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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー泥犁暗殺篇ー
107/193

『二章』㊽ 断ち切れる糸


「……何をどう言ったところで、あなたたちは素材になる。生きたまま無惨に合成獣キメラになる絶望を味わいなさい!」


 ゴァ!と、勢いよく伸ばしたノーザンの右手から骸鮫ガレオスが飛び出し、その大顎を大きく開いて空気を吸い殺しながら二人の少女に迫った。


 海での戦闘を、アカネは思い出す。

 今回の騒動の発端にして、最初の相手。決着を保留にしていた相手。

 その、再戦だ。

 骸鮫ガレオスもノーザンも、結局のところ誰も倒せていない。

 

 だからこそ。

 今ここで。


「もう終わらせてみせる!」


 ダン!と、アカネは強く地面を蹴って駆け出した。

 相対するのはこの世界には本来存在しない、異常な生命力を兼ね備えた骸鮫ガレオスだ。生半可な攻撃じゃ到底倒せない。

 それは、海戦時のアルストの攻撃を受けた際の骸鮫ガレオスを思い出せば明白だ。


 ならばどうするか。


「再生出来ないくらいに、切り刻む!」


 物騒な話ではあるがそうなってくる。

 再生限界があるのか否かは不明ではあるが、やってみないことには話は進まない。


 剣を強く握り締め、青い瞳には闘志の光を湛えて、アカネは行動に移る。


「刀剣舞踊––––参式・巨人鉄槌・ソード!」


 吠えて、刀剣舞踊が花開く。

 頭上に上げた手を振り下ろすと同時に、巨人の武器と見紛う巨大な剣が隕石のように骸鮫ガレオスへと襲いかかった。

 

 ゴォ!と、空気が唸りを上げて喝采する。虚空が貫かれ、為す術なく巨剣の餌食になる。

 その道連れとして、だった。


「––––‼︎」


 目の前の獲物にしか目が入っていなかった骸鮫ガレオスが上から迫る「死」の圧に気付き視線を上に上げた直後。

 まるでタイミングを見計らっていたかのように巨大な剣の切っ先が獰猛な怪物の背中を穿ち、貫通––––大量の血飛沫を吹き荒らして地面に串刺しになった。


「––––ォ‼︎」


 骸鮫ガレオスが盛大な悲鳴を上げ、泥犁島ないりとうに響き渡る。

 その隙に、だ。


「ノーザン!」


 標的を変更。

 いいや当初の問題の種に意識を戻す。

 骸鮫ガレオスに全てを任せていたノーザンの高みの見物がようやく終わる。

 骸鮫ガレオスは未だに地面でのたうち回っているが、今すぐに反撃をしてくる様子はない。

 

 この隙にノーザンへと斬りかかり、勝負を決める。


「刀剣舞踊––––……っ!」


「生成期・わらべ


 刀剣舞踊を爆発させようとした刹那、アカネの攻撃が噴火する前に鎮火された。

 その原因。

 ノーザンが不気味に何事かを呟きながら、細い右腕を前に突き出した瞬間、その虚空から赤ん坊が飛び出したのだ。


 赤ん坊、とは言ってもただの赤ん坊ではない。


 鬱血うっけつし、膨れ上がった顔面を見せて泣き喚く怪物だ。


「喰らいなさい」


「––––っ! んのっ!」


 咄嗟に、だ。

 赤ん坊が口を開け、その口腔の奥から覗いたグロテスクな「舌」が伸びてアカネを捉えようとした寸前に後退し––––追ってくる「舌」を剣で切断した。


「これも、合成獣キメラなの⁉︎」


「見た通りよ。可愛いでしょう?」


「趣味じゃない!」


 ありったけの忌避感を込めて叫び、アカネは再度突撃を試みた。赤ん坊の合成獣キメラはその際に胴を突いて撃破し、まるで命の終わりを思わせる紅色の光粒子が宙を舞う。


 赤色の光粒子の細雪の中を、アカネは進む。

 銀の髪に一房だけ黒くなった髪と合成獣キメラの命が儚くも美しく重なり合った。


「おァァ!」


 吠えて、剣を振るった。

 瞬間、主観的な時間の流れが遅くなり、その中でノーザンが不敵に笑んだのが〈空の瞳〉に映った。


迂闊うかつな判断は命を失う愚者の思考よ」


「––––な」


 忠告、と捉えるべきか否か。

 ともあれその時アカネの勝負を急ぎ過ぎた行動が逆流して少女の命を奪おうと渦巻いた。


 時の加速が遅くなった世界で、アカネの頸を噛みちぎろうと骸鮫ガレオスが悪夢のように迫った。

 

 巨大な剣の拘束から脱して、更には深々と抉れたはずの傷を完治した最高の殺害意欲コンディションさらけ出して。


(……これは、まずい……!)


