好きだと伝えたいだけなのに全てが嫌味っぽくなってしまう可愛い皇女様
皇女様と側仕えの掛け合いを是非お楽しみください!
「ほら、さっさと出ていきなさい」
「かしこまりました」
透き通った罵声が飛び、俺は静かに扉を閉める。
また部屋から追い出された。
俺は、皇女様が住う宮殿に勤めている側仕えだ。
とはいえ、皇女様の側仕えという職業は、高給ではあるものの、好き好んで選ぶような人は少ない。理由は簡単なものだ。
皆、皇女様を恐れているからである。
「またあの子追い出されて……」
「可哀想にそろそろ処刑されちゃうんじゃない?」
「給金が良くても、あの皇女様専属で仕えるなんて……ストレスが凄そうね」
そう。
このように皇女様に仕えると粗雑な扱いを受け、少しでも粗相を働いたのであれば、即刻処刑になるという悪い噂が流れているのである。
皇女様の側仕えは、年々変わっており、ほとんどが行方不明。噂の信憑性をより確かなものにしている。
「ねぇ、君。大丈夫? 酷いことされてない?」
「……いえ、私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます。しかし、頼まれていた仕事が溜まっているので……失礼します」
俺に向けられるのは憐れみの視線。
心配そうに声をかけてくれた先輩侍女の手を払い除け、俺は別件の仕事を終わらせるために次の職場へと向かう。
「可哀想に誰にも頼れないなんて」
「彼が助けを求めたことが皇女様の耳に入ったら困るからじゃないかしら」
「そんな、じゃあ彼は……このまま皇女様に殺されるのを待つだけってこと」
「ちょっと、そんな不謹慎な話はやめてよ」
同情を向けられるのが嫌だったからこの場所を離れる。俺は、誰よりも不幸な皇女様の側仕え。酷い罵声ばかりを浴びせられる日々。
自殺さえ考えていた……。
……全部、嘘です。
不幸に振る舞っているのは、俺の本心を悟られないようにするため。罵声大好きトリガーハッピー不思議な子……なんていう、大いなる誤解を招かないようにという意図もあるが、何より俺が感じている至高の幸せを他者が求めないようにする。
何より、俺は皇女様の側仕えを誰にも譲りたくない。
「皇女様……尊い」
そう俺は、皇女様に心酔していた。(末期)
皇女様に浴びせられる罵声、それが彼女の本心でないと知っている。
何故なら……。
『も〜、またディランに酷いことを言っちゃった。嫌われちゃったらどうしよう』
皇女様が部屋で一人になった時に本心を語っているのを聞いているからである。(皇女様の部屋に複数個盗聴器仕掛けた)
いや、犯罪ではない。
あくまでも皇女様専属の側仕えとして、皇女様の身に危険が迫っても対処できるように日々彼女に気を配っているだけだ。(盗聴犯の言い訳)
『……酷いことを言ってごめんなさい、ディラン』
「はい、愛しています皇女様!」
※自室でパタパタと足を振りながら、皇女様の声を聞く変態の図。
勿論、皇女様の声を聞いて、癒されているだけではない。同時進行で溜まっている書類を高速で捌いていく。皇女様の美しい声を聴きながら、ため息が出るような嫌な仕事をこなす。
……ああ、なんたる背徳感!(生粋のアホ)
なんて、くだらないことばかりを考えているわけじゃあない。皇女様の負担が増えないように無駄な行事は一切を切り捨てる。皇女様の可愛さに気付きそうな人を寄せ付けないような予防案を画策し、俺だけが皇女様の心の中にいられるような環境を作り出す。(狂信者)
『……はぁ、ディランにちゃんと謝りたいなぁ』
「……はっ⁉︎」
……皇女様が俺に謝りたい、だって?
つまりそれは、新たなる罵声を浴びせてくれるというご褒美か⁉︎(キモい)
「こうしてはいられません。皇女様の部屋へ向かわなくては」
俺は急いで、皇女様の部屋へと舞い戻る。
最短ルートで、部屋まで行く!
廊下を通っていては遅い!
