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最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー  作者: 天沢壱成
ー独姫愁讐篇ー
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『一章』⑧ 金の依頼

 一言で言えば新築物件の紹介PRや雑誌に載っていそうな家が〈ノア〉だった。

 

 二階建ての、設計者のセンスが光る清楚で凛としたモダンな外観と同様に中も美然としている。 

 

 二階は各々の部屋があり、一階は団欒を築くリビングの他に応接室があった。


 リビングもそうだが五人が入っても十分広い、依頼者を迎え入れる応接室のソファの上にハルとセイラ、ユウマが座り。


 アカネはギンを抱いて後ろに立ち、ローテーブル挟んだ向かいのソファに今回の依頼者が座っていた。


「で。ドジ……いや、今日はどんな用件できたんだ?」


 絶対今金髪少女のことをドジっ子と言おうとしたハルの気持ちを深くふかぁ〜く理解しながら、アカネはキョトンと首を傾げている彼女に目を向けた。

 赤いリボンで長い金髪をツインテールで束ねる、白い肌の可憐な少女。

 翡翠色の双眸で、着ている服は上京娘みたいに地味だ。

 彼女はアカネと目が合うと慌てるように逸らし、そのまま俯いて口を開いた。


「あの、えっと……。アタシ。エマ・ブルーウィンドって言います。今日は、その、依頼があって伺いました」


「シャワーを浴びに来たの間違いだろ」


「浴室でコケて湯船に落ちに来たの間違いじゃねーのかよ」


「すみません……」


 思ったことはすぐに口に出しちゃう系のデリカシーゼロ助どものせいでエマが萎縮してしまい、見兼ねたセイラが二人を殴って黙らせた。


「バカ共の非礼を詫びよう。基本あの二人が言うことは気にしなくていい」


「は、はぁ……」


 首を傾げるエマにセイラは微笑して、


「話しを進めよう。まず、私はセイラだ。よろしく。そして青髪のバカ一号がハル、茶髪の二号がユウマ。後ろにいる黒髪の少女がアカネ。犬がギン。以上が〈ノア〉のメンバーだ」


「えっ?」

 

 セイラの言に誰よりも早く反応したのはアカネだ。思わずセイラを見るが彼女はこちらを振り返らない。

 聞き間違いだろうか?

 いま、黒髪と言わなかったか?


「それで。依頼内容は?何を解決してほしい?」


 怪訝になっているアカネにはやはり気づくことなくセイラは話しを進めていく。ハルとユウマがよろよろと戻ってきたところで金髪ツインテールのエマが口を開いた。


「ある物を、探して欲しいんです」


「ある物?」


 眉を寄せるセイラの隣でハルとユウマが冗談っぽく笑う。


「おいおいまた探し物系だぜユウマ。どいつもこいつも物無くしすぎだろ」


「指輪の次はネックレスかもな。依頼料によっちゃ断るか?」


「あと探すものにもよるな。家族の形見とかならオッケーだ」


「特にばぁちゃんの形見とかな」


「「ま、そんなワケねーか! あっはっはっは!」」


 中学生みたいなノリで笑い合う二人の前、赤いリボンの少女が蚊の鳴くような声を発した。


「………おばあちゃんの形見です」


「「…………………………、」」


 もう黙るしかねぇ。

 ハルとユウマは当然として、アカネたちも気まずくなって口を閉ざして固まるしかなかった。

 そんな空気を変えようと思ったのだろう。全ての元凶たるアホ共が気を取り直すように、


「よ、よくある。よくあるよばぁちゃんの形見なんて! なぁユウマ!」


「そそ、そうだよ何も珍しくねーよ。オレなんてばぁちゃんの形見コレクションあるからね、コンプリート寸前だからね!」


「俺だってつい最近ネックレスもらったばっかだぜ! 形見ブームなんだよ今!」


「……ネックレスはベタじゃね? 流石にエマも探して欲しい形見はネックレスじゃねーと思うけど」


「バッカお前。ベタが一番いいんだよ栗頭。ネックレスって言っときゃ世界は平和なんだよ」


「…………ネックレスです」


「「…………………………………………、」」


 痛い。空気が痛い。良くしようと思ったらむしろ悪化しやがった。心という名の装備をくまなくズタボロにする針みたいな空気が心底うまくねぇ。

 

 てなわけで再度セイラに殴られて部屋の隅に転がったエアークラッシャー共はもう放って置くことにした。

 世界は平和にならないのである。


「コホン。話を戻そう。どこで落としたか覚えているか?」


 エマは首を横に振って、


「覚えてません。"アリア"にきた時にはまだあったので、この街で落としたのは間違いないんですが……」


「いつこの街に?」


「昨日です」


「なるほど……」


 細い顎に手を添えて何やら考え込むセイラはちらりとアカネが抱くギンを見る。


 すると白銀の小犬はアカネの腕の中からローテーブルに飛び、それからエマの膝上に移動して彼女の匂いを嗅いだ。

 首を傾げるエマの膝上、ギンはセイラをみる。


「うん。覚えたよ。いつでもいける」


「犬が喋った………?」


「そりゃ喋るよ」


「へぇ〜……そうなんだ」


「……………納得した!?」


 まさかのリアクションにエマを二度見したギンの報告に、セイラは頷く。


「よし。あとは捜索範囲の絞り込みだな」


「え、どういうこと?」


 同じ場所で同じ話を聞いているのにセイラとギンに置いていかれてる気がしてアカネは眉を顰めた。


 セイラとギンにとって当たり前のコミュニケーションなのだろうが、アカネとエマにとってはまるで未知である。

 

