をしても誰も聞いてないから皆が皆素知らぬ顔でポーカーフェイスを貫いている。


「ま、まぁあの三人なら大丈夫だろ。多分」

 

 あはは、と笑いながらハルがそう言うと、ユウマが同意とばかりにコクコクと頷いた。


「そうそう。殺しても死なないような化け物連中だしなんとかなってんだろ。多分」


「全部多分。不安しかないんだけど」


 ため息を吐きながらアカネがそんなことを呟く。

 しかしまぁ、あの三人がちょっとやそっとのことで動じるとは思えないし、ハルとユウマの言っていることも何となく分かる気がした。向こうも向こうで自分たちで課題の『変装』などこなしていることだろう。

 ならば、と。

 アカネはレヴィの部屋の椅子に腰掛けたノーザンに視線を振った。


「ノーザンさん。これからどうしますか?」


 アカネに問われたノーザンはそっと息を吐いて、


「身を偽装することは大前提。足を確保するのも大前提。これら二つはクリアしているわね。どちらも私たちが手に入れた物だけれど」


「「すみません……」」


 貴方たちはなにをしていたの? みたいな感じで見られたのでハルとアカネはしょんぼりとしながら謝罪する。

 ノーザンは細い足を組んで、


「次に必要なのは……「案内人」よ」


「案内人?」


 妙な言い方にアカネは首を傾げた。

 宝石鳥スフェラバードからの落下前、ノーザンは自らこう提言していたはずだ。

 「アネモイ」には直接行けない。

 迂回する必要がある。

 正体がバレないように変装をし、「アネモイ」まで行くために必要な足を確保すると。

 だが、その時には「案内人」という名称は聞かされていない。


「その、「案内人」? ってどういう意味ですか? 「アネモイ」に行くのにその人は必要なんですか?」


「必要よ。正直、変装グッズとかよりもよっぽど重要だわ」


 ならどうしてそれを最初に教えてくれなかったんだろう? という新しい疑問が生まれるが今は他所に置いておこう。

 アカネはノーザンの言っていることに想像が追いつかないかのようにますます首を傾げる。


「……なるほど。そういうことか」


 と、ふいにアカネの右後方の壁際に立つセイラがそう言った。アカネがそちらに目をやると、セイラはノーザンに視線を振って、


「ノーザンが言っている「案内人」とは、「アネモイ」に詳しい人間ということだよ」


「「アネモイ」に詳しい人間?」


 ノーザンはセイラの言葉に頷いて、


「ハートリクスの言う通りよ。目的地に着いても、現地に詳しい人間がいなければ違う方向に進んでしまうだけ。そんな遠回りは私たちの理に適っていないわ。効率よく、合理的に、簡潔的に。そこまでして初めて『ヤツら』に近づくことができる」


 なるほど、とアカネはノーザンの言い分に納得した。確かに国内旅行でも海外旅行でも、現地に詳しいガイドがいるだけで旅のスムーズさは段違いだ。観光スポットでもホテルでも、少しの案内があれば無知よりは迷わず向かうことができる。

 しかし気になることがないわけではない。

 アカネはスカートの間から見える美脚が艶かしいノーザンに視線を振って、


「でも、その「案内人」ってノーザンさんじゃダメなんですか?」


 一応ノーザンは元「ドロフォノス」の一員だ。「ドロフォノス」の本拠点が「アネモイ」である以上、ノーザンが風の都に詳しいのは必然でもある。だからこそ、わざわざ別の人間を「案内人」にしなくてもいいはずだ。それこそ、リスクがある。

 だが。


「いいえ。私じゃ役不足だわ。言ったでしょう? 私は『本家』ではなく『廃家』の人間。『廃家』の人間は「アネモイ」に足を踏み入れることを特例を除いて禁止されているの。だから土地勘はゼロだし、ハッキリ言って迷う自信しかないわ」


「そこまでハッキリ言われると清々しいぜ……」


「全くだ」


 などとハルとユウマが互いの意見をマッチさせているが今は一旦置いておこう。

 このタイミングで考えるべきことは、「案内人」の重要性だ。

 アカネが疑問を抱いていた「ノーザン案内人候補」がダメなのは理解した。そしてセイラが言う「案内人」の必要性も。

 だがそうなると、消去法で「案内人」の候補は自ずと風の都に滞在している人間になる。更に言うなら「アネモイ」に詳しい住民だ。言うまでもないが、そんな人なんてアカネの周りにはいない。

