『二章』㊶ 過去の綺羅星
真暦一五九三年。
『ひずみ・ゆうま』、一〇才。
「ーーさぁ『ゆうま』、こい!」
「おらぁぁあ!」
季節は秋。
紅葉が山々を赤く染め、美しい絶景が微笑む世界で、竹刀が頭を捉える音が平和的に響いていた。
「倭国」首都、『大和』郊外の、そのさらに山に隣接するようにひっそりと建つ小さな家の前で、『ゆうま』は頭を押さえて地面をゴロゴロと転がっていた。
「ぐぁぁああ!割れる、頭が双子になるぅぅ!生き別れする双子になるぅぅうう!」
「はっはっは。私に勝とうなんざ一万年早いわクソガキめ。ママのお腹から出直してこい」
そう言って、転がる『ゆうま』を面白そうに眺めているのは竹刀を肩に添えて持つ、着物ではなく「西の大国」の変わった服を着ている『金髪の女性』ーーアスナ・『ルーク』。
「クッソー!どうして今のが当たんないんだー!反則だ、魔法なんて反則だ!このデカおっぱい!」
と、バッと上体を起こし、女性に対して大変失礼なことを平気な顔して言ってのける『ゆうま』。
しかしその女性であるアスナ・『ルーク』は子供の言うことだとばかりに肩を竦めるだけだ。
「男が言い訳をするなクソガキ。お前があたしより弱いから負けたんだ。悔しかったらあたしより強くなってみせろ」
『ゆうま』は納得していない風に頬を膨らませて、
「オレだって魔法が使えたらあんたより絶対強い自信あるもんね」
「それが言い訳って言ってるんだよ。この『バカ弟子』が」
「いてっ」
呆れたように息を吐いて、アスナは指で軽く『ゆうま』の額を弾いた。
それから、彼女は周囲を見回して、
「そーいえば、あいつはどうした?今日は一緒じゃないのか?」
『ゆうま』は額をさすりながら、
「知らねぇ。ここにくる途中ではぐれた」
アスナは苦笑して、
「やれやれ、まったくお前ってやつは。少しはお兄ちゃんらしく手を引いて来たらどうなんだ?」
「何でオレがあいつの手を握らなきゃいけないんだよ。大体、ここまで一人で来られないやつは、アスナの弟子を名乗る資格なんてない」
小さな腕を組んで不満げに言う『ゆうま』の頭を、アスナ・『ルーク』はがしがしと乱暴に撫でた。
「そーゆーところがクソガキなんだよ『ゆうま』。あと、アスナじゃなくて「アスナ先生」、もしくは師匠な」
『ゆうま』はアスナに頭を撫でられて頬を微かに赤くしながらムクれて見せて、
「……だったら早くオレに『魔法を教えてくれよ』」
「何度も言っているだろ『ゆうま』。固有魔法は教えられない。魔導士本人の魂に宿っている力なんだ」
「ならオレはいつになったら……」
魔法を使えるようになるんだ、そんな言葉を言いたげに、しかし飲み込んだ『ゆうま』を、アスナは小さく笑って優しげに見つめる。
「魔法だけが人の全てじゃないぞ。大切なのは自分がどうありたいかだ。正しい道を歩めるように、心を強く持て『ゆうま』」
「……アスナの言うことはいつも難しくて、オレにはよくわかんない」
「いつか分かる時がくる。『夜がなければ』星は輝かないようにな。だからそれまで、せいぜい私にたくさん殴られろ」
「いーや違うね!次はオレが勝つから殴られないね!」
「ほぉ。面白い。ならもし私に勝つことが出来たら、その時はお前に『とっておき』をプレゼントしてやる」
「プレゼント⁉︎ よーし、やってやるぜ
ぇ!」
アスナから何かを貰うなんて、『ゆうま』にとっては初めてだった。けれどそれ以上に、アスナが自分に何かをくれようとしてくれている、その事実が嬉しかった。
家を抜け出し、毎日アスナの家に来てはいつか立派な■■になるために修行をして。
魔法は、まだ、使えないけれど。
パァン!と、やっぱりアスナには一撃入れることが出来なくて、『ゆうま』の頭に竹刀が叩き込まれて。
そんな時だった。
「ーー■■■■■!」
聞き慣れた、臆病で弱々しい声が地面に仰向けに倒れた『ゆうま』の耳に届いた。
起き上がり、声がした方を見る。
「おせーよ■■■!何してたんだ!」
「おいおい。お前が置いていったんだろ」
「■■■■、■■■■■……」
軽く怒鳴ると、自分にそっくりなソイツはビクビクしながらアスナの後ろに隠れてしまう。
アスナもアスナで頭をポンポン撫でて甘やかす。
その、いつも通りの光景が、何故か眩しく見えた。
……そうだ。そうだった。
この時は、まだ幸せだったんだ。
ーー幸せ、だったんだ。
『……何してんだよ、先生‼︎‼︎』
アスナ・『ルーク』が、血に濡れた手で■■■の首を握り締めているところを、見るまでは。
ー泥犁暗殺篇ー
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次の「篇」がメインで、そのための伏線や展開を書くための物語です。
長い「序章」だと思ってください!