 捜索範囲云々の前に、こんな大きな街の中からネックレス一つ探し出すことなんて不可能に近い。

 にも拘らず、探し出せる確信と根拠があるみたいな態度。

 

 セイラは紅色の唇を緩めた。


「ギンはとにかく鼻がいい。覚えた匂いは忘れず、匂いの元となる人が身につけていた物も匂いを辿って見つけることが出来るんだ」


「だから今エマの匂いを覚えた。この街にあるならすぐに見つけられるよ」


「「アリア」は広いからな。全域を探すより的を絞った方が効率的だろう」


 「………そうなんだ」


 感嘆を漏らしたのはアカネだけでなくエマも同じだった。

 元の世界でも犬の嗅覚が人間の数千倍なのは知識としてなら頭にある。


 行方不明者の捜索や薬物検知などで活躍していると。ギンもその例に漏れず、異世界力の付与があるならアメリカの警察犬すら凌駕するかもしれなくて、だから実際に犬の嗅覚の絶対性を見るのは初めてだ。

 

 ギンを信じるセイラの姿を見て、不思議と見つかるような気がした。

 アカネは腕の中に戻ってきた頼もしい小犬くんを撫でて、


「すごいね、ギン。心強いよ」


「へへっ。もっと撫でて」


「いいよ」


 甘えてくるとか可愛すぎる。キュン死にしそう。

 と、一人萌えているアカネを優しげに見ていたセイラは小さく笑い、それからエマに目を戻す。


「「アリア」のどこへ足を運んだのか、可能な限りでいいから思い出してくれ。まずは足跡を辿りたい」


 エマは自分の記憶の糸を、過去の自分を掴むように沈考して、


「……桜通りを通って『桜王』に行って、古書店とご飯屋さんにも寄って、宿に帰って、ネックレスがないって今朝気づいたんです」


 桜通りは「桜門」から『桜王』へと直接で繋がっている大道たるメインストリート。

 そこを基点として多くの通りが分散している道が葉桜通り。様々な店が入り乱れる桜通りとは違って葉桜通りは店種ごとに分かれて栄えている。


  古書店、飲食店の数は多いかもしれないがそこはエマの記憶は新しいだろうからピンポイントで行けるし、聞いた通りなら宿場区域がある葉桜通りにしか入っていない。

 

 そこまでは理解できたアカネは、ふとエマに訊いた。

 特に、意味はないのだけれど。


「どうして、そんなに必死なの?」


「え?」


「見つからないって、諦めなかったの?」


 他の町から来て。

〈ノア〉に頼ってまで。

 形見とはいっても所詮は物で。結局はその人の名残りでしかなくて。この世にはもういない大切な人ではなくて、物なんてこっちの気も知らないで離れていくのに。

 大切にしようと思っても、置いていくのに。


「だって。おばあちゃんのこと、好きだから」


 邪気なくエマは笑った。

 それから、寂しげに表情を落とす。


「アタシ、両親がいないんです。ずっとおばあちゃんに育ててもらって、一緒にいました。けど、病気になって、去年亡くなって。昔話してくれた『桜王』のことを思い出して。その時に買った桜の花のネックレスが形見で。そのネックレスをつけて「アリア」に来れば、おばあちゃんに会えるような気がしたんです。一緒に行きたいねって夢は、生前叶えてあげることが出来なかったから。……だから、どうしても見つけたいんです」


 切な声色に紡がれた言葉はどこまでも祖母のことを思っていた。

 なるほど、それは必死になるには十分な理由かもしれない。

 

 理解はできないけれど。

 納得は難しくない。


 と、アカネが微妙な心持ちになっていたら嗚咽の音が部屋を満たした。そちらに目をやれば、退場したはずのアホ共がすごい号泣してた。

 涙と鼻水で顔がくしゃくしゃである。

 

「ひぐっうぐっ……! まか、任せとけッ。必ず、必ずばぁちゃんに会わせてやるからな……!」


「ごめんっ。さっきはごめんな……! 絶対オレたちが見つけてやるから安心しとけ……!」


 感情移入が嘘みたいにスゴかった。多分この人たちにかの有名な犬の映画を観せたら涙で溺れる。

 若干引いてしまうアカネの腕の中ではギンも号泣、ソファにいるセイラも目頭を押さえていやがった。

 

 揃いも揃って全員が心クリアだと唯一涙を見せていないアカネが悪者みたいだ。

 と、謎の罪悪感に炙られている間にハルたちが意気込み高く吠え始めた。


「おっしゃお前らぁ! 絶対ネックレス見つけんぞオラァ!」


「「よっしゃー!」」


「ばぁちゃんに会うぞおらぁ!」


「「ばーちゃーんっっっ!」」


 まるで試合前のスポーツ選手のようだった。


 セイラは吠えずに深く頷いていて、ハルとユウマにギンはやる気に満ち溢れていて、その勢いのまま三人とギンはエマを連れて外へ飛び出していき。

 ぽつん、と。場の流れに乗り遅れたアカネは一人で取り残され、それからそっと息を吐いて。


「大丈夫かな……」


 拭えない不安や心配を抱きながら。

 アカネの初仕事が始まった。

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