 ……いや。


(カイだったらもしかしたら……。いや、ダメだ。こっちの事情にカイは巻き込めない)


 「エウロス」に詳しいことが「アネモイ」を知り尽くしていることとイコールでは結ばれないが、可能性としては十分にあった。

 しかしそれはこっちの予測で、たとえ正しかったとしても身勝手にこちらの問題に手を貸してもらうなど出来るはずもない。

 だから別口がいる。

 ノーザンとカイ以外の、全く別の窓口が。「案内人」が。


「……でも。そんな都合良く「アネモイ」に詳しい人間なんて見つかるのかな」


 当然、誰しもが抱く懸念をアカネはボソリと呟いた。そもそも今回の作戦自体、無謀で勝率も低いものだ。それに加えて適正な人材の確保なんて、それこそ目が回ってしまう。

 好転してないない状況なのは、誰の目から見ても明白だった。

 と、そんな時だ。


「ってか。さっきからアンタら何の話してんの?」


 そう言って、ベットに座るレヴィがおもむろに首を傾げた。確かにレヴィからしてみれば意味不明な会話に聞こえただろう。

 というより、まずくない? とアカネはハッとなる。レヴィには何も教えていない。「ドロフォノス」関係のことを何も教えていないし、アカネたちが一体何者なのかも伝えていない。それは彼女を巻き込まないためだったが、そんなこともすっかり忘れてこちら側の問題の話をしていた。

 アカネは咄嗟に口から出まかせの言い訳を……、


「あ、ああ! 次の旅の目的地は「アネモイ」だったってことレヴィちゃんには教えてなかったっけ、うっかりしてたなー!」


「……いや。もうそれ通じないわよ」


「ですよねぇ……」

 

 というわけで。

 ここに至るまでの経緯を十分くらい掛けてアカネはレヴィに話した。

 もう隠し事は何もない。

 なるべくしてこうなったと思うべきだ。

 同時に、どう思われても仕方のないことだと。

 似ているのだ。

 かつて、アカネのためを思って事実を隠していたハルたちと。そして、それを聞いたアカネと。

 違うとすれば、自分のことではないことだ。しかしそれだけの違いでしかないから、実際に大切なことを隠蔽していた事実は変わらない。


「ふーん。アンタらも色々大変だったのねー」


「…………え? それだけ?」


 拍子抜けもいいところだった。

 もっとこう、罵詈雑言ばりぞうごんってほどではないけれど怒鳴られたりすると思ったから。

 それなのにポカンとするようなことを言われたら、正直呆気ない。

 レヴィはそんなアカネを見ると嘆息して、


「はぁ。あのねサクラ。私はこう見えて記憶喪失なのよ? そんな私が、アンタらが隠していた詳しい事情ってやつを知ったところで何になるの? 怒られると思った? はっ! そんなメンドイこと誰がするかっつーの」


「レヴィちゃん……」


「人間、誰にだって隠し事の一つや二つあるわ。そんな小さいことでキレてたらこの先生きていけないわ。だから私は何も気にしていない。好きなようにしなさいよ。それが正しいと思ったなら、きっとそうなんだからさ」