 数秒先の「死」を確かに感じたアカネだが、今更気づいたところで何もかもが遅かった。狂気のように並んだ鋭い牙が、眼前に迫る。


「死なせません!」


「––––!」


 刹那、時間の流れが元に戻ると同時に、アカネの体が強制的に強引に、「何か」に引っ張られて骸鮫ガレオスの乱牙から逃れた。

 結果、標的を見失った骸鮫ガレオスは止まることが出来ずに大木に激突する。


 轟音。

 それから衝撃。


 大木が折れて倒れる重音が響き渡り、生存したアカネは驚いた様子のまま振り返る。


「シャルちゃん……!」


「間に合ってよかったでぇす」


 柔らかく、そしてどこか頼もしく唇を緩めてそう言ったシャルロットの手には、木綿質の金糸が仄かにキラキラしながら巻かれていた。


「それが、シャルちゃんの魔法?」


「はい。糸魔法って言いますぅ。これがなかなか便利なんですよぉ」


 そう言ってる最中、空気を読まないノーザンが再度骸鮫ガレオスを二人に向けて放った。

 暴れるように牙を剥いて迫る骸鮫ガレオス

 アカネは咄嗟に剣を構え、シャルロットに警戒心を煽ろうとして––––、


「シャルちゃん、避けて!」


「––––こうすることも出来るんですからぁ」


「……!」


 ギギギン!!!と。

 硬質で低い音が響いた。

 シャルロットが余裕の笑みを湛えた直後、こちらに突進してきた骸鮫ガレオスが二人に喰らいつく寸前に目の前で突然停止したのだ。


 空中で不自然に、ギチギチと動こうとして、しかし動けない骸鮫ガレオス。何が起こったのか分からず呆然とするアカネをよそに、シャルロットは当然のように言う。


「ダメですよぉ。迂闊うかつな判断は」


「––––ォ!」


「愚者の思考、なので」


 キン!と。

 シャルロットが手を軽く握り、甲高い音が鈴の音のように響いた瞬間、骸鮫ガレオスの全身が目に見える最低ラインのレベルでバラバラになった。


 大量の肉と血が無惨に地面に落ちて、そして紅色の粒子となって消えていく。


 アカネは苦笑して、


「あ、あはは。すごいね、糸魔法」


 シャルロットは骸鮫ガレオスを捉えるために半径三メートル以内に張っていた糸を全て手に戻して巻きつつ、


「ありがとうございますぅ。まぁ、空間を喰べる共喰メデアには通用しませんでしたけどねぇ」


「そんな、謙遜を」


「いえいえ。まぁ正直、大抵の悪人はバラバラに出来るのは事実ですけどねぇ」


「……そ、そーなんだ」


 絶対に怒らせちゃいけない人だと悟り、今後から発言には気をつけようとアカネは思う。


 ともあれ。


「これで厄介なのはいなくなったってことなのかな」


「そう思いたいですねぇ」


「………」


 言いながら、二人はこちらをどろりと睨むノーザンに目を向けた。

 骸鮫ガレオスの排除はノーザンと戦う上で第一優先事項ではあった。

 しかしそもそも合成獣キメラを生成する魔法自体が厄介極まりないし、骸鮫ガレオスが一体だけというのも考えにくい。


 一体作れるなら、二体作れる。

 これは何かを作る上では基本的理論だ。


 故にシャルロットは、当然アカネも次の骸鮫ガレオスに警戒はしていた。


 しかし。


「……合成獣キメラだけじゃ相手にならないわね」


「?」


 ボソリとノーザンが呟いた。

 直後。

 

