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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー泥犁暗殺篇ー
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『二章』51 その姫の名は

 塔が破壊されるまでのカウントダウンが始まっていた。


「チッ! 全然だめだなおい!」


 白色の閃光が薄暗い空間に瞬いていた。

 ユウマの星天魔法が、爆弾である人形を狙った光の奔流だ。

 だが、流星群のように押し寄せた破壊の嵐が爆弾人形に当たることはない。

 その全てが悉く魔法陣によって阻まれて、虚空へと消えていく。


「ならこれはどう!」


 キン! と、爆弾人形を透明な箱が包み込んだ。

 ナギの空箱魔法だ。封じ込めることに特化した魔法が、爆弾人形を拘束し、その光景を見てユウマが笑った。


「はっ! なるほどな! 攻撃行為じゃなくて、そもそもあの人形ごと封じ込めちまえば爆発の力が外に出ることはないのか!」


「そうゆうことよ、ユーくん!」


 なるほどそれなら確かに塔の破壊を防ぐことができる。

 

 ––––だが。


「そう、上手くはいかないみたいだぞ」


「?」


 セイラが眉を寄せて不穏なことを呟いた。

 直後、今まで円形だった魔法陣が三角形に変化し、更には鋭さを増して、ナギの空箱魔法をバリン! と打ち破った。


「な……っ」


 目を見開き、驚愕するナギ。付加術をかけていなかったことをここまで後悔したことはない。


「なら次はおれが……っ!」

 

 一歩、アルストが踏み出した。

 アルストの力裁魔法は自分が正義だと思えば思うほどその効果を発揮する。

 ならば、その正義が爆弾人形如きに劣るはずがないと––––、


「––––っ! 伏せろォ!」


 刹那、セイラの一声が場に響き渡り支配する。その直後、爆弾人形が展開していた三角形の魔法陣が放射状に鋭く伸びて四人に襲いかかった。

 まるでハリネズミを裏返したかのようだった。


「めん、どくせぇ!」


「いくつ防御機能があるのよ!」


「どうあっても塔を破壊したいらしいな……!」


 紙一重で針の魔法陣を防いだユウマ、ナギ、アルストの三人が渋い顔をする。

 防御機能に反撃機能。  

 何をどうしたところで爆弾人形に傷をつけることが叶わない状況は、実にジリ貧だった。


『塔の破壊まで、残り……一分』


 そしてタイムリミットが近かった。

 切羽詰まった状況が、危機的状況が加速した。


「時間がねぇぞおい!」


 ユウマが焦りを隠さずにそう叫ぶ。

 爆弾人形の無慈悲なカウントダウンが続く。


 ––––五十五秒。


「––––まだだ」


「……! セイラ⁉︎」


 ドン! と、セイラが石畳を抉る勢いで跳躍し、爆弾人形に迫った。

 その右手にはアーセル・ドラコニスの宝剣が握られている。金と青に光る美しい宝剣が、空間を照らす。


 ––––四十三秒。


「こんなところで、足止めを食う暇はない!」


 言い知れない不安がセイラの胸中にはあった。

 まず、爆弾人形がここにいる時点でおかしいとは思っていた。


 ––––何故、ジーナは「コイツ」を無視している?


 ジーナの性格上、自分にとって面白い状況は基本的に傍観して様子を見る。

 おそらくジーナにとって爆弾人形の存在はそれに値するのだろうが、ここには今ハルがいる。

 

 塔の破壊によってハルが死ぬことはないが、ハルが自分以外に傷つけられることを「あの」ジーナが許容出来るはずもない。


 そして塔に入った時から薄々感じてはいたが。


(ジーナは、もうここにはいない)


