08-07 黒のふわふわ(3)
カルラに下ろしてもらえたかと思えば、今度はユラに抱えられてしまった。
ニコルの足ではカルラやユラの速度についていけないので、運んでもらうのが一番速いと理性ではわかっている。理解はしていても、女性に代わる代わる荷物のように運ばれるのは癪に障った。しかも頭を上下左右に強く揺さぶられ、気分は最悪だ。
双剣使いのもとに残ったカルラも心配だし、さっさと届け物を済ませたかった。虹色の蝶を置いてはきたが、早々に潰されてしまって、カルラたちの状況は何もわからない。
もともと双剣使いも老人も五天魔将だったというなら、部下の不始末くらい魔王自身でつけろと言いたい。イライラしながら運ばれていたニコルの前に、何かが立ちふさがる。
――何だ?
道を塞ぐように立っていたのは、三体の獣だった。
首の位置に前足、前足の位置に頭がついた兎。
顔が上下逆さまになったカバ。
巨大な体に反して小さな顔の猫。
生き物として違和感しかない見た目をしているが、それ以上に魔力がおかしい。それぞれ色は違うが、淡い色の魔力が体をうっすら包んでいる。そこは人間と変わらない。ただ、黒く細い蔓のようなものが胴や首、手足に巻きついている。
魔族や魔獣の魔力には黒が全体的に混じっているが、それとも違う。これまで聞いてきた話を踏まえると、あれがカルラたちが〝化け物〟と呼んでいる何かなのだろうと推測できた。化け物は人間が変化したものではないかという話だったが、人の魔力に無理やり魔を絡めたような魔力の様子を見ても、その予想は正しそうに思えた。
魔族でも魔獣でもない異形のモノたちの目が、それぞれユラとニコルを捉える。こんなモノに構っている時間などないのに。
「無視して突破します」
ユラがそう言って、進行方向を斜め右に変える。中央突破ではなく側面を通ろうという意図はわかったが、化け物たちもそれを塞ぐように前に出てきた。
――と。
化け物たちの上に何か黒っぽい影が飛び出してきたかと思うと、上からの攻撃を受けて化け物のうち一体が地面に沈んだ。残りの化け物の目も、ニコルたちの目も、突然の乱入者のほうを向く。
「なあなあジュリアス、これ全部倒していいよなっ!?」
乱入者は空に浮いていた。褐色の肌をした魔族の少年が、楽しそうに顔を輝かせている。少年の背にはコウモリのような黒い羽が生えていた。
「駄目ですよザムド、我慢なさい」
もう一つの声は化け物の向こう側からした。ずっと通信用の魔道具を通して聞いていた、静かな青年の声。黄緑色の髪をした青年がふわりと浮かんだかと思うと、化け物の上を通りすぎてニコルたちの前に降り立った。ニコルがユラに視線を送ると、ユラがニコルを地面に下ろす。
「あなたがジュリアスですか」
「はい。お会いするのは初めてですね。迎えに来ました」
ジュリアスの見た目は、声の印象からニコルがイメージしていた姿とそう違わない。すらっとした長身が羨ましくて少しイラッとしただけで。
ジュリアスはカルラやディアドラが使っていた、小さな球体の魔道具を耳につけていた。彼は通信を繋ぎっぱなしにしてほしいと二人に言っていたし、ああして二人の声を聞いているのだろう。
「ではジュリアス、ここはあなた方に任せて、僕らは届け物をしてもいいですか?」
「待ってください。ディアドラ様がルシアという少女とともに、化け物から〝黒のふわふわ〟とやらを抜こうとされているようなのです。ニコルには何のことかわかりますか?」
「あれを抜くんですか?」
なぜディアドラとルシアが一緒にいるのかは疑問だが、彼女たちが何をしようとしているかは理解できた。彼女たちが人間の解毒をしたときと同じように、魔力を込めた手で魔力に混じった黒い蔓のようなものを抜くということなのだろう。
ジュリアスが頷いてユラに顔を向ける。
「では、ユラは腕輪を持って先に帰城してください。それからザムド、あなたはユラを城に送り届けてください」
「えーっ!? 俺もこれと戦いたい!!」
「今回の事が片付くまで私の言うことを聞く約束です。あなたが約束を守らないなら、私もディアドラ様があなたと戦ってくださるよう説得なんてしませんよ」
「うー、わかった……」
ザムドと呼ばれた少年があからさまにしょんぼりと肩を落とす。それからユラのそばまで降りてくると、彼女の腕を持って飛び上がった。ユラとザムドを追おうとした化け物たちの動きを、ジュリアスの放った風魔法が遮る。
「私には〝黒のふわふわ〟とやらは見えないので、サポートに徹します。それはアレらのどのへんにありますか」
ジュリアスが眼鏡を押し上げて化け物たちを見据える。
「全体的に巻き付いているのでどこでもいいですが、体に触れられるほど近付かないといけません」
「承知しました。早めに片付けましょう」
「ええ」
ニコルは化け物たちに目を向けると、巻き付いた黒い蔓の根っこにあたる部分はどこなのかと目を凝らした。