 大きい人だと、そう思った。

 もちろん体の話ではなく、心。器のことだ。

 一ヶ月前のアカネからしてみれば、彼女みたいな言葉なんて絶対に言えない。むしろ恥ずかしいくらいだろう。だってアカネは怒って泣いて、人のせいにしたから。

 だから、レヴィのその器の大きさは、アカネなんかよりもよっぽど人間らしくて、それこそ『お姫様』みたいに優しい。

 アカネはレヴィと向き合って、


「ごめんねレヴィちゃん。ずっと隠してて」


「はいはい。謝る暇があるならそのみすぼらしいおっぱいをどうにかしなさい」


「みすぼら……っ。そ、そんなことないもん! まだ発展途上だもん! レベル上げの最中だもん!」


「何言ってんだアカネ」


 乙女の事情は大変なのである。ハルとユウマはアカネが赤面している理由が分からないと言いたげに首を傾げている。

 ともあれレヴィに理解してもらえたのは非常に大きい。これで何も気にすることなく話を進めることが出来る。

 アカネは自分の胸を気にしながらも切り替えるように息を吐き、改めてノーザンを見た。


「と、とにかく。ノーザンさん。「案内人」の候補とかいるんですか? 例えば、えーっと……?」


 言いながら、アカネはノーザンの隣に立つオカマさんをチラリと見た。精悍というか男らしいというか、とにかく屈強な見た目をしているオカマさん。

 そういえば名前をまだ知らないなと思いどう呼んでいいかわからずに変な間が空いてしまう。

 たどたどしてしているアカネを、そんなオカマさんが微笑みながら見返した。


「ワタシはどっちも愛せるオールマイティ人間のカフェインよ、よろしくね♡」


「あ、あはは。よろしくお願いします……」


 今まで知り合ってきた人たちとは違うタイプだと察したアカネは苦笑する。見た目はすごく怖いのに中身がここまで優しいとギャップの高低差が激しすぎて逆に戸惑ってしまう。

 

「お、おいユウマ。俺、あいつとは仲良くなれそうにねぇぞ……」


「お泊まり会には絶対に呼びたくないタイプだな、わかる分かる」


「なぁにか言ったかしらーん? 子猫ちゃんたちー!」


「「ギャァー! オカマがオカマキングに進化したぁー‼︎」」


 

 コソコソ話をしていたハルとユウマをカフェインが眼を光らせながら近づいていった。しかも着ていた上半身の服を筋肉だけで破るという演出を決めた後に。

 どんな筋肉量をしているの? と世界の新しい疑問を生んでしまったアカネは、話を戻すために首を横に振って再度ノーザンを見る。

 ノーザンは彼女の視線に応えるように、


「彼女はダメ。「アネモイ」には詳しいけれど、ダメよ。これは絶対」


「……どうしてダメなんですか?」


「ダメなものはダメよ!」


 ノーザンの微かに語気が強い声が部屋に響いた。当然これには皆が驚き、アカネは固まり、ハルとユウマはカフェインにヘッドロックをキメられながら呆気に取られていた。

 失言か、それとも単純に不正解を口にして怒ってしまったのか。ノーザンは片腕を抱くように押さえて、ボソリと呟いた。


「……私の周りは、みんなダメよ。お願い、お願いだから……やめて」


「ノーザンさん……」


 アカネたちには知り得ない深い事情があるのだとすぐにわかった。それはカフェインの寂しくて痛そうな瞳を見ればすぐに理解してしまえる。

 そんなつもりはなかったにしても、アカネはノーザンを傷つけてしまったのだろうか。

 アカネはすぐに謝罪を口にしようとするが、


「アンタ、随分と自分勝手な女ね」


 冷たくそう言ったのはレヴィだった。

 ノーザンはフッと冷めた視線をレヴィに当てて、


「なんですって?」


 レヴィは「はっ!」とおちょくるように笑い、


「だってそうでしょ? ことの経緯はどうあれ、サクラたちはアンタのために敵陣に乗り込むのにアンタは何もリスクを犯そうとしないじゃない。あれもダメこれもダメって……いい年こいたババァがなに子供みたいなワガママを言ってんのよ、笑える。ダッサ」


「……言葉には気をつけさない。私の魔法は生意気な小娘には容赦しないわよ」


「態度に気をつけなさい。私の魔法はワガママババアの罪人には容赦しないわよ」


「––––殺す」


「落ち着きなさい、ノーザン」


 一触即発。

 ピリついた空気。

 着火寸前の爆弾の前に立っているような感覚に襲われたアカネがハッとなって動くよりも前に、カフェインとセイラが同時に動いてレヴィとノーザンの激突を止めた。

 激突、ではなく殺し合いという表現の方が正しいかもしれない。カフェインはノーザンの手首を掴み、セイラはレヴィの前に悠然と立ち塞がる。

 

「退いてカフェイン。その娘、醜い合成獣キメラにするから」


「ダメよ。そんなことをしたら、ワタシが貴方を殺さなくちゃいけなくなる」


 一方で、レヴィはセイラに、


「ハートリクス。邪魔をするのはいかがなものかしら?」


「こんな所で殺し合いをしようとしている馬鹿を止めるのは当然だ。頭を冷やせ。どちらかが悪いとかの話じゃない。二人共、だ」


 セイラとカフェイン。

 二人の説得にレヴィとノーザンは不満そうにしながらも熱を引かせて臨戦体勢を解除した。それを感じたセイラとカフェインは身を引いて、レヴィは溜飲を下げるかのように息を吐き、ノーザンは不満を露わにしながら全員を見回した。