 どういう経緯で、どんな手段で九泉牢獄パノプティコンから脱獄したのかは不明––––ドロフォノスが関与しているのは間違いない。


 ともあれ今言えることは一刻も早くこの爆弾人形を破壊して、ジーナを追う必要がある。

 もし仮に、ジーナがハルを見つけてしまったら……。


「ハルは殺される。……だからその前に貴様はここで破壊する!」


 ––––三十秒。


「はぁぁぁああああああああ‼︎」


 眩い発光と共にセイラの剣が爆弾人形の防御魔法陣と激突した。

 轟音と衝撃波。

 周囲の内壁に亀裂が入り、地面が抉れた。


 ––––二十三秒。


「貴様がドロフォノスだろうが何だろうが、私の仲間を危険に晒すことは許さない! 私の手が届く限り守ってみせる! 己の魂に誓って‼︎」


 ––––十四秒。


「ここで散れ、罪人の血で汚れた人形よ! 貴様の出番はこれで終わりだァ‼︎‼︎」


 剣と魔法陣の激突が、終わる。

 セイラの宝剣によって、魔法陣に亀裂が生じた。そのまま、その亀裂はクモの巣のように広がって。


 ––––三秒。


 バリン‼︎‼︎‼︎ と。

 爆弾人形を守っていた魔法陣がガラスが砕けるような音と共に破砕して、その破片がキラキラと宙を舞った。

 そして、セイラの宝剣が爆弾人形を貫いて––––、


『クックク。見事に引っかかってくれたわね』


「……な」


 直後、爆弾人形が言葉を発した。

 人を嘲弄する、女性の声。


『タイムリミットなんて、ハナからないわよ。だってこの子は最初から「破壊されることが前提」で作った私のオモチャだもの』


「貴様は……!」


『自己紹介なんてしないわよ。今から死ぬ相手に名乗るほど暇じゃないんだから』


 最初から、掌の上だった。

 何もかもが、操られていた。

 まるで、舞台の上を踊らされていた人形のように。


『破壊がトリガーなのよ。……じゃあさようなら。運が良ければ、また会いましょう』


「……っ!」


 転瞬。

 カッ‼︎‼︎‼︎ と。

 

 白い閃光と共に、爆発の奔流が九泉牢獄パノプティコンを容赦なく飲み込んだ。



♢♢♢♢♢♢



 九泉牢獄パノプティコンの破壊は、アカネの視界でも確認できた。

 けれど、今この状況でそちらに意識を向ける余裕はなかった。

 ハルたちは無事なのか。あの爆発に巻き込まれていないのか。気になることは多数ある。

 

 だが。


九泉牢獄パノプティコンが落ちたか。……予定通りだな」


「……あれも、あなたたちの仕業なのね」


 「お父様」の意味深な呟きにアカネは目を細め、そして剣を握る手に更に力を込めた。

 罪人を収容する施設の倒壊に、その施設を管理する島の崩壊。

 おそらくこの日は世界にとって大きな節目になるだろう。


 この世界において、罪人は悪そのもの。

 故にその悪に対する力の象徴が消え去れば、それは世界に激震が走るのと何も変わらない。


 本来の目的は、九泉牢獄パノプティコン、及び、泥犂島ないりとうの奪還、そして罪人の脱獄の阻止。


 事態の沈静化が何より重要だったが、塔の破壊によって全てが崩れ去る。

 ドロフォノスの計画の上。

 アカネたちの行動は、全てドロフォノスの思惑通り。


「……だとしても。もう関係ない」


 断言があった。

 九泉牢獄パノプティコンの倒壊の音にも、風の音にも波の音にも負けない、力強くて大きな声が、確かにあった。


 サクラ・アカネ。

 彼女の唇から発せられた声だ。


「今回の事件、その全てがたとえあなたたち「ドロフォノス」の掌の上だったとしても。その思惑全てを食い止めれば済む話なんだから」


 ノーザンの身体を乗っ取った「お父様」は唇を緩めて、


「貴様らでは無理だ。足元すら見えることはない」


「見えてるわよ。だって今、あたしがここに立っていて、あなたはあたしの目の前にいる。その時点で、足元はもう見えてるのよ。あははっ。目が悪くて見えてなかったの? だとしたら眼科に行った方がいいわよ。それかメガネでも買ってあげようか?」


「……」


 笑って、出来る限り嘲弄して、「お父様」の機嫌を損なわせる。それでもヤツがアカネの挑発に乗ってくることはないだろうが、少しでも「苛立ち」という心の働きがあれば十分だ。


