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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー独姫愁讐篇ー
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『一章』⑨ 彼方にある信頼


 結論から言ってそう簡単に都合よくネックレスが見つかるはずもなかった。


 ギンの鼻の絶対性はハルたちの信頼具合から疑う余地はないが、"アリア"は広い。


 桜通りから『桜王』までの道と落とした地点候補の一つである飲食店を探すがヒットはなくて、結果は芳しくない。

 周辺の人たちにも確認してみるが空振りばかり。


 なのでアカネたちは次の候補地点である古書店に移動して、各々がバラバラになって探していた。

 

 二階建ての、螺旋階段を中心に据え置いた吹き抜け構造の、大量の書架が所狭しと並ぶ古き良き紙の香りが漂う老舗の一角に、アカネはいた。


 他にも近くにはお客さんがいて、営業の妨げ、邪魔にならないように静かに探している現状である。


 桜花のネックレス。

 店自体も心当たりがないと言っているし、誰かが持ち逃げした可能性の方が高くて、だから探す必要はないと思っているのにハルたちが諦め悪く首を巡らしているモノだからアカネも付き合うしかない。


 手伝うと、雇ってくれとこちらから頼んでいる以上アカネから仕事を放棄するワケにはいかないのだ。


 それでもハルたちのようにやる気が出ないのは、自分の問題だ。

 人を、助けるなんて。

 誰かのために行動するなんてーー違和感しかない。


 「ん、」


 と、自分の行動に変な感覚を抱いていたアカネが床から視線を上げたところでとある一冊の本に注目した。


 数多くある書架の中から、何故か不思議な存在感を放つ古書。


 背表紙に題名はなく、けれど気づけば手を伸ばしてその本に触れていた。

 手に取った本は、薄い。

 そして。


 「……『薨魔の祭礼』」


 古書の表紙には確かにそうあって、小さく呟いたた次の瞬間にはまるでそれが使命かのように銀髪の少女は薄い本を無意識の内に開いていた。


 それは絵本だった。

 柔らかい言葉と、不気味だけど幼稚な絵が描かれたーー童話であった。


 〈魔神〉と呼ばれた神が人間を苦しめ、その〈魔神〉を〈光是の六柱〉なる神々が倒す勧善懲悪の物語。なるほど子供が好きそうな童話ではある。

 でもどうして、これが気になったんだろう。

 

 「きゃあ!?」


 首を傾げていたアカネの耳に短い悲鳴と大量の本が崩れるような重たい音が届いた。

 

 結構近くでしたので書架を二つ超えて見に行くと、知った顔の人物が大量の本に埋もれていた。 

 

 ドジっ子エマである。

 何をどうしたらこうなるのか分からない。呆れ顔のアカネは本の過激なハグからエマを引っ張り出す。


 「大丈夫?」


 「いたた…….。うん、平気。ありがとう」


 手を貸して立ち上がらせ、それから床に散らばった本を片付けようとしてはたと気づく。

 絵本を持ったままだ。


 「わ。懐かしい本持ってるね」


 「え?」


 「それ。アタシもよく小さい頃おばあちゃんに読んでもらったよ」


 過去の優しい記憶を思い起こすような声でそう言うと、床に散らばった本を戻していくエマ。

 

 やはり子供の時に読む類の本であるらしい。元の世界で例えるなら桃太郎、いやシンデレラくらいの有名本かもしれない。


 「アタシ、最後の最後に〈光是の六柱〉、雷神アーサソールがお姫様の許に駆けつけるところが一番好きなんだよね。アカネちゃんはどこがお気に入り?」


 何の気無しに、それこそ好きな漫画のお気に入りシーンを語り合うくらいの気軽さで言われ、アカネは咄嗟に何も言えなかった。

 

 当然だ。

 言えるわけない。

 だって流し読み初回だし。

 桃太郎の方がまだ語れる。

 なのでここはエマに便乗するしか打つ手はない。


 「……あ、あたしもかな」


 「やっぱり!?いいよねあそこ!本当にあった話しなんて、今でも信じられないよ!」


 前のめりにグイグイ来られ、アカネは後ずさる。


 顔近っ、肌綺麗、目デカ……じゃなくて。エマの顔面レベルの高さに感心している場合じゃねぇ。


 アカネは片手をエマの顔の前にやって「近い」ことを伝えて離れさせ、それから絵本の表紙を見せた。


 「今、この御伽噺が実際にあったって言ってたけど、本当なの?」


 エマは不思議そうに首を傾げる。


 「そうだよ?六〇〇年前に起きた大きな戦争で、その追悼祭が二日後の六月六日にあるもん。御伽噺だけど歴史の一端でもある実話。神様とかの真偽はさて置いて、『薨魔の祭礼』が事実なのはみんな知っていることでしょ?今更どうしたの?」


 赤信号は渡らないくらい知ってるでしょ?くらいのレベルの常識を話すように金髪ツインテールのエマはそう言った。

 

 驚いた、なんてモノじゃない。

 信じられない。

 聖書の内容が実話でした、と元の世界でカミングアウトされるくらい信じられなかった。


 だって、これが事実なら。

 