「……今回の件。確かに大元の原因は私にある。これは私が始めた『戦争』だとも思ってる。……だけど、いいえだからこそ。これは私だけで解決しなくちゃいけない。その手助けとしてあなた達が協力をしてくれるのは素直に感謝するわ。……でも、私の周りにいる人間を巻き込むのは、絶対に許容出来ない」


 そう言ったノーザンの表情は、まるで友達がイジメれているのをただ見ることしかできなくて唇を噛んでいる子供のようだった。

 ノーザンの言いたいことは、すごく分かる。

 そもそもノーザンの目的は「ドロフォノス」の壊滅というよりも、娘であるテレサの救出だ。『お父様』と呼ばれる悪の権化である「ドロフォノス」の親玉から迫害と絶対的な暴力を散々受けてきた。何度も立ち向かおうとしたけど敵わず、結局は力の差にねじ伏せられて現実を見せつけられ、人を殺すだけの、どうしようもない日々の繰り返し。

 

 それはとどのつまり、周囲の人間を自分の都合に無理矢理合わせて不幸に陥らせることに他ならない。

 今までずっとそういう生き方をしてきた。

 だから、彼女はもうそういうことはしたくないと言っているのだろう。

 もう、見たくないのかもしれない。

 自分のせいで、誰かが死ぬところを。

 テレサのように、酷い目に遭う人を。


「……私は「ドロフォノス」。罪人よ。今まで大勢の人間を殺してきた。だから今更生死の倫理を語ることなんてしないけれど……それでも私は、私の周りを生きる人たちに死んでほしくない。それはあなた達も含まれてるわ。だから……死ぬなら『関係ない』人間がいい。……ただ、それだけなのよ」


 切なくなる声だった。

 身勝手で傲慢だけど、それでも優しく思える言葉の数々に、アカネは胸が痛くなった。

 何か声を。

 彼女の胸を苦しめる原因を、少しでも取り除くことができる魔法のような言葉を。

 だけど。


「……少し、席を外すわ。ごめんなさい」


「……っ」


 都合よくアカネの口からは魔法の呪文のような言葉はすぐには出なかった。言葉に詰まり、悩んで、一文字すら発することも出来ずに。

 ノーザンはそっと、部屋を後にした。

 その背中を、見ていることしか出来なかった。



♢♢♢♢♢♢



「エウロス」は「アイオリア王国」の末端に位置する風の街。

 酒と女と金が巡る中規模の街で、一種の観光地としても有名だ。「アイオリア王国」首都である「アネモイ」に行く前に、一度は「エウロス」に寄るのも悪くないと考える人は少なくないだろう。

 特に男性にとって『エリア・淫』と呼ばれる風俗店が軒を連ねる区画はまさに魅力の塊だ。

 それだけでなく、『エリア・酒』も性別問わず十分楽しめる場所になっている。

 

 しかしそういう街だからこその問題もやはりあるのは否めない。

 例えば金の巡り。

 エリアごとに一人ずつ「管轄長」を決め、その人物が月の売り上げを管理し更に『上の人間』に納める。その統一された金の動きがはっきりしているのは良いことなのかもしれないが、問題なのはその『金』が、「エウロス」だけ少しだけ特別な意味を持っていることだ。


 それが––––生命税である。


 税金の種類は色々あるが、中でも特異的で異質的なのが生命税。

 これは収入に応じて納めるべき金額が決まっている他の税金とは違い皆が平等に一律の支払いをしなければならない。

 金額にして五万ジェリー。

 大人も子供も関係なく五万を毎月支払わなければ厳しい罰則が下される、理不尽な税金。

 そしてその税金は首都「アネモイ」に送金されることになっているが、その一◯%を自分の懐にしまえる人物が一人いる。


 ––––区長。


 「アネモイ」全てを管理する役職に就いた存在。


 区長は毎月の支払日に「アネモイ」に訪れ、全町民から『直接』貰うことになっている。

 