「成熟期・共喰いの双」


 グニュニニニニニニニッ……と。空間が捩れた。

 ノーザンが右腕を水平に上げ、掌の前の虚空が不気味に蠢く。

 アカネとシャルロット、二人が怪訝に睨む中、合成獣キメラを生み出す魔法が本領を発揮する。


「これで戦いにはなりそうね」


「な……」


「……そーゆーことですかぁ」


 凝然と目を見張るアカネと嫌悪を抱いて目を細めるシャルロットの眼前で、ノーザンが命を冒涜していた。


 それは、人の形をしているが、明らかに人の領域から外れた不気味な「何か」だった。

 小学生ほどの身長に、肌色と赤色が混ざった肉体。長く伸びた黒髪に、獰猛な肉食獣を思わせる牙が並ぶ口。

 そして、どこかで見たことがある人の面影を感じるのは、果たして偶然か否か。


「趣味が悪い、以上ですねこれは」


 その感覚は、アカネではなくシャルロットの方が強かったらしい。

 無理もない。

 

 何故なら。

 だって。


 今、目の前にいる異形は……。


「おにおに『あねあね』さんさんさささん。お腹すいたあねええええええええええええ」


共喰メデア合成獣キメラにしたんですね……この外道」


 双子の罪人が。

 世の理を無遠慮に破り、望まぬ形で再会を果たしていた。


「さぁ。殺し合いましょう」


 世界で最も美しく、狂気に笑って。

 ノーザン・ドロフォノスは愉快気に両手を広げて自らの存在を主張していた。



♢♢♢♢♢♢


 

「セイラ、ギン!」


 九泉牢獄パノプティコン内部、下層へと続く道の途中で名前を呼ばれ、赤髪の美女であるセイラは足を止めて振り返った。


「ユウマ、ナギ! 無事だったか!」


 視線の先、赤い瞳に映ったのは仲間の二人だった。

 薄暗い牢獄の廊下で、激戦後の再会を果たす。


「おお……。なんて言うか、お互いにボロ雑巾みたいだな。生きてる?」


 ユウマの軽口に、セイラは小さく笑って、


「何とかな。そっちも大分苦戦したようだな?」


「……まぁ、な。苦戦、ていうより……」


「?」


 表情を落とし、視線を外したユウマ。セイラは彼にしては珍しい態度に眉を寄せ、何かあったのかと訊こうとした。

 しかしそれよりも早く、何かを察したのであろうナギが会話に割って入った。


「それよりアルたちはどこへ向かってたの? とりあえず私とユーくんは九泉牢獄パノプティコン内に残っている罪人の数を把握するために来たけれど……」


 ナギの問い掛けにセイラの隣に立っていたアルストは答えた。


「おれたちも似たようなものだ。捉えた罪人を再収容していたからな。……ただ」


「ただ?」


 アルストはセイラの腕の中にいるギンをチラリと見て、


「ギンスマくんいわく、九泉牢獄パノプティコン内部のどこかに爆弾が仕掛けられているらしい」


「爆弾⁉︎」


「驚いてるユーくんかわいい!」


「いや今関係ねえだろ! やかましわ!」


 ユウマの驚いた顔を見てときめいたナギ。

 そんな二人を苦笑して見つつ、セイラは口を開いた。


「ギンの鼻は限りなく絶対だ。あると言ったらあるのだろう。だが、その問題の爆弾が一体どこにあるのかが分からない。見つけようにもヒントが何一つない状態だからな。……それに」


 言いながら、セイラは自分の腕の中で静かに寝息を立てている小さな仲間であるギンを見て、


「今はギンを休ませてあげたい。無理をさせるわけにはいかない。だから、ギンには頼れないんだ」


「……セイラ」


 何があったんだ、とユウマは口にそう出しかけた。けれどそれが言葉になる前にはアルストが首を横に振っているところが見えて、口を閉ざす。

 今は、まだ聞くべきじゃないと感じ取ったのだろう。

 だからユウマは話を当初の問題へ戻した。


「ギンが言うんだったら間違いない。で、どうする?     爆弾を見つけようにも手かがりは一切無しなんだろ?」


 アルストは腕を組んで、


「そもそも、何故爆弾を仕掛けた? 誰が爆弾を用意した?」


「それはやっぱりドロフォノスなんじゃない?」


「罪人の解放が目的なのにか? あいつらは全ての罪人を解放して腹の中に入れるつもりだったんじゃないのか?」


 アルストの言葉に全員が何も言い返せなかった。

 事実、その通りなのだろう。砂浜の家で一時的にシエ・ドロフォノスの身体を乗っ取った『お父様』は、罪人の解放を要求していた。


 罪人の解放は、全ての罪人を生かしたままが前提の話だと思っていた。

 しかし現状、爆弾の存在がセイラたちの考えを否定している。


「……罪人の解放が、真の目的ではないのか?」


 セイラの疑問に、ユウマは首を傾げる。


「でもシエの身体を乗っ取った「ドロフォノス」の親玉は罪人の解放と泥犁島ないりとうの所有権を要求してきたよな? だったら、真の目的じゃないって言うのはおかしいんじゃねえか?」