 こちらは散々イラついて、怒ったのだ。

 いい加減、そっちもそういう感情になってもらわないとフェアじゃない。


「……図に乗るなよ、王族風情が」


「……っ⁉︎ 」


 転瞬。

 空気が落ちて「お父様」の声が黒く沈んだ。その瞬間、アカネの体が盛大に森林エリアを吹っ飛んだ。

 ドガガガガガガ‼︎‼︎ と、何をされたのか全く理解できないまま、アカネは地面を何度もバウンドしながら砲弾と化す。


「が、ぁぁぁぁぁああああ⁉︎」


「潰れろ」


「……な」


 ズン‼︎‼︎ と、吹っ飛び終えた直後にアカネは真上から押し潰される感覚に襲われた。まるで重力が何倍も増幅したかのようだった。

 地面に沈む勢いで全身がめり込み、内臓と骨が悲鳴を上げる。


「ぎぎぎぎぎぎぎぎ……っ!」


 食い縛った歯の隙間からは血がこぼれ、全身の筋肉がブチブチと嫌な音を立てながら破断されていく。

 数秒先の未来に、自分が圧死するのが視えた。


「ぅ、ぁぁぁああああああああ!」


 それを、気合いだけでねじ伏せた。

 とにかく全魔力を身体強化に回して、理不尽な重力波から逃れた。

 とは言ってもノロノロとした動きで脱出しただけだ。後ろからまるで追い駆けるように謎の重力波が襲いかかってくる。


「虫は虫らしく地面を這っていればいいものを……。そこまで「生」に執着して恥ずかしくはないのか」


 心底侮蔑し、見下し、嫌悪すら抱いていそうな声が重力波から体裁なんて気にせずに避けたアカネの耳に届く。

 

 一体何回避けたのだろうか。

 いくつものクレーターが地面を抉り、木々の緑は見る影もなく、空間は広がり、九泉牢獄パノプティコン倒壊の粉塵が辺りを漂っている。


 銀の髪に赤いリボン、蒼の瞳の少女。

 刀身の半ばから折れた日本刀を握り、全身傷だらけで、片目は額から流れた血で塞がっていた。


 「……そんな、風に、考えてるから、あなたはダメなのよ……」


 言いたいことがあった。

 自分の傷なんてどうでもよくて、ただこの男にどうしても言ってやりたいことがあった。


「……生きることに、誰かの許可なんて必要ないんだ。そんな書類審査の判子みたいなモノに囚われて、自分の人生を、命を握られるなんて絶対に間違ってるよ」


 ––––娘を助けたい。


 どこにでもいる、世界中にありふれた母親の愛。

 その、本音。

 あれを聞いて、聞いた上で、どうして「生」を諦められようか。


 どうして、こんなやつに弄ばれなきゃいけないのか。


 だから。

 今ここで。

 『ソレ』を言うのが当たり前だと思った。

 

 この世界がこんなにも歪んでいるのなら。

 この世界の「悪」がこんなにも酷いなら。


 アカネが『ソレ』を言わずして、誰が言う。


「……あたしは第二王女。『レイシア・エル・アルテミス』よ。民を見捨てるような馬鹿な女じゃない」


 今だけはその看板を背負おう。

 今だけはその『名』を借りよう。

 コイツを倒し、世界を正すために『ソレ』が必要なら、アカネは変な意地を捨てて喜んでこの身を、心を『王女』にしよう。


 だから。


「頭が高い、分を弁えろ! 痴れ者が‼︎」


 刀を構え、堂々と、この世界に喧嘩を売るようにアカネはそう言った。


 そして、それを叶えるためには力が必要だ。

 躊躇ってる時間なんて––––ない。


「……魔法って、悪『魔』みたいな人たちからみんなを守るための方『法』でしょ」


 それが『魔法』。

 それが『優しい力』。


 ギリ、と奥歯を噛んだ。

 刀を握りしめた。

 腹の底から、声を出した。


 今までの怒りを、ぶつけるみたいに。


「力を貸しなさい! あいつを今ここで倒せるだけの力をあたしに! それが『アンタ』の仕事でしょうが‼︎‼︎‼︎」


【––––】


 ––––裡側うちがわで、黒い女が笑った。



 直後。

 ギュア‼︎ と。

 アカネの銀の髪が黒く染まり、雲のようにモヤモヤとした『剣』が顕現したのは同時だった。


「刀剣魔法、真髄!」


 ––––そして。


天叢雲剣あめのむらくものつるぎ桜花おうか‼︎」


 刀剣魔法の真の力が、産声を上げた。


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