「––––お願いします、お願いします! 今月分はもう先週にお支払いしました! これ以上は生活が、この子に食べさせてあげられる物が買えなくなってしまいます!」


 『エリア・淫』にある、とあるホストクラブ。

 煌びやかな装飾と、高級感溢れる席の数々に、そこに座る客とドレスを着込んだ女性たち。

 その内の一角で、銀色のドレスを着たホスト嬢が地面に座りながら涙混じりに一人の男に懇願していた。

 ホスト嬢の隣には、まだ五歳くらいの女の子が泣くのを我慢しながら立っている。

 

「どうか、どうか見過ごしてください! 二人で生活していくのにやっとのお給料で、月に十万も払っています! ここから更に追加で五万なんて……とてもじゃないけど支払えません……っ!」


 ボロボロと泣きながら、ソファの椅子に座り両サイドにグラマラスな女性二人を侍らせる男に頼み込む銀色ドレスのホスト嬢。

 周りでは緊迫した表情の黒服と、他のホスト嬢がいて、店の空気は実に最悪だ。

 

 月五万の生命税。

 それはもうすでに支払っているらしいが、全町民に「二度目の支払い」が命じられたという。

 二人分。

 つまり残り十万を払わなければならない。

 

「お願いします、『区長』様! どうか、どうか……っ!」


「––––なっハハ。君は随分と面白いことが言える女の子なんだねぇ。次きた時は、君を指名しようかな?」


 人のことを見下すことが好きそうな、耳にするだけで嫌悪が止まらない声が店の中に響いた。

 薄茶色の髪の毛に、いかにも高級そうなスーツ一式。しかし見た目は少し太っていて、まるで親のスネを齧りまくって育ったお坊ちゃんのような雰囲気だ。

 小太りの男は、高級感あるソファからゆっくりと立ち上がると、目の前で土下座をしていた銀色ドレスのホスト嬢を微笑みながら見下ろした。


「面を上げなさい、お笑い担当の美人さん。僕は美人には優しいで通って有名なんだよ?」


「……そ、それじゃあ––––」


「そして絶望に顔を歪ませた美人を見るのは、もっと好きなんだよねぇ」


 ドンッ! と。

 誰もがその瞬間を目撃した。

 鈍い音がしたと思ったら、もうその時にはすでに銀色ドレスのホスト嬢の横に立っていた幼い少女の姿はどこにもなかった。

 時間が止まる。

 パラパラと、音がした。

 振り返る。

 少女が全身血まみれになりながら、壁にめり込んでいた。

 

 絶望が、全身を駆け巡った。


「いやァァァァあああああああ……ッ‼︎‼︎」


「なっハハ。いい絶望じゃあないか」


 悲鳴が飛び交った。

 客が逃げるように店から出てくのは当たり前として、従業員であるホスト嬢たちも腰を抜かしたり屋外へ飛び出したりと、完全に躁の状態が出来上がる。

 銀色ドレスのホスト嬢は、壁にめり込んだ血まみれの少女に急いで駆け寄り、泣きじゃくりながら名前を呼んで抱きしめる。


「いや、いやぁああ……っ。お願い、お願い、起きて起きてッ! 死なないでぇ……。一人にしないでぇ……っ」


 反応はない。

 指一つ、ピクリと動かない。

 血が理不尽に、地面へ滴る。

 そこへ、足音がひとつ。

 ビクッと肩を振るわせた銀色ドレスのホスト嬢は、娘である幼い少女を守るように抱き締めながら、ゆっくりと振り返った。

 罪悪感なんて微塵も感じていない、それこそ自分は絶対に悪くないと思い込んでいるような顔で、男が立っていた。

 

 そして、男は言う。

 自信に満ちた声色で。

 全てを下に見ている表情で。


「これで五万だ。払えないなら命を支払え。それが生命税の最終納付手段だろう?」


「……っ」


「「ドロフォノス」一族のひとりでもある僕に逆らうと、次は君が命を落とすことになるだろうねぇ? ……なっハハ」


 不気味な笑い声が薄暗い空間に響いた。

 区長と呼ばれる男。

 またの名を。


 ––––ベルク・ドロフォノス。


 『本家』の血を引く正真正銘の悪が、動き出した。

ここから書きまくるぜぃ!

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