「それがブラフだった、とは考えられないか?」


「……わざわざ嘘をつく理由はなに? 向こうは先手だったのよ? そんなメリットなんて……」


 ない、と言いかけてナギは口を閉じた。

 彼女はハッとなったように目を見開いて、


「『そう思わせること自体が目的』ってこと?」


 セイラは頷いて、


「ああ。「ドロフォノス」は最初から罪人の解放と泥犁島ないりとうなんてどうでもよかったんだ。別の目的を達成するためにわざわざ私たちの意識を『そっち』に向けさせたんだろう」


 ユウマはセイラとナギを交互に見て、


「つまり何だ。「ドロフォノス」の連中はそこまでここにいる罪人と泥犁島ないりとうに興味はなかったってことなのか?」


「いや、おそらくそれだと不正解。半分正解と言ったところだろう。……ヤツらの狙いは、もっと大きく別の「何か」なんだ。それが何なのか、今の私たちには見当もつかないが」


「その目的を達成したから、奴らはここに爆弾を仕掛けたのか?」


 アルストが結論付けるように呟くと、ナギは眉を寄せて、


「もしくはその目的とやらを達成した証拠を残さないために、証拠隠滅として爆破するつもりなのかもしれないわね……」


 そんなナギの言葉にユウマは苦笑した。


「用意周到なんてレベルじゃねえな。一体いつから計画してたんだよ「ドロフォノス」は」


 ナギは小さく肩をすくめて、


「さぁね。罪人一家の考えることなんて分からないわ。……ただ、『罪人選別』の日程を事前に知っていたとなると、シャルの言う通りこちら側に内通者がいるのは否めない。少なくとも、二週間前には全てを知っていたことになるわ」


 ここまで話しても、全てが「多分」の枠から外れない膠着状態のまま。

 結果的に分かったことがあるとすれば「ドロフォノス」の目的が別にあるということだけで、その目的が何なのかなど、重要なことは何一つ答えとして導き出せなかった。


 しかし、だ。

 「ドロフォノス」の目的を考えるのはとりあえず後にして、今は目先の問題に手をつけた方がいい。


「爆弾を仕掛けた理由を探るのは後だ。とりあえず今はその爆弾を見つけて取り除くことに専念しよう」


 セイラの言い分に全員が頷いた。

 では、その爆弾がどこにあるか、だが。


九泉牢獄パノプティコンを破壊することが目的だと考えるとして……爆弾を設置するならどこだ?」


 ユウマが首を傾げてそう言って、アルストは辺りを見回しながら答える。


九泉牢獄パノプティコンは塔型の牢獄だ。構造上、基盤として柱が多い。 おれだったら壁や床、天井よりも柱をメインに設置するな。柱を壊してしまえば、あとは破壊の連鎖で崩れ落ちる」


「ならその柱を見て回れば……って」


 アルストの解答をユウマは正しく理解して、その上で彼と同じように周囲を見回した。

 見回して、見回して、気が遠くなった。


 構造上、という話があった。

 つまりそれは。


「見つけようにも、柱の数が多すぎるだろ……!」


 場所は二階層と三階層の間にある階段を下った先の廊下、その広間。

 現在地を軽く見回しても塔の構造を支える柱の数は多く、一つ一つ探していては日が暮れてしまう。


 ユウマの先が見えないような声に全員が同意見とばかりに顔を顰めた、その瞬間だ。


『残り……四分、二十一秒』


「「「「……?」」」」


 機械的な声が薄暗い空間に響き、そちらに目をやれば––––、


「……何だ、あれは」


 柱の一本に、人間を嘲笑うような顔をした不気味な機械人形がくっついていて。


『塔の破壊まで、残り……四分、九秒』


「「「「……はぁ⁉︎」」」」


 最悪の未来を、セイラたちの前で告げたのだった。



 ––––九泉牢獄パノプティコン倒壊まで残り……四分。

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