 この話しは、グリム童話よりも凄絶で、凄惨で、酸鼻で、救いようがない。子供たちに歴史を教えるために編纂して脚色しているのかもしれないが。

 コレを事実通りなぞるなら、血の気は失せる。


***********************


 ーーむかしむかし、あるところにとってもわるい『かみさま』がおりました。その『かみさま』はたくさんのヒトをくるしめて、おそれられて、いつしか『まじん』とよばれるようになりました。『まじん』はヒトのことなんてちっともかんがえていないからとにかくたくさんのヒトをあかいろにかえて、ぜんぶこわすことにしました。


 あるひ、だれもかれもがあかいろになったとき。

 ひとりの『ひめ』がゆうきをだしてたちあがり、『けん』をとりました。


 『ひめ』はいいました。


 ーーあなたの望みは何ですか。これ以上暴れて、あなたに何の意味があるというのか。


 『まじん』はこたえました。


 ーーこの美しい世界に人間など必要ない。我々神だけがいれば、それでいい。


 『ひめ』はおこりました。


 ーー人も美しい。神も美しい。だから世界も美しいのです。見てみなさい。あなたの行いによって人々が、世界が嘆いています。この悲しみの果てに、美しい世界があるものですか!!


 『まじん』はわらいます。


 ーー美しさとは。すなわち神である。世界は神で、神は世界。神さえいれば、世界は安寧である。


 ヒトと『かみさま』はわかりあうことができませんでした。『ひめ』は『けん』をにぎって『まじん』とたたかい、あかいろになりながらもひとびとのために『けん』をふるいました。


 しかしどれだけつよい『ひめ』でも『まじん』にはかなわず、『けん』は折れてしまいました。

 

 ヒトのやさしさは、『かみさま』のりふじんにはかてなかったのです。

 『ひめ』はむかしからだれよりもつよくて、たよられて、だからたすけてくれるヒト、たすけられるヒトはだれひとりいなくてーー


***********************


 その姫を助けたのが雷神アーサソール


 最後には〈魔神〉を倒してハッピーエンドとなってはいるが、神なんていう規格外の存在が中心の戦争なんて一体どれほどの死者が出たことか。

 

 世界的に追悼祭を行う点からその残酷性はお墨付き、推して知るべしだろう。


 それこそ、第一次世界大戦が裸足で逃げ出すレベルかもしれない。


 「悲しむだけじゃなくて、感謝もしなくちゃいけないよっておばあちゃんが言ってた」


 と。

 アカネの心情を察したのか、それを払拭するようにエマが言った。

 本をしまいながら。


 「確かに『薨魔の祭礼』は多くの犠牲者を出して、消えない悲しみと痛みを生み出した。当時の勇気ある姫や人々の決断、覚悟があったから今があって、誰か一つでも欠けていたら現在はなかった。六〇〇年前の人たちが見たかった景色が今の世界なのかはわからない。だけど悲しんでばかりいたら『その人たち』が報われないんだって。少なくとも〈魔神〉が望んだ世界にはなっていないんだから。そのことに、戦ってくれたことに感謝する。それが追悼祭でもあるんだって」


 祖母との時間を思い出すようにエマはそう言った。

 今ある世界に、過去の人に感謝する。だから追悼祭なのに重い空気感が乏しいのかとアカネは腑に落ちた。

 同時に、追悼祭を行う戦争についても知れたことも収穫だ。

 一方で。


 「ネックレス、見つからないね」


 「うぅ……。どこいったんだろう」


 本来の収穫はゼロである。

 

 ここまで探して無いとなると、諦念が強まるばかりだ。古書店の次は宿場区域だが、この様子だと展開は変わらないだろう。

 

 本を片付け終え、一息吐いたところでアカネは肩を落としているエマに問うた。


 「他に心当たりはないの?最後にネックレスを見た場所は?」


 エマは少し考えて、


 「そう言われても……あ!」


 「?」


 エマは顔を上げた。


 「アタシ、そういえば酒場区域に行った!」


 「不純」


 「違う!宿場区域の隣だから間違えたの!で、その時酔っ払いのオジさんとぶつかったからもしかしたら……」


 「その時に落ちたかもしれない、か。うん、行ってみる価値はあるね。じゃあハルたちにーー」


 伝えようとして足を止めた。

 今得た情報は共有すべきで、それこそギンを筆頭に知らせた方が捜索の効率も発見率も上がるのに。


 ーー依頼とは関係なく、店内にいる困っている人を助けているハルたちを見てしまって。

 

 アカネは、アカネがいる時のハルたちしかもちろん知らない。だからアカネによく見てもらおうと猫を被っている可能性も十分に考えていた。

 全部が全部偽りである冷酷を。


 けど、あれは。

 偽ることない、素に見えて。


 「アカネちゃん?」


 呼ばられてハッとなり、アカネはハルたちからエマに目を戻す。

 

 「ハルたちにはここを探しといてもらおう。二手に分かれた方がいいと思う。あたしたちだけで酒場区域に行こう」


 「?う、うん」


 最もらしいことを言って。

 本当は心の内を認めたくないから逃げるようにアカネはエマと一緒に古書店を後にした。


 人は、うつくしくない。

 人は、誰かのために優しくしない。


 だから、

 だから、

 だから。


 ーー信じることなんて、できないよ。

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