中庭を経由して……皇女様の部屋は城の三階にある。階段を上がるのは無駄な距離を稼ぐことになる。壁をよじ登る。
「ねえ、あれって……」
「ええ、皇女様の側仕えの子よね。可哀想にあんな罰を受けさせられてるなんて」
壁を登っているのを他の使用人に目撃されたようだ。しかし、そんな有象無象の評判など俺にとっては微塵も興味がないことだ。
一秒でも早く、皇女様の元へ。
そして、誰よりも多くの罵声を浴びせられるのは、この俺なんだ‼︎(歪みきった性癖)
そうした(自発的な)苦難を乗り越え、俺は皇女様の部屋へと到着した。
軽くノックをすると返事が返ってくる。
「誰?」
「ディランです。ただ今、お時間よろしいですか?」
「入りなさい」
「失礼します」
ゆっくりと扉を開けると、凛とした瞳をした皇女様がこちらにじっと視線を向けていた。
「要件は何?」
冷たい声が俺の耳を擽る。
「はい、皇女様主催の行事について、いくつかの変更点があります。企画書の訂正箇所を一読頂ければと思い、参上した次第です」
「そう、そんなくだらない要件でわざわざ私のところに来たのかしら。時間の無駄ね」
相変わらずの高圧的な言葉遣い。
……う〜ん、五臓六腑に染み渡るぅ!(脳ある側仕えは変態を隠す)
しかしながら、皇女様の冷たい言葉に隠された真意を俺は見極めることができる。そう、彼女が本当に伝えたいことはこうだ。
『要件は何?(訳:私なんかのところに戻ってきて、どうしたんだろう?)』
『はい、皇女様主催の行事について、いくつかの変更点があります。企画書の訂正箇所を一読頂ければと思い、参上した次第です』
『そう、そんなくだらない要件でわざわざ私のところに来たのかしら。時間の無駄ね(訳:そんなこと伝えるためにわざわざ私のところまで来てくれたのね。でも、ディランの大事な時間をそんなことに割かなくても、そういうことは私の方から聞きに行ってもいいのに……)』
本来であれば、このような会話になるのだ。
ああ、皇女様の優しさが溢れんばかりの会話内容だなぁ。一瞬、天から俺を迎えにきた女神か天使かと思ったわ。(過大評価&特殊翻訳)
「はぁ……要件がそれだけならもう行きなさい。(訳:行事についての変更点を理解しました。私といても疲れるだろうから、帰ってゆっくり休んでください)」
「……いえ、その他にも別件がありまして」
皇女様から頂いたせっかくのご厚意ではあるが、ここで引き下がっているようでは、皇女様の側仕えに相応しくない。彼女の願いを叶えてこそ、俺が俺である意味を見出せるというものだ。
「皇女様、僭越ながら申し上げます。皇女様はその……私に何か伝えたいのかとお見受けします」
「私がお前にか? 何故そう思った?(訳:私が謝りたいって、なんで分かったの⁉︎)」
「私は皇女様専属の側仕えです。皇女様の意思を汲み取ることは、当然の義務でございます」
「なるほどな。少しは、使えるみたいね(訳:凄い‼︎ 私のことちゃんと見てくれて、分かってくれて……ディランは本当に優秀なのね!)」
当然のことですよ。なんたって、俺は皇女様のために生きているようなものですから。(重い)
皇女様に謝ってもらうのは、少しばかり心が痛いですが……それでもそれによって皇女様がスッキリされるのであれば、俺はいくらでも皇女様の望みを叶え続けます!
「それで、皇女様……私に言いたいことがあるのでしたら、今この場でお聞きします」
「そうね。……よく聞きなさいディラン(訳:うん、そうなの。ディランよく聞いてね)」
皇女様ら深呼吸をすると、若干俯いてから口を開いた。
「その、今朝の追い出したことは……少し言い過ぎたわ(訳:今朝部屋から追い出しちゃったこと、本当にごめんなさい)」
「いえ、気にしていません。皇女様が何も考えずに私を追い出すなんて思っておりませんから」
俺がそういうと、皇女様の耳が真っ赤に染まった。
これで皇女様が赤面しながら恥じらうような顔をすれば完璧なのであるが、相変わらずの険しい顔のまま。
……でも、そこがいい‼︎
皇女様があからさまにデレるのを隠し続けているところが最高に可愛くて、もう思いっきり抱きしめちゃいたい!(本当に処刑案件)
っと、そんなことを考えている場合ではなかった。
皇女様は俺のことをちゃんと大事に考えていてくれている。けれども、彼女は俺にそのことがきちんと伝わっていないと思い込んでいるのだ。
……だが、俺は、全て知っている。
今朝のアレは、俺が働き過ぎで心配してくれたからこその言葉。つまり……『ほら、さっさと出ていきなさい(訳:仕事ばかりしてないで、たまには帰ってゆっくり休んでください)」ということになる。
側仕えである俺にそんな慈愛の籠った言葉を投げ掛けてくれる。やっぱり皇女様は、聖女と呼ばれるに相応しい優しさを持ち合わせているな‼︎(お前以外はそんなこと思っていない)
「皇女様のお気遣いは、私も理解しております。ですが、私は望んで皇女様のために働いているのです」
本当なら、休むこともしたくない。
一分一秒でも長く皇女様の空気で満ち溢れているこの場所で過ごしていたい。(完全にストーカーのそれ)
皇女様が俺に遠慮をすることなどあってはならない。
もっと俺を頼って欲しい。
そのために皇女様に相応しい側仕えになるべく、あらゆる仕事を完璧にこなしてきたのだ。
「皇女様、私をもっと頼ってください」
皇女様は、その言葉を聞いた瞬間、一瞬顔を逸した。隠しているつもりだろうが、皇女様の顔は、見えなくても見れる!(理解不能)
その瞳から大粒の涙が溢れていることも分かっていた。
「そう。……分かったわ(訳:うん、分かったわ。ディランのことちゃんと頼るよ)」
皇女様は静かにそう言った。
「はい。頼ってください。俺は、皇女様の優しさをちゃんと理解しています」
だから、俺以外に優しいってこと悟られないで‼︎
他の人に皇女様取られちゃったら発狂しちゃうよ‼︎(雰囲気ぶち壊し)
「ええ、肝に銘じるわ(訳:うん、うん! ディランが私のこと嫌ってなくて、本当に良かった……)」
俺は、皇女様のことを少しでも安心させることができただろうか。彼女は、その高圧的な態度とは反対に打たれ弱く、色々と気にし過ぎる傾向がある。
せめて俺と一緒にいる時くらい、気を張らないでいられるようにしてあげなければっ‼︎(謎の使命感)
取り敢えず、皇女様の誤解を解くことに成功したので、今後はもっと近くで長く皇女様のために尽くそうと思う。
「では、皇女様。まだ少しお仕事が残っているので失礼致します。本日の業務を終わらせた後にまた参ります」
「ああ、分かった(訳:うん。分かったわ)」
皇女様の顔を存分に眺め、英気を十二分に養ったところで気合を入れ直す。お仕事を終わらせて、皇女様のところに早く戻ってこよう。
部屋を出ようと扉のところまで行くと、不意に皇女様に呼ばれる。
「ディラン」
「えっ? なんでしょう?」
「いや、くだらぬ仕事なのだろう。私の側仕えならさっさと終わらせるくらいはしなさい(訳:えっとね。色々なお仕事があるかもしれないけど、私のこともちゃんと理解してくれるディランなら、優秀だし、きっとお仕事も早くできるよね! 頑張って、私待ってるから!)」
……皇女様、大好きです!(語りたい本音)
「かしこまりました。皇女様の側仕えとして、相応しい成果を上げてまいります」
本当は皇女様に俺の本心を全て包み隠さず伝えたいところだが、やはり俺の紳士的でかつ、従順なイメージを崩すわけにはいかない。
なにより、そんなこと言って皇女様が万が一にも目に見える形でデレちゃって、それが第三者に見られたら皇女様が他の人に狙われてしまうことになる。
譲るものか。皇女様が一番近くに置く下僕はこの俺だけなのだ‼︎(頭おかしい)
キモいと思った方……その通りです。(素直)
しかし、キモくて何が悪い?(開き直り)
皇女様のために尽くそうという誠意。
側仕えの鏡ではないでしょうか?
それだけではない。自分で言うのもなんですが、こう見えて俺はかなり優秀な部類に入る。仕事も早ければ、可哀想な俺を周囲に見せつけ続ける演技力も相当なもの。中身が皇女様ラブな残念ささえ除けば、俺は基本的にハイスペックなのだ。
……証明してやる。
俺の価値を。
俺はすぐさま自室に戻り、皇女様の部屋に仕掛けた盗聴器から皇女様の麗しいお声を聞きながら、傍で仕事を消化していった。
『ディランが私のこと誤解しないでいてくれてた……』
当たり前ですよ。三度の飯より皇女様の声を聴き続けていたいくらい俺は皇女様のことが大好きなのですから!(シンプルにヤバいやつ)
『……そうだ。せっかくディランが来てくれるんだから、美味しいお菓子とかも用意しておかなきゃ。甘いもの、好きだといいけれど……』
甘いものも皇女様も好きです!(後半は誰も聴いてない)
『でもでも、ディランはいつも私のために頑張ってくれてるんだから……休ませてあげたいな』
皇女様が膝枕してくれたら、一分だけで、一ヶ月休暇をいただくような喜びに匹敵しますよ‼︎ 一回だけでもどうですか⁉︎(変態の戯言)
皇女様の声が耳を通り抜けるたびに、俺の鼓動は加速する。ああ、こんな忌々しい仕事を早く終わらせ、一刻も早く癒しのあの空間へと旅立ちたい。
そして、皇女様と死ぬまでお喋りしていたい……。(執着心の塊)
仕事へのモチベーションが高く保たれれば、自然と成果もよりよりものへとなる。俺のモチベーションは皇女様そのもの。つまり、皇女様の側仕えで仕事ができている限り、俺は最高のパフォーマンスを提供し続けられる。
誰も望まないこの役職。
高給でやりがいのある仕事。
なにより、誰よりも皇女様に近い。
「……天職ってやつだなぁ」
俺の運命の相手は皇女様だった。身分差はあれども、皇女様に対する愛は誰にも負けることはない。
「……少しよろしいですか?」
そう、とある一人を除いては……。
俺の部屋に誰かが入ってくることはほとんどない。仕事での話し合いか皇女様絡みの報告が目的であることが大体であるのだが、今回の声……皇女様に似たよく響く愛らしい声、誰かは耳を通しただけで理解した。
俺はすぐさま、盗聴器から聞こえてくる音声を消して、本体も隠し金庫に入れて鍵をかけた。
「……どうぞ」
「失礼します。お久しぶりですねディランさん」
「そうですね」
皇女様と瓜二つの声。
しかし、皇女様とは違い、柔らかい印象を与える和やかな雰囲気を醸し出している。
彼女は、皇女様の妹で、皇女様とは対照的に多くの人々に慕われているレイテ姫だ。
「ディランさん、今お時間はよろしいかしら?」
「お時間はよろしくないですね。仕事も残っていますし……」
くそっ、早く仕事を終わらせないと皇女様との幸せな一時が減るだろうが。俺と皇女様との時間を奪う罪は重いぞ?
顔には出さないが、俺はうんざりしていた。
そう、何を隠そう俺は目の前にいるレイテ姫のことが嫌いなのである。
「困りましたね……実は、メイド長からのお願いだったのですが……」
「メイド長?」
レイテ姫の背後には、メイド長がいた。
「私にお願いとは、何ですか?」
尋ねると、メイド長は意を決したように話しだした。
「……単刀直入に言うわ。ディラン、貴方をコウカ皇女様専属側仕えの職から解こうと思っているわ」
……なっ、何故そんなことに⁉︎
メイド長は、冗談を言うような性格ではない。というより何故そのような結論に至ったのか、理解できなかった。仕事もしっかりこなしていたし、俺の勤務態度に指摘すべき点はないはずだ。
「……それは、私が無能だからでしょうか?」
訊くとメイド長は首を振る。
「むしろその逆よ。貴方は優秀だわ。王家で働いている使用人の中でも特に実績を残しているし、何より貴方はまだ若い。……皆貴方のことを心配しているの。もしもの時は、皇女様に気付かれないように逃げ出せる手引きはこちらで整えるわ。だからもう、無理をしなくていいの」
「……メイド長っ」
しまったぁぁっ‼︎
可哀想な俺を演じ過ぎた。
同情を集めるように振る舞って、皇女様に近付いたら酷い扱いを受けると周囲に示していたが……まさか、逆に助けられちゃうくらいに過剰演出しちゃっていたとは……。
無理っ、罪悪感ハンパない……。(自業自得)
「お、お言葉ですが……私にそのようなお気遣いは必要ありません。私は今まで通りに皇女様専属の側仕えとして、働きますから」
「そんなっ、もしかして家庭環境が厳しいとかなのですか? もしそうなら、私たちが全力で金銭的な支援も行います! どうかもう、自分を犠牲にして、働くのはおやめください……」
俺が提案を一蹴しようとすると、すかさずレイテ姫が俺の手のひらを包み込むように握ってくる。
うるうるとした慈愛に満ちたような瞳でこちらをじっと見つめてくる。
……本来、こんな愛らしいお姫様にここまでのことをされれば、「本当は辛かった」「辞めたいです」とか言っちゃいそうであるのだが、しかし、俺は流されない。
俺は、皇女様の素の感情をしっかり理解している。加えて、目の前にいるレイテ姫が何を考えているかもちゃんと理解していた。
『私のお姉様よ。さっさと離れなさい。この変態がっ‼︎』
メイド長は気付いていない。彼女の目には、レイテ姫が俺のことを心配して、涙を流してくれている心優しい姫君であるかのように映っているのだろう。
だが実際は、俺を皇女様から引き剥がそうと、必死になっている腹黒な女帝なのだ。
口元は笑っていても、ただならぬオーラが殺意に満ちている。あと、目が怖い。
「……いえ、結構です。本当にそのようなお気遣いは不要ですから。お二人とも、今日はもうお引き取りください」
ここまであからさまな殺意をあてられると、流石に体調も悪くなる。追い出すように部屋から出そうとすると、
「……ディランさん、私、本当に心配なんです!」
ああ、そうですね。
どうせ、皇女様の方が心配なんだろうな。俺みたいな得体の知れない使用人が辞めることなくずっと側仕えとして居座っているのが気に入らないのだろう。
「でも、ディランさんもあまり話したくないことがあると思います。ですから、メイド長」
「はい?」
「今から、ディランさんと私、二人で話の続きをしたいと思います。大丈夫です。ちゃんと私が説得しますから」
「そ、そんな⁉︎ 姫様の手をそこまで煩わせる訳には……」
ヤバい。この女、メイド長を追い出して、俺のことを静かに葬り去るつもりだ。そうはさせるか!
「いえ、レイテ様と話すことなんてございません。メイド長と共にお引き取りをっ‼︎」
必死の抵抗を見せる皇女様専属側仕え。しかし、残念ながら……。
「遠慮しないでください。では、メイド長また後で報告致します」
「えっ、あっ……ちょっと、姫様っ⁉︎」
メイド長に有無を言わさずにレイテ姫は俺の部屋の扉を閉めた。……ちゃっかり鍵も掛けてるし、怖過ぎる。
さて、どうしたものか。
レイテ姫と二人きり。
この国の男性からすれば、ここから恋に発展しちゃうんじゃないっていうような夢のようなシチュエーション。けれども、そんな事態に転ぶはずはない。
だって、俺とレイテ姫は、
「どういうつもりですか?」
「はぁ、言われないと分からないわけ? お姉様からさっさと離れろって言ってんの。この詐欺師がっ‼︎」
皇女様(お姉様)を取り合う宿命のライバルなのである。
「詐欺師だなんて、酷い言われようですね。私はいつだって皇女様へ誠実に向き合っているというのに」
「はっ、皇女様に虐げられる側仕えなんて、ありきたりなキャラ演じてる癖に誠実だなんて笑える話ですね。そんな怪しい男より、実の妹である私の方がお姉様の近くにいるべきなのに……」
ふっ、嫉妬か。腹黒いレイテ姫でも、そのような可愛いところがあるんだな。(やっぱりキモい)
けど、これでは俺だけが悪人みたいで気分が悪い。
反撃といくか。
「それはそうとレイテ姫、最近調子はどうですか?」
「はぁ? いきなりなんなの?」
「ほらぁ、レイテ様が牛耳ってる裏組織のことですよ。聞きましたよ。貧民街に蔓延っていた犯罪集団を撲滅したそうですね。確か皇女様のことを悪く言っていたからって理由でしたか?」
「その情報をどこで手に入れた⁉︎」
「私は優秀なんですよ。知りませんでしたか?」
ふんっ、皇女様に好意を抱きそうな危険人物とお前のことくらいちゃんと調べ上げてるんだよ。甘く見るなよ小娘‼︎(小僧の言い分)
「へ〜、詐欺師の癖にやるじゃない」
「そっちこそ、聖女の仮面を被った裏社会のボスだなんて、インパクト絶大ですよ」
一触即発。
俺とレイテ姫は、見えない火花を散らす。
彼女は数少ない皇女様の理解者。本来であれば、手を取り合って皇女様を守っていく同志であるはずだが……。
どちらが皇女様の一番になるかという一点。ここを譲るわけにはいかないと、俺とレイテ姫は三年前から対立を続けている。(二名の危険人物)
「側仕えでは、お姉様と恋仲にもなれないし、結婚も出来ないわよ。それに比べて私は、お姉様からの寵愛を一身に浴びる実の妹よ。この差は歴然ね」
「ははっ、面白いことを仰いますね。皇女様は、俺のことを大切に思ってくれています。貴女にも見せてあげたかったなぁ、皇女様が俺のために甘いものを用意しなきゃと健気に喋っているところや耳を赤らめて恥ずかしがっている姿とか」
「黙りなさい。あまり私を怒らせない方がいいわよ。うっかり暗殺者を送り込んじゃうかもしれないから」
「そうなったら、私は貴女が裏組織と繋がっている証拠を皇女様にうっかり渡しちゃうかもしれませんね。……口に気を付けろよ」
……程度の低い言い争い。しかし、そんなことを気にしている二人ではない。
どちらが主導権を握るのか、この口論は、二人にとって最重要案件に違いなかった。
「はぁ、このままだと話が進まないわね」
「まあ、皇女様のことを大切に思う部分に良し悪しなんてないですからね」
少なくとも、レイテ姫は俺と同じくらいに皇女様のことが大好きだ。俺が皇女様を一番に考えている狂信者であるならば、レイテ姫は、お姉様のことが世界の何よりも優先すべきと考える最恐のシスコンなのだ。
カテゴライズが違うとはいえ、皇女様は一人。
レイテ姫と争うとなると、倍率以上に厳しい戦いになるんだよなぁ。(就活ではない)
レイテ姫は、すっかりやる気も失せたようで、捨て台詞のように俺に言う。
「私の裏組織が入手した情報よ」
どこに隠し持っていたのやら、なにやら怪しい書類を渡される。
「これをどうしろと?」
「お姉様に歯向かう愚か者が近くに潜んでいるの。見つけ次第即刻首を落としなさい。しくじったら、殺すわよ」
うわぁ、流石裏組織のボス。言うことが一々怖い。
けれども、彼女の言いたいことは伝わった。
「……言われなくても、皇女様を害するような不届者は全て切り捨てる気でいますよ」
「ふんっ、お姉様に傷一つでもついていたら、許さないから」
「そっちこそ、皇女様のことを想うのなら、あまり危険なことに首を突っ込まない方がいいですよ。貴女が傷付けば、皇女様が悲しみます」
俺が説教っぽくそんなことを言うと、レイテ姫はヒラヒラと手を振って部屋から出て行った。
本当に可愛げのないやつだ。
しかし、数少ない皇女様の理解者。
皇女様を利用しようと考えているわけではない純粋に皇女様のことが大好きな妹。
「素直になればいいのにな」
彼女は、こうまで皇女様のことが好きなのに皇女様に直接会おうとはあまりしていない。
裏組織との繋がりから、皇女様を危険に晒したくないという意図があるのだろう。しかし、その反動から常に皇女様と共にいる俺への風当たりが強くなっている傾向が見て取れる。
彼女は俺のライバルだ。
俺だけ皇女様の好感度を上げ続けている現状はあまりフェアではないのかもしれない。
他の誰であっても、皇女様に近づけたくはないのだが、レイテ姫だけは皇女様ともう少し話し合ってもらうくらいは、して欲しいものだ。(何様)
「さてと、レイテ姫の言っていることが本当なのであれば、まずはそちらの対処が先か……」
城の中であるからこそ、レイテ姫は裏組織を使って下手に手出しができない。
そこで俺に白羽の矢が立ったのだ。
「嫌いではあるが、信頼されてるってことなんだろうな」
さて、面倒な事案が転がってきたようだが、問題なく遂行できるだろう。
「皇女様に牙を向ける者がどういう結末を辿るかということをちゃんと教育しなければね」
その日の真夜中、一人の使用人が屋敷から姿を消した。
翌日。
俺は……。
「申し訳ございませんでした‼︎」
皇女様に土下座を決めていた。
いや、違う。俺が悪いわけではない。昨日のゴミ掃除(ヤバい仕事)に時間が掛かってしまったため、皇女様の部屋に行くのが相当遅くなってしまったのだ。
部屋に入った時、既に皇女様は眠っており、つまり……。
俺が全て悪いってことです!(信者の模範的姿)
とまあ、冗談はこれくらいにして、皇女様の機嫌は物凄く悪い。
「……私との約束を反故にするような理由があるのよねぇ?(訳:もう、私ずっとお部屋で待ってたのに。どうしてきてくれなかったの? 寂しかったんだから……)」
あっ、怒っている皇女様も凄い美しい。(もう病気レベル)
けれども、こんなにも心優しい皇女様の心を痛めるような行いをした俺は、なんて重罪を犯してしまったのだろうか。皇女様は健気に俺のことを待ち続けてくれていたというのに、くそっ、レイテ姫が変な依頼をしてこなければこんな皇女様とのギスギスした時間を過ごさずに済んだのに!
もっと皇女様に甘やかされる一日が待っていたというのに‼︎(圧倒的勘違い)
皇女様の前では常に平常心を装おうと努めていたが、今回ばかりは流石に落ち込んでることが表情に出てしまった。
「ご迷惑をお掛けしてしまいました。皇女様、お許しください」
「そう。まあ、私もそこまで心の狭いわけではない(訳:そんなに謝らなくてもいいのに。これじゃあ私が悪者みたいじゃない。ほら、顔を上げてディラン)」
「皇女様……」
皇女様の優しさによって、締め付けられていた心が温かいもので満たされているような錯覚に陥る。
「特別に許そう。顔を上げなさい。辛気臭いのは嫌いよ(訳:ディランだから特別に許してあげるね。だから、落ち込まないで、笑ってるディランの方が私は好きなのよ?)」
高鳴る心臓の鼓動。
これは、もしかして恋か⁉︎(信仰心です)
それとも、独占欲か⁉︎(正解)
皇女様、俺は頑張りますよ。皇女様に許してもらったご恩をお返しするために今日も一日立派に側仕えの仕事をこなしてみせます‼︎
「皇女様、多大なる温情に感謝申し上げます。……その、私も尊敬する皇女様が幸せになれるよう今日も誠心誠意勤めさせて頂きます」
「そう。ならば、もう仕事に行きなさい(訳:そんな、尊敬だなんて……。は、恥ずかしいからこっち見ちゃダメ。早くお仕事行ってきて! あっ、ディラン……えっと……その、お仕事頑張ってね!)」
赤面するレアな皇女様。可愛い成分補充完了です。(隠しきれない変態)
ああ、叱られる日もそうでない日も、俺は皇女様と一緒にいられて幸せを感じる。そして、先程から扉越しにこちらの様子を覗き込んできている素直じゃないレイテ姫にもマウントを存分に取れた。
やーい、俺に面倒な仕事押し付けた罰だ!
そこで黙って、俺と皇女様の一日の始まりを指を加えて見ていればいい‼︎(歓喜)
「皇女様」
「ん?」
俺は皇女様の手の甲にそっと口付けをする。
「俺の気持ちです。皇女様のことを一番大切に思っていますよ」
「……そ、そう。けれども、意図が全く理解できないわ(訳:へぁっ⁉︎ なっ、なっ、どういう意味⁉︎ ディランは何を考えているっていうの⁉︎ 大切って、どういう大切? ……私のこと好きってことだったり……って、私ったら何考えているの‼︎)」
本当に可愛い皇女様だ。
「では、皇女様。また後ほど」
さあ、今日も慌ただしい一日が始まる。
皇女様専属側仕えの業務に取り掛かろうか‼︎
高評でしたら、続編も書